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英国上陸篇
08:束縛
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[2056.03.06 16:57]
ロンドン・神威英国支部
反逆軍の奇襲から一時間後弱、救出した乗客及び駅員らを送り返したところ、美月は一人浮かない顔をしていた。決してあと少しで悪魔喰らいこと八神零児を捕らえられそうになったものの、第三者の手によって邪魔されたことに悔やんでいるのではなく、零児そのものの行動が理解出来なくて悩んでる様子だった。
傷だらけになりながらも生還し、大笑いする隊員の中、ルティシアは美月に歩み寄ると顔を覗かせて何があったのか訊ねてきた。
「…あの堕落者のことですの?」
ルティシアの質問に美月は何も喋らないままこくりと頷く。美月はどうしても理解出来ない、何故彼がそこまでして同じ堕落者を殺すのか。殺したところで自分にメリットなんてないということぐらい理解している。それでも彼の殺戮は止まらない、それどころか勢いが増すばかりだ。
願わくば零児の殺戮を止めたい。その一心だが、美月は脳裏に焼き付けたあの光景が蘇る。
『…お前、あいつと似たようなことを言うんだな』
いつも余裕の態度を崩さない彼が初めて見せた、悲しみに満ちた顔。そして首にかけていた綺麗な石を飾った首飾り。故人のものだろう、そう考えれば零児が行ってることは復讐なのかもしれない。
でも仮にそれが本当だとしたら規則性が見られない。被害者の堕落者が共通している点はみな野放しにしたら老人、女、子供構わず無差別に殺してしまう第一級危険人物だということぐらいだ。
が、そこがどうしても理解出来ない。何故第一級危険人物だけ付け狙うのか。復讐だとしたら一体なんの意図があって殺し回るのか。
美月は悩む。いくらなんでも悪魔喰らいの情報が少なすぎる。今美月が知っている情報はせいぜい男性、二十三歳、殺し屋、そして影の悪魔ことアンブラと契約を交わしているということぐらいだ。意図や行動、考えすら読めない相手に美月はため息をついて頭を抱える。
「…確かに悪魔喰らいという堕落者は強力ですの。今日アンブラとかいうクソ悪魔と戦って分かりましたわ」
第三隊を束ねる隊長が言うに、口が悪いもののアンブラのその強さは本物だと言い、あの時言われた悪口を思い出したのか拳を作っては続けて口を開く。
「あれはただの悪魔じゃない…信じられませんが、''心''を持っておりますの」
「心…?」
ルティシアが言う心に美月は首を傾げ、対してルティシアは「えぇ」といって首を縦に振る。心、人間なら誰しも持っているであろう目に見えないもの。それがあるからこそ人を愛したり、涙を流したりと様々な感情表現が可能となっている。
だがそれはあくまで人という話であって、殺戮や虐殺しか脳のない悪魔たちなら話は違う。とにかく殺ししか考えてない悪魔に心が持っているなんてまず有り得ない話だ。
しかしルティシアが言うに、アンブラという悪魔は心を持っている。こればかりは異例の出来事で、心があるからこそ怒ったり、喜んだり、驚いたり、痛みを感じることだって出来る。
そう考えると美月も納得してしまう。いくら悪魔とはいえ、人間に近い考えを持つ悪魔など見たことがないと。
「とはいえ、クソ悪魔に変わりありませんわ。今度会った時はわたくしのスキールニルで___」
「心、か…。あいつも笑ったりするのかな」
「え?」
心というワードを聞いた美月は空を見上げながら一人呟く。人生で二度零児と接触しているものの、彼が見せる表情は笑みではなく、挑発。今まで出会ってきた堕落者はみな頭のネジがぶっ飛んでいるため会話なんて不可能だった。
でも今回は違う。零児はちゃんと言葉のキャッチボールをしている。考えこそ気が狂ってるものの、そこさえ無ければただの人間と変わりない。
そう思うと美月は余計に零児を止めたくなってきた。今になって許すつもりは無いが、零児には普通というものを知って欲しい。だからこそ美月は立ち上がる。
「…行くわよ、ルティシア」
「へ?い、行くって…どちらに?」
突然気が変わった美月に戸惑うルティシア。そんなルティシアを見ながら美月は笑ってこう言った。
「悪魔喰らいの追跡よ。あんたも力を貸してほしい」
[2056.03.06 17:05]
ロンドン・地下線路
同刻、零児を乗せたバギーとバイク集団は今は使われていない地下線路を走っている。中は視界が続く限りの暗闇で、ライトを付けなければ奥まで見えなくなっている。
廃棄されたとはいえ、トンネルに変わりなく、聞こえてくるのはバイクやバギーのエンジン音と地面とタイヤが擦り付ける際に聞こえる、甲高い音だけ。悪魔など出てくる様子もなく、零児はポケットからタバコを取り出すとライターで火をつけて呑気に喫煙し始めた。
「一本いるか?」
運転席で運転しているツァールに訊ねる零児。だがツァールは真面目な性格なのか、首を左右に振ると煙草を拒んだ。それを見た零児は「…そうかい」と一言いって座席に寄り掛かる。
