誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第七話 先輩マゾと後輩サドの尽力

40※微



「ぁっ……っ……ん、ぁ……」


 キュゥ、と中の指を食い締め筋肉を痙攣させながら、目の奥が浮つく。

 今のは、気持ちいい……と、思った。

 満たされていく慣れた快楽。
 相手が誰か、忘れてしまうものだ。

 喉奥が引き攣り乱れた呼吸を整えきらない俺の中をチュク、チュク、と手慰みに捏ねながら、背後でクツクツと意味を伴わない笑い声が聞こえる。


「かんたんだね。マゾヒストって」


 冷めた語気でアホらしいと嘲る乾燥したそれは、喘ぎながら溶けていく俺を揶揄し、とびきり優しく蔑んだ。

 途端、俺はサァ、と血の気が引き、重く後ろめたい心境に焦りを覚えた。

 間森マネージャーの言うとおり、さっきまで満足を得られなかったはずの俺の身体が、やはり単純に反応したからだ。

 相手は三初じゃない。
 心が求める恋人じゃないのに、オモチャでなく他人の指で確かにイッた。

 気持ちいいと、思ってしまった。

 ──かんたんだね、マゾヒストって。


「……っ……」


 ガチ、と歯噛みする。
 溜まった唾をゴク、と飲み込む。
 眉間の皺がギュ……と深まる。

 変声機越しの冷ややかな嘲笑が、肉欲に絆された頭と隔離された胸を、ズキン、ズキン、と酷く痛ませる。

 ──やめろよ……そんな言い方で、三初みたいな言い方で……責める権利なんかお前にはねぇだろうが……っ。

 敏感な内部を巧みに犯され達した後に的確な言葉で詰られ、俺は身体中を恥辱に染め上げながら、心で無様に吠えた。

 だって俺は今、傷だらけなのだ。

 四肢を封じられて目隠しをされ、酷く責められだいぶ疲労しているし、多少の酒も飲んでいる。
 半分は自分の迂闊が呼んだ落ち度でもあるが、そんな中でなかなか必死に抗っていただろう。

 だけど俺は結構、弱っているのだ。

 実は結構、弱いのだ。

 そんな俺にとって変声マスク越しの声は、唯一の自分以外の存在で、傷や弱さを隠して噛みつく理由。

 なのに……その声が、アイツを思い出させる色をしていると、緩んでしまう。

 触り方や話し方はもちろん俺の詰り方や弱らせ方まで、なんの悪趣味かずいぶん俺の奥に馴染んだやり方で追い詰められるなんて、思わなかった。

 クソ、趣味の悪さも似てるぜ。
 頑なに拒絶と強情を張る俺の心を、ただ一人、甘えさせられるアイツに。


「……って……ろ」

「なに?」


 ヒク、と震える喉から無理矢理絞り出したか細い声だったのに、間森マネージャーは中に挿れていた指の動きを止めて、わざわざ聞き返す。
 それが余計に心臓を締めつける。

 俯かせていた頭をふるふると力なく横に振って、鼻をすすり、唇を噛む。

 深呼吸しようとして、叶わなくて、思い出してしまったからどうしようもなく溢れそうで、そのまま口を開く。


「だから……俺は、マゾじゃねぇって、……言ってるだろ……っ」

「……あーあ」


 務めて冷静に否定するつもりが、目隠しの下で潤みそうな目に力を入れて耐え忍ぶ俺は、結局、ゴロゴロとノイズ混じりの涙声でそう訴えた。

 別に泣いちゃいない。強がりでもない。涙は流していない。
 鼻の奥がツンとして熱い目頭に滲んでいるだけだ。

 息を殺して堪える。器具に乗せた腹筋をヒクつかせながらも、指先を握り込んでは開いて誤魔化す。

 けれどこれ以上は誤魔化せない気がして、俺はまた性懲りもなくガチャガチャと枷を鳴らして逃げようと暴れた。
 だって、本当は泣きそうだったから。


「なんで泣くんですか。泣きたいのこっちでしょ」

「な、泣いて、ねぇ……っ、ぁぐっ」


 埋め込まれたままの指が鉤爪状に曲がり、強く突かれて咎められた。

 そのまま逃げようとする下半身を持ち上げるように入口の肉輪に引っ掛けて、グヂュッ、と引き寄せられる。

 思わず呻くが、それでも握った拳は解かずに唸り続ける。胸が痛い。


「離せ、っテメェなんかお断りだ……っ俺は、俺はあいつに、ぁっ……み、三初に、っ……」

「三初に? 飽きたの?」

「違っ……! 俺じゃねぇ、あ、あいつが……あいつがマゾはつまんねって、言ったから、俺、っ……つまんねぇの、嫌で……こんなバカになってんだろぉが……っ」


 引っ込みがつかなくてついにブルブルと震えながら要領の得ない訴えを起こすと、初めて背後で「は……?」とマネージャーが戸惑う気配がした。

 だがそれも気にならない。

 ただ淡々と叱られて自分の落ち度を痛感するのが辛いから、せめて不器用な弁明をして、潤んだ瞳がこれ以上濡れて粒にならないように務めるだけだ。


「も、なんであんな、触り方……っ、さ、さっきまで全然、平気だった……っの、に……気持ち悪ぃし、イライラして、物足りなかったのに……ちくしょう……っ」


 独り言のような嘆き方で思うままにくだを巻き、這いつくばって情けなく震えながら、八つ当たりを散らす。

 一度思い出すと思考が囚われて、俺は瞼の裏にここにいないはずのアイツを描き、酷く恋しがる。


「クソ、クソ……っなんでだよ、なんでお前があいつみてぇに……っ」


 確かに悪いのは俺だろう。
 言いくるめられやすいのはわかっていたのに、油断していた。

 もちろん間森マネージャーが根源であるが、三初がこのザマを知ったとして、俺に全く責められるところがないとは思えない。きっと最善ではなかった。


「三初みてぇに、触りやがって……っくそやろう……もう、っ嫌だ……」


 でもそもそも、俺は三初に飽きられたくなかったから頑張ったのだ。

 本当は痛いのも恥ずかしいのも、気持ちいいかもしれないが好きじゃない。

 ムカつくし、普通に嫌だ。
 だからマゾじゃない。つまらなくない。

 俺が普段不本意ながら悦んでしまうのは、それが惚れた男に強いられたり、与えられる刺激だからだ。

 気持ちよくても三初じゃないと物足りなくて、三初じゃないと心は動かないことを、今の俺はちゃんと理解している。

 俺を虐める三初が、ピタリと俺に合わせてなにもかもを与えていたことも、ちゃんとしっくり感じていた。


「やめろ、もう……俺が悪かったから……」


 全部三初のせいだ、と思う。
 三初が俺をつまらないと言うから、俺の頭がバカになっちまった。

 だから俺だけが悪いわけじゃねぇし、そもそもマネージャーがイカレてんだ。

 本当はそう思っていた。
 でも、もう──今はアイツが恋しい。


「俺の負けだから、っも、許してくれよ……三初ぇ……っ頼む、許して……二度とんなこと、しねぇからぁ……っ」


 全てを吐き出した後。
 俺は泣きながら、なぜかこの場にいない三初に対して謝罪を繰り返した。




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