吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

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第11話 おカイコ様とうっ血女子

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 チホとサエは五号棟と六号棟の間にある芝生のベンチに腰かけていた。

「冴に会ったら、これだけはこうと思っていた。何で何も言わずに消えたの?」

「シニハタ……あんた、やっぱ容赦ようしゃないわ」
 冴は得意のあきれ顔で言った。
「病人にいきなり核心かくしん突くとか」

 芝生に一か所だけタンポポが咲いていた。
 モンシロチョウやその他のちょうがそこを目指して飛んでくる。

「昔話とかする気はないの?」
 冴はすがるような目でチホを見た。

「ないよ」
 チホは視線を外して海のほうを見た。

 海は六号棟の屋根の上に薄く見えるだけだった。

「昔話ったって、わたしたち一年も一緒に住んでないもんね、考えたら」
「そうだよ。で、何で消えたの?」

「じゃあさ、世間話」
 冴はチホの耳に口を寄せ、声を殺して言った。
「大きな声じゃ言えないけど、ここさ……建てる時……出たんだって」

 思わせぶりな冴の口調が鬱陶うっとうしい。
「何が出たって?」
 チホはぶっきらぼうにき返した。

よろいかぶと、あと……シャレコウベ」

「何だ、そんなものか。で、消えた理由は?」

「シニハタには、さ。やっぱ、見えちゃってるわけ?」

「何が? いや、わかるけど。ここにはいない。電車の中には結構……」

「いたの? 江ノ電えのでんに?」

「生きてる人と死んでる人が半々くらい乗ってた。鎧のお侍のいたけど、今風の服着てちゃんと周りに溶け込んでいた。鎌倉の霊はさすが洗練されてる感じ、って話そらすな」

 冴は一頻ひとしきり笑うと、黙り込んでしまった。
 問い詰めても無駄だと思い、チホも黙って海を見ていた。

 線のようにか細い海もよく見れば奥行きがあった。
 あれでも一応太平洋だ。

「あの双子が怖かった」
 冴は冴はチホのほうは見ずに言った。
 彼女もじっと海を見詰めていた。

理科斜架リカシャカさんと蜘蛛網クモアミさんが?」
「怖かったよ。全部お見通しって感じで」
「わたし知ってた。冴が実年齢と違うって。嘘ついてるって。別に気にする嘘じゃないよ」

 最初は理科斜架と蜘蛛網をペアレンツに、チホと冴はチルドレンになって四人で暮らす計画だった。
 しかし、顔合わせの次の日に冴は消えた。
 電話にも出なかった。
 事故にあったのかと思い、チホは心配した。
 吸血者協会に問い合わせると、驚いたことに冴はすでにチホとの「フレンズ」解消手続を終えていた。

「一言あってもよかったんじゃない」
 チホは冴のほうを向いた。

「その一言がわたしを壊す」
 冴もチホを見た。
「シニハタには悪かったけど、ああするしかなかった」

 チホは見詰め合う冴の険しい表情に言葉を失った。
 今まで見たことがない顔。
 これはチホが知らない彼女だ。

「わたしは時間から逃げていた。時間にとっ捕まらないことだけ考えてきた。だから、止まった時間の上にでんと座っている人を見ると、不安になる」
「だったら、なおさら言ってほしかった。ファミリーはやめにして、あのまま二人で住んでもよかった」
「ダメだよ。シニハタ、あの双子が気に入っていた。双子もシニハタと暮らしたがっていた。これからのことを考れば、嘘つきのわたしより正直な双子のほうがシニハタのためになる。わたしが一抜けるしかなかった」

 冴は険しいままの顔をチホから海へ反した。

「時間がどうとかって、そんなに大切なこと?」
「時間は本質的だよ。吸血者の人生とは畢竟ひっきょう、時間とどうつき合うか、に尽きる。あの双子は時間と向き合っていた。踏み止まって時間と闘っていた。何十年も。それだけ自分たちに自信があるんだ。わたしは時間から逃げた。逃げ足が速かったからね。立ち止まったら、一瞬で古ぼけてしまう。逃げるしかない。逃げ切れなかったけど」