…だが零児は嗅いでしまった。ツァールが煙草をこちらに見る際、ヘルメット越しから血の匂いがするのを。零児だけではない、アンブラも同様に人間の血の匂いがすると『肉ゥ!!肉はどこだァ!?』と叫び始めた。
…当たり前だが、それがうるさいと感じた零児は拳を作り殴り掛かって制裁するが。パンチの威力が強すぎたのかアンブラは頬にあたる部分を殴られるとグニャリと伸びてしまった。
「…なぁ、どこに向かってんだ?」
地下線路を突入してから早一時間。そろそろ彼らが向かう場所が気になり始めた零児は目的地について訊ねるが、運転していたツァールも、並走していたロイガーも口を動かさ無いばかりで何も言わない。それを見た零児はやれやれと鼻で笑うと大人しく座席に座り込む。
同時に伸びていたアンブラが元に戻って零児に何かしら叫んでいるが、懐にあった悪魔の肉片を口にぶち込ませて黙らせる。無理矢理にとはいえ、肉を口の中に入れられたアンブラは怒りから喜びへと変わり、酸性のヨダレをボタボタと垂れ流していた。それを確認した零児は目的地が着くまでゆっくり休むということで、俯きながら仮眠を取り始める。
いくら堕落者とはいえ、中身は人間。睡眠も必要であれば食事も必要である。ここ最近戦い続けてる零児にも常人離れしてるとはいえ疲労という限度があるため、仮眠を取るのも悪い判断ではない。
まだ完全に反逆軍を信用した訳では無いが、少なからず敵ではないというのは明らか。もしこれが本当の誘拐なら零児の手足を拘束していてもおかしくない。だから零児は安堵した、久々に落ち着ける空間に。そう思いつつ、零児の意識を手放した。
「おい、着いたぞ」
「あ?」
そこからというもの、事の展開が早かった。零児が目を覚ますと既に目的地へ着いたらしく、視界を広げてみると顔を覗かせていたツァールとロイガーが目に入った。起こされた零児は呑気に欠伸をついて背を伸ばし、脳を覚醒させながらバギーから飛び降りる。
「かの悪魔喰らいも呑気なもんだね。想像してたのと全然違うわ」
「アホいえ。俺だって人間だ、腹も減りゃ眠い時ぐらいある」
後頭部に手を回し、ポリポリと掻きながら周囲を見渡し、目的地の場所をよく観察する。辿り着いた場所はドーム状に広がった空間で、瓦礫などで積み上げた建造物が並ぶ不思議な場所だった。出入口であろうトンネルから出てきたツァール、ロイガー率いる反逆軍構成員は袋に入った何かを取り出すと運び出し、この場所の広間であろうテーブル代わりの土台に置くと口笛を吹いた。
「んあ?」
直後、瓦礫の建造物から子供たちが顔を覗かせてきた。ただ出てくる気配がなく、どうも見慣れない零児に警戒しているようだ。その子供たちを見て、零児は口を開けて首を傾げる。
男の子もいれば女の子、年齢が八歳あたりから十代の子もいる。ただみな共通して髪の毛がボサボサだったり、服装がボロい布一枚だったり、体中にアザが出来たりと貧相な格好をしている。
「安心しろ。こいつは敵じゃない」
瓦礫から出てこない子供たちにツァールは言うと、ゾロゾロと恐れながらも飛び出し、土台の上につくと袋をこじ開けた。袋の中身は悪魔の血肉で赤黒くてドロドロした液体を撒き散らしながら土台の一面に広がる。
子供たちはそれを手に取るや否や、なんと悪魔の肉を躊躇なく齧り付く。手や口周りに血がこびり付くも、関係なく我先にと群がり、手を伸ばすと食べ続けた。
『おいおい!?肉じャねぇか!!オレ様にも食わせろ!!』
「さっき上げただろ、それで我慢しな」
ありったけの肉を前に、アンブラは飛びつこうとするが零児に阻止される。対して零児は食事をする子供たちを見て、何かを悟ったのか黙りとその様子を見つめているだけで何もしない。
ただ子供たちは勢いよく食べ続ける。内臓だろうが骨だろうがお構いなく、素手で取っては口に運ぶ。…何故か涙を流しながら。
「…訳ありって感じだな。あのガキども」
「まぁ、そうさね。ここなら話しても大丈夫そうだ」
子供たちを眺めながら言う零児に、隣で立っていたロイガーは頭に手をやるとヘルメットを取り外した。それにつられてツァールを始めとする反逆軍構成員らもヘルメットを外し、素顔をさらけ出す。
「!」
その顔を見て、零児は思わず目を見開いた。人の顔を見て驚くというのは失礼でしかないがこればかりは仕方ないだろう。
何故なら、ロイガーは左頬に、ツァールは右頬に亀裂のようなものが入っていたからだ。傷跡とは違い、亀裂の奥には血も流れていなければ何も無い、黒い隙間が覗かれている。
まるで空洞。だがそれに反して両者とも痛がる様子もなく、平然としている。直接的な痛みなどないようだ。
『おい…てめぇ、それ…』
「あたしらはね、穢れてるのさ。クソ野郎のせいで半分人間の身を捨てちまった」
根元は黒で先端につれて青い特殊な髪色をしているロイガーは苦笑いを浮かべながら言う。無理に作った笑みなのか笑っているものの、口角が震えているため無理して作ってる笑顔だと一目見てわかった。
ただ零児が驚いていたのはそこじゃない。確かに顔に亀裂が入ってるとなると驚くのも無理もないが、何より零児が注目した点が…。
(目に包帯…?)
