Killers Must Die

42神 零

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英国上陸篇

02:激怒

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 零児と美月の前に佇んでいる少年は肩に撃ち込まれた銀色の弾丸を抜き取ると小さい体から放たれるとは思えないほどの重く、力強い足音を立てながら二人に近づく。一歩歩く事に瓦礫の山を踏み潰し、小さなクレーターを残しながら歩き、しばらく距離を詰めたら立ち止まると、二人を見つめる。



(この少年が…私を引きずり込んだ…!?嘘、でしょ…!?)



 美月は驚きすぎて言葉が出ない。自分の身長が百六十四センチ辺りに対し、目の前にいる少年の身長は推定百四十センチ、またはそれ以下。美月と少年の差は歴然だが、それを無視するかのように力強い腕力に呼吸、そして足踏みと、美月は絶句する。

 彼女が知る限り、悪魔と契約した人間は欲したものだけでなく、悪魔に取り憑かれる身となってしまうが故に、常人の域を超えるのが一般知識であるが、この少年は例外だった。

 ''強すぎる''。今まで遭遇してきた堕落者ネフィリムとは比較にならないほどの身体能力。力というものだけで、それ以外の言葉が思い浮かばない。それほど圧倒的で、すぐに日本の堕落者ネフィリムとロンドンの堕落者ネフィリムのレベルが違うと実感してしまう。



「あぁ?なんだおい。なんでカムイの女と堕落者ネフィリムがいるんだ?」

「まぁ、なんて言うんだ?成り行き?」



 本来共に行動するはずがない堕落者ネフィリムと神威。絶対にありえない組み合わせに疑問に思う少年だったが、零児は拳銃をぶらりとぶら下げたまま適当に答える。その際美月がなにか言おうとしていたが聞く耳を持たずに少年が言う。



「成り行き?おいなんだそりゃ?なんで堕落者ネフィリムであるテメェがその女を守る?どういう了見だ?」



 なにやら苛立っているのか、少年はドスの効いた声を発しながら零児に問う。今にも飛び出しそうな勢いで、鋭いと言うより重苦しい殺気が空気を重圧させ、息苦しくなるも零児は変わらない態度で、再び答えた。



「さぁな。でも困ってる女を助けるってのは、紳士として最低条件だと思うがな」



 先程悪魔化した男性が美月に渡そうとしていた薔薇を拾い、震えて動けない彼女の耳に掛ける。普段なら嫌がる美月だが、そんな余裕もなく呼吸を荒くして、少年に睨み付けるだけで何もしてこない。



「…てめぇ、訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。その女はカムイ、俺たち堕落者ネフィリムの敵だ!殺すべき相手だろうが!」

「ご生憎様、俺は神威とか興味無いんでね。そんなことより俺は…」



 零児の態度が気に食わないのか拳を強く握り、髑髏の仮面越しで鋭く睨み付ける。それでも零児は態度を変えずに懐から一枚の新聞紙を取り出し、ある記事を見せ付けた。

 その記事は被害者の頭部が何者かに握り潰されたような事件が記載されていた記事だった。これを見た美月は何かに気付いたのかハッと口を開けて目を見開き、記事を見上げる。



「こいつの犯人を知りたいんだよ。どうも動物やら悪魔やらやったように思えねぇんだが」



 まるで何もかも見透かしてるような言い分を放つ零児、その直後に空気がさらに重苦しくなる。普通の酸素に変わりないというのに、呼吸すらままならないように錯覚してしまうほどの重圧感に、美月はさらに震える。

 紛れもない殺気。目の前にいる少年から放たれる殺気だが、それだけでも常人の域を超越しているのがよくわかる。



「…ちっ、あぁそうとも!俺がぶっ殺してやった!なんの不自由もなく、平然と暮らしてる大人共が嫌いなんでね!!」



 少年は一人で怒り狂い、その小さな手で崩れた壁の破片を片手にすると二人に見せ付けるように伸ばす。あれで攻撃するんじゃないかと美月は睨むが、零児は未だに手をポケットに突っ込み、何もしない。



