誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

文字の大きさ
96 / 454
第四話 後輩たちの言い分

33

しおりを挟む


 そうして、しばらく大人しくしていた。

 どのくらいそうしていたかわからない。

 窓の外からは車の音や、歩道を歩く人の声が聞こえる。
 楽しげなそれは部屋の中の静寂と対照的で、俺は普段感じない感情が少しだけ湧き上がった。

 それを聞いていると、あまりに孤独な気分になる。頭が痛くて眠れない。

 人恋しくなるなんて、俺らしくもねェな。
 一人暮らしが長いと、弱った時に余計こうなってしまう。誰しもそうだ。でも、俺らしくはない。


「水、飲むか」


 わざと口からぽそりと呟いて、起き上がろうとする。
 しかし上体をどうにか起こして床に足をつけても、うまく力が入らずヘナリとしゃがみこんでしまった。


『そもそもあんたまだ立てませんよね?』

「ゴホッ、ぅ、うるせェバカが……」


 帰る前に言った三初の言葉を思い出し、膝に手をついて立ち上がる。チクショウ。アイツの顔を思い出すと、謎の負けん気で立てちまったぜ。

 汗ばんだスウェットが気持ち悪い。
 立ちくらみが治まってから、リビングルームへのたのたと向かう。

 冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、もう一度どうにかベッドの中に戻った。

 冷えたこれは昨日の夜貰ったものだ。飲みかけの貰い物。

 キャップを開けて中身を飲むと、冷たい水が荒れた喉を癒して体の熱を下げた気がした。
 グゥ、と腹が鳴る。食欲はないが腹は減るもんだな。


「……うー……」


 ボトルをサイドテーブルに乗せ、再び深くベッドに潜り込んだ。

 薬も買いに行かないとだし、食べなきゃ治らないから飯も作らないと。でも作る気力がない。ひもじい。熱い。

 時計を見ると、まだ一人になってから二時間しか経ってなかった。


「ゲホッ、うう……ちゃんとドライヤーすっか……あと、しんどい時は軽く見ないで休むぜ……ゴホッゴホッ」


 一人だから言えることもある。
 こうして反省してめそめそと瞳を潤ませることも、一人じゃないとできやしない。


「……三初……」


 ──本当は、もう少しくらい一緒にいてほしかった。

 感染以外に三初がいるとまずいこととは、俺は体調を崩すと精神面が弱ってしまうということだった。

 だって俺は風邪っぴきの間抜けなバカだぜ? 心細いに決まってんだろ、舐めんな。意地を張るのはもう習性なんだよ。

 これが同期とかなら俺はたぶん、あれこれと買い物を頼むくらいはしたかもしれない。

 でも、後輩に頼ることはできないのだ。
 先輩ってのは、そんな生き物だからな。

 見栄を張って強がって、いつでも先輩ヅラして構えていたい。
 だから苦手なお悩み相談も受けようと話をするし、多少体がおかしい気がしても〝大丈夫〟と言い張る。

 引き止めることもしない。
 伝染すとかわいそうだから、帰れと言う。後輩に限らず、人に迷惑をかけたくない。

 昨日のシャワーを強要するようなことではなく、本気で弱ってしまうと、わかっているからだ。

 長男である俺は、昔から風邪を引いても精神的にまいっていても、我慢してきた。
 年の離れた妹がいる。親の手を煩わせたくなくて。

 けれど一人で我慢するのは惨めだし寂しいし、この世で最も不幸な人間になった気分になる。その記憶を思い出すから、滅多に体を壊さないとはいえ、今だってそうなんだ。

 俺はなんにでも噛みつく気質なので、人に寂しいやら辛いやら、弱ったことは言えない。言えないというか、言いたくない。

 そんな自分をわかってるから、そういう時は出社して人のいるところに行く。歩ける程度だし、家で一人だと弱る。

 今日も、本当は三初にもう少しここにいてほしかった。
 意地と自業自得の負い目だ。

 だから言っただろ。
 俺は年季の入った意地っ張り。

 風邪だとわかったあともああやって突っぱねるくらいはするんだよ。仕方ねぇだろ、俺なんだから。




しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

処理中です...