Killers Must Die

42神 零

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英国上陸篇

03:暴虐

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 ___その頃、少年は。



「オラオラぁ!!逃げてるだけかぁ!?」



 何もしてこない零児をいいことに次から次へと大岩を投げ飛ばし、次々と建造物を破壊していく。大きく崩れた建物は土煙が舞うと一瞬にして瓦礫の山と化し、逃げ遅れた人々は巻き込まれ、みな平等に下敷きになって潰れてしまう。

 その様子を少年は満足そうに見つめると肩をガクッと下げて息を荒くする。額から汗が流れているため、いくら力があったとしても体力が持たなかったのだろう。



「はぁ…はぁ…!!さすがに…今度こそ…死んだ、だろぉ…!?」



 崩れゆく建造物を眺めながら、少年は言う。根拠はないが、何かしらの手応えを感じたのか零児が死んだと思い込むと大きく笑い、腕をバキバキと骨を鳴らす。



「冥土の土産に教えといてやるよォ…俺は''デストロイ''!!気に入らねぇやつはぶっ壊すだけだ!!あの世でよーく覚えておくことだぜぇ!!悪魔喰らいグラトニー!!」



 今更すぎる自己紹介に大笑いする少年もといデストロイ。ただこれは本名ではなく、彼自身が考えた仮名なのだろう。なんの捻りもない名前だが、そんなこと言ってる場合ではない。零児が動けない以上、彼の暴走を止められやしない。

 しかし、いつまで経っても動く気配がない。先程までの爆発音と逃げ惑う人々の悲鳴が嘘のように静まり返り、逆に言葉に出来ない静寂が噴水広場を包み込む。



『グルルル…』

「あ?今回ばかりテメェの出番はねぇよ。もう終わっちまったからなぁ」



 暴虐の帝王ことディアボロは喉を鳴らすと、デストロイは言葉が通じているのか鼻で笑いながらそう答える。他人から見たら何を喋っているのか分からないが、さしづめ「暴れ足りない」とでも言っているのだろう。

 崩壊した噴水広場は既に生き残った人々はおらず、みな逃げたか、それか逃げ遅れて殺されてしまったかのどちらかだろう、何も聞こえず、何も気配を感じない。先程まで賑わっていた噴水広場が今となっては建造物が半壊され、地面には亀裂が走り、中央には悪魔と堕落者ネフィリムがいる状態。

 その光景が面白くて仕方ないのか、デストロイは一人大笑いをする。かの悪魔喰らいグラトニーを殺せた、それだけで満足だと言いたげそうに。




 だがその後、彼の笑いも一瞬にして消え失せる。何故なら建造物の窓から黒い矢印のような矢が大量に発射されたからだ。



「なにっ!?」



 突然の奇襲に、デストロイは踏み込みを入れて陥没した地面を立ち上げて盾として身を守る。やや遅れたものの防御は間に合い、何とか串刺しにされずに済んだが、盾にしていた地面も一瞬にして塵となり、粉と煙と共に消え失せ、風に流される。

 そこで目にしてしまった。奥からやってくる黒づくめの男の姿を。ただ先程と打って違い、右腕が''巨大なクロスボウガン''のような物を装備している。恐らくだが、今さっきの黒い矢はあのボウガンから放たれたものだろう。



(ノコギリの大剣がない…てことはあれも''影''か…!?)



 武器そのものの形が変わり、目を見開いて驚くデストロイ。無理もないだろう、殺したと思ってた人物が額から血を流してるだけで今度はクロスボウガンを装備されてしまっては驚く他ない。

 傷こそ着いているものの、零児は痛がる様子もなく、いつものように流れた血を舌で舐め取り、ニィと笑いながらクロスボウガンを構える。



「なんで生きてるんだって顔だな。けどネタばらしは無しだ」



 そう言うと零児はクロスボウガンをありえない速度で連射して上空へ飛ばす。一瞬にして黒い矢の雨をデストロイとディアボロに襲い掛かる。

 ディアボロは口から灰色の光弾を発射させ、降り注ぐ矢の雨を吹き飛ばすも全て破壊しきれず、残った矢が一人と一体に降り注ぐ。



「くそがぁっ!!」



 上空からの攻撃により、地面の盾も使えないと理解したデストロイは第三、第四の腕を交差させ、傘の要領で身を守る。幸い黒く変色してる部分が鉄のように硬いため難を凌げたが、壊すことしか出来ないディアボロが直撃し、体の至る所に体を貫かれ、黒い血を撒き散らす。

 大量に降り注いだ矢の雨を切り抜けると次にどこからか大声が聞こえてくる。方向からして上空、ふと上を見ると今度は巨大な黒い鎚を両手で持ち、振り上げて落下する零児の姿が。



(まさか…!!あの矢は…!!)