「それでどうする?俺と戦うか?もしそうならこれだけは言っておくぜ…」



 対して少年は二人の様子を見ながら、手にした壁の破片、言い換えればコンクリートの塊ごと手を握る。拳の中からグチャグチャではなく、ゴリゴリと何かが削れる音が聞こえてくると、指と指の間からコンクリートのものであろう白い粉がボロボロと落ちていく。

 簡単に握り潰された。粉砕機などでしか砕けないと言われている、あのコンクリートをいとも簡単に。最終的に塊は見るかげもなく、粉となって風に吹き飛ばされた。



「俺はなぁ、強いんだぜぇ?そこらのボクサーとかカムイとか比較にならねぇほどなぁ?」



 髑髏の仮面越しでニンマリと笑う少年は手のひらに付いた粉を振り払うと指をパキパキと鳴らし、第一関節だけ曲げると零児に向かって地面を蹴り飛ばす。その瞬間土煙だけ残して姿を消し、直後に美月の側から突風が吹き荒れると思えば背後から轟音が轟いた。

 あまりの展開に美月は思考が遅れ、轟音が鳴り止んだ頃でようやく気付き、ふと後ろを振り返ると少年が零児の頭部を鷲掴みにし、そのまま力で握り潰した。



「なっ…!!」



 コンクリートの時とは違い、グチャグチャと肉が千切れる音と骨が砕ける音が響き、彼のものであろう目玉や歯、鼻といった顔のパーツが血飛沫と共に地面にべチャリと付着する。美月はあまりのことに声が出せず、目を大きくしたままでその場から動けない。



「けど残念なことに、力が強すぎるせいで加減が出来ねぇけどなぁ!!」



 頭部を失った零児の胴体は膝から崩れ落ち、そのまま地面へと転がり落ちる前に少年は脚を使って腹部に回し蹴りをお見舞する。胴体だけの零児はくの字になり、吹っ飛ばされると地面に何度か叩き付けられ転がり回り、手榴弾や弾薬など様々な道具が散らばる中、最終的には壁へと衝突する。その際に土煙が舞い、晴れると胴体を中心に大きなクレーターが完成した。

 胴体はピクリとも動かない。絶対に有り得ないが、仮に頭部がないまま動けたとしても既に腕や脚が向いてはいけない方向へ曲がっているため歩くどころか動く事自体出来るはずがない。



「さぁ、次はテメェの番だぁ…女!!」

「っ…!!」



 満足気に笑い、大きく踏み込みながら美月に近付く少年。血がへばりついている手を握り、ゆっくりだが確実に前へと進む。美月は接近戦は自殺行為だと考えたのか、水を利用して刃を作り出すと自分の周囲に展開させ、自分の意思で水の刃を飛ばす。

 だが少年には無意味らしく、水の刃と拳が接触するとパァンと大きく弾き出され、水飛沫が飛散するだけで終わる。水とは言えどその威力は本物で、飛散した水が壁や地面に接触すると切り傷を作って着弾した。

 恐らくだが、彼女が作った水の刃は鉄をも容易く切り裂く威力だろう。それをあろうことか、少年は何事も無かったかのように弾いた。つまり、彼の皮膚や筋肉は鉄のそれ以上の強度を誇るという意味でもある。

 それでも美月は諦めない。水の刃が鬱陶しいと思った少年は再び地面を蹴り、一気に距離を縮めると拳を作って美月目掛けて飛び掛かる。美月は目で追えなかったものの、先程と同じならと消えた瞬間に距離を取り、槍を構える。

 そのわずか数秒後に少年の拳が地面につく。それだけで地面にクレーターが出来上がり、陥没させる。攻撃が外れ、腕をぐるぐると回し美月を見つめる少年はどこか余裕らしく、嫌な笑みを浮かべる。対して美月は「今のはまぐれ。そう簡単に何度も避けられない」と悟り、冷たい汗が頬を伝って地面に落ちる。

 対して少年はそんな美月を無視して次の行動へ出る。爆発したような爆音が聞こえた直後に美月は壁に押し倒される。首がグググと締め付けられ、気管と喉頭が一時的に潰れてしまう。



