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第30話 4 1 1
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沼崎は契約を打ち切ったためスタンドアローン中のノートパソコンを開き、過去に書いた文章をチェックした。
旧サイト〈ドはドンビド〉と現在執筆中の非公開ブログ〈白昼の生存者〉に目を通していった。
予想した通り「裏日本大震災」に関する記述は一度も出てこない。
震災のちょうど一年後に開設された旧サイトに、地震と津波に関する記述がないのだ。
仮にもサバイバルを主題としたブログで、史上最悪の原発事故に触れないのも不自然すぎる。
沼崎は八つの7つ道具を収めたナップサックを背負い、アパートの外へ出た。
沼崎は商店街の外れにある杉並区役所の分室へ入った。
すでに利用時間はすぎており業務は終了していたが、部屋の隅にパソコンが一台置かれ、閉館時間までは自由に使えるのだった。
パソコンの前に保育所の帰りらしい小さな子供を連れた二人の女性がいた。
沼崎は女性たちのすぐうしろに立った。
沼崎の頬は無精髭で汚れ、充血した目は瞬きを忘れていた。
女性たちが子供を連れてそそくさと出て行った。
パソコンで検索を開始する沼崎。
「2020.4.11」
「裏日本大震災」
「日本海大津波」
「死者・行方不明者3万人」
「5基爆発」
「若狭湾永久封鎖」
出てくるわ出てくるわ、五年前の震災と事故の情報はテキストも映像もとめどもなかった。
沼崎はGoogleにキーワードをどんどん打ち込んでいった。
裏日本大震災……佐渡島西方沖を震源とする世界記録タイのマグニチュード9・5の大地震とそれにつづく日本海大津波で新潟から九州北部にかけて2万8千人を超える人命が失われ、約50万戸が全半壊、更に若狭湾に点在する原子力発電所のうち5基が爆発。
四国と九州南部を除く西日本一帯が高濃度の放射能に汚染され、特に汚染が激しい山陰地方には広大な立ち入り制限区域が設けられ、出雲大社も鳥取砂丘も観光目的で訪れることは半永久的に不可能になってしまった。
関東は雨に混じって若干の放射性物質が降っただけで大きな災難を逃れはしたが、一時的に自然放射線の倍近い値も出ていた。
沼崎は佐渡島の被災状況を調べ始めた。
「裏日本大震災」の次に故郷の村の名前を打ち込み、クリックしようとした指が、沼崎の意に反して止まった。
やめろ、と心の中で何者かが叫んでいた。
これもツチノコ星人(仮)の催眠暗示の力なのか。
それとも、別の理由で見ないほうがいいのだろうか。
もしかすると、故郷は震災で壊滅して、この世から消えているのではないか。
ここまで「佐渡島」という文字があまり出て来ないのがかえって異様な気がした。
沼崎は強い抵抗を感じながらもEnterキーを押した。
不思議なことに震源に最も近い佐渡島は、外海府で崖が崩れ一部の集落が陸の孤島となるなどはあったが、地震による死者もなく津波の被害も免れていた。
風向きがよかったのか、放射線量の値も低いらしい。
これだけの災害が起きたにもかかわらず、故郷はほぼ無傷だった。
そのことに沼崎はショックを受けた。
沼崎は自分の反応に戸惑っていた。
本来なら胸を撫で下ろすべき情報に何故か胸騒ぎしか感じないのだった。
最後の封印が解けた瞬間だった。
六年前のことである。
突然、母親から電話が来た。
十年は帰って来るな、と罵られてからちょうど九年目のことだった。
伯父の具合が悪いという。
過去のことは水に流すので一度見舞いに来い、と言われた。
その時、自分はまた懲りもせずに仮想通貨絡みの怪しげなプロジェクトに頭を突っ込んでいた。