 零児の考え事に気付いたデストロイは落ちてくる零児に身構えながら思考する。今やっと気付いたようだが、時既に遅し。

 デストロイの代わりにディアボロが飛び出し、何とか阻止しようとするが周囲の影から巨大な蛇のような首が何本も伸び、飛び上がってくるディアボロを捕らえては地面に叩き付ける。

 アンブラの援護を受けながらも零児は地面に接触すると同時に振り上げた鎚を思い切り振り落とす。すかさずデストロイは第三、第四の腕を交差させ攻撃と衝撃に備えるように身を屈めるが、落とされた鎚は思いのほか超重量で、一瞬にして体勢を崩される。

 体が吹き飛び、なんとか受け身を取ろうと体勢を整えるデストロイだったが、間髪入れずに今度は真っ黒な大槍が飛んできた。すぐに身を屈めて回避しようにもその速度は尋常じゃなく、風を貫いては第三の腕を持っていかれ、遅れて突風が吹き荒れる。

 正面を見ると先程と同じ形の槍を影の中から取り出す零児の姿が見えた。今の攻撃も間違いなく彼のものだろう。



(くそ…!!くそっ…!!)



 久しく忘れていた恐怖に、デストロイは身を震わせる。零児の戦略もそうだが、彼が何より怖がっていたのはその能力。影であるとはいえ、現実と干渉している以上打ち返すことも出来れば破壊することなんて増してや容易いものだが、それよりも恐ろしいものを見て恐怖する。



(先が読めねぇ…!!あの野郎、影を使うから次の攻撃パターンが分からねぇ…!!)



 デストロイが怖がっているもの、それは''零児の行動パターン''である。影を操る零児はその特徴を最大限に生かし、状況に応じて武器の変換をしている。

 とどのつまり、パターンが存在しない。仮にそれがあったとしても数百、数千、数万と数億と…数え切れない程だろう。それを全て知る者なんてこの世に存在しないし、なによりも相手は日本中で名を馳せている伝説の殺し屋。

 勝てる見込みなんて最初からなかったのだ。デストロイが最初先制攻撃をした時も、あれはわざと攻撃をくらい、自分の行動パターンと殺し方の癖、そして計画していた手榴弾のばら撒きと、何を置いても零児には勝てなかった。

 そう思うとデストロイは心の奥底から胸糞悪い気分になり、さらに苛立ちを募らせ、頬の亀裂がさらに大きく割れ始める。苛立ちと恐怖が混ざりながらも、飛んでくる零児相手に身を構え、拳を作って迎え撃とうとする。

 大槍を持った零児は接近戦へ展開。突きを中心とした攻撃でデストロイに反撃の猶予も与えない速度で攻撃する。対してデストロイは飛んでくる突き攻撃を腕で弾き返し、反撃の様子を伺い、一瞬の隙を見出して零児の頭部へ殴ろうとする。

 怒りを込めた一撃。常人、いや同族の堕落者ネフィリムが受ければ頭部どころか体そのものが吹き飛ぶであろう速度で放たれる拳。だが零児はその一瞬の中、槍を振り上げると再び形を変え、今度は大鎌に変形させると拳に向かって振り下ろそうとする。

 形が変わったことに気付いたデストロイは殴るのを中断させ、上半身を逸らして鎌の攻撃を避けるが、第四の腕が直撃し、綺麗な断面を残したまま地面に落ちる。と、背後にあった噴水が一瞬にして真っ二つになり、地下にあった水道管が破裂して雨のように水が降り注ぐ。