「どうした!!その程度かぁ!?カムイの女ぁ!!」



 少年と美月の体格差は歴然だと言うのに軽々と片手で首を持ち上げている。地面から離れ、体が浮かびながらも抵抗しようとする美月だが、呼吸が上手く通らないためか思うように体が動かない。ゆっくりと絞め殺すつもりなのだろうか、すぐに殺そうとしない少年はこれほどないくらい醜い笑みを見せる。

 首からメキメキと嫌な音が聞こえ、美月の口から泡のようなものが吹き出してきた。遠のく意識の中、美月は今までの過去が脳裏の中で振り返る。

 自分が十六夜家の長女として生まれたこと。その後に両親から酷い虐待を受け続けたこと。自分の目の前で両親が悪魔に殺されたことと、自分を助けてくれた神威の兵士達の姿を。

 この時から美月は覚悟していた。例え命を落としてまで、この世から悪魔を根絶やしにする、と。そのためだけに今まで悪魔を倒し、堕落者ネフィリム達を捕縛してきた。

 けど、今日で終わりだ。日本とじゃレベルが違いすぎる。このまま死ぬのを待つしかない。…美月は次第に力を失い始め、手足が重力に任せてぶら下がる。視界が暗くなる中、美月は悔しがる。こんなところで死にたくないと強く願う。




 するとどうだろうか。その願いが通じたのか一発の銃声が響いた。放たれた弾丸は美月を苦しめていた少年の腕を撃ち抜き、片腕がクルクルと回転しながら壁にべっとりと張り付く。



「痛ぇ!!」



 予期せぬ事態に少年は吹き飛ばされた腕を掴みながら止血を試みる。そして美月は苦しみから解放され、大きく咳き込むと泡を吐き捨て、ゆっくりと深呼吸をして脳と肺を回復させる。その中で一体誰がと思い、周囲を隈無く見渡すとありえない光景が広がっていた。

 なんと首のない黒服の男が自身の改造拳銃を構えて突っ立っている。銃口から火薬による煙が吹き出ているため間違いなく彼が撃ったのだろう。未だ片腕や片脚が有り得ない方向へ曲がっているが、特に何事も無かったかのように歩き始めると周囲の影が彼を中心にして集中し始める。



「まったく…ひでぇもんだぜ。せっかくの顔が台無しだ」



 影たちは彼の足元に集結すると身を纏い始め、片脚や片腕がグルグルと回転して元通りになり、首から上は脳みそを始めとする器官が回復し、その上から骨が覆いかぶさり、皮膚が再生すると黒髪が生え変わり、そしてハーフガスマスクが彼の口元を覆う。

 文字通り、彼の…八神零児の''再生能力''。とんでもない生命力を前に、美月は空いた口が塞がらない。と、ここであることを思い出し、再び地面を見ると転がっていたはずの目玉や歯、脳みその肉塊など見当たらず、代わりにそれらがズブズブと影となって地面に沈んでいく様子が見られた。



「よぉ、無事か?時間稼ぎご苦労さん、あとは俺に任せて下がってな」



 普通に歩き、少年に近付く零児は通りすがりに美月に耳打ちをしてから拳銃を構え、少年に向けたままその場から動かない。どうも少年の次の手がどう出るのか警戒しているらしい。

 殺し屋とはいえ警戒する。格好が付かないと思うが、彼にとってあの少年との戦いは初めてだ。どういう手を使ってくるのか、どういう攻撃をしてくるのか、どういう悪魔と契約しているのか未知数だらけだ。

 なら警戒する他ない。敵の情報も分からず、ただ突っ込むのは素人がやること。それこそこの戦場において真っ先に死ぬ人材だろう。零児はそれを理解しているからこそ様子見という警戒をする。



「て、てめぇ!?なんで生きてんだ!?」

「ちょっとしたマジックさ。ネタばらししちゃつまんねぇだろ?」



 腕を押さえつけながらも少年は零児の姿を見て驚くのに対し、零児は相も変わらない態度で適当に答える。全く理解出来ない少年だが、美月は頭の中で彼の能力について簡単な仮説を立てた。



(あいつの能力は…''影''?影を集めて体を再生させたというの?確かにあの時、あいつは影の中から出てきたから、間違いなく影に関する能力だと思うけど…体を再生させるとかそんなのありなの…!?)