彼らの目だった。どういう訳かツァールとロイガーだけでなく、ここにいる構成員全員が目元に包帯を巻いている。盲目という訳では無いようで、ちゃんと前が見えているようだが、どういう訳で包帯を巻いているのかはわからない。
わからないが、触れない方がいいと感じた零児は何も言わなかった。ロイガーの言葉からして何かワケありなのだろう。触れたくもない事情を掘り返しても仕方ない、だから零児は何も言わない。
「俺たちは''魔人''。人でもなければ悪魔でもなく、ましてや堕落者でもない」
自らを''魔人''と呼称するツァールはコクリと静かに頷きながらそう言った。
魔人。人でもなければ悪魔でもない、ましてや堕落者とも呼べない未知の存在。何故彼らが魔人と名乗るのか、現段階で零児は理解し難い。
だが仮説はある。美月とツァールが戦っていた時のこと、零児はある違和感を感じていた。
(人の形でありながら同時に悪魔の匂いもすると思ったら…こいつら、半分悪魔の血が流れてるってわけか…)
零児が思うに、彼らに人と悪魔の血が同時に流れ出てると推測する。だからあの時、人類の切り札とも呼べる対魔導器無しでも互角に戦えるし、人離れした身体能力や魔法の発現も納得出来る。
とはいえ、この様子からして彼らも何かに苦しんでいるようだ。現に子供たちは焦る必要もないと言うのに何を急いでるのか忙しく手を動かしては食事をしている。
(…待てよ)
そんな子供たちを見つめていた零児はあることを思い出す。子供たちと反逆軍構成員から漂う人の優しい匂いと悪魔の獣らしい匂いが混ざったような匂いに、脳裏の中で一人の人物を思い浮かんだ。
(微かだが…美月からも同じ匂いがした。もしかしたら、奴もこいつらと同じ…)
浮かんだ人物は美月。現代進行形で零児を追跡する神威の一人だ。この前その美月と出会った時は何かが引っ掛かるような匂いがすると感じた零児は思考の中でそう予測する。
ただ辻褄が合わない。もし仮に美月が魔人ならば魔法も使えるし、彼らのように頬に亀裂が入っててもおかしくない。だが美月は未だに対魔導器を頼らなければ魔法を発現出来ないし、頬に亀裂が入っていない以上そうとも断言出来ない。が、可能性はある。ゼロとは言い切れず、もしかしたら後に影響があるのかもしれない。
ではここでひとつ、疑問が出てくる。誰が、なんのために美月を魔人にさせようとしてるのだろうか。ありとあらゆる情報を整理整頓し、零児は可能性という答えを導き出そうと思考を巡らせる。
「…考えても仕方ないさね。着いてきな」
と、考え事をしていたらロイガーに引っ張られ、そこでやっと我に返る。子供たちを置いてどこか連れていこうとしているらしい。
今になって後戻りなんて出来るわけもなく、零児は素直に彼らの後を着いていく。
連れて来られた場所は一回り大きい建造物だった。何故地下にこれほどのものがあるのか理解出来なかったが、零児を連れた二人は入口前で見張りをしている反逆軍構成員に事情を話して通行許可を得る。
代わりに敵意や争う意思がないという証として零児が持つ武器や契約している悪魔を引き取り、安全を確証したところで中へ入った。そこまでするということはこの先は反逆軍にとって最重要となる場所らしい。ちなみにアンブラは『昼寝しながら待ってやるよ』と何故か上から目線の発言だが、零児は無視して足を踏み入れる。
中はどこからか吹く風が心地よく、薄暗い空間に何本がロウソクを立てて周囲を明るくしている。他を言うのであれば構成員らが乗っていたバイクやバギーなどが整備されていたり、何やら怪しい道具を商売しているものもいる。
日本の裏社会に生きる零児にとって見慣れた光景だが、少なくとも居心地の悪い場所だと鼻で笑ってだんまりとする。それでも前を歩いている二人は見向きもせず、一枚の扉に手を掛けた。
「ここが兄貴のいるところさね」
「…あまり額のことは触れるなよ」
開く前に二人は零児に振り返ると額の件について警告する。何やら兄貴と呼ぶ人物は額に何かしらの問題を抱えているようだが、零児は「わーったよ」と一言言って承認した。
それを確認した二人はコクリと頷くと手にかけていた扉を開く。先に広がっていたのは広々とした空間で、瓦礫が目立つもののテーブルやボロボロなソファーなどが適当に置かれ、壁に関しては大きな槍のような鉄物が何本も掛けられている、奇妙な空間だった。
その空間の真ん中にある瓦礫の山の上で股を広げて大雑把に座り込んでいる男性がいた。ただその男性の額は包帯のような布物で巻き、さらにその上でゴーグルの着いたヘルメットを被っており、二人同様目元を隠すようにゴーグルを装着している。余程見られたくない事情があるのだろうか、ともかく二人の言う通り、額に関しては触れない方がいいらしい。
「兄貴、ただいま戻りました」
「おぅ、おかえりさんだな」
そんな怪しげな男を前に、ロイガーとツァールが一礼すると、男性は適当に手を挙げて労いの言葉をかける。見た目はどことなく不良か何かを連想させるが、いざ口を開けば誰とでも気軽に話しかけられそうな雰囲気が特徴的な口調だった。
男性は瓦礫の山を下ると零児たちの前に立ち上がる。彼が身につけている白いスカーフが風によって煽られ、ヒラヒラと靡く中、零児を見るなりある言葉を投げ掛けた。
「久しぶりだなぁ、零児さんよ」