「一瞬にして体勢を変えたか。どうも強化されているのは筋肉や皮膚だけじゃなく、動体視力も向上してるみたいだな」

「黙れぇ!!」



 こんな状況でも余裕の態度を変えない零児にブチ切れながらも片腕一本で対応するデストロイ。倒れてもおかしくない状況だが、それどころか反撃する一方で倒れる気配がない…彼のタフネスさが伺える。

 だが零児は容赦しない。例え相手の腕が全て無くなったとしても同情せず、ただ己が持つ武器を振るい続ける。その命を刈り取るまで。



「お前に何がわかる!?弱きものが一方的に強いものに食われるその虚しさを!!悲しみを!!この痛みを!!」



 大鎌の刃とデストロイの拳がぶつかりと火花が散り、その最中でデストロイは悲痛の叫びをあげる。戦いによる痛みではなく、何かしらの過去を背負っているのか、気がつけば彼の目から一滴の涙が溢れている。



「俺は…俺たちは食われてきた!!強い奴らに、何もかも!!」



 デストロイの一撃。だが零児はすかさず後ろへ下がり拳を回避すると巨大な地割れが発生し、衝撃波によって吹き飛ばされる。

 近くにあった塔型の建造物に直撃するとすぐに立ち直り、壁に足を付けて身を屈めるも、すかさずデストロイが飛んできた。土煙が発生し、中から零児が飛び出し、さらには塔の上部分を片手で持ち上げ、槍の要領でぶん投げるデストロイ。



「だから今度は俺が奪ってやるんだよ…!!奴らから何もかも!!全てなぁ!!」



 迫り来る塔を前に零児は着地して受け身を大鎌をクルクルと回し構えると下斜めから上斜めにかけて一閃する。勢いが死なず、真っ二つになりながら地面を抉り、巨大な土煙を巻き上げる。

 その直後蛇型のアンブラが空中に留まっているデストロイに向かって首を伸ばすと口を開いて飲み込んだ。が、その直後に首根元が大きく膨らむと影の中から片腕だけのデストロイが飛び出し、アンブラの体を伝ってスライディングして接近すると再び飛んで拳を構える。

 対して零児は大鎌を拳に取り込むと同時に周囲の影を吸収し、身の丈を超える拳を形成して攻撃態勢に入る。そして勢いよく飛び出したデストロイの拳と零児の拳がぶつかり、周囲の空気を震わせながらも激突する。

 が、それも一瞬で終わる。限界に達したのか、デストロイの拳は一瞬にして崩壊し、とうとう計四つの腕全てを失う形となって、再び空中へ吹っ飛ばされる。

 _負けてたまるか。その一心でディアボロに指示を出す。命令を受けたディアボロは地面に腕を突っ込むと自身が持つ腕力で無理矢理抉り取るとデストロイに向かってぶん投げる。計画通りと笑い、その岩を足場として利用し、体勢を整えてから再び突っ込もうとするが、その考えも一瞬にして終わりを告げる。



「!?」



 デストロイの体が動かなくなった。一瞬何が起きたのか分からないようで、気がつけば自身の体が鎖に巻き付けられていることに気付く。



「なん、だこりゃ…!?」

「影特製の鎖だ。力馬鹿のお前でもそう簡単にちぎれやしねぇよ」



 じたばたと足をバタつかせ、抵抗するもどんな力があったとしても腕がない以上そう簡単に鎖は解けない。おまけに鎖のひとつひとつに鋭い棘があるので、暴れる度に肉がくい込み、苦痛を伴うついでにより複雑に絡み合う。

 ではいつこのような鎖を空中に張り巡らせたのか。デストロイは今までの出来事を振り返るが一瞬で思い出す。



「まさか…あの時…!!」

「あぁ、そうさ。あの時適当に鎖を投げた時さ」



 二人が言うあの時。それは零児が建造物の中で回避しつつ、デストロイに向けて鎖を投げていた時だった。あの時零児は決してデストロイを狙っておらず、最初からこのために罠を仕掛けていた。

 よくよく考えたら零児のひとつひとつの行動に無駄が無かった。塔型の建造物に衝突したのも鎖を悟られないため、屋内から鎖を発射させたのはより強く、より複雑に鎖を絡み取るため、そして…