 美月は影に関する能力に対してはそう驚かなかったが、なにより驚いたのが''体の再生''についてだ。これまで様々な能力を発現した堕落者ネフィリムを見てきた美月だったが、零児が持つ能力は群を抜いて異常そのものだった。

 確かに堕落者ネフィリムは脳、もしくは心臓を破壊しない限り死には至らないが''体を再生させる''というケースは今まで見たこともなければ聞いたことも無い。何よりも、少年が零児の脳を破壊させたというのに関係なく平然と再生させているため驚くのも無理もない。

 まさに異例。彼は常人の域ではなく、それどころかこの世の常識の域の線を超えている。だからこそ美月はこの人物が危険だと判断し、野放しにする訳には行かないと決意が固まる。

 だがここで、さらなる疑問が生じる。敵である神威を助け、何故同族である堕落者ネフィリムを付け狙うのか。決して堕落者ネフィリム同士は仲がいいという訳では無いが、殺し合うことなんてまずない。互いにメリットがないからだ。しかし零児は違う。どう言ったメリットなんか求めず、ただ単に一方的な殺意を剥き出しにして殺しにかかっている。

 そこへ美月はあることを思い出す。日本の神威にも同じような現象が発生してると資料で見た事があると。自分が堕落者ネフィリムでありながら、同族の堕落者ネフィリムや悪魔を喰らい尽くすような殺し方をする男がいる、と。

 その男の名は…



「''悪魔喰らいグラトニー''…!」



 グラトニー。暴食旺盛で、目に映るものならば人であろうと悪魔であろうと、血肉の一片や一滴残さず、骨まで喰らい尽くしてしまう、第一級に指定している危険人物。ただあくまで呼び名などは神威がそう名付けているだけで本人はどうと思っていないようだが。

 何故神威や一般人を襲わずにして、堕落者ネフィリムのみを襲うのか不明だが、被害にあった者の死体はその時に身につけていた衣服やアクセサリーのみを残し、肝心な身体はどこかへと消えている。決して神隠しなどの類ではなく、争った形跡なのか必ずしも''誰かに食い千切られたような跡が残っている''ため、この名がついたそうだ。



「それより、よくもまぁやってくれたもんだ。そっちから攻撃してきたってことは、宣戦布告ってことでいいんだな?」



 美月を無視して零児はゴリゴリと首を鳴らしてニヤリと怪しく笑うと拳銃を構え、照準を地面に向ける。その銃口の先にはいつの間にか敷かれた手榴弾が転がっていた。



「なっ!?」



 少年が気付いた頃にはもう遅い。引き金を引くと弾丸が撃ち込まれ、手榴弾に着弾すると大爆発を起こす。衝撃波が飛び、手榴弾の破片が熱と共に飛び散る中、美月の前に影の壁が形成され、それらから身を守る。

 何故そうまでして神威を守るのか、美月は理解出来なかった。ただ今は呼吸を整えるだけで精一杯でその場からは満足に動けない。対して零児は表に出て爆発を眺めながらも「焦げくせぇ」と一言言うだけで何も言わない。



(そうか…あの時に手榴弾を…)



 身を守られながらも美月はある事を思い出す。それは頭を握り潰され、少年の蹴りによって吹き飛ばされた時だった。あの時何度も地面に打ちつけられ、ポーチに入ってた手榴弾が散らばっていたことに気付く。

 だが、美月と少年が戦ってる時には消えて無くなっていた。そして今こうやって手榴弾が再び地面の上に現れている…と、言うことは。



「あぁ、そうだ。影を利用した」

「…!」



 いつの間にか目の前に現れた零児に驚き、咳き込む美月。思考を読まれたと思った美月だったが、どうも零児が言うには「表情で分かった」という。



「お前さんが思う通り、俺は影を操ることが出来る。形を変化させたり、現実に干渉させたり…使い方は全部ここだ」



 と、零児は頭に指をさす。彼が言いたいのは要するに、最弱な力を持っていたとしてもその使用者によっては化ける、と言うことだろう。



「け、けどその力を使ってどうするつもり?まさかその力を使って___」

「アホか、俺をアイツと同じ扱いすんな。俺が悪魔を頼る時は、悪魔か堕落者ネフィリム相手ぐらいしかいねぇ」



 彼の言う通りだった。美月は少し前を振り返ってみると、自分を奇襲から守ってくれた時も、自分が攻撃してきた時も、少年に攻撃される前も全て''契約した悪魔を頼っていない''。その全てが自分の知識と身体能力だけで事を運んでいることに鳥肌が立つ。

