誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第九話 先輩後輩ごった煮戦線

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『だぁから、先輩のおにぎりは米が固すぎなんですて。あと塩入れすぎ。んで今度から辛子明太子入れてください』

「あぁ? 全部食っといて文句言うなよ、不健康気まぐれ男め。だから当てつけみてぇに次の日昆布のおにぎり置いといたんだな? スッゲェ完璧なヤツ。嫌味全振りか。ケッ」

『でも好きでしょ? 昆布』

「好きだわ。昆布」


 通話を始めて半時間ほどが経った頃。

 話の流れで、好きでしょ、と聞かれて、好きだわ、と俺は答えた。

 そこにはもちろん他意はない。
 おにぎりの具の話だからだ。
 ただほんの少し、ドキ、とした。それが好きという言葉の魔力である。


「も、……文句あんのか?」

『ないですよ』


 だから当然、俺が僅かに言葉を詰まらせて尋ね返しても、三初はあっけらかんと短く返すだけで気にもとめない。

 日常的な会話で、俺たちは甘ったるい言葉を言うことがまぁない。

 そういう性分同士がくっついた結果として、必然的だと思う。

 あー……つい過剰反応しちまった。
 これも距離とかいう魔法のせいか? もしそうなら遠距離恋愛なんかしてるヤツらのメンタル太すぎるぜ。
 こちとら十日でこのザマよ。いろんな意味でヤバすぎる。

 一応、距離にも利点はある。暴れたいような不貞腐れたいような、そんな気分になった俺の頬がジワリと熱くなっている姿が、通話の向こう側にいる男には、見えないこと。


『他には、そうだなぁ。高菜も?』

「好き」

『あれは? こないだドライブした時お昼に食べてたヤツ、なんだ。天むす』

「あぁ、俺あれマジで好きすぎるわ。おにぎり界の革命選手だぜ」

『ふっ、それ真剣に言ってるところが流石アホの革命選手ですよね』

「あぁッ?」

『あとオムライス握ったヤツとか』

「好きだっつってんだろボケェ」

『くく、なんでキレてんのかねぇ』


 ちょこちょこ合間でおちょくられて、ガルルッ、と唸り声をあげると、愉快そうな笑い声が聞こえた。

 三初は通常運転だ。俺ばかりが寂しがって、俺ばかりがドキドキしていたようで、心ばかりの腑に落ちなさがある。

 訂正するぜ。仏頂面で不貞腐れても見えないところは、通話の難点だ。

 ケッ、人の気も知らねぇでよ。
 おにぎりとはいえ好きだ好きだと連呼させられると、鼓動の速度が上がったまま、なかなか下がらない。

 潜り込んでいた上掛けをバサッと上半身分ほど退け、体の熱を冷ます。

 じゃないとマズイ気がする。
 けれど、三初はそんな俺の予感すら、見えも知りもしないのだ。


『じゃ……俺が握ってあげたおにぎりは?』

「…………言い方変えンな。昆布のおにぎりだろ? 好、きだっての」


 一瞬どころか数秒ほどフリーズして、俺はなんとか気のないぶっきらぼうなテンションで平凡な返事ができた。

 おにぎりの具の話じゃなくて三初が作ったというところにフォーカスされると、素直に好きだと言いにくい。

 ただの雑談のやり取りが、今の状態をわかっていて俺をからかっているように感じる。
 いや、ねぇけどな? 流石にそれがわかってたらエスパーだわ。


(……ンなことばっか言わされっと、妙な気分になってくんじゃねぇか、クソ……)


 モゾ、と内腿を擦り合わせて、ため息に偽装した熱を吐く。
 反応しているわけじゃない。反応させたくなってくるだけだ。


『くくく。俺は、先輩の握った下手クソなおにぎり、けっこう好きですけどね』

「ンッ、な、なん……っ」


 しかしどうにか思考回路を逸らそうとした時、不意を打って言わされっぱなしの仕返しを食らい、また乱れた。

 冗談か本気かはわからないが、タイミングは最悪である。チクショウめ。また一瞬ドキッとしちまっただろうが……ッ!




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