『オラァ!!』

『グルァアァァ!!』



 アンブラの蛇形態はディアボロの動きを封じるため。その長い胴体と複数の首を使ってディアボロの体を締め付け、身動きを取れないように拘束する。丸太より太い首から締め出されると一溜りもなく、ディアボロからメキメキと骨が軋む嫌な音が聞こえてくる。



「てめ…!!最初からそのつもりで…!!」

「いいや、最後にもう一つ。とっておきの仕掛けを残してる」



 全てはめられた事に歯をギィと食いしばるデストロイに零児は小さく笑うと耳に手を当てて息を吸い込む。一体何をするつもりなのかとデストロイは首を傾げるが、その答えはすぐにわかった。



「今だ!!やれ、美月!!」



 零児が最後にとっておいた仕掛け。それは十六夜美月という存在。耳に小型デバイスでも備えていたのか、零児はそのデバイスに向かって大声で指示を出す。

 その頃、とある別の塔型の建造物の上。黒髪ポニーテールの女性、美月は片手に槍を持って構えると腕を思い切って引き絞る。



「気安く指示を…出すんじゃないわよ!!」



 そして引き絞られた腕を前に投げ飛ばし、握られた槍を手放して勢いよく発射される。ただ奇妙なことに、槍の切っ先には一枚の御札のようなものが突き刺さっている。見たことの無い文字で書かれたその札は昔存在したかどうか疑わしい霊媒師が扱っていた御札や、かの安倍晴明で有名な陰陽師が使う類ではない。

 正しくいえば、美月が装備している本''聖書''の一ページ。本来ならこれをばら撒き、結界を生み出しては対象の悪魔や堕落者ネフィリムの逃亡を阻止するものだが、こういう使い方をするのは美月にとって初めての試みなのだろう。

 とはいえ、美月も長年神威兵を務めた人間。槍のコントロールとしては完璧で数百メートル離れていると言うにも関わらず、一撃で狙い目である胴体を貫いた。そう、貫いたのだ。弾丸をも弾く程の強度を持つ筋力と皮膚を併せ持つというのに。



「がはぁ…!?」



 予期せぬ事態に口から血を吐き出し苦しむデストロイ。そんな彼を他所に聖書の効果が発動し、デストロイ自身に結界が張り巡らされ、身動きひとつ動かせず拘束されてしまった。

 その様子を遠くから見た美月は開いた口が塞がらず、零児は「よくやった」と言わんばかり親指を立ててサインを送る。この様子からしてこんな作戦を立案したのは美月ではない。







「え…、あんたの作戦?」



 立案したのは零児。デストロイが第三、第四の腕を生やしてる時に''即席''で立ち上げた作戦である。

 その内容は至って単純。一度デストロイと零児は美月から引き剥がし、噴水広場で戦って時間稼ぎをする。その間に美月は高台へ移動、槍に聖書の一枚を破り捨てて先端にセットする。そして屋内で鎖の準備と同時に時間を稼いでおびき寄せる。最後に美月の槍で相手を貫く、というもの。

 確かに悪くない作戦だ。これがもし成功すれば生存率はグッと上がるだろう。しかし美月にはひとつ不安があった。



「そう言ってるけど…あんた、アイツの皮膚の硬さ知ってんの?銀弾を弾くのよ?いくら何でも私の槍が効果的なんて…」

「いや、そうでもない。取り敢えず死にたくなかったら俺の言う通りにやれ」



 美月が抱いてる不安。それは万が一その槍の攻撃が弾かれたらどうするのか、というもの。デストロイの皮膚は鉄のように硬く、並の武器じゃ傷を付けること自体難しいだろう。

 だが零児はそんな不安ないとキッパリと言う。何か確証があるようでニヤリと笑うと小型デバイスを渡してそれ以上のことは何も言わなかった。







「…あ、あぁ…そういうこと、だったのね…」



 拘束されて苦しむデストロイを遠くから見つめ、何かに気付いた美月は一人で納得すると体を震わせる。鳥肌が止まらない、悪魔に頼らずにここまで正確な作戦を思い付く零児の頭脳に。

 取り敢えず自分の役目を終えた美月は高台から降りて、急いで現場へと駆け付ける。先程から胸騒ぎが収まらない。零児の作戦といい、今後零児が起こす行動といい、どちらにせよ足を急がせて現場へと急行する。



