吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

文字の大きさ
19 / 35

第19話 ドはドンビのド⑦

しおりを挟む
 沼崎六一郎ぬまざきろくいちろうは千葉みなと駅で京葉けいよう線の快速電車を降りた。

 千葉へ来たのは何年振りだろうか。
 西船橋より東に来たのはおそらく初めてのことだ。

 駅ビルを出た沼崎は、まずあたりにうっすらと漂う異臭に気づいた。
 やしに似たオーガニックな臭いだった。
 沼崎は念のため防塵ぼうじんマスクを取り出し装着した。

 駅前を歩く人、建物、車、すべてが薄茶色のフィルターがかかったようにくすんで見えた。
 街全体にかすかに土埃つちぼこりが舞っているのだ。

 千葉では不穏な空気とは鼻で感じ目で見てわかるものらしい。

 沼崎はサバイバル7つ道具・その5〈昭文社ライトマップル関東道路地図〉を開いたまま歩き始めた。

 タクシー乗り場で運転手が客とめていた。

 羽箒はねぼうきを振り回して乗り込もうとする客を追い払っている。

 客の動作が鈍い。

 ドンビだ。

 ロータリーをざっと見渡しても、五、六名がゆっくり動いていた。

 もしかするとサバイバル7つ道具・その3〈六一式串刺銃ろくいちしきくしざしじゅう〉の出番もあるのだろうか。

 横断歩道の前で沼崎はもう一度メモを広げ、現実の風景の中で目的地であるマンションの位置を確認していた。

 気配を感じて振り向くと、近寄って来る者がいる。

 老婆だ。

 歩みは亀より少し早いくらいで、目はあらぬ方角を向いていた。

 沼崎は道をけた。

 おおよそ建物の見当がつき、そちらへ歩き出そうとすると、避けたはずの老婆が向きを変えてまた自分のほうへ向かってくる。

 沼崎はまたその場を離れた。

 すると、老婆が亀からヘビにスピードアップしてついてくるではないか。

 さすがは千葉。

 東京よりもドンビの足が速い。

 沼崎は少し驚きながらも、先を急いだ。

 まだ数百メートル向こうにあるマンションを見上げたまま歩いていると、沼崎の横にピタッと寄り添って同じ速さで進む物体があるのに気づいた。

「あなた様は神についてどうお考えですか?」
 ドンビがしゃべった。
「本当の神についてお話しさせてください」

 老婆のドンビは先ほどの振る舞いが嘘のようにきびきびと動き、語りつづけている。
 しかも、満面の笑顔ではないか。
 ずいぶんと人懐ひとなつっこいドンビの老婆だ。

「そろそろ神について真剣に考えるべき時が来たとは思いませんか?」
「思いません」
 沼崎はまっすぐ前を向いたまま答えた。
 やっとわかった。
 老婆はドンビじゃない。
 この街の宗教家だ。
 ドンビのふりをして説教する相手を物色していたのかもしれない。

 老婆を振り切ろうと、沼崎が早足に替えると、向こうもギアチェンジしてきた。
 沼崎はさらに早く歩いた。
 靴から煙が出そうな勢いだ。
 沼崎と老婆は、歩道を並んですごいスピードで歩いている。

「あなた様は知っていますか? 神には二種類います。神は良い神だけではありません。悪い神もいます。良い神と悪い神の違いは……」
 沼崎は走り出した。
 五十メートル六秒九の逃げ足をここで使うとは思わなかった。
 しかも老婆相手に。
 必死になって引き離した。

 距離は十分すぎるほど取ったつもりだが油断はできない。
 角を曲がって、建物のへいの陰からそっとのぞいた。
 老婆の姿はもうなかった。

 渇いた喉を潤そうと、ナップサックからサバイバル7つ道具・その6〈死霊のしたたり水〉を取り出した。
 沼崎はペットボトルに詰めた水道水を一気に半分ほど開けた。

 一息ついてふと、そばの建物を見ると、目標の十四階建てのマンションだった。
 これは、良い神様の計らいなのだろうか。

 いや、そんなことより重大な事実がある。
 沼崎は塀から下がってマンションの外観をよく見回した。

 見覚えのあるマンションだった。
 以前、自分のブログで取り上げたことがある。

 ここは、あの「千葉女子高校生秘書・監禁!緊縛!飼育事件」の現場だったのだ。(注1)



(つづく)












(注1)千葉女子高校生秘書・監禁!緊縛!飼育事件
別名「贋(にせ)・怪妖真相推(かいようしんそうすい)事件」。そこそこ名のあるミステリー作家がネットで「秘書」を募集。ところがそいつは偽物で応募してきた都内の有名私立の女子高校生が部屋に監禁され、油圧式のマニアックな椅子に縛りつけられしばらくの間「飼育」されたのである。当初は変態プレイの果てに殺害、とセンセーショナルに報道されたが、実際の死因は衰弱死だった。逮捕・監禁と未必の故意の犯人は事件発覚前にフィリピンへ渡航し現地で行方不明。海に面した崖の上に揃えた靴と運転免許証が入った財布が置かれ、二時間ドラマ風に自殺を仄めかしてはいたが死体は発見されなかった。偽装の可能性もあり、事件は未解決のままである。被害者の高校二年生、歌野潮里(うたのしおり)の父親は旧食糧庁の天下り官僚、母親は自宅で料理サークルを主催していた。潮里のブログ〈潮風のしおり〉には身辺雑記、読書感想文の合間にエリート家庭の闇を思わせる表現も散見した。
沼崎はブログ〈ドはドンビのド〉で事件を推理。「東京の名門女子高生」が「千葉の変質者」の餌食にされた点に注目。この事件は東京と千葉の対立を煽るためにでっち上げられたものであると断定。日本の東西分断ひいては内乱をもくろむ闇の組織の仕業と看破した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...