 しかしまぁ、思い返したら零児も只者じゃない。奇襲してきた悪魔に対する射撃精度、認識票を奪われた時の完璧な計算、状況に応じて先を計画する判断能力と、全てにおいて常人の域を超えている。

 では何故、彼は堕落したのか。そこまで完璧に近い頭脳と身体能力を持ち合わせているというにも関わらず、何を犠牲にして何を欲するのか。美月には理解出来なかった。

 いや、出来なかったと言うより、その話には触れては行けない気がした。理由は特にこうと言ったものはないが、言うなれば神威兵としての勘だろう。



「それに見ろよ。向こうも殺る気満々ってところだぜ?」



 爆発による煙の奥から人影が蠢く。美月は零児の意味深な言葉に首を傾げると覆っていた煙が晴れると瓦礫の山の中から少年が飛び出し、鋭く零児を睨み付ける。そしてグググと背を丸くして体全体に力を入れると肩甲骨辺りからもう二本、皮膚を突き破って出現した。

 血で真っ赤に染まった第三、第四の腕は次第に変色し黒く染まるとムクムクと肥大化させ、最終的には自分の体を覆うほどの巨大な手のひらとなって膨れ上がった。



「久しぶりだぜぇ…こんなにイラついたのはぁ…!!」



 圧倒的な殺意に空気が震える。零児は特に何ともないように突っ立っているが、美月は圧に押し負け、膝を着いてしまう。怒りのあまりか、少年の髑髏の仮面が半分割れており、頬から首根元にかけて黒いヒビのようなものが亀裂のように走る。

 メキメキと嫌な音をたてながら、もはや翼とも言えるほど巨大な第三、第四の腕を地面に付けると、指の第一関節を折り曲げて身構える。どうも懲りずに突っ込んでくるらしい。



「おい、耳を貸せ」



 そんな少年に対して零児は特に身構えることなく、美月に近付くと耳元でゴニョゴニョと何かを伝えると、あるものを手渡した。それを聞いた美月か目を見開いて驚いていたが、この状況の突破口はこれしかないと判断し、敵である堕落者零児の作戦を渋々承認する。

 それが気に食わないのか、少年の苛立ちがさらに加速する。手首からは禍々しい棘のようなものが逆立ち、より凶悪な見た目に変化する。

 そして時が来た。タメに溜め込んだ力を解放させ、轟音と共に発射される。銃などではなく、撃ち出された大砲の玉のように突っ込んでくる少年は零児をぶん殴り、そのまま吹き飛ばす。遅れて衝撃波と突風が来ると零児は紙くずのように吹き飛び、壁に何度も撃ち付かれては貫通し、あの噴水広場まで辿り着くと受け身を取って勢いを殺す。

 ペッと口に溜まった血溜まりを吐き出すもすぐに少年の攻撃が続く。今度は大きく飛んだと思えば零児目掛けて大きな腕を使って叩き潰そうとする。零児はすぐに回避し、すれ違い様に銃を構え、二発、三発と弾丸を撃ち込むが、巨大過ぎる腕に妨害され弾かれてしまう。