「話してくれたらよかったのに」
 チホは冴の横顔を見詰めた。

 病人にあるまじきふっくらとした美肌だ。
 テラスで見た少年と同様の若返りの症状に思えた。

「話すことなんかできない。誰にも話したことがない。これについてだけは言わないのがわたしの生きる条件だったから。言ったらわたしが壊れる。時間の歯車に押し潰されてしまう」
「壊れてないよ。壊れてないじゃん」

 冴がチホを見た。
 今度は目一杯やさしい目だった。

「わたし、幾つに見える?」
「言っていいの? 昭和生まれだよね。妙に昔のこと詳しいし、変に難しい言葉が混じるし、ギャグもときどきわからなくてオリジナルすぎる。うちのお母さんより余裕で上かも。昭和の……きっと戦争の前だよね」

 冴が笑った。

「そうか。うまくやってきたつもりだったけどバレバレだったか。でも、昭和は嬉しいな」
「えっ、ええとその前は、明治だっけ? 明治なの?」

慶應けいおう三年」(注1)
 冴は自慢げな笑みを浮かべている。
「そうよ、わたしは慶應の女」

「ケイオー!? 超有名大学じゃん。冴って、大学生だったの?」

 冴はそばまで飛んできた蝶に導かれるままにまた海のほうへ視線を移した。

瓦解がかいの年なの。たぶん理科斜架さんたちと変わらないと思う。それだけに、突きつけられちゃうのよ。どこまで逃げるつもりなのよってね」(注2)

 令和も平成も昭和も大正も明治も、冴は全部生きてきた。
 時代時代の女の子をやってきた。
 ホップステップ、ジャンプ! はなくて、またホップステップ、水切りみたいに時間の頂を跳ねて、またホップステップ、時間の底へ沈まないように生きたのだという。

女工じょこうからスタートして、モガもカフェーの女給じょきゅうもミニスカートもDCブランドもボディコン着てジュリせん持ってお立ち台も、あといろいろ変わりすぎて忘れちゃったけど、終わりそうになったらまた別のに飛びついて、今日までやってきた」(注3)

「ジョコウ? 昔のケイオーの女学校とか? 冴って、良家のお嬢様だったの?」

「わたしにとって血とファッションは同じもの」
 冴は構わずつづけた。
「血が常に新鮮であるように、身に着ける服も時代を吹く風じゃないといけない。流行は血行なの。止まったらそこで終わり。あとは、血がドロドロになって血管が詰まるように古ぼけるだけ。そんな精神で八十年間、洋品店の住み込み、百貨店の売り子、ハウスマヌカン、ショップ店員をやってきた。時代の女の子たちに服を勧めて、自分も時代の服を着てきた。でも、今思えばカッコ悪い生き方だった。どれもこれも表面をなぞっただけで、結局自分のスタイルを見つけられなかった。一つのスタイルを極めるのが怖かった。変化しない自分をあるがままに認めるのが無理だった」(注4)

「わからないな。わたしはそこまで服とか文化とかと、自分を結びつけられない」

「それはまだ時間が動いている人の感覚」
 冴はさとすように言った。
「時間が止まったら服は皮膚ひふになるんだよ。ヘアースタイルと服の新陳代謝しんちんたいしゃで時間を出し抜かないと、たちまち追い越されてしわだらけのお婆さん……この感じ、わからないよね」

「だって服は服、文化は文化、自分は自分でしょう? 替えたい気分になったら替える。それでよくない?」
「この平成生まれめ。シニハタはシンプルでチープ・シックな簡単服で一生すごせそうだよ」
「簡単服……ユニクロみたいな?」(注5)
「そうしておこう。たぶん違うけど」

 チホと冴は見詰め合って笑った。
 不意に冴が咳せき込んだ。
 チホから顔を背けた冴の口から白い糸が勢いよく飛び出した。
 チホは冴の背中を擦さすろうと左手を伸ばした。
 冴がこばんだ。

 冴は断続的に口から糸をあふれ出しながら、薄いグリーンの病院服のポケットを探って、携帯用の吸引器を取り出した。
 テラスで少年が使っていたものと同じだ。
 吸引口を口に当ててスイッチを押すと、冴がつむいだ糸がするすると吸い込まれていった。