男性は零児を悪魔喰らいではなく、ちゃんとした名前でそう呼んだ。だからこそ零児は目を見開いたのだ、本名を知っている人間など指で数える程度しか居ないから。
ただ、驚いただけで敵意は剥き出さない。現に武器も持っていないし、アンブラもいない現状だと戦える方法はせいぜい体術のみ。アンブラ無しでも影を操ることは出来るが、いる時といない時の差が歴然で、いなかった場合は普段の約二分の一まで減少してしまう。とどのつまり、影の剣を作れたとしても脆く、すぐに壊れてしまう上に影の生物まで召喚できない始末である。
そんな状態でも零児は十分戦えるが、相手がロイガーとツァールと同じように魔人なら勝てる保証なんてない。元々争うつもりなどないが、零児は警戒しながらも兄貴と呼ばれる男性の顔を見つめながら口を動かす。
「…どっかで会ったか?」
「えぁ?」
正直な答えに、男性は間の抜けた声を上げては落胆する。零児にとって正しい回答だが、相手側からすれば存在を忘れ去られてるようなものなので落ち込むに無理はない。
とはいえ、零児がこの男とは初対面だということに変わりない。自身の記憶を探っているが、額に包帯を巻いたような人間など…ましてや英国に自分の友人なんているはずもなく、零児は男性より首を傾げる。
「…おいおい、忘れたのか?俺だよ俺、''ハスター''だよ」
自らをハスターと名乗る男は零児の肩を組み、ニンマリと笑う。だがどう考えても零児の知り合いの中にハスターという人物なんて誰一人見かけないし聞き覚えもない。
加えていえばハスターという名前は偽名なのだろう。深い理由はわからないが、偽名を使ってまで知り合いだと主張してくると怪しさしか感じられない。
なので零児は一旦組まれた腕を振り払い、距離を取るように辺りを見渡しながらゆっくり歩く。それを見たハスターはため息を着き、零児の後ろ姿を見つめる。
「…ロイガー、ツァール。ちょっくら二人きりにしてくれ。零児とは色々と話したい」
見つめながらも振り返らず、背後で心配そうな眼差しで見てきた二人に指示を出す。ロイガーとツァールはその指示を聞くと反論することなく、短く返事をするとこの場から立ち去った。
二人きりになった空間で零児はハスターの愛用であろう鉄の槍を手に取って見つめ、対するハスターはどこか哀愁を漂わせるような視線を零児に向ける。そんな視線を気にせずに零児は槍をクルクルと回して様子を伺うと元に戻してからガスマスクを外し、タバコを取り出すと吸い始めた。
なんとも気まずい空気。ハスターは胸張ってかつての友人であろう人物の再開に喜んで歓迎しようと思えば想定外の言葉を投げかけられたからだ。なんて言えばいいのかわからず、ただじっと零児を見つめているだけでその場から動こうとしない。今の現状を受け止めるのに精一杯なのだろう。
「…で、要件はなんだ?」
「んぁ?」
そんな時だった、零児から声を掛けてきたのは。突然声をかけられ、またも間抜けた声が出るも零児の視線を合わせるハスター。
零児が言う要件。ただでさえ人探しで忙しい零児にとってこの場所に長居する必要などないだろうと判断したらしい。なのでわざわざここのお偉い人物が対面してくるということは何かしら訳ありなんだろうと思った零児は無駄な話は省いて要件だけ聞いてきた。
いくら彼が武器や扱う影が減少したとはいえ、ハスター達にとっては脅威でしかない。下手したら殺されてもおかしくない殺し屋が目の前にいることにハスターは思い出し、両手をパンッと叩くと零児に近付いた。
「あ、あぁ。そうだな…じゃ、改めて自己紹介でもするか」
戸惑いながらもハスターは自分自身に親指を立てて再び自己紹介を始める。対して零児は何も言わず、そこらへんに転がっている瓦礫に座りかかるとハスターの言葉に耳を傾けた。
「ようこそ、クソッタレな場所へ。俺はハスター、反逆軍の長をやってる」
よろしくと言わんばかりに手を差し伸べるハスター。それを見た零児は伸びた手を握るついでに何かをハスターに手渡した。
なんだと思い、ハスターは握手をし終えたあと、ふと手のひらを見てみると中には零児が吸い終えたであろうタバコ…のパッケージがグシャグシャに丸めていた。咄嗟に零児の顔を見るとニンマリと笑いながらタバコをくわえてる零児の姿が。
「本名知ってるようじゃ、俺は省くぜ。今更顔を晒したところでどうとでもしねぇしな」
対してハスターは「おいおい」と呟きながらタバコのパッケージをポイッと適当な場所に投げ捨てた。ただ何故零児は相手が自分を知っていると信じ込んだのか、ハスターでさえ分からない。
とはいえ、嘘をついてるようにも見えない。いやそもそも理解している、ここで嘘をついたらなんの利益があるんだと。だから零児はガスマスクを外したのだろう。
「しかしまぁ、見ないうちに立派になったなぁ。今となりゃどうも神威共を騒がせてるみてぇじゃんか」
「好きでやってるわけじゃないさ。有名人も楽じゃない」
肩を竦めながら鼻で笑う零児。苦笑いしているとはいえ、美月を始めとする神威に狙われていることに苦労しているらしく、ちょっとしたため息をつく。ハスターもつられて笑うが、ソファーに腰を下ろすと真剣そのものの顔になった。
とうとう本題に入るというところで零児もタバコを吸いながらも瓦礫に腰掛け、足を組む。さっきまでの軽くて楽しそうな雰囲気とは違い、仕事の話になるとずっしりと重い雰囲気へとガラリと変わる。
