誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第九話 先輩後輩ごった煮戦線

28



「な、やっぱ一度キレたほうがよかったよな。なんとなくわかってたんだよ。俺が気ぃ使ってるせいで舐められてっから、雑用全部一人でやってんなって」
『当然でしょ。社会に出たことのない学生バイトなんて、業務上の注意も先生の小言がうっとうしいっていう学生気分なんですから』
「言うほど俺もできてないから、引いちまった」
『や、そいつらのができてないんで』
「ふはっ、それは盲点だったわ」
『これだから仕事しか見えてない社畜は』

 七月に入ったばかりの生ぬるい夜の空気が、清涼な山の空気のように感じた。

 優しい言葉をかけられたわけじゃない。

 それでも、あんなに胸につっかえて処理に労力を使っていた息苦しい問題が、仕事で嫌なことがあった、という過ぎたことに変わる。

 通話を終える段になると、もうすっかり複雑な心境はクリアになっていた。

『先輩の代打、俺なんで』
「まぁな。そんな気がしてた」
『俺のデスク、今えぐいんですが……ま、いつも通りに分けてあります。先輩は見たらわかるでしょ? わかんなかったら置いといて』
「は? お前がそんなギリで仕事とか、珍しいな」

 いくら仕事が多い役柄とはいえ、積み重なるほどギリギリだとは思わず、首を傾げる。

 すると三初は煮え切らない相槌を打ち、理由をごまかした。

『んー……今までは誰かさんが意外と俺のやり方にピッタリついて来てたもんで、ね……結果、俺のやる気と効率的な問題で、こうなりまして』
「年季が違うだけだろ。三年半一緒にやってりゃ、どっかの暴君様のやり方ぐらい覚えちまうんだよな」
『ありがたやありがたや』
「もっと気持ちを込めろ」

 適当な感謝を告げられ、バッサリ切る。

 よくわからないが、俺と三初は互いの問題を交代することになったようだ。

 コンビだった時はなかったことである。

「とりあえずわかった」
『じゃ、俺は今からそっち向かうんで……会うのはやっぱり?』
「出張後」
『くくく。でしょうね。そゆとこイイと思います』
「言ってろ。お前もそのつもりだろ」
『あら、バレてる』
「フン。……じゃーな」
『はい』

 最後の最後まで軽口を叩きあい、通話を終える。

 会話がなくなりエンジン音だけが聞こえる車内に、ほんの少し寂しさが残った。

 凹んでいた時に声を聞いたから、なおさらだ。

 そういう勘のいいところ、というか、俺の性格を理解しているところを感じると、好きになってしまう。

「…………」

 今からこっちに向かう三初と今から帰る俺が示し合わせれば一度会ってから別れることもできるが、そんなつもりは毛頭ない。

 中途半端に会うほうが、離れる時に堕落する気がしたからだった。

 全て終わってから気兼ねなく二人でダラダラする。当初の目的を変えるつもりはない。

 まあ、どうせアイツも同じ理由に決まってる。

 それでも名残惜しいスマホをポケットにしまおうとした時──メッセージを受信して、首を傾げた。

 そのまま何の気なく、光った画面を見る。


『やっぱり恋人らしく、おやすみのキスくらいはしておいたほうがよかったですかね?』


 ──ゴン、と反射的に突っ伏した。

 初めと同じく無言でハンドルに額を預けた俺だが、顔色には多大な温度差があったということは、自分だけの胸に秘めておくことだ。

 十分後に『ンなとってつけたような甘みはいらねぇ』と素っ気なく返したけれど、バレたかどうかの勝率は五分だろう。


「アイツ、マジで、くそが……っ」


 やけくそ気味にスマホの通話口へチュ、と唇を落としてから、俺は車を発進させた。



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