「看護師さん、呼んでこようか?」
「平気。汚いから、ちょっと離れていて」
「別に大丈夫だよ。感染うつらないし」

 理科斜架や蜘蛛網と同じ症状だった。
 イトマキ症が伝染病なのかどうか、確かな答えはない。
 チホは双子からさんざん糸を吹きつけられ、その繭と一緒に暮らして、まだ平気なのだから今さらという感じだ。

「本当に嫌になる。自分が糸を吹くなんて」

 発作が治まった。
 冴は器具を口から外した。

「今まで着捨ててきた服の呪いかと思った。流行を追いつづけて、たどり着いたのが、この病院の服だよ。まあこれも、最先端の吸血者ファッションと言えなくもないけど」
「似合ってるよ、冴。病院のパンフレットのモデルより似合ってる。皮肉じゃなくて」
「わたしも、繭になっちゃおうかな。中途半端はもう嫌。この状態で永遠なんて耐えられない」
なおるよ。冴も理科斜架さんも蜘蛛網さんも」

 冴はベンチから立ち上がった。

「治りませんわ、きっと治りませんわ」
「冴……」

 何か始まった。
 今度は何!?

 チホはびくびくしながら冴を見守る。

「あああ、吸血者はなぜ生きるのでしょう! 死にたいわ! 一日も一刻も早く死にたいわ! 生きるなら二人で! ね、シニハタ!!」(注6)

 チホを見下ろす冴。
 その目は笑っていた。

「劇団冴。そういうのが全然わからない。いつの時代のギャグ? 吸血者ジョークってやつですか?」

 チャイムが鳴った。

「面会時間は終わり。わたし、病棟に戻るね。西機千穂にしはたちほさん、会えてよかった」
「シニハタでいいよ。また来るね」
「もう来ないで」

 冴は目を伏せた。

「え」
「治ったら、会おう。買い物行こうよ。行ったことないでしょう? わたしたち」

 冴は満面の笑みを浮かべて言った。

「シニハタらしいコーディネイト考えてあげる。ユニクロで」
「わかった。でも、何でユニクロなの?」

 別れ際、冴はチホの目を見て手を差し出した。

 チホはその手を握った。

 思わず握り潰してしまいそうだった。

「そう言えば、冴って体のどこが強いんだっけ?」
「秘密。今度会うまで考えておいて」

 冴が悪戯いたずらっぽく笑った。

 冴の手は意外と暖かだった。

 よく考えたら握手するのも初めてだ。

「何年たってても会おうよ。百年後でも会おう」

 チホは病棟へ帰る冴に手を振った。

「ユニクロ、百年後もあるといいね」

 冴も笑顔で手を振って返した。

「だから、何でユニクロなの?」



(つづく)










(注1)慶應三年は、1867年。

(注2)瓦解(がかい)
この場合、江戸幕府の崩壊の意。

(注3)
女工は明治大正期、主に製糸工場で働いた女性労働者を指す言葉。
モガはモダンガール。大正時代に最新のファッションで街を闊歩していた女性を指す。モボ=モダンボーイもいた。
カフェーの女給。大正時代に流行したキャバクラとメイド喫茶を合わせたような業態の飲食店で働く女性。高給のため若い女性には人気の職業だった。
ミニスカート。1960年代から1970年代に流行。
DCブランド。1970年代から1980年代に流行。
ボディコン。1980年代後半、バブル時代の代表的なファッション。
ジュリ扇。東京、芝浦にあったディスコ・ジュリアナ東京で女性たちが振っていた派手な扇子。

(注4)ハウスマヌカン
1980年代にブランド品を売るブティックの販売員をこう呼んだ。死語。

(注5)簡単服
主に夏用の単純な作りのワンピースのこと。

(注6)
「なおりますわ、きっとなおりますわ、────あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ! 死ぬなら二人で! ねエ、二人で!」
明治時代のベストセラー小説、徳富蘆花(とくとみろか)『不如帰(ほととぎす)』より。不治の病、結核に罹ったヒロイン浪子が夫、武男に言った台詞。
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