誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

文字の大きさ
168 / 454
第五話 冬暴君とあれやそれ

37



 暖房が効いて暖かいリビングルームに入り、食パンを一枚トースターにセットする。
 いつもは二枚だが今日はあまり食欲がない。腹は減っていても食べる気がない。

 俺を慰めてくれる毎朝のココアだって今日は二杯粉を入れて自分を激励しようと、ココアの入った棚に手を伸ばす。


「……コーヒー」


 けれどふとその隣に並ぶコーヒー豆を見つけて、伸ばした手が止まってしまった。

 俺はコーヒーを飲まない。
 あの独特の苦味が好きじゃなくて、会社では事務の女性社員が淹れてくれたものを、言えずに飲むくらいだ。

 まだ半分くらいあるその袋を手に取り、なんとなく口を開く。

 途端に濃厚な豆の香りが広がり、良さなんてちっともわからない俺は、つい顔を顰めてしまった。匂いだけで十分苦ぇよ。

 これを日常的に飲んでいるアイツとは、好みが合わない。

 食事だって、三初はなにかを摘むように食べるだけ。
 好みは知らない。ないと言っていた。一つだけわかる。ポップコーンは好きじゃない。

 俺は食器を使ってしっかりと食べる。
 手軽なパンは仕事の合間やなんとなくで食べているものの、夜なんかは、基本的に食事といえばがっつり。

 俺が起きる頃にはたいてい、食事を終えてコーヒーだけを飲んでいる三初。
 睡眠も短い。

 俺は起きるのが遅くて、たくさん寝たい。
 腹いっぱい食事をした上で、あたたかなココアでのんびり微睡んでいたい。

 三初は即断即決、しかし気まぐれ。

 人当たりはイイけれど、気に食わなくなった途端に手のひらを返す。傍若無人。

 俺は思うとおりに動き、口にする。

 けれどそれを後悔することもあるし、本当は悩んだ結果である時も。どうしようもない過去は、一度どん底に落ち込んだあとに引きずらないだけだ。

 万能な不真面目。
 不器用な堅物。

 根本的に真逆なんだと思う。

 だから俺はアイツの考えていることをわかろうとするけれど、わかったと思ったら、アイツはまた離れていくのだ。


「なんか、ズルイよな」


 不貞腐れたふうに言ったつもりだが、響いたのは、縋りつくような声だった。

 三初がいつの間にか用意していたコーヒーを淹れる道具を取り出し、ガチャガチャと騒がしくお湯を沸かす。

 お気に入りのカップに理科で使ったろ紙のようなものをくっ付けて、コーヒー豆の粉を袋に書いていた容量ぶん慎重に移す。

 袋の裏側の説明文をちゃんと読みながら、俺はおっかなびっくりと、初めてコーヒーを淹れた。

 しかし三初の用意したコーヒー用の道具は、文字の説明ではどれがどれやらわからない。


「コ、コレは使わなくていいのかよ……? でも紙が沈むぞ、コレ……」


 ドポドポとお湯を注いだものだから、ろ紙はすっかり濡れてしまい、予想通りカップの底に沈みかけていた。

 俺は慌てて菜箸を持ってきて、沈みかけのろ紙とコーヒー豆の粉を救い出そうとあがく。

 後ろでチンッ! とトースターが音を立てたが、それに構っている余裕はない。

 口の細いヤカンは使いにくい。
 ドリッパーってのはどれだ。このガラスのポットか? それとも三角錐の陶器か?

 俺が四苦八苦しながら沈んだろ紙を救出した頃には、カップにはドス黒いコーヒーが粉を浮かせてできあがっていた。


「……ケッ。だからココアのほうが簡単で美味いってんだ。ココアなら粉入れて混ぜるだけなのに、……めんどくせぇ」


 皿の上にトーストを乗せて、ジャムとカップと揃えて盆に乗せ、ブツブツと負け惜しみをほざく。

 自分なりに格闘したのに、提示されている説明文がわからなくて、使い方がわからなくて、失敗をどうにか救い出したのに、コーヒーには残った粉が嘲笑うかのように浮かんでいる後味の悪い結果。

 説明文は〝わかるだろ?〟と俺になげかけてくるけれど、俺にはわからなかった。だからこうなった。

 砂糖を三杯入れてかき混ぜる。

 今の俺らしいコーヒーで、俺は〝こんなことしなきゃよかった〟と、漠然と思った。

 三初は俺のことを、たくさん知っている。

 なにも知らないくせに、と言ったあれは自分のこと。
 俺は知らないし、わからない。




感想 137

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。