「くそっ…がぁ!!なん、でだ…よ!!」

「知りたいか?ご自慢のタフネスさが通用しない理由を」



 身にまとわりつく結界のせいで体の自由が効かず、地面に這いつくばってるデストロイの前に、零児はあるものの説明をする。それはデストロイが持つ筋肉と皮膚が通用しなかった話。



「先に言っておくが、ムラがあるとか破壊出来る箇所があるとかそういう話じゃねぇ。もっと簡単な話だ」



 デストロイに背を向けてゆっくりと淡々と説明する零児。その前方でアンブラの拘束攻撃から抜け出したディアボロが首のひとつを噛み付いて引きちぎる光景が広がっている。



「脳筋馬鹿でもわかりやすく説明してやる。テメェはただ単に''奇襲攻撃に弱い''」

「奇…襲…?」



 零児が口にしたもの。それは奇襲攻撃というワード。その言葉を聞いたデストロイは零児を睨み付けながら問う。

 未だに続くアンブラとディアボロの戦いだが、今度はアンブラの牙がディアボロに突き刺さり、その強い顎を使って巨体を持ち上げ、地面に叩き付けている様子が見られる。



「確かにお前の筋肉や皮膚の硬度は魅力的だ。弾丸を弾くなんて防弾チョッキ要らずだから俺も欲しいところだが…どうも不意打ちには弱いらしいな」

「…!!!」



 この発言にデストロイは全て気付く。零児を一度殺したと思い、油断して片腕を持っていかれた時と今のように遠距離から美月の攻撃を受けた時。二つの出来事はどちらとも''不意打ち''という共通点が繋がっている。

 だが今更気付いてももう遅い。不意打ちに弱いと知ったものの、結界のせいで動けない今じゃもうどうすることも出来ない。

 そこへアンブラの頭突き攻撃がディアボロに直撃、大きな音と共に崩れ落ちていくディアボロだったが、落ちてきた場所がよりによって零児の目の前に降ってきた。



「…そういやこの猫が残ってたな」



 落ちてきたディアボロを前に、零児は呑気に振り返り、作っていた影の拳を解いては元のノコギリ状の大剣に切り替わり、地面に引きずりながら前へ進む。



「待て…!!どこに、行く…!?」

「お前を殺すのは後だ。まずはこの子猫ちゃんと遊ばねぇと、後々めんどくぇことになるからな」



 零児を呼び止めるデストロイだったが、零児はそう一言残してから武器を構え…ず、適当に肩を担いでゆっくりと接近する。

 近付いてくる零児にディアボロは気付き、立ち上がると人間の頭蓋骨を開いては大きな咆哮を上げ、身を低くする。



「おーおー、人前で吠えるたァ礼儀を知らねぇ猫みてぇだな?」

『…それを言うなら犬じゃね?』

「細かいことは気にすんな、殺すぞ」



 常人なら失神してもおかしくない迫力と音量だが、零児と蛇から元に戻ったアンブラはビクともせず、むしろ''子猫''と呼んで挑発する。その言葉が通じたのかディアボロは怒りのような咆哮を上げると太くて黒い前足を上げて零児を押し潰そうとする。誰がどう見ても回避が間に合わない距離、このままでは零児が押し潰されるなんて明白だが、ここで異変が起きた。

 …ディアボロが動かない。いや、動いているものの痙攣して前足を上げたまま動けずにいた。まるで何者かに動きを制限されているのか、それとも体内で毒が回って痺れてしまったのか、そんなイメージで痙攣し、一ミリも動けなかった。



「な…に…?」

「はっ、やっと全身に回ったか」



 何が起きたのか理解出来ないデストロイ。対して零児は懐から懐中時計を取り出して蓋を開け、時間を見るなりニヤリと笑う。これも零児が狙っていたものらしく、毒…らしきものを仕掛けたは零児とアンブラだと言う。

 ではいつその毒を盛ったのか。デストロイは考えるもあるものを見て閃いた。それは零児が担いでいる大剣から流れ出る半透明の液体。その液体がポタポタと地面に触れると熱が水に浸った時に発する音と共にその部分だけ穴を開けて溶かして行った。



(あれは…''酸''か…!?あの影から出てるってことは…クロスボウでディアボロを滅多刺しにした時も同じ効果が…!!)