家族を、故郷を見返す計画を進めている最中だった。
惨めな自分のまま、家族と再会し、伯父を見舞う屈辱は認められない。
沼崎は母親の願いを断った。
再起を賭けたプロジェクトが当然のように頓挫して間もなく、故郷から黒い縁取りの葉書が来た。
伯父の葬儀にも遂に帰らなかった。
そして、運命の411────。
伯父の死からちょうど一年後、一周忌のその日に大震災は起きた。
震災に紛れて実家へ帰り、家族と和解、被災した村人たちのケアにあたり、あわよくば過去を清算する。
震災発生直後そんなことを夢想したのだ。
やがて被害の全貌が明らかとなり、夢想はもろくも破れた。
震災は沼崎の想像を超えた大震災だった。
死に過ぎだ。
沼崎の目に、部屋の中に充満している大量の物資が、被災地に五年たった今も積み上げられている瓦礫の画像とダブって見えた。
歪な形状と歪んだ名称のサバイバルガジェットが、ネットの扇動家によって喧伝されている汚染地帯の植物、昆虫、鳥類、魚類、そして新生児たちのミュータント化現象の陰画に思えた。
サイトとブログの数十万字に及ぶ虚言と妄言は、自己嫌悪と自己肯定が打ち消し合い膨れ上がった自尊心の産物だ。
沼崎はパソコンのモニターの前で凍りついていた。
「あなた、大丈夫?」
気がつくと、分室の戸締りに来た警備員がその肩に手を置いて揺すぶっていた。
分室を出て、商店街を歩き、〈にしはた荘〉へ帰る沼崎。
階段を上がり、鍵を差し込むと手応えがない。
これは闇の組織の仕業ではない。
自分がドアを開けたまま外へ飛び出しただけだった。
闇の組織を望む自分がいるだけで、闇の組織も実はないのかもしれない。
部屋に入り、沼崎はまた万年床に並べられたサバイバルガジェットの前に座り込んだ。
沼崎はすべてを理解した。
ツチノコ星人(仮)が実際にいようといるまいと、この件に彼らは関係ない。
記憶を書き換えていたのは、3万人と50万戸と5基を生贄に、故郷との関係を修復しようとしたあの日の自分自身だったのだ。
(つづく)
旧サイト〈ドはドンビド〉と現在執筆中の非公開ブログ〈白昼の生存者〉に目を通していった。
予想した通り「裏日本大震災」に関する記述は一度も出てこない。
震災のちょうど一年後に開設された旧サイトに、地震と津波に関する記述がないのだ。
仮にもサバイバルを主題としたブログで、史上最悪の原発事故に触れないのも不自然すぎる。
沼崎は八つの7つ道具を収めたナップサックを背負い、アパートの外へ出た。
沼崎は商店街の外れにある杉並区役所の分室へ入った。
すでに利用時間はすぎており業務は終了していたが、部屋の隅にパソコンが一台置かれ、閉館時間までは自由に使えるのだった。
パソコンの前に保育所の帰りらしい小さな子供を連れた二人の女性がいた。
沼崎は女性たちのすぐうしろに立った。
沼崎の頬は無精髭で汚れ、充血した目は瞬きを忘れていた。
女性たちが子供を連れてそそくさと出て行った。
パソコンで検索を開始する沼崎。
「2020.4.11」
「裏日本大震災」
「日本海大津波」
「死者・行方不明者3万人」
「5基爆発」
「若狭湾永久封鎖」
出てくるわ出てくるわ、五年前の震災と事故の情報はテキストも映像もとめどもなかった。
沼崎はGoogleにキーワードをどんどん打ち込んでいった。
裏日本大震災……佐渡島西方沖を震源とする世界記録タイのマグニチュード9・5の大地震とそれにつづく日本海大津波で新潟から九州北部にかけて2万8千人を超える人命が失われ、約50万戸が全半壊、更に若狭湾に点在する原子力発電所のうち5基が爆発。
四国と九州南部を除く西日本一帯が高濃度の放射能に汚染され、特に汚染が激しい山陰地方には広大な立ち入り制限区域が設けられ、出雲大社も鳥取砂丘も観光目的で訪れることは半永久的に不可能になってしまった。
