吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

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第20話 うっ血女子と血色わるい王子⑧

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 二人は安房鴨川あわかもがわの駅前でタクシーに乗り込んだ。

 行く先はもちろん「きりこし総合病院」である。

 車が走り出して間もなく、チホは釣り具店の看板を見つけた。

「おい。南房総みなみぼうそうが釣りの穴場だったとしても、冗談がきついぞ」

 世良彌堂せらみどうに構わず、チホは釣り具店でなまりのナス型オモリ6号を二袋購入して車内へ戻った。

「オモリだけか。釣り竿は? 釣り針と釣り糸はどうするのだ? エサは? ふん。どうせ、指弾しだん弾丸バレットにするのだろう」

 チホの指弾は蜘蛛網クモアミに仕込まれたものだ。

 チホの制御しがたい異常な腕力を抑えるには、封じるよりきたえたほうがいい。

 腕に別の役割を与えるのだ。

 しくも双子は、手にアンバランスを抱え込んだチホと同じタイプだった。

 最初は理科斜架リカシャカ裁縫さいほうを仕込もうとした。

 理科斜架は超絶技巧を持つお針子だった。

 彼女はあり余る指先のパワーをミクロの領域をも細工する情熱へと転換していた。

半導体はんどうたいう指先」と評された刺繍ししゅう作家として活動していた時期もあったが、チホと出会った時はもう人形の衣装のような赤い服と黒い服しか縫っていなかった。

 チホは慣れない縫い針やら裁ち鋏たちばさみを持たされ、竹尺たけじゃくでぴしぴしとシゴかれたが、苦行以外の何物でもなかった。

「無駄な努力は、この辺にしておきましょう」
 理科斜架は呆れて指導教官から降りてしまった。
「チホさん。あまり言いたくはないのだけれど、こんなにぶきっちょな子は初めて見たわ」

 代わって蜘蛛網が「おはじき」を教えてくれた。
 これはしっくりいった。
 チホは有効射程が約十二メートルの「指弾使い」に急成長した。

 これでもう自分は馬鹿力の壊し屋じゃなくなった。
 キーボードに怖々こわごわと触れる癖も治って、タイピングも上達した。

「吸血事務員さんよ。ぢっと手を見て、どうした? 何だ、それは? 外反母趾がいはんぼし予防のサポーターか?」

 これは、理科斜架が作ってくれた黒革の「指あて」。
 これを右手の人差指にはめると硬い弾でも思い切り撃てるのだ。

「ほう。のび太の空気ピストルよりは使えそうだな。頼んだぞ、令和の没羽箭張清ぼつうせんちょうせい」(注1)

 タクシーが急ブレーキで停まった。
 体重の軽い世良彌堂は前のめりに運転席の裏へぶつかっていた。
 チホは右手をシートに押しつけて慣性の法則に耐えた。

「すいません。大丈夫ですか?」
 運転手が平謝りしている。
 前の車がやはり急に停止したため仕方がなかったようだ。

「ドライバー。気をつけてくれ。子供が乗っているんだ」
 世良彌堂は座席にぶつかった金髪の頭をさすっている。
「何だ? 南房総みなみぼうそう名物の当たり屋か?」

 チホが前を覗のぞくと、道路をゆっくりと横切る人影が見えた。
 中年女性のドンビが一体、道の真ん中で考え事でもするように立ち止っていた。
 前の車がクラクションを鳴らしているが効き目はない。

「お客さん、少々お待ち下さい。すぐに片づけてきますんで」

 運転手が車を離れて、ドンビに近寄っていった。
 手にスプレーを持っている。
 しかし道の真ん中から忌避剤きひざいで追い払うのは大変そうだ。

 チホが見守っていると、運転手がスプレー缶を激しく振って道路の向こう側へ噴射し始めた。
 黒い霧が反対車線へ流れていくとドンビおばさんは急に生き返ったようにすたすたとそちらへ歩き始め、たちまち道を渡り切ってしまった。
 チホが使っているドンビの忌避剤とは明らかに違う反応だった。

 チホは車内へ戻ってきた運転手にたずねた。
「ああ、これですか。ルカあーすです。良く効きますよ」と運転手。
「南房総のドライバーの必需品です」

 世良彌堂は車内に貼ってあるステッカーを指さした。
〈ルカあーす〉の広告だ。(注2)
 ドンビの誘引剤ゆういんざいだという。
 忌避剤とは逆の作用の商品がすでに開発されていたようだ。

 チホと世良彌堂は、ほぼ同時に顔を見合わせていた。
 長野の山村でドローンから二人に吹きつけられた液体の正体はどうもこれらしい。

「念のため、おれたちも用意しておいたほうがいいかもな」と世良彌堂。

「これ、どこで売っているんですか?」
 チホは運転手にいた。
「ホームセンターでもスーパーでも、どこでも手に入りますよ」と運転手。
「一本、幾らぐらい?」
「二万円です」
「に、二万円!?」
 チホは世良彌堂の顔を見詰め、首を横に振った。

「安い類似品もありますが、ガマタ興業のルカあーす、これが一番効きますね」
 ステッカーにも〈ガマタ興業〉のロゴが入っていた。

 保守王国千葉の「房総ぼうそうハリケーン」こと、政界を引退して実業家になった蝦蟇田幸助がまたこうすけ、通称「ガマコー」の会社だった。



(つづく)










(注1)没羽箭張清(ぼつうせんちょうせい)
中国の古典小説『水滸伝(すいこでん)』の登場人物。梁山泊(りょうざんぱく)第十六位。石礫(いしつぶて)の名手。『銭形平次』の主人公平次の投げ銭はこれがモデルとされる。

(注2)ルカあーす
「集ドンビ効果抜群! ルカあーす 千葉原産の赤玉土にルカちゃんのふるさとウクライナの黒土・チェルノーゼムのエキスを配合。シュッ!とひと吹き。ドンビちゃんの目つきが変わる!(特許出願中)」
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