誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第五話 冬暴君とあれやそれ

38



 ポチ、とテレビをつけると、朝の情報番組が爽やかに「おはようございます!」と笑いかける。

 テーブルについて、遠目で見る画面。

 そこでは世間はクリスマスだなんだって、愛嬌のある笑顔が優しい女子アナが、眩しい世界を紹介していた。

 どこかのホテルのお高いケーキ。
 美味そうだ。チョコレートの四角いやつ。

 バカにされるから三初の前では隠していたのに、俺の甘党を、アイツはずっと前から知っていた。

 案の定バカにしたけれど、ふと思い出す。


「……考えすぎだけどな……」


 マーマレードを塗った食パンに齧りついて、ぼう、とテレビを見つめた。

 俺はいつも気づくのが遅いから、気づかなかった。

 もしかしたらは、ただの偶然だと口にして突っぱねるけれど、期待する。

 食事に行く時は強引に行き先を決められ、俺の決定権はいつも三割程度だ。

 食事自体も拒否権はないし、些細な用なら問答無用。アイツは気まぐれに断り、気まぐれに行き先を変えるのに。

 でも、思い返せば──デザートのあるところにしか、連れて行かれていない気がするのだ。

 もちろん食べればバカにされる。ずっとニヤニヤと猫のような笑みを浮かべてでからかい、殴ろうとしても軽々と避けられる。

 疲れたら仕事帰りにコンビニでスウィーツを買うのが密かな楽しみということも、知っていた。

 料理ができないこともだ。
 放っておけば甘いものばかり食べている俺に、三初は毎度、違ったメニューの朝食を出してくれた。


『はいどうぞ』

『なんだこれ?』

『餌』

『お前の最後の晩餐だなッ?』


 初めて朝食を用意してくれた時は、こう。
 アイツはちゃんとしたことをなにも言わない。こういう意味です、と俺に説明してくれないから、勝手に咀嚼するしかない。

 その結果の答えも、教えてくれないのだ。


『まぁた残業ですか、御割犬』

『うおッ、テ、テメェなにしやがる!』

『はー……資料作ったと思えばやっと発注依頼開始か。せっかく俺が午前でリサーチ終わらせたのに。取引先と下請けにメール返しました? 即レスが基本でしょ、社会人のセーンパーイ』

『誰のせいで残業してると思ってんだ三初ェッ! キーボードを奪うなッ!』

『え~俺の三分の一の速度でしか事務処理できない先輩のせいかな~』

『ブ、ブラインドタッチできるやつはみんな敵だッ』


 真っ向から手伝おうとしても俺は絶対に拒絶するから、アイツははなっから勝手に奪っていたのだとしたら?

 俺は見せつけられてんのかとか、遅すぎるから見かねてバカにしてるんだとか、俺のことが大嫌いなんだとか、そう思っていた。

 まぁ、どうせ自惚れだ。

 三初が興味を失えばいつでも終わる関係だと気がついたから、不安で都合のいい解釈をもたらしたのだろう。

 いつも掴みどころがなくて、俺が手を伸ばすと煙のように消える。
 いつの間にかいて、俺から会いに行くことはできない。

 責任を取ると言ったお前は、どういうつもりでそう言ったのか。

 もしも好きだと言ったら、あの綺麗な男に笑いかけていたお前は、同じように俺を受け入れてくれるつもりだったのだろうか。


 ──かわいくねぇわ、卑怯者。

「っ」


 ハッ、と我に返って、俺は止まっていた手を動かし、食べかけのトーストを口に詰め込んだ。

 クリスマスイブだろうが、傷心の極みだろうが、クリスマス当日だろうが、社会人には朝が来る。

 一人で考える時間を与えられず、仕事をしろと会社が出社を待っているのだ。

 ──今日を乗り越えれば、三初とは二日会わなくて済む。

 うまくいけばすぐ正月休みに入るし、そう長居はしない実家に早めに帰れば喧嘩の余韻もなくなっているだろう。

 バシンッ! と両頬を叩く。


「ちゃんと笑えよ、御割 修介!」


 それからカップを手にして、初めて淹れたコーヒーをぐっと一息に飲み干した。


「っぐ、ゔ」


 あまりの苦さと飽和してザラつく砂糖の半端な甘みに少し泣きそうになりながら、カップを空にする。

 甘くて苦い後味にンベ、と舌を出して、俺は戦闘服に着替えるために立ち上がった。




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