 決して毒ではない。零児が仕掛けたのは''酸性の液体ヨダレ''である。クロスボウの時、零児はあらかじめ矢の先にアンブラの唾液を塗りたくり、デストロイとディアボロに攻撃を仕掛けた。だがよく思い出して欲しい、それらの矢はデストロイにも狙っていたが、数に至ってはディアボロの方が多く、より深く突き刺さっていたことを。

 屋内で回り、鎖を仕掛けるのと同時に時間を稼ぐ戦法に加え、誘導作戦、美月という神威の第三者を利用した奇襲、そして酸による時間差攻撃…。零児はこれら全てを計算し、即席で計画を立てて実行する行動力と殺しに関する知識や環境利用、そして悪魔に頼らずとも漂う殺人鬼に対する殺意と戦闘能力を兼ね備えていることに、デストロイは思わず固唾を飲んだ。



「後は、格好の的だな。アンブラ、ディナーの時間だ」

『ハッハハ!!この時を待ってたぜェ!!』



 グググと大きすぎるノコギリ型の大剣を握り締めると地面を蹴り、振りかぶって攻撃を開始する零児。ディアボロは敵が来るということを理解しているものの、デストロイと同様体が動かない。

 酸という毒が体内を食い破り、神経そのものを焼き切ったからだ。悪魔とて神経を切断された以上行動なんて出来ない。



「マナーを知らねぇようだからしつけしてやるよ!!まずは''お手''ぇ!!」



 ''お手''と称されながらもまずは右手首を切断する零児。斬るというより削る刃はディアボロの血肉と接触すると牙状の刃がチェーンソーのように高速回転する。

 瞬く間に切断された右手首は地面にボトリと落とし、地面と接触すると影の中へと飲み込まれて行った。直後に中からバリボリと何かを砕くような音が聞こえてくる。どうも影の中でアンブラが肉を食っているらしい。



「次、''おかわり''ぃ!!」



 その次は''おかわり''。右手首を切断し終え、今度は左手前に着地して大鎌に変形させると思い切って横一文字で振り切る。

 大鎌が誇る恐ろしい切れ味はディアボロの左手首じゃ飽き足らず、背後にあった建造物さえ綺麗に真っ二つにする。両腕の支えを失ったディアボロは前から地面へ倒れ込むと最後の力を振り絞って、何かを溜める動作をする。



「そして最後だ…!!」



 零児は再び地面を蹴って飛び上がると、空中で右足に影を纏わせ、強度を強化させると踵を真下に向けたまま落下する。そこへディアボロは力を振り絞り、口の中で溜め込んでいた破壊光線を発射して零児を迎え撃つ。

 まだそんな力があるのかと零児は少し驚くが、問題ないと確信し、光線と踵が重なると真っ二つに裂けた。その裂けた間に零児は勢いを殺さず、重力に身を任せたまま落下してディアボロの頭頂部を目指して蹴りをお見舞いする。



「''おすわり''ぃ!!!」



 やがて零児の振り上げた踵がディアボロの頭頂部に直撃。バキバキと大きな音を立てながら亀裂が入り、縦に真っ二つとなって割れ崩れた。''おすわり''と称された攻撃は''踵落とし''。相手が大きかったからいいものの、これが人間相手だと…何がどうなってしまうのか、考えたくもない。

 それはさておき。頭部を失ったディアボロの体は張っていた糸が切れたマリオネット人形のようにグダリと力無く崩れ落ちる。背中からパキパキと焚き火のような音が聞こえると灰となって風に流れて消えてゆく。



『…やっぱ犬だろ、そのシツケの仕方』

「………」

『わーッたわーッた!!無言で撃ってくんじゃねェ!!』



 灰となって消えゆく悪魔を背に、零児は近くにあった拳銃を拾い上げると自分の影に向けて引き金を引いて、口うるさいアンブラを無理矢理黙らせる。どうも彼は細かいことが嫌いらしい。

