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第二話 先輩ワンコの沽券
09
心持ちドヤ顔になった。
身体の熱が落ち着いてからカラカラとトイレットペーパーを引き出し、ドロついた手のひらを綺麗にする。
くったりと役目を終えて萎える愚息も、労るように拭ってやる。
それをお気に入りの下着の中にしまって、俺は機嫌よくスラックスをあげ、キュッとベルトを締めた。
ケッ、人騒がせな冬賀が変なこと言うから、貴重な休憩時間をこんな確認作業に使っちまったぜ。
時計を見ると、十分は経過している。
もったいねェな。さっさと戻って、残りの時間は仕事するか。
とはいえ期日の近かった案件は昨日片付けたので、今日の仕事は急ぎじゃない。
休憩時間を多めに取ったとしても終わらせられるレベルだが、モニターの選出をどうするかちゃんと資料を見なければ。
頭を切り替えて仕事のことを考えながら、鍵のスライドをずらして、キィ、とドアを開く。
「や。会社でオナってるドスケベ先輩」
バタン、とドアを閉める。
「…………は?」
もう一度ドアを開く。
「おい」
もう一度ドアを閉め──れない。
あまりにも直視したくない現実に無言で再度状況を確認した俺は、速やかに居留守を使おうとした。
が、開いたドアの隙間にスラリと長い足を挟まれたかと思うと、強引な力でドアをこじ開けられる宛らホラー的シーンに、青ざめながら後ずさった。嘘だろオイ。
「現実直視しましょうよ」
「な、な、な……ッ!?」
せっかく男の沽券を失っていない安心を確保して意気揚々と外へ飛び出そうと思ったのに、この体たらく。
逃げ場こと個室のドアは、恐怖の大魔王によって無情にもバタン、と閉じられた。
絶望にも似たその音と、ニヤリと愉快そうに歪められた口元。
視界に映るは、今一番見たくない存在ランキング堂々のナンバーワン。
ありのまま今起こったことを話すぜ。
ドアを開いたら職場で俺に降りかかる大抵の不幸がこいつ関連だと断言できる傍若無人フリーマン、直視したくない現実もとい──三初 要が、なぜかそのドアの前にいた。
なにを言ってるかわからねぇと思うがうんぬんかんぬん要するにどうでもいいから俺を今すぐここからエスケープさせてくれッ!
「昨日の今日でもまだ足りなかったなら、言ってくれればハメてあげたのに」
混乱して震えている俺の体を、三初はドン、と突き飛ばす。その笑みは控えめに言ってもやはり大魔王だ。
細やかな願いは天に届かず、ぽかんと便座に返り咲いた俺ははっとして立ち上がろうとするが、ドン、と背後の洗浄タンクに両手をついて挟まれ右も左も逃げられなくなった。
壁ドンならぬタンクドン。
ゼッテェ流行らねぇ。
「クソ、速やかに退けろテメェ……ッと、トイレの個室は二人で入るもんじゃねえ! ここ一人用だぜッ!」
「先輩って出会って三年経ちますけど、未だにアホですよね」
「その先輩便所で押し倒してる変態にアホ言われたかねぇわッ!」
「職場でオ✕ニーしてた人に変態言われる筋合いがねぇわ」
それ言われたらどうしようもねぇだろ!
容赦のない返答を浴びせられかあっと顔が熱くなり、誤魔化すように黙りこんでツンと顔を背ける。
視界いっぱいに広がる悪魔の微笑みにぐっと体を押し返してみるも押し返せない。
俺のほうが背も高いしガタイもいいし年も上なのに、腹立たしいことこの上ない。
その上敬うべき先輩をアホ呼ばわり。
テメェ、俺がいつもいつもどんだけなんの弱み握られてんのかテメェに直接言いにくいこと言ってくれって部長や課長から伝言板扱いされてると思ってんだ!
テメェが無茶振りする交換条件も気まぐれな嫌がらせも、スキマ時間にやってやってンだよ!
ここぞとばかりに遊びやがって……上司の頼みをお前に聞かせるためっつっても、なんで俺がキャラクターのフィギュアが入ったチョコのお菓子なんか二度見されながら買って来なきゃなんねぇんだコラァ……ッ!
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