誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第九話 先輩後輩ごった煮戦線

10



 わざわざ電話をかけてきて要件が俺を虐めたかっただけだとは、なんてクソみたいな動機だろう。
 間違いなくコイツのハートはヘドロハートだ。そうに違いない。もう逆に予想通りだったまである。思っていたより恋愛観が腐っていただけで。

 ちょっとは恋しがれッ! と胸中で叫び、俺はモソ、と薄っぺらい夏布団の中に潜り込んで楽な体勢を作った。

 ケッ、拗ねてなんかねぇわ。
 全然バリバリ元気百倍だわ。バク転でもしてやろうか? あぁ?


『ふ、お望みなら気にかけますけど。どう? そっちでうまくやれてます?』

「接待じゃねぇか、クソが。テメェ総括だろ。毎日メール貰ってるくせに」

『日報じゃ細かいとこわかんないでしょ。進捗管理表は各人のスケジュール入れてるだけだし、竹本先輩の報告書は、個人のことまで書いてないんで。先輩言わないしね』

「そりゃお前、コンビ解消しちまったんだから、いちいち言わねぇわ。デスク隣ったってやってること全く違ぇし」

『あれ席替えするんですかねぇ……ま、どこ行っても先輩には報告義務ありますけど。俺に』

「保護者かよ」

『飼い主。っても最近は根詰めてたからお互いまともに会話してなかったし、仕方ないか……』


 竹本が急に帰ってくる可能性を頭の隅に置きつつ、苛立ちを抑えて声をひそめながら久しぶりに言葉で軽く殴り合う。

 甘いやり取りとは無縁の会話だが、いつも通りローテンポに繰り出される三初の声を聞いていると、不思議とささくれ立っていた心が日常を取り戻し始めた。

 無意識に口元が緩む。
 への字に結ばれていた頑なな唇も、三日ぶりに聞く声に絆されたようだ。


『そも、通話するの自体久しぶりですね。まともな会話っていうと……十日ぶり?』

「あぁ、まーな。けど別に俺は、そのくらいどってことねぇよ。べったり張りつく歳じゃねぇし」

『そ。たくましいことで』


 着信の直前まで恋しがってウンウン唸っていたなんて大人げない事実は隠し、素っ気なく返すと、三初はそれ以上掘り下げなかった。

 なんだよ。
 マジで俺の様子が気になってたのか? いや、そりゃねぇか。三初だしな。

 ふわりと浮かんだ可能性は、そうそうに葬る。俺だって、自分の想像が現実的なのかどうかぐらいはわかる。


「そっちはどうだ?」

『全然普通。ヒヨコ組がピヨってんのと、クソみたいなタイミングで引き継がされた総括の管轄盛り過ぎってくらい』

「はっ。仕事遅いからってヒヨコ食うなよ、ドラ猫」

『食いませんよ。そこまで暇じゃないし、相当優しくしてますから。ヒヨコも、ニワトリも』

「山本たちもかよ。くくっ、ご愁傷様だなァ」

『本社に帰る用でもあれば、竹本先輩も優しく飼育してあげるんですけどね』

「なんでだよ」


 なぜか出張中の竹本も隙あらば管理してやると言う三初に笑い混じりにツッコミを入れると、抑揚の薄い「ははは」という声が返ってきた。

 よくわかんねぇけど、いいか。
 どうせ竹本が日報でもミスったんだろ。じゃなきゃ気分だ。知らん。

 お互い新コンビ始動に向けての準備と勉強で忙しかったから、こうしてただ話すだけで俺は少し浮かれてしまう。

 しばらく他愛のない会話を重ねた。

 感じていた仕事の弱音は吐かなかったし、三初もそういう話は吐かない。

 だけど三初が少し疲れていることは、なんとなく、わかる。

 直感に近い感覚的なものだ。
 言葉でうまく説明できないが、声のトーンであったり、反応であったり、息の吐き方であったり……言葉選びとか。

 三初が少しずつ話題を仕事から離れさせていったので、たぶん、俺はもっとわかりやすくその感覚的なものを出してしまっていたのだろう。

 それでも互いに指摘はしない。
 三初の理由はわからない。
 俺の理由は必要ないから。

 この時間に水を差したくねぇんだ。
 ただ仕事を忘れて声を聞いていたいって感覚が、俺にもあったらしい。




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