「まぁ、そりゃそうだろうな」



 逃げ惑う人々の中、零児は自分の拳銃を見て苦笑いする。さっきまで賑わっていた噴水広場は一瞬にして崩壊し、今となっては悲鳴が響き渡り、人々が逃げ惑う地獄と化す。

 その噴水の中央、少年はズシリズシリと小さな体格とは裏腹に重々しい足音を立てながら零児に近付いていく。



「テメェ…名前は?」

「あ?」



 歩みを止めたと思えば、少年は指を差して名前を訊ねてきた。突然の質問に零児は訳が分からないと一文字で返すが、少年は立て続けに聞く。



「俺はなぁ、テメェみたいに強いヤツが好きなんだよ。殺しがいってもんがあるからな」

「そりゃそうかい。認められて光栄ってか?世間から悪魔喰らいグラトニーなんて呼ばれてるぜ?」



 零児は殺し屋として本名を隠すためか、敢えて神威らから呼ばれている仮名コードネームで名乗った。正直にいえば零児はこの名が嫌いだった、誰からか名を付けられ、それに恐れられては狙われる。まるでペットのような扱いを受けることに反吐が出そうになるが、ここは我慢して余裕の態度を変えずにニンマリと笑う。



悪魔喰らいグラトニー…。ニホンの第一級危険人物に認定されてる堕落者ネフィリムってわけか…どおりで強いわけだ」



 そして零児がこの名前を嫌う理由がもうひとつある。それはあまりにも噂というネットワークに広がっているからだ。ひとたびこの名を聞いた裏社会関係者は知らない人なんていないだろう、それほど有名になっている。

 何せ第一級だ。嫌でも世間から目を付けられ、目立ってしまうだろう。とはいえ、まさか日本を越えてまでその名前が耳にしているとは思ってもいなかったのか、零児は苦笑いする。



「で、悪魔喰らいグラトニーよぉ。なんでその力を利用しねぇんだ?その力があればどんなものでも殺せるし、なんだって出来る。最高だとは思わねぇか?」



 少年は何を思ったのか苛立ちを募らせながら、零児と対話を仕掛けてきた。突然の対話に零児はため息を付きながら渋々耳を傾けるだけで返事をしない。

 それを言い事に、少年は好きなように、満足するまで零児に語り掛ける。



「この世は''力''が全てだ。弱いやつは食われ、強いやつだけが生き残る。馬鹿でも分かりやすいルールだろ?昔からそうだぁ、いつどの時代でも力のあるやつだけ歴史に刻まれてやがる。世の中はなぁ、弱者なんて見て見ぬふりだぁ!だったらどうするよ!?力を付けるしかねぇだろぉ!?同じ堕落者同族としてテメェも分かるってもんだろぉ!?なぁおい!?」



 感情が高まり、拳を作りながら語る少年の背後から赤黒い魔法陣が展開され、中から人間の頭蓋骨を持つ黒い獅子''暴虐の帝王・ディアボロ''という暴虐の名を関する悪魔が降り立った。

 ディアボロは零児を見るなり喉を鳴らし、口元からヨダレを垂れ流しながら睨み付ける。恐らく…いや、絶対にディアボロが少年と契約した悪魔の正体なのだろう。



「だったらよぉ…悪魔喰らいグラトニー…ぶっ壊そうぜぇ…!!殺し合いなんて今すぐやめてぇ…こんな腐った世の中を、何もかも!!弱者も、強者もない平等な世の中を作り直そうじゃねぇか!!」



 高々と大きく笑い、地面を揺らすほどの咆哮を上げる少年とディアボロ。対して零児は目を瞑り、うんうんと何か納得した様子で逃げも隠れもしない。

 明らかに零児を誘っている。敵意こそ剥き出しだが、どうも少年は零児の持つ強さというのに惚れ込んだらしい。だからこその誘い、だからこその説得、だからこそのチャンスを零児に与える。



「力、ねぇ…。オーケー…」



 そして零児は動く。自分の中で何か結論が付いたのか、ゆっくりと歩くと持っていた銃を捨て、手ぶらのまま近付く。

 「分かってくれたのか」、少年はそう確信したのか、零児に手を差し伸べ___




___ドスッ

 何かが貫く音がした。と、同時に少年の口から血が飛び散り、腹部から赤い液体が勢いよく噴出する。近距離まで迫っていた零児はその血を浴びながらもニィと笑う。

 そして次にくるのが痛み。少年はその痛みが発生する場所へと視線を合わせると、腹部が''黒い何か''によって貫かれているのが分かる。

 零児の腕ではない。彼ならやりかねないがそうでは無い。腕なんかでは比較にならないほど大きく、太く、そして禍々しい形をしたものが少年の体を貫いている。



「ぐっ…!!」



 血が吹き出し、苦痛により表情が歪む少年はディアボロに指示を出す。ディアボロは巨大で太い腕を振るい、零児を押し潰そうとするが、一度貫いてた''何か''を引き抜かれると距離を取られ、攻撃が空を切るだけに終わる。