 そんなやり取りを見ているデストロイは言葉を失っていた。今でも信じられないのだろう、自分と契約していた帝王が呆気なく殺されてしまったことに。そしてデストロイは思い出した。悪魔と契約していた為か、ぼんやりしていた過去の自分の記憶を。

 その記憶に浸っていると瞼が熱くなって、視界がぼやけていることに気が付く。泣いていた、デストロイはただ静かに泣いていた。



「………」



 零児はただその様子を眺めながら銃を構え、力を失ったデストロイに近付くと額に拳銃を向けた。手に震えは無い、一切の迷いなく零児は引き金に指を掛ける。



「…今さら後悔しても遅い。お前は少し暴れ過ぎた」

「うぐっ…!ごめん、なさ…い…!!」

「………」



 誰に向けての謝罪なのか分からないが何度も何度もごめんなさいと繰り返し言うデストロイ。零児はただいつもの憎たらしい嫌な笑みではなく、その目はどこか悲しみを感じられる。

 何故殺し屋である彼がこんな顔をするのか。同情している訳でもないというのに、何故そんな悲しい思いをしながら人を殺すのか。まだ謎は多いが、零児が決めたことに迷いなく…




「地獄に堕ちろ」




 乾いた音が響き渡る。眉間を撃ち抜かれると額から血を流し、目から涙を流しながらデストロイは息絶える。零児の服や頬に返り血が掛かるが、彼は気にせずそれを拭き取り、立ち上がると一人呟く。



「よぉ、遅かったな」



 零児の背後にはあの塔型の建造物から降りてここまで辿り着いた美月がいた。ただ、彼女の顔は驚愕で目を見開き、零児の後ろ姿を見るだけで体を震わせる。

 握っていた槍がガチガチと震え、次第に呼吸が荒くなり、いつしか驚愕から怒りへと表情を変えて零児に問い詰める。



「なんで…なんで殺した…!!」

「…それの答えを知ってお前は何を得する?」



 震えながらも美月の怒号の叫びが響く。対して零児は冷静でなぜ答えを知りたがるとそれを知って得することがあるか?と質問に質問を返して答える。

 その態度が気に入らなかったのか、美月は槍を構えて飛び掛かり、零児との間合いが詰まると突きの攻撃を仕掛けるも、簡単に避けられて逆に至近距離で銃口を当てられる。



「知らないでいい…!!ただあんたは人を殺した!!それだけが許せない!!」



 美月は一度距離を取って、水をかき集めると横へ一閃すると、前方に人ひとりを飲み込むほどの大きさを持つ津波を発生させ、零児に仕掛ける。が、零児はヒラリと跳び越えて着地すると溜息をつきながら呆れた目で美月を見つめる。



「正義感強いねぇ。よくこんな堕落者化け物相手を人と呼べるな」

「黙れ!!」



 今度は槍を使った接近戦を試みる美月。突きをする度、槍から水滴が溢れ出すが、零児は突きを避けるどころか水の一滴すら被弾せず、ただ回避を続ける。



「確かにあんたの言う通り、彼らは化け物よ…。実際私も殺されかけたし、身をもってそんなことぐらい知ってるわよ…。でも!彼らは人間なの!!そう簡単に殺していい人間なんているわけない!!」



 零児の回避行動に自分の腕じゃ間に合わないと思ったのか、美月は左手を使って小刀を抜刀し、一刀一槍のスタイルで攻撃する。手数が多くなった分、攻撃の速度が速くなるが、これをも零児は己の動体視力と回避による身体能力のみで全てを見極めては正しい方向へと避け続けるだけで反撃してこない。



「熱い女だな…。けど、それって本当にそうだと思ってるか?」

「なに…っ!?」



 大きく振りかぶって零児に攻撃を仕掛けるも小刀と槍は空を切るだけに終わり、いつの間にか零児の姿が消えていた。どこかどこかと周囲を見渡すと崩れた噴水の上に座っている。



「''この世に死んでいい人間なんていない''、ねぇ…。嘘をつくのはやめとけ」

「何を言って___」

「いいか、この世は腐ってる。確かに何も知らずに、平和的に暮らしてる家族もいりゃちょっと変わった人間もいる。けどな、中にはいるんだよ…殺しを快楽にしてるクソ野郎がな」



