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第四章 偏食の騎士と魔女への道
97.あれから
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ふた月後——。
「工事は順調らしいな。近頃は町中でもメロンパンを食べている者をよく見かけるよ」
久々に訪れた城の兵士団の待機所の応接室である。
ショーン曹長は特別な茶葉だと言って俺に紅茶を出してくれた。
「……ありがとうございます。パンを買った人たちが食べ歩きをしないように、町中にベンチまで増やしていただいて」
フロッキースのメロンパンは、兵士団とハロルド兵士団長の御用達とあって大流行した。
先日は初めてレモン味のものも販売し、子どもたちにはプレーンのメロンパンが大人気だったが、レモン味は女性たちには特に喜ばれた。
だが、メロンパンを買った人々が町中で立ち歩きながら食べるようではかねてより城が出していた食べ歩き禁止の札に違反してしまう。そこで城の負担で町中にたくさんのベンチが置かれ、人々がくつろぎながら過ごせる場所が増えたのだ。
発案はハロルド兵士団長だったという。
「誰よりも焼きたてのメロンパンの美味さを知ってるのはハルさんだからな。ぜひ民たちにもあの美味さを知ってほしいという、ご温情だ」
ショーン曹長は自慢気に言ったが、おそらくはショーン曹長の提案なのだろう。この人はそういう人だ。
「……工房の方でも、二台目の石窯で焼き始めてます。最初は扱いが難しいそうなので、俺は当分はパンを捏ねる係ですが」
「そうか。リックが訓練兵になって、人手が減って大変なんじゃないか? いつでも返してやるぞ」
ショーン曹長は澄まし顔で言った。
正式に城の訓練兵になったリックは、今は二日に一度、兵士団としての訓練に参加している。
「毎回ショーン曹長に左手一本でしごかれてるってべそかいてましたよ」
「……まあな」
ティーカップを左手に持ったショーン曹長が静かに応えた。
「……右腕、まだ痛むんですか?」
報告書には載らなかった真実がある。
西の洞窟の魔物を倒す際、囮となったショーン曹長は魔物に噛まれたらしい。
「いや……痛むというほどではない。日常生活も問題ないし、左利きに慣れるためにそうしているだけだよ」
「……」
「訓練すれば元通りになるらしいんだが、ハルさんにまず傷を完全に治してからにしろと言われてな。聞かないなら報告書がデタラメだと騒ぎ立てると言うので、仕方なくだ」
「ふふっ。さすが英雄ですね、相変わらず強い人だ」
どうやらショーン曹長の怪我のことは心配ないらしい。誰もハロルド兵士団長には敵わないということだ。
「ま、そういうわけで当分はリックの指導係だな。悪いが店は忙しいままだ、頑張ってくれよ」
「ええ。売り上げも良いので、新しく人を雇うつもりだとオーナーが言ってました。職人は難しいので、店の方に出てくれる人を」
リックがあまり店を手伝えなくなった分、店で働いてくれる人を探しているが今のところは見つかっていない。町の外への配達などは引き続きリックがやるとしても、パン屋の仕事はなかなかハードだからだろう。
「なるほどな……今はミーティも手伝ってるんだろう?」
「もちろんミーティも色々してくれていますが、来年には学校に行く予定だし何より今は恋に夢中なので……」
「あー……文通、な」
ショーン曹長は溜め息を吐きながら苦笑した。
いつもせっせとハロルド兵士団長のために城にメロンパンを届けるミーティだが、ハロルド兵士団長の都合で当然顔を合わせられない日もある。そこで二人が始めたのが、手紙のやりとりだった。
「……ハロルド兵士団長はどういうおつもりなんでしょうか」
「……もともと子ども好きというか、面倒見が良い人なんだよ。今でこそああだが、出会った頃はまだ子どもだった俺のこともよく可愛がってくれた。彼女が懐いてくれるのが嬉しいんだろう」
完全に恋愛感情を持っていそうなミーティには気の毒だが、俺はそれで少しほっとした。
「まあ、手紙の交換くらいなら微笑ましいですよね……」
「……十年後まで続けばこちらとしても対応が変わってくるがな。ハルさんの縁談には大臣も困ってるんだ、何しろ貴族の娘は面倒で嫌だとか他国への婿入りはもっと嫌だとか」
あの兵士団長が言いそうなことだと思い、俺は声を出して笑った。
「それじゃあ、また。また店にも来てくださいね」
「そうさせてもらうよ。また美味いパンができたら教えてくれ、ハルさんが食べられそうなもので頼む」
俺はショーン曹長に別れを告げ、城を後にした。