 標的を失った腕は地面に接触すると地面が陥没し、大きな亀裂が大地を掛け、近くにあった建造物を真っ二つにする。当然逃げ惑う人々も巻き込まれてしまい、吹き飛んだり、陥没した地面へ落ちたり、酷い時には肉塊になって転がったりと被害者が続出する。

 そんな中、そこで初めて少年は零児が手に持つ黒い物体を理解した。

 結論から言えば、彼が持っているのは''ノコギリ''のようなものだった。ただノコギリではなく、ノコギリのような何かであって普通のものじゃない。

 まずはその大きさ。刀身もそうだが、何よりもでかく、握る柄の部分でさえ零児の身長と同等の、それ以上の大きさを誇っているため、柄と刀身含む大きさは軽く二メートルは超えている。

 そしてその刀身。刃にあたる部分は禍々しく大小様々な大きさを持つ獣の牙のような刃が立ち並ぶ。その牙のような刃から半透明の液体がこぼれ落ち、地面に接触すると煙を立ち昇らせながら溶かしていく。

 最後に色。柄、刃、刀身全てにおいて黒一色で統一され、薄い濃い関係なく平等な色なので''影そのもの''が具現化したようにも見える。

 決して人が扱えるようなものじゃないノコギリのようなものを、零児は軽々と片手で持ち、肩に担ぎながら鼻で笑う。



「なんだよ…それ…!?」

「あ?別になんだっていいだろ?」



 この世のものとは思えないものを見て目を見開く少年は指を差してなんなのかと問うが零児はそんなことどうでもいと適当に答える。納得出来ない少年は苦虫を潰したような表情をして拳を握りしめる。

 その様子を見た零児は付着した返り血を拭き取り、手に持つノコギリ型の影をクルクルと回し、剣先を少年に向ける。



「ただこれだけは答えてやる。俺は最強やら力なんてものに興味はない。むしろそんなのクソ喰らえだ。けど、俺はお前さんのように行き過ぎた力を利用して暴走するクソ野郎殺人鬼が大嫌いなんだよ!!」



 初めて見せる、零児の怒り。少年とは違って重くない殺意だが、殺気だけで自分の首が跳ねられたと錯覚する程の鋭さがある。現に少年は味わってしまった。零児という男の鋭すぎる殺気に。

 証拠として頬に冷たい嫌な汗が流れ、体がガタガタと震える。武者震いでもなければ痛みによる震えでもない。

 ''恐怖''、紛れもない恐怖というものが彼を包み込み、心臓の鼓動と血管の流れを早める。



(な、なんだこれ…!!どうして震えが止まらない…!!俺は…俺はあいつを怖がってる…!?そんな馬鹿な…俺は強いんだぞ…!!俺は強い俺は強い俺は強い俺は強い俺は強い俺は強い俺は強い俺は強い俺は強いぃ!!)



 自分は怖くない。あの悪魔喰らいネフィリムとは比にならないほどの力を得ていると何度も自己暗示をするが、それでも震えが止まらない。怖くないと脳で理解していても体の言うことは素直で、ガタガタと震えるだけで変化がない。

 拳を握り締め続けた結果手のひらから血が流れ、ぽたぽたとその場を赤く染め上げると怒りの形相で零児を睨み付け、口を開く。



「ふざけんなあぁ!!!」



 耳を塞いでも鼓膜が破けてしまいそうな大音量で怒号の声を上げる少年。そしてディアボロを置いて飛び出すと零児を蹴り飛ばし、建造物の中へとぶち込む。

 壁を貫通して屋内へ入る零児だが、ガードしていたためある程度ダメージを防げたものの何本か骨が折れてしまうものの何事も無かったかのように立ち上がる。



『ははっ、カッコイイなァレイちゃん。行き過ぎた力を利用する奴を殺したいッて?こいつァ傑作だなァ!!』



 こんな状況でも呑気に喋るノコギリもといアンブラは、零児を見るなりギャハハと下品に笑う。それに合わせて牙の形も変化して、ヨダレも飛び散るが零児はグルグルと回しながら鼻で笑う。



