吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

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第12話 うっ血女子とその母親と血色わるい王子 前編

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 世良彌堂せらみどうの調査によれば────

 注射針やアンプルの空瓶など、鎌倉のイトマキ症専門病院の医療廃棄物は、一番下の八号棟に集められ、業者が裏口から車に詰め込み持ち去って行った。

 不思議な点は、その中に「糸」が含まれていないことだ。

 患者が吐き出した糸や繭まゆはすべて回収され別の場所に保管されていた。

 温度と湿度が一定に保たれた特別の部屋だ。

「あんなもの、脱脂綿や何かと一緒にゴミ箱に捨てればいいのに……おかしいとは思わないか?」
 世良彌堂は言った。

「研究のためじゃないの。病原菌を調べたり」
 チホは答えた。

「いや、それなら、サンプルとして患者ごとにきちんと密閉容器に保管するはずだ。それが、一緒くたにされているということは……」

「あとでまとめて捨てるんでしょう」

「おまえには想像力というものがないな」

 鎌倉からの帰り、チホは湘南新宿しょうなんしんじゅくラインで新宿まで上り、京王線けいおうせんに乗り換えた。

 京王線の駅名は、花と鳥で彩いろどられていた。

 聖蹟桜ヶ丘せいせきさくらがおか百草園もぐさえん、つつじヶ丘、桜上水さくらじょうすい千歳烏山ちとせからすやま、めじろ台……

 だが、花が咲き、鳥が歌う京王電鉄けいおうでんてつにも多摩霊園駅たまれいえんえきがある。

 この世の極楽は、あの世の地獄と同じレールの上にある。

 それを知ってか知らずか、人々は人生という電車に揺られ、今日も明日もどこかへ運ばれていくのだった。

 チホは〝桜〟がつく駅で降りた。

「おかしいとは思わないのか?」
 世良彌堂はまだこだわっている。

「おかしいよ」
 チホは立ち止まり、世良彌堂のほうへ向き直った。

「そうだろう」
 うなずく世良彌堂。

「そうじゃなくて。あんた、どこまでついてくるの?」
「おれのことは気にするな」
「わたしの家までついてくる気?」
「悪いか。一つ庶民の生活というものを見ておこうと思ってな」

 ウェービーな金髪をき上げキャスケットをかぶり直す世良彌堂。
 せっかく東京の西まで来たので、チホは実家へ立ち寄ることにした。
 実家まで行くのは二年ぶりか三年ぶり。
 外では家族と会っていた。
 前回は、父を見舞いに駒込こまごめの病院でだった。

「あれか?」
 首都高の下を潜ってスーパーの前に差しかかった時、世良彌堂がつぶやいた。
「あの『西機工務店にしはたこうむてん』という看板がおまえの実家なのか?」

「看板? 看板なんかないでしょう」
「家の前にあるだろう」

 確かに、この坂を真っすぐ下りて行けばチホの実家なのだが、まだ五、六百メートルも先だった。

「見えるの? ここから?」
「ああ、さびた釘の頭までな」
「そうか。彌堂君て、なんだ」

 チホは合点が行った。
 世良彌堂は鎌倉の病院を調べると言っておきながら、施設内を歩き回ったわけではなかった。
 ずっとテラスにいたというのだ。
 あそこから人や物の動きを観察して、あとは洞察を巡らせていたという。
 自分は右手の握力だが、この男は異能視力者なのだろう。

「おまえはあの病人と長々と見詰め合っていたな。そういう趣味なのか?」
「はあ?」
「ずいぶんとなまめかしかったぞ」
「何言ってるの?」
「愛の形は様々だ。隠すことはない」
 遠くを見るような目をしてうそぶく世良彌堂。
「あんた、馬鹿じゃないの。ただの友情だよ」
「友情か。愛情と薄情はくじょうの間にある便利な言葉だ」
「あんた、友だちいなさそう」
「ふん。財と高貴だけが友だちさ」(注1)