「まぁそれはさておき…。ここにお前さんを呼んだのは二つ要件がある」
鋭い眼差しを向けながら、指を二本突き出して零児に言うハスター。零児は吸い終えたタバコを携帯灰皿に入れて捨て、耳をハスターに傾ける。
「俺達が殺したい人間が二人いる。一人はここの元団長、もう一人はクソ野郎の…ヨルハ・アンダーソンだ。この二人を殺してくれないか?」
「ヨルハ、ねぇ…」
ハスターの言葉から発せられた二名の名前に零児は頷く。元々Sから様々な噂を耳にしているため、誰かしら恨まれている可能性があるということである程度予測出来たのだろう、リアクションが思いのほか薄かった。
ただ零児が疑問に思っているのが前者の元団長。団長というのは反逆軍を束ねていた人物なのだろう。だが何故現団長であるハスターが殺したがってるのか、また何故零児に頼み込んでくるのか理解出来なかった。
「殺しの仕事なら問題ない。けど何故俺に頼む?」
「それについてだが、俺達は世間から''魔賊''だなんて呼ばれててよぉ。どーも人から避けられてるんすわ。で、殺し専門の零児ならやってくれるかなと」
ハスターの言い分になるほどと納得する零児。どうも反逆軍は世間から''魔賊''と呼ばれ、恐れられているようだ。何故悪魔を狩るだけであって民間人からは恐れられているのかはあらかた予想が付く。
その予想について突こうとした零児だったが、今は無駄な話より前者である元団長について詳しく聞きたいため、あえて触れずに話を進める。
「先に言っとくが、ヨルハはやらねぇぞ」
「な、なんでだ!?」
「復讐したいんだったら他人の力を借りるな。やられたやつがやらねぇと意味なんてない」
既に零児は気付いていたのかもしれない。ヨルハの件は彼らの復讐相手であって、元団長の件は何かしら深い事情があるんじゃないのかということを。そうでも無い限り、元団長の殺害依頼なんてしてこないだろう。
嘘偽りを言ってるはずも無く、仮に言ってたもしても僅かな心音と呼吸音で零児は見極め、直ぐにバレてしまう。自分勝手な事情で殺害を依頼してきた時なんていつもそうやって断ってきた。
だが今のハスターから感じられるのは''悲しみ''と''申し訳ない''という謝罪の感情、そしてヨルハからは''怒り''と''憎しみ''、''殺意''と負の感情が連鎖して感じられている。
だから零児は断った。復讐をするなら自分自身で何とかしろと。現に零児だって復讐をしている。…あの日、大切な人を目の前で失った以来、この世に蔓延る殺人鬼達に。零児は自分の手でやらなければ復讐なんて成し遂げられない、他人に任せるようなものじゃないと、ハスターにそう伝えた。
「…そうか」
それを聞いたハスターは言葉に説得力があるようで、一瞬だけ迷ったがすぐに首を縦に振った。ハスターだって殺したくて仕方ないのだろう、どういう経緯でヨルハを恨んでいるのかわからないが、やられてしまった以上恨みを貰うなど仕方の無いことだ。
「でも零児、団長だけは殺してくれ。俺達だけだと力不足なんだ」
ヨルハの件はキッパリと断られるも、ハスターは前者である元団長の件について触れる。零児に頼れる他ないためか、ここの長だというのに簡単に頭を下げて零児に頼み込んだ。
対して零児はくわえていたタバコを指で挟み、口から話すと煙を吐き出しながらハスターを見つめる。吸い終えたタバコの吸殻を携帯灰皿に入れて捨てると立ち上がり、懐から赤黒い液体を飲み干すとハスターの前に立って口を動かした。
「…わかった。ただ俺に依頼するのにあたつ三つの条件がある」
指を三本立てて言う零児に、ハスターは頭を上げて見つめる。その眼差しは真剣そのものだが、どこか希望を感じたのか少しキラキラとしている。
そんな眼差しを受けながら、零児は指を一本一本ずつ曲げながらこう答えた。
「一つ、その相手が殺しに値するか。二つ、それ相応の価値あるものを渡せるか。そして三つ目だが…俺の気分で決まる。それでも構わないってんなら考えてやる。どうだ?」
「構わない。報酬は金じゃ払えねぇ…だったら俺の知ってること全部話してやる」
迷いのないハスターの答えを聞いて、零児は口元を上げてニヤリと笑う。どうもハスターが提示する条件が気に入ったようだ。そして何を思ったのか零児は腕を伸ばし、そのまま自分自身の陰へと突き出した。
突然理解出来ない行動に「えっ!?」と驚くハスターだが、零児は構わずガサゴソと影の中を漁る。そして何かを掴んだのか肩まで入った腕を引き抜くと預けられた武器や黒い人型の塊を握っては乱暴に放り投げた。
『ギャッ!?』
ベチャリと謎の黒い液体を撒き散らしながら出てきた黒い塊から声が上がる。正体がわからないハスターはその黒い塊に警戒するが、ブクブクと膨れ上がると狼の形に形成され、零児の前に立つと身を低くして威嚇する。
『お、おいレイちゃん…。最近オレ様の扱いが酷くねェか?』
「いつも通りだろ。それより仕事だぞ、アンブラ」
怒っている黒い狼、もといアンブラの前に零児は懐から一本の瓶を取り出し、コルクを抜き出すと中から何かを引き抜くとアンブラに向かって投げつけた。宙に舞った何かを見たアンブラは怒りから一気にハイテンションで歓喜しながら口を開けると丸呑みにし、口元を動かしながらゴリゴリと音を立てる。
