吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

文字の大きさ
7 / 35

第7話 うっ血女子と血色わるい王子④

しおりを挟む
 世良彌堂せらみどういわく。
「不幸な女は前から見てもわからない」

 二人は東京駅から東海道本線を下ってきた。
 鎌倉にあるというイトマキ症専門病院を見学するためだ。

 チホと世良彌堂は連絡を取り合っていた。
 これからはそうしようと、先週純喫茶で決めたのだ。

 と言っても連絡は世良彌堂からしかできない。
 この男はスマートフォンも所持していなければ連絡場所もないからだ。

 住所不定無職。
 ニュースでよく聞くあれがチホの目の前にいた。 

「前から見てわかるような不幸は、女なら誰でも持っている。金になる不幸は背中に宿る。金の大きさは女の尻が語ってくれる」

 キャスケットを目深にかぶって、独自の女性哲学を語りつづける世良彌堂。

 不幸な女というものは己の灰色の人生に彩りを求めるものだ。
 小さな幸せではない。
 小さな幸せは新たな苦しみの種にすぎないことを知っているからだ。

 馬鹿げた夢、度外れた刺激、遥かに遠い場所、何でもいい、今ここから自分を連れ出してくれるものなら何でもいいのだ。

 世良彌堂は語る。
「自分が、世界から迫害された吸血鬼の男を一人かくまっている。この巨大な不幸の甘美な幻想が女を支えるのだ。女をおれの物語のパートナーに仕立て上げれば、もう金も血液も思いのまま」

(この吸血ホスト小僧が……)
 チホはボックス席の向かいにちょこんと座った碧い目のあどけない少年をにらんだ。

「だが、金も血液も、しぼりすぎてはいけない。女が物語を失っても生きていけるだけの量を残すことだ。男と女の間にも倫理とルールはあるべきだ。女を吸い尽くすのは所詮しょせん二流のやること。女に刺されるのもな」

(この吸血コドモ詐欺師が……)

「人生に必要な知識は、広山義慶ひろやまよしのりの長編悪党小説『女喰おんなぐいい』にすべて書いてあった。おれは近所の病院の待合室でその本に出会った。小学校六年生の時だ。まさかおれの生き方を変える本だとは知らず、濃厚な性描写に引き込まれたものだ」(注1)

(知るか。この吸血エロガキ鬼畜腐れ外道が……)

 チホは世良彌堂に何気なくいてしまったことを後悔していた。
 今までどうやって生きてきたの?

「そんなけがれた血を見るような目でおれを見るな。おまえが訊くから答えたまでだ」
「要するに、女の人をだまして、食い物にしてきたのね」
「おい、人聞きが悪いぞ。百歩譲っても、長年、集団的に人類を食い物にしてきたおまえたちに非難される覚えはない。おまえたちは家畜を飼い、おれは野生動物を狩る。生き方の違い。いや、美学の違いか」
「ビガク?」
「そう、美学だ。吸血をシステム化し、制度に組み込んだおまえたちは堕落した吸血者。気高いおれにとって吸血はアートだ。怖くて哀しい物語が欲しい女におれの物語を分けてやる。ホラー作家がやっていることと同じさ。本やDVDの吸血鬼は四桁の金で買えるが、リアルにおれを飼うには八桁の金と本物の血が必要だ。正当な対価だろう?」

 世良彌堂は、日本に10人とか15人しかいない(協会調べ)と言われている「野良吸のらきゅう」だった。

 かつて理科斜架リカシャカ蜘蛛網クモアミも似たような存在ではあったが、彼女たちが現役の吸血鬼だったのはもう五十年以上前の話だ。
 いまだにそんなことをしている吸血者がいたとは驚きだ。
 野良とはいっても女性の世話になっているわけだから、ペットに近い。

「まあ、おれを猫にたとえるなら、さしずめノルウェージャンフォレストキャットか、マンクスってところか。それに比べておまえたちがやっていることは何だ? 人類を羊のように飼い毛を刈り取る、牧畜業だ。おまえたちは吸血者ではなく、もはや牧童、羊飼い。いや、羊の腹に吸いつくダニと呼んでも過言ではない」
「ふーん。で、あんたはダニにくっついてきた金魚のふんなわけか。ふーん……」

────間もなく、ふじさわ、藤沢。お出口は右側です……。

 アナウンスの声が響いた。
 この駅でJRから江ノ島電鉄に乗り換え、九つ目の〈稲村ケ崎いなむらがさき〉へ向かう。

 今度は緑色のちんまりした電車のロングシートに並んで座り、穏やかな湘南の海を見つめながら鎌倉方面へ運ばれていく二人。

 世良彌堂は相変わらず哲学を語りつづけた。
 チホの口数はめっきり減っていった。

「……おまえ、具合でも悪いのか?」

 乗客で込み合う車内、さすがに口にできないセリフもあって、抑え気味に話していた世良彌堂も、大人しすぎる隣を変に思ったようだ。

「おまえ、真っ青だぞ。吐くのか? おい、吐くなよ」
「違う。大丈夫だから。適当にしゃべっていて」
「適当に?」
 世良彌堂が不審そうな顔でチホを見つめた。
「どういうことだ?」
「別に。何でもないから」

 何でもなくはなかった。
 チホの前には、頭から血を流したよろいを着た侍が立っていた。
 見えない人に話してもしょうがないが、この電車の中には、半透明の人が何名もいるのだ。

「おい、おまえ、変だぞ」
「しばらく、ほうっておいて」
「よくわからんが、まあいい。女は謎だ。謎は謎でいい。謎以外をコントロールすればいいのだから」

 頭をき、帽子を被り直す世良彌堂。

 向かいのシートに座っていた女性が隣の男性に耳打ちしている。

(見て見て)

(あの子)

(めちゃ、かわいい)

(天使みたい)

(天使、天使)

 世良彌堂からねずみが鳴くような舌打ちがれた。

 彼も静かになってしまった。



(つづく)










(注1)広山義慶著『女喰い』
女性を相手にヒモ稼業で伸し上がる男の人生を描いた祥伝社NON NOVELの書下ろしハードロマン小説。初版は1988年。後に、芳文社『週刊漫画TIMES』誌上でコミック化(漫画 みね武)もされた。同誌には同時期に『おとこ喰い』という吉原で働くソープ嬢を主人公とする人情物のマンガも連載され、同じ雑誌で男と女が互いに食い合う妙な感じになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...