すれ違った誰かから、甘いパンの匂いがする。
きっと焼きたてのメロンパンだろう。
「工事は順調らしいな。近頃は町中でもメロンパンを食べている者をよく見かけるよ」
久々に訪れた城の兵士団の待機所の応接室である。
ショーン曹長は特別な茶葉だと言って俺に紅茶を出してくれた。
「……ありがとうございます。パンを買った人たちが食べ歩きをしないように、町中にベンチまで増やしていただいて」
フロッキースのメロンパンは、兵士団とハロルド兵士団長の御用達とあって大流行した。
先日は初めてレモン味のものも販売し、子どもたちにはプレーンのメロンパンが大人気だったが、レモン味は女性たちには特に喜ばれた。
だが、メロンパンを買った人々が町中で立ち歩きながら食べるようではかねてより城が出していた食べ歩き禁止の札に違反してしまう。そこで城の負担で町中にたくさんのベンチが置かれ、人々がくつろぎながら過ごせる場所が増えたのだ。
発案はハロルド兵士団長だったという。
「誰よりも焼きたてのメロンパンの美味さを知ってるのはハルさんだからな。ぜひ民たちにもあの美味さを知ってほしいという、ご温情だ」
ショーン曹長は自慢気に言ったが、おそらくはショーン曹長の提案なのだろう。この人はそういう人だ。
「……工房の方でも、二台目の石窯で焼き始めてます。最初は扱いが難しいそうなので、俺は当分はパンを捏ねる係ですが」
「そうか。リックが訓練兵になって、人手が減って大変なんじゃないか? いつでも返してやるぞ」
ショーン曹長は澄まし顔で言った。
正式に城の訓練兵になったリックは、今は二日に一度、兵士団としての訓練に参加している。
「毎回ショーン曹長に左手一本でしごかれてるってべそかいてましたよ」
「……まあな」
ティーカップを左手に持ったショーン曹長が静かに応えた。
「……右腕、まだ痛むんですか?」
報告書には載らなかった真実がある。
西の洞窟の魔物を倒す際、囮となったショーン曹長は魔物に噛まれたらしい。
「いや……痛むというほどではない。日常生活も問題ないし、左利きに慣れるためにそうしているだけだよ」
「……」
「訓練すれば元通りになるらしいんだが、ハルさんにまず傷を完全に治してからにしろと言われてな。聞かないなら報告書がデタラメだと騒ぎ立てると言うので、仕方なくだ」
「ふふっ。さすが英雄ですね、相変わらず強い人だ」
どうやらショーン曹長の怪我のことは心配ないらしい。誰もハロルド兵士団長には敵わないということだ。
「ま、そういうわけで当分はリックの指導係だな。悪いが店は忙しいままだ、頑張ってくれよ」
「ええ。売り上げも良いので、新しく人を雇うつもりだとオーナーが言ってました。職人は難しいので、店の方に出てくれる人を」
リックがあまり店を手伝えなくなった分、店で働いてくれる人を探しているが今のところは見つかっていない。町の外への配達などは引き続きリックがやるとしても、パン屋の仕事はなかなかハードだからだろう。
「なるほどな……今はミーティも手伝ってるんだろう?」
「もちろんミーティも色々してくれていますが、来年には学校に行く予定だし何より今は恋に夢中なので……」
「あー……文通、な」
ショーン曹長は溜め息を吐きながら苦笑した。
いつもせっせとハロルド兵士団長のために城にメロンパンを届けるミーティだが、ハロルド兵士団長の都合で当然顔を合わせられない日もある。そこで二人が始めたのが、手紙のやりとりだった。
「……ハロルド兵士団長はどういうおつもりなんでしょうか」
「……もともと子ども好きというか、面倒見が良い人なんだよ。今でこそああだが、出会った頃はまだ子どもだった俺のこともよく可愛がってくれた。彼女が懐いてくれるのが嬉しいんだろう」
完全に恋愛感情を持っていそうなミーティには気の毒だが、俺はそれで少しほっとした。
「まあ、手紙の交換くらいなら微笑ましいですよね……」
「……十年後まで続けばこちらとしても対応が変わってくるがな。ハルさんの縁談には大臣も困ってるんだ、何しろ貴族の娘は面倒で嫌だとか他国への婿入りはもっと嫌だとか」
あの兵士団長が言いそうなことだと思い、俺は声を出して笑った。
「それじゃあ、また。また店にも来てくださいね」
「そうさせてもらうよ。また美味いパンができたら教えてくれ、ハルさんが食べられそうなもので頼む」
俺はショーン曹長に別れを告げ、城を後にした。
すれ違った誰かから、甘いパンの匂いがする。
きっと焼きたてのメロンパンだろう。
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