何を投げたのか分からないハスターだったが、よく零児の持つ瓶を見てみると、そこには大量のくり抜かれた目玉がビッシリと詰め込まれていた。ただ、目玉は人間のものでは無いらしく、脳という器官と繋がれていないというにも関わらずギョロギョロとひとりでに動いている。
「………」
「…食うか?」
「い、いや。結構」
あまりにもグロテスクな光景にハスターは言葉を失い、零児は目玉を一つ取り出すと口の中に放り込んだ。どうも人体に影響がないようで、悪魔の目玉を食べてる零児は「美味いのに」と一言呟きながら拳銃をクルクルと回し、ポーチにしまい込んだ。
と、同時に出入口から反逆軍構成員が扉を開けて乱入。慌てた様子で気が付けば預かっていた武器と悪魔が無くなっていたと言っていたが、ハスターの代わりに零児が納得出来るような説明をし、構成員を説得させた。
「で、教えてもらうか。何故団長ってやつを
殺した理由をな」
二人きりだった空間が一瞬で賑やかになった中、零児はハスターに一連の流れについて説明を要求する。その際、背後では構成員らが「てめぇ!!子供達に渡す肉まで食いやがって!!」などと怒鳴り散らしているが、アンブラは反省する様子もなく、むしろギザギザな舌を出して挑発してした。
そんなやり取りを無視してハスターは零児の顔を見つめ、何かを決意したのか目を瞑って口を開いた。
「移動しながら説明してやる。着いてこい」
ハスターのその一言で激怒していた構成員らが収まり、大人しくハスターの後ろを追う形で歩み寄る。零児も影の中へと戻っていくアンブラを横目に、首をゴキゴキと鳴らしてからハスターの背後を追い、歩みを進める。
しばらく後。ハスターを先頭とする一つの集団はコンクリートで出来た階段を使い、地下へと下っていく。長年使われていないらしく、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされ、明かりに関しては壁にかけられた蝋燭のみで、この暗闇の空間をほのかに照らしている。
そんな中、零児は何かの異臭を感じ取ったのか少し眉間を寄せる。ここの空間による砂と泥の匂いに混ざり、何か鉄のような匂いが零児の鼻に刺激する。
同時に見えない奥から何かが聞こえてきた。まるで金属と金属同士が重なり合うことによって生み出される、不協和音のような鋭い音が、一定のリズムを刻みながらこの空間に響き渡る。
何がいるのかはわからない。ただ、この先には何かがいる。そう確信しながら零児はあらかじめ拳銃のマガジンをセットして、安全装置を解除してリロードを行う。
「…この先だ」
やがて長い階段を下り終えると、一枚の扉が視界に入ってきた。ただ今までの扉とは違い、厳重に南京錠が掛けられ、扉そのものも分厚い鉄で形成されていた。
その扉に近付くと何かが暴れる音と激しく早い呼吸音、そして何かの呻き声までが聞こえてくる。常人なら帰りたくて仕方ないような雰囲気だが、零児は構わず扉を蹴り飛ばして中へと侵入した。
「…なるほどな」
扉の先にある情景を見て、零児は一人頷いて納得し、傍にいたハスターを含む構成員らは見るに堪えないような表情を作る。
ここは元々闘技場として作られた場所らしく、古びた観客席が囲うドーム型のフィールドだった。今はもう使われていないらしく、当然だが観客なんているはずも無い。それどころか誰一人いなかった。
そんな寂しい空間の中央に四つの柱が立ち並び、そこから巨大で丈夫な鎖がドームの真ん中に向かって伸びている。問題はその中央で、手足それぞれ各四箇所に鎖で縛られた鎧を纏った男性が引っ張って無理矢理外そうと抵抗している姿が見えた。
唸り声や鉄を重ねる音、そして周囲に悪魔の死体が転がってるため、零児が感じ取っていた音や匂いというのはこの事だったのだろう。そしてもうひとつ、零児は理解したことがあった。それはハスターが何故団長を殺して欲しいという理由についてだ。
「団長を…''ヨグ=ソトース''を悪魔の苦しみから解放して欲しい」
ロンドン・神威英国支部
反逆軍の奇襲から一時間後弱、救出した乗客及び駅員らを送り返したところ、美月は一人浮かない顔をしていた。決してあと少しで悪魔喰らいこと八神零児を捕らえられそうになったものの、第三者の手によって邪魔されたことに悔やんでいるのではなく、零児そのものの行動が理解出来なくて悩んでる様子だった。
傷だらけになりながらも生還し、大笑いする隊員の中、ルティシアは美月に歩み寄ると顔を覗かせて何があったのか訊ねてきた。
「…あの堕落者のことですの?」
ルティシアの質問に美月は何も喋らないままこくりと頷く。美月はどうしても理解出来ない、何故彼がそこまでして同じ堕落者を殺すのか。殺したところで自分にメリットなんてないということぐらい理解している。それでも彼の殺戮は止まらない、それどころか勢いが増すばかりだ。
願わくば零児の殺戮を止めたい。その一心だが、美月は脳裏に焼き付けたあの光景が蘇る。
『…お前、あいつと似たようなことを言うんだな』
いつも余裕の態度を崩さない彼が初めて見せた、悲しみに満ちた顔。そして首にかけていた綺麗な石を飾った首飾り。故人のものだろう、そう考えれば零児が行ってることは復讐なのかもしれない。