 父の仕事場だった土間どまの入口には板が打ちつけられ、出入りできなくなっていた。
 チホは家の玄関の引戸を開けた。

「お母さん。いる?」
「ふん。これが庶民の暮らしか……」
「ちゃんと、靴脱ぐのよ」
 チホはまだ三和土たたきに突っ立っている世良彌堂に言った。

「お、お母さん!」
「どうした?」
 居間のちゃぶ台に母親が倒れていた。
 チホは駆け寄った。

「お母さん! お母さん! しっかり!」
 チホは母親を抱き起こした。

「チホ。お父さんは?」
 母親は目を閉じたままぼんやりとした調子で言った。

「お母さん、しっかりして」

「お父さんは、あれよね。ほら、あそこに。あら?」
 目を覚ました母親は、不思議そうにチホを見上げている。

「お母さん……」
 母親は寝ぼけていた。
 ただのうたた寝らしい。

「ごめんなさい。あなたが来るって電話があったから、お買い物に行こうと思っていたけど、やめにして待ってたのよ。そうしたら、寝ちゃったみたい。本当、ごめんなさい。あら? そちらの、お子さん……は?」
 母親はチホのうしろに隠れるようにして立っている世良彌堂にやっと気づいた。
「この子、協会から預あずかっている外国の子供。ベビーシッターのバイトなの」
「ベビー……」
 世良彌堂がチホをにらむ。
「もうベビーじゃないわよ。ねえ?」
 母親が腰を曲げて世良彌堂の顔をのぞき込む。
「日本語まったくわからないから、話しかけても無駄よ」
 チホは世良彌堂の視線をかわした。
「男の子よね。それにしても、まあ、可愛い子だこと。あらあら、髪の毛が……ちょっと帽子脱いでくれる? まあ、本当に金色でくりんくりんだ。睫毛まつげも、まあ、長くて金色」

 チホの母親にしきり微笑ほほえみかけられ、首をかしげながらぎこちなく微笑み返す世良彌堂。
 それでいい、とチホはうなずいた。

「で、お父さんは? どこ?」
 チホは母親に尋たずねた。
「お父さんは、庭よ」
 チホは母親に促うながされるまま、奥の部屋へ向かった。
 世良彌堂はうしろからちょこちょこついてきた。

 すでにむねつづきの〈にしはた荘〉の内部に入ってしまっているのだが、一階部分は壁がぶち抜かれており、ここもまだ西機家なのだった。

 母親が中庭に面したりガラスの引戸を開けた。

「おい……」
 世良彌堂が小さくつぶやいた。
「盆踊りにはまだ早すぎるぞ」

 チホも目を疑った。

 高圧線の鉄塔の下で、一、二、三……五人がゆっくりと動いていたからだ。

「こいつは傑作だ」
 世良彌堂が鼻で笑う。
「庶民どもがポーレチケのリズムにはずんでやがる」

 五人はそれぞれ動作は違うがスピードは同じくらい。
 確かに前衛的な舞踏のようにも見える。

「シッ」
 チホは母親には見えないようにして、世良彌堂を左肘で突いた。
「今度何か言ったら、右で行くから」

「右だと……何のことだ?」

「あの人、しのさんだよね?」
 世良彌堂は無視して、チホは母親のほうを向いて訊いた。

 チホは空をじっと見上げている額の広い頭の毛がぽやぽやした男を指さした。
 近所の人で駅前商店街にある「シノ理容室」の店主だ。

「篠さんは、ね。本当、最近なのよ。急に来たみたいで」
 頬に手をあて溜め息をつく母親。
「みんな、ドン……SASなの?」
「そう。SES。土食症候群。ドンビなのよ。困ったわね。こんなに増えちゃって」と母親。
 発病した人は、一先ずここに収容しようと、町内会の臨時総会で決まったのだという。

「土も、ほら、まとめて購入したほうが安上がりだし。交代制でお世話もできるし、わたしもこれが一番いいと思うのよ」
 母親はつづけた。
「病院がね、もうちょっときちんと対応してくれたらいいんだけど、ほら、ドンビだと追い出されちゃうでしょう。仕方ないのよ。病院じゃ治らない病気だから。あなたの時もそうだったじゃない。お医者さんも病院も肝腎かんじんな病気には本当に無力で。困ったものよ、ねえ?」
 世良彌堂の顔を覗き込む母親。
「ちょっと、びっくりしちゃった?」
 顔をしかめて小さく舌打ちしていた世良彌堂が、慌てて表情を緩めた。