 零児は拳銃をクルクルと回しながら言い、美月は何故かその場から動けなかった。決して恐怖によるものでもなければ零児の能力によるものでは無い。気が付いたら体が止まっていた、無意識に体が動かないだけで零児の言葉に耳を傾ける。



「俺はどうもそういうのが許せないらしくてな。気が付いてみりゃ、俺はこの殺し屋とかいうクソみてぇな職業まで請け負ってやがる」

「だ、だからといって殺しが許されるわけない!!そいつらは私たち神威が___」

「捕縛すりゃいいってか?アホ言え、どうせ捕まっても更生なんて見込めねぇ。そういう奴らは決まって脱獄してまで人を殺したがる。だったら…殺すしかない」

「っ…!」



 彼女にとって聞きたくもない零児の話だが、どこか説得力があって何も言い返せなかった。実際過去にあったのだ。とある堕落者ネフィリムを捕縛してはその数日後に脱獄され、ある一家を皆殺しにした事件が。

 その時の裁判では、「何故人を殺す」という問いに対し、堕落者ネフィリムはただ「人を殺したかった」「むしゃくしゃしていた」、酷い時には「そこに人がいたから」という理由で人を殺したという。

 例の事件に美月も目撃していたため、なんの反論も出来ない。もっと警備を強化したらこんな悲劇など起きなかっただろうが、いくら強化したところで堕落者ネフィリム…いや、殺人鬼の心境はそう簡単に変わりやしない。

 ならばどうするか。…認めたくないが、殺すしかない。殺すしかないからこそ''死刑''という制度がある。



「死刑執行人も同じだろ?殺して罪を償ってもらう。俺とやってる事は同じさ」

「あんたと一緒にしないで!!罪を裁く権限があるのは我々神威と裁判だけ!!あんたの私情で人を殺す…な…ゲホッ…!!ゴホッ…!!」



 美月は再び零児に攻撃を仕掛けようと身を屈めるが、突然立ちくらみがした。どうもまだ器官が回復していないようで十分な酸素が送り込まれていないようだ。

 それを知っていたから零児は噴水の上から動こうとせず、ただ美月を見つめるだけで襲おうとしない。



「…やれやれ、怖い女だ。さてと、捕まる前に俺はお暇させてもらおうか」



 呼吸が十分上手く出来ず、膝を地面に着く美月の前に背を向けてどこかへ行こうとする零児。美月は苦しくなりながらも立ち上がろうとするが立ちくらみが酷く、思うように体が言うことを効かない。



「そうだ、最後にひとつ言っておく」



 その場から立ち去ろうとする零児はあることを思い出したのか、踵を後ろへ回すと美月の顔を見つめながらこういった。



「そのグラディウス、あんまり信用しない方がいい」

「どういう…こと…?」

「さぁな、そのうち分かる。じゃあな」



 零児が言い残したのはひとつの警告。言うには対魔導器グラディウスを信用しない方がいいというもの。この意味深な言葉に美月は疑問を抱くが、ちゃんとした答えを教えて貰えず、零児はその場を後にした。

 それからというもの、騒ぎに駆けつけたロンドン支部の神威兵が集まり、美月を見るなり救援すると連れ去って行った。他の兵達が他生存者が居ないかどうか確認している中、その様子を無人ドローンを通して眺めている人影が。



「…あれが悪魔喰らいグラトニーか」

「はい、ニホンで騒がれてる第一級危険人物の一人です。なんでも同族の悪魔や堕落者ネフィリムを食い殺す存在だとか…」

「ふむ…」



 モニターの前に座り、その様子を眺めながら頷く初老の男性。背後にはその秘書なのか若い金髪の女性が佇んでいた。

 初老の男性は髭に手を当てながら笑みを作り、何か企んでるような怪しい表情を見せる。



「とにかく、今は日本から派遣されたミヅキ・イザヨイの回収と生存者の安全を確保しろ。悪魔喰らいグラトニーの一件は、彼女がここへ来たら話すとしよう」

「はっ」



 秘書は綺麗に一礼してからその部屋を後にする。ひとりとなった初老の男性はモニターを消すと立ち上がり、なにか一人でブツブツと呟き始めた。



「…まさかここへ来るとはな、悪魔喰らいグラトニー
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