関東は雨に混じって若干の放射性物質が降っただけで大きな災難を逃れはしたが、一時的に自然放射線の倍近い値も出ていた。
沼崎は佐渡島の被災状況を調べ始めた。
「裏日本大震災」の次に故郷の村の名前を打ち込み、クリックしようとした指が、沼崎の意に反して止まった。
やめろ、と心の中で何者かが叫んでいた。
これもツチノコ星人(仮)の催眠暗示の力なのか。
それとも、別の理由で見ないほうがいいのだろうか。
もしかすると、故郷は震災で壊滅して、この世から消えているのではないか。
ここまで「佐渡島」という文字があまり出て来ないのがかえって異様な気がした。
沼崎は強い抵抗を感じながらもEnterキーを押した。
不思議なことに震源に最も近い佐渡島は、外海府で崖が崩れ一部の集落が陸の孤島となるなどはあったが、地震による死者もなく津波の被害も免れていた。
風向きがよかったのか、放射線量の値も低いらしい。
これだけの災害が起きたにもかかわらず、故郷はほぼ無傷だった。
そのことに沼崎はショックを受けた。
沼崎は自分の反応に戸惑っていた。
本来なら胸を撫で下ろすべき情報に何故か胸騒ぎしか感じないのだった。
最後の封印が解けた瞬間だった。
六年前のことである。
突然、母親から電話が来た。
十年は帰って来るな、と罵られてからちょうど九年目のことだった。
伯父の具合が悪いという。
過去のことは水に流すので一度見舞いに来い、と言われた。
その時、自分はまた懲りもせずに仮想通貨絡みの怪しげなプロジェクトに頭を突っ込んでいた。
家族を、故郷を見返す計画を進めている最中だった。
惨めな自分のまま、家族と再会し、伯父を見舞う屈辱は認められない。
沼崎は母親の願いを断った。
再起を賭けたプロジェクトが当然のように頓挫して間もなく、故郷から黒い縁取りの葉書が来た。
伯父の葬儀にも遂に帰らなかった。
そして、運命の411────。
伯父の死からちょうど一年後、一周忌のその日に大震災は起きた。
震災に紛れて実家へ帰り、家族と和解、被災した村人たちのケアにあたり、あわよくば過去を清算する。
震災発生直後そんなことを夢想したのだ。
やがて被害の全貌が明らかとなり、夢想はもろくも破れた。
震災は沼崎の想像を超えた大震災だった。
死に過ぎだ。
沼崎の目に、部屋の中に充満している大量の物資が、被災地に五年たった今も積み上げられている瓦礫の画像とダブって見えた。
歪な形状と歪んだ名称のサバイバルガジェットが、ネットの扇動家によって喧伝されている汚染地帯の植物、昆虫、鳥類、魚類、そして新生児たちのミュータント化現象の陰画に思えた。
サイトとブログの数十万字に及ぶ虚言と妄言は、自己嫌悪と自己肯定が打ち消し合い膨れ上がった自尊心の産物だ。
沼崎はパソコンのモニターの前で凍りついていた。
「あなた、大丈夫?」
気がつくと、分室の戸締りに来た警備員がその肩に手を置いて揺すぶっていた。
分室を出て、商店街を歩き、〈にしはた荘〉へ帰る沼崎。
階段を上がり、鍵を差し込むと手応えがない。
これは闇の組織の仕業ではない。
自分がドアを開けたまま外へ飛び出しただけだった。
闇の組織を望む自分がいるだけで、闇の組織も実はないのかもしれない。
部屋に入り、沼崎はまた万年床に並べられたサバイバルガジェットの前に座り込んだ。
沼崎はすべてを理解した。
ツチノコ星人(仮)が実際にいようといるまいと、この件に彼らは関係ない。
記憶を書き換えていたのは、3万人と50万戸と5基を生贄に、故郷との関係を修復しようとしたあの日の自分自身だったのだ。
(つづく)
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