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甘話 ショーゴとデート。
05(side翔瑚)
しおりを挟む「その量、全部食べるのか? とてもきれいなケーキだが……俺はその光景だけで胸焼けしそうだ」
「勝手に焼いてろよ。そしたらちゃんとお見舞いに行ってあげちゃうぜ。鈴カステラのはちみつ漬け持参でさ? そんな料理が実際あんだよ確か。やさしー」
「やさ、……う……まぁ偏食は構わないが、体調は壊さないでくれよ」
「俺ちゃん体調崩したことねぇし。無敵なんで。いつもノーマル」
「それは崩れてることが悟られないだけで、咲は体調不良だと認識していないだけだろう……」
眉をハの字にしてしょげる俺を前に、冗談のような本気の言葉をしれっと吐き出す咲。
意地悪に笑うからにはもうこの話に興味を失ったらしく、容赦なくきれいなケーキにフォークを突き刺した。
俺は本気で心配しているのに。
俺の本気は、いつも真摯に受け止めてもらえない。
心の苦味をごまかすために、ホットコーヒーに口をつけた。
──それからしばらく後。
「ちげぇよショーゴ。マミちゃんは俺の彼女じゃない。捨てた記憶がねーからまだ覚えてんだもん」
他愛のない雑談をしながらケーキを食べる咲を眺めていた頃、俺は淡々と答えられた言葉に目を丸くして驚いた。
「そ、それじゃあ彼女は嘘をついたのか? 部署内で彼氏ができたと言って、咲の写真を見せていたぞ」
「さぁ? マミちゃんが職場でそう吹聴してんならただのそういうジョークなんじゃね。俺今フリーっすわ。ご自由にお取りくださいなサクヤくん」
どうでもいい、とでも言いたげな顔で、咲は表情を変えずにケーキを突きながらそう言う。
咲がそう言うなら、それは嘘偽りなくそうなのだ。
俺は悶々としていた気持ちをクリーンにできたことで、踊りだしそうな心地で「そうか」と笑った。
──事の発端は一週間前のこと。
実は、俺の職場の新入社員の女の子が彼氏だと見せてまわっていた画像に、咲が映っていたのだ。
初めて見た時は流石に心臓が止まったかと思った。
少し様子がおかしかったかもしれない。笑ってやり過ごしたが、泣きそうになっていることが梶にバレて、うまく連れ出してもらえた。
自販機の影から動かなくなった俺に代わって梶は彼女にそれとなく話を聞いてくれたが、結果、名前も写真も俺の知っている咲その人だ。
息吹咲野という名前のそっくりさんなんて、そうそういないだろう。
俺は相当酷い顔で観葉植物に抱きついていたが、必死に止める梶の話によれば、彼女の話はどうもおかしい、と。
付き合っているにしては、噛み合わないところがちらほらとある。
同僚が今度会わせてくれないか、と言っても断られたそうだ。
ダーツバーで出会った時に居合わせた彼女の友人によると、第三者目線では、一方的な好意。
咲はその場所では、誰に対しても気安い態度だった。
どんな話にもノり気ままにスキンシップを取っては気ままに離れる。
俺からすると、いつも通りの咲だ。
けれど話してくれた、アドレスを貰ったと舞い上がっていたらしい。
彼女の友人は悩ましい表情で、容姿のいい恋人と言うのは世間的なステータスなのだ、と言っていた。
しかも噂話で咲がお金に困らない生活をしていると知り、玉の輿。
かつ、元々そのダーツバーでは一目置かれる友人間で高評価な人物。
なるほど。
咲は彼女のステータス欄にぴったりの恋人だったわけか。
それを聞き、咲を長く知る俺はあわや失恋という沼思考から脱出した。
同じく咲をかじっている梶も、虚言だと確信的に頷く。
あの咲が甘く優しく「愛してる」なんて囁く彼氏になるわけないのだ。
本当のところを言うと、咲は短期的な恋人がいたことなら何度かあるのだが、彼女たちは軒並み咲という男に耐えきれなくて別れていった。
こっちを見てと縋り付こうものなら「見てるじゃん」と物理的に目を合わせて笑うだけ。
愛を感じないという状態を伝えるのは難しい。咲は理解できない。
そして別れを告げれば、綺麗さっぱり存在をじわりと忘れられる。
〝私のワガママをなんでも聞いてくれていつも優しくて私のためならなんでもしてくれる私が大好きでたまらない彼氏〟
彼女が語る王子様なんて、息吹咲野であるはずがないのだ。
……少し泣いたのは俺だけの秘密である。よく考えればわかることだが、俺は、いつもそんな結末に怯えていた。
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