「あれ? お父さんは?」
 チホは父親の姿が見えないことに気づいた。

「お父さんはね、最近、調子がいいのよ」と、土間どまのほうを指さす母親。

 チホは窓から首を伸ばし、父の仕事場に目を凝らした。

 戸が開け放たれた土間の奥に座り込んでいる人影があった。

「お父さん、何やってるの?」
 チホは呼びかけた。
「お父さん!」
「お父さん!」
 母親も声を合わせた。
「ほら、チホですよ」

 呼びかけに父親が反応を示した。

 父親の顔は確かにこちらを向いているのだが、目は床を見ている。
 床には板切れが転がっていた。
 父親は作業中のようだ。

「お父さん、それ何? 何作ってるの?」
 チホはまた呼びかけた。

 父親は顔をこちらへ向けたまま、板切れに紙やすりをかけ始めた。
 三人はしばらくの間その作業を見守っていた。

「四、五日前だったの。動きがいつもと違って、何か探しているようだったから、危なくなさそうな道具を置いてみたの。そうしたら、急に作業が始まって……きっと記憶が戻ってきているのよ。いい土があってね、あれがいたと思うのよ」

 母親はちょっと待っててね、と居間のほうへ戻って行った。

「庶民がこんなことになっていたとはな」
 腕組みをして中庭の人々を眺めていた世良彌堂が、チホを見上げた。
「ふん。人間もあとがないな」

「ないかもね」
 チホも世良彌堂を見下ろした。

「おまえ薄情だな。あれ、実の父親だろう?」
「いずれこうなることはわかっていた。それが少し早く来ただけ」
 チホはまた窓の外へ視線を移した。
「どう生きようと周りの人間はどんどん消えていく。最後に残るのは自分。吸血者の宿命だよ。吸血者じゃなかったとしても、父よりは長生きすると思うけど」
「ふん。庶民にしては、いい達観だ」
 世良彌堂は一瞬にやりと笑ったが、すぐに真顔に戻った。

 だが、イトマキ症の出現はこうした吸血者特有の人生観に変更を迫るかもしれない。
 理科斜架リカシャカ蜘蛛網クモアミがずっとまゆのままで治らなかったら?
 サエだってこのまま病状が進めば、じきに繭になってしまうだろう。

 チホ自身もいつかかるかわからない。
 人として、ただこの世に生きる永遠だって、持て余してしまうことは、理科斜架、蜘蛛網、冴を見ればわかる。

 繭の中の永遠なんて、想像もつかなかった。

「……ライフ・イズ・ブラッディーノーフューチャー」
 思わずチホの口から、最近できた口癖くちぐせれていた。
「うん? ライフ・イズ・ショートだろう?」(注2)
 チホと世良彌堂は鉄塔の下で蠢うごめく人々をじっと見詰めていた。

「ほら」
 母親が戻ってきた。
「この土ね、牡蠣カキ貝殻かいがらの粉を混ぜてあるのよ」

「牡蠣?」

 母親にボールに入った黄土色の物質を渡され、チホはわれに返った。

「テレビで見たのよ。ホタテの貝殻の粉でね、野菜の残留農薬が落ちるの。わたし、ピンと来て、ちょうど牡蠣の貝殻があったから試してみたの。硬い貝殻を、こう細かくり潰つぶしてね。ドンビにも効くみたい。お母さんの大発見!」

 嬉しそうに笑う母親に、チホと世良彌堂は戸惑いながらも釣られて笑うのだった。



(つづく)










(注1)財と高貴だけが友だちさ
元ネタは『アンパンマンのマーチ』より「愛と勇気だけがともだちさ」
「あの人はアンパンマンこそが真のヒーローだとよく言っていました。アンパンマンには仲間はたくさんいるのに友だちがいません。真のヒーローは重荷になる人間関係は持たないんだそうです。あの人はアンパンから生まれた宿命を背負って闘うアンパンマンに、吸血鬼として生きる自分を投影していたのかもしれません。アンパンマンがいつも同じ表情でファンの子供たちにヒーローの孤独を見せないところもとても尊敬していました」(世良彌堂の24番目の彼女アンジェラさんの話)

(注2)ライフ・イズ・ショート
『吸血キラー 聖少女バフィー』原題「Buffy the Vampire Slayer 」(1997~2003)より主人公バフィーの台詞。サラ・ミシェル・ゲラー主演のアメリカのテレビドラマ。第7シーズンまでつづいた、日本吸血者協会が製作に参加した作品の中では空前のヒット作。
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