でも仮にそれが本当だとしたら規則性が見られない。被害者の堕落者が共通している点はみな野放しにしたら老人、女、子供構わず無差別に殺してしまう第一級危険人物だということぐらいだ。
が、そこがどうしても理解出来ない。何故第一級危険人物だけ付け狙うのか。復讐だとしたら一体なんの意図があって殺し回るのか。
美月は悩む。いくらなんでも悪魔喰らいの情報が少なすぎる。今美月が知っている情報はせいぜい男性、二十三歳、殺し屋、そして影の悪魔ことアンブラと契約を交わしているということぐらいだ。意図や行動、考えすら読めない相手に美月はため息をついて頭を抱える。
「…確かに悪魔喰らいという堕落者は強力ですの。今日アンブラとかいうクソ悪魔と戦って分かりましたわ」
第三隊を束ねる隊長が言うに、口が悪いもののアンブラのその強さは本物だと言い、あの時言われた悪口を思い出したのか拳を作っては続けて口を開く。
「あれはただの悪魔じゃない…信じられませんが、''心''を持っておりますの」
「心…?」
ルティシアが言う心に美月は首を傾げ、対してルティシアは「えぇ」といって首を縦に振る。心、人間なら誰しも持っているであろう目に見えないもの。それがあるからこそ人を愛したり、涙を流したりと様々な感情表現が可能となっている。
だがそれはあくまで人という話であって、殺戮や虐殺しか脳のない悪魔たちなら話は違う。とにかく殺ししか考えてない悪魔に心が持っているなんてまず有り得ない話だ。
しかしルティシアが言うに、アンブラという悪魔は心を持っている。こればかりは異例の出来事で、心があるからこそ怒ったり、喜んだり、驚いたり、痛みを感じることだって出来る。
そう考えると美月も納得してしまう。いくら悪魔とはいえ、人間に近い考えを持つ悪魔など見たことがないと。
「とはいえ、クソ悪魔に変わりありませんわ。今度会った時はわたくしのスキールニルで___」
「心、か…。あいつも笑ったりするのかな」
「え?」
心というワードを聞いた美月は空を見上げながら一人呟く。人生で二度零児と接触しているものの、彼が見せる表情は笑みではなく、挑発。今まで出会ってきた堕落者はみな頭のネジがぶっ飛んでいるため会話なんて不可能だった。
でも今回は違う。零児はちゃんと言葉のキャッチボールをしている。考えこそ気が狂ってるものの、そこさえ無ければただの人間と変わりない。
そう思うと美月は余計に零児を止めたくなってきた。今になって許すつもりは無いが、零児には普通というものを知って欲しい。だからこそ美月は立ち上がる。
「…行くわよ、ルティシア」
「へ?い、行くって…どちらに?」
突然気が変わった美月に戸惑うルティシア。そんなルティシアを見ながら美月は笑ってこう言った。
「悪魔喰らいの追跡よ。あんたも力を貸してほしい」
[2056.03.06 17:05]
ロンドン・地下線路
同刻、零児を乗せたバギーとバイク集団は今は使われていない地下線路を走っている。中は視界が続く限りの暗闇で、ライトを付けなければ奥まで見えなくなっている。
廃棄されたとはいえ、トンネルに変わりなく、聞こえてくるのはバイクやバギーのエンジン音と地面とタイヤが擦り付ける際に聞こえる、甲高い音だけ。悪魔など出てくる様子もなく、零児はポケットからタバコを取り出すとライターで火をつけて呑気に喫煙し始めた。
「一本いるか?」
運転席で運転しているツァールに訊ねる零児。だがツァールは真面目な性格なのか、首を左右に振ると煙草を拒んだ。それを見た零児は「…そうかい」と一言いって座席に寄り掛かる。
…だが零児は嗅いでしまった。ツァールが煙草をこちらに見る際、ヘルメット越しから血の匂いがするのを。零児だけではない、アンブラも同様に人間の血の匂いがすると『肉ゥ!!肉はどこだァ!?』と叫び始めた。
…当たり前だが、それがうるさいと感じた零児は拳を作り殴り掛かって制裁するが。パンチの威力が強すぎたのかアンブラは頬にあたる部分を殴られるとグニャリと伸びてしまった。
「…なぁ、どこに向かってんだ?」
地下線路を突入してから早一時間。そろそろ彼らが向かう場所が気になり始めた零児は目的地について訊ねるが、運転していたツァールも、並走していたロイガーも口を動かさ無いばかりで何も言わない。それを見た零児はやれやれと鼻で笑うと大人しく座席に座り込む。
同時に伸びていたアンブラが元に戻って零児に何かしら叫んでいるが、懐にあった悪魔の肉片を口にぶち込ませて黙らせる。無理矢理にとはいえ、肉を口の中に入れられたアンブラは怒りから喜びへと変わり、酸性のヨダレをボタボタと垂れ流していた。それを確認した零児は目的地が着くまでゆっくり休むということで、俯きながら仮眠を取り始める。
いくら堕落者とはいえ、中身は人間。睡眠も必要であれば食事も必要である。ここ最近戦い続けてる零児にも常人離れしてるとはいえ疲労という限度があるため、仮眠を取るのも悪い判断ではない。
まだ完全に反逆軍を信用した訳では無いが、少なからず敵ではないというのは明らか。もしこれが本当の誘拐なら零児の手足を拘束していてもおかしくない。だから零児は安堵した、久々に落ち着ける空間に。そう思いつつ、零児の意識を手放した。
「おい、着いたぞ」
「あ?」