「やっと''起きやがったか''。この寝坊助野郎」



 零児が言うには、どうもアンブラは先程まで''睡眠''を取っていたようだ。今思えば神威の美月との会話から今に至ってアンブラが一言も発していなかったのはこのためだったのだろう。

 では何故睡眠をとっていたのか。それはアンブラなりにちゃんとした理由がある。



『そりゃそうだろうが。オレ様は人間の会話とか聞いても退屈だからすぐ寝ちまうんだよ。飯しか興味ねェ!!』



 …なんともくだらない理由だが、アンブラらしいと言うべきか、なんというべきか。ともかくアンブラはあの時、少年の血を飲んだため一気に覚醒したらしい。

 そんなアンブラを見て呆れたのか零児はため息を付くと、ノコギリを片手に身構えて攻撃態勢に入る。



「何度も聞いたぜ、そのくだらねぇ理由。ほら、敵さんも来るからとっとと俺に合わせな」

『あ?なに、今どんな状況なんだァ?』



 今の状況に理解が追いついてないのかとぼけるアンブラを置いて、零児は壁に向かって走り出し、ノコギリを使って真っ二つにすると隣の屋内へと移動する。

 その直後背後から大きな爆発音が轟き、土煙と共に建物を崩壊させる。どうやら巨大な何かが建造物に直撃したらしい。



『どわああァァァ!?なんじャありゃあぁ!?』

「騒ぐな。舌噛むぞ」



 あらゆる家具を避けつつも、零児は冷静に壁を破壊しては隣の建造物に入り込み、回避を続ける。背後からは相変わらず巨大な何かが直撃していき、大きな物音を立てながら崩壊していく。

 避けている最中、ふと窓に目をやると噴水の上で踏み込みを行い、その衝撃でせり上がった岩の柱をぶん殴り、巨大な岩の塊をぶつけてくる少年の姿があった。



『レレ、レイちゃん!?あのガキんちょ!!元気すぎやしねェか!?つか何あれ!?腕!!腕増えてるゥ!!』

「お前、悪魔だろ。そんなに驚いてどーするんだ?」

『どうするも何も!?あんなガキんちょいりゃ悪魔でも驚くわ!!』



 次々と投げ出される大岩を回避しながら喚くアンブラと冷静に対応する零児。人間か喚き散らし、悪魔が大笑いするという反応が普通だが何度も死にそうになった経験をした零児にとって、こんな状況なんて日常茶飯事なのだろう。

 それはさておき、零児は先程から影を使っては鎖状にしてそれを窓から飛ばして反撃を試みるが、飛んできた大多数の鎖に対して少年は避けたり、攻撃して軌道を逸らしたりとあらゆる手段を使って全て回避する。



『おい下手くそ!!どこ狙ってやがんだァ!?』

「耳元でギャーギャー騒ぐな、鬱陶しい。けど安心しな。テメェが呑気に寝てる間に対策ぐらい立ててやらぁ」

『馬鹿言え!!これのどーこが大丈夫なんだよォ!?このままじゃ一方的だぜェ!?』

「いや、それでいいんだよ」

『ハァ!?』



 そう、零児は決して逃げ回ってるのではない。なにか策略があるようで、屋内を通してグルグルと少年の周囲を回りながら鎖を投げ続ける。考えることが苦手なアンブラは零児の思考が読めず、ただ影となって逃げるのに精一杯だった。

 しかし零児は違う。アンブラを見つめるなり片腕を広げるとニヤリとマスク越しで笑いながら鎖を投げると、その場で立ち止まった。それを見たアンブラは一瞬驚くが、考えるのをやめて零児の指示に従うと広げた片腕にその身を纏い始める。

 直後、大岩が接近し零児とアンブラを巻き込み___
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