そこからというもの、事の展開が早かった。零児が目を覚ますと既に目的地へ着いたらしく、視界を広げてみると顔を覗かせていたツァールとロイガーが目に入った。起こされた零児は呑気に欠伸をついて背を伸ばし、脳を覚醒させながらバギーから飛び降りる。
「かの悪魔喰らいも呑気なもんだね。想像してたのと全然違うわ」
「アホいえ。俺だって人間だ、腹も減りゃ眠い時ぐらいある」
後頭部に手を回し、ポリポリと掻きながら周囲を見渡し、目的地の場所をよく観察する。辿り着いた場所はドーム状に広がった空間で、瓦礫などで積み上げた建造物が並ぶ不思議な場所だった。出入口であろうトンネルから出てきたツァール、ロイガー率いる反逆軍構成員は袋に入った何かを取り出すと運び出し、この場所の広間であろうテーブル代わりの土台に置くと口笛を吹いた。
「んあ?」
直後、瓦礫の建造物から子供たちが顔を覗かせてきた。ただ出てくる気配がなく、どうも見慣れない零児に警戒しているようだ。その子供たちを見て、零児は口を開けて首を傾げる。
男の子もいれば女の子、年齢が八歳あたりから十代の子もいる。ただみな共通して髪の毛がボサボサだったり、服装がボロい布一枚だったり、体中にアザが出来たりと貧相な格好をしている。
「安心しろ。こいつは敵じゃない」
瓦礫から出てこない子供たちにツァールは言うと、ゾロゾロと恐れながらも飛び出し、土台の上につくと袋をこじ開けた。袋の中身は悪魔の血肉で赤黒くてドロドロした液体を撒き散らしながら土台の一面に広がる。
子供たちはそれを手に取るや否や、なんと悪魔の肉を躊躇なく齧り付く。手や口周りに血がこびり付くも、関係なく我先にと群がり、手を伸ばすと食べ続けた。
『おいおい!?肉じャねぇか!!オレ様にも食わせろ!!』
「さっき上げただろ、それで我慢しな」
ありったけの肉を前に、アンブラは飛びつこうとするが零児に阻止される。対して零児は食事をする子供たちを見て、何かを悟ったのか黙りとその様子を見つめているだけで何もしない。
ただ子供たちは勢いよく食べ続ける。内臓だろうが骨だろうがお構いなく、素手で取っては口に運ぶ。…何故か涙を流しながら。
「…訳ありって感じだな。あのガキども」
「まぁ、そうさね。ここなら話しても大丈夫そうだ」
子供たちを眺めながら言う零児に、隣で立っていたロイガーは頭に手をやるとヘルメットを取り外した。それにつられてツァールを始めとする反逆軍構成員らもヘルメットを外し、素顔をさらけ出す。
「!」
その顔を見て、零児は思わず目を見開いた。人の顔を見て驚くというのは失礼でしかないがこればかりは仕方ないだろう。
何故なら、ロイガーは左頬に、ツァールは右頬に亀裂のようなものが入っていたからだ。傷跡とは違い、亀裂の奥には血も流れていなければ何も無い、黒い隙間が覗かれている。
まるで空洞。だがそれに反して両者とも痛がる様子もなく、平然としている。直接的な痛みなどないようだ。
『おい…てめぇ、それ…』
「あたしらはね、穢れてるのさ。クソ野郎のせいで半分人間の身を捨てちまった」
根元は黒で先端につれて青い特殊な髪色をしているロイガーは苦笑いを浮かべながら言う。無理に作った笑みなのか笑っているものの、口角が震えているため無理して作ってる笑顔だと一目見てわかった。
ただ零児が驚いていたのはそこじゃない。確かに顔に亀裂が入ってるとなると驚くのも無理もないが、何より零児が注目した点が…。
(目に包帯…?)
彼らの目だった。どういう訳かツァールとロイガーだけでなく、ここにいる構成員全員が目元に包帯を巻いている。盲目という訳では無いようで、ちゃんと前が見えているようだが、どういう訳で包帯を巻いているのかはわからない。
わからないが、触れない方がいいと感じた零児は何も言わなかった。ロイガーの言葉からして何かワケありなのだろう。触れたくもない事情を掘り返しても仕方ない、だから零児は何も言わない。
「俺たちは''魔人''。人でもなければ悪魔でもなく、ましてや堕落者でもない」
自らを''魔人''と呼称するツァールはコクリと静かに頷きながらそう言った。
魔人。人でもなければ悪魔でもない、ましてや堕落者とも呼べない未知の存在。何故彼らが魔人と名乗るのか、現段階で零児は理解し難い。
だが仮説はある。美月とツァールが戦っていた時のこと、零児はある違和感を感じていた。
(人の形でありながら同時に悪魔の匂いもすると思ったら…こいつら、半分悪魔の血が流れてるってわけか…)
零児が思うに、彼らに人と悪魔の血が同時に流れ出てると推測する。だからあの時、人類の切り札とも呼べる対魔導器無しでも互角に戦えるし、人離れした身体能力や魔法の発現も納得出来る。
とはいえ、この様子からして彼らも何かに苦しんでいるようだ。現に子供たちは焦る必要もないと言うのに何を急いでるのか忙しく手を動かしては食事をしている。
(…待てよ)
そんな子供たちを見つめていた零児はあることを思い出す。子供たちと反逆軍構成員から漂う人の優しい匂いと悪魔の獣らしい匂いが混ざったような匂いに、脳裏の中で一人の人物を思い浮かんだ。
(微かだが…美月からも同じ匂いがした。もしかしたら、奴もこいつらと同じ…)
浮かんだ人物は美月。現代進行形で零児を追跡する神威の一人だ。この前その美月と出会った時は何かが引っ掛かるような匂いがすると感じた零児は思考の中でそう予測する。
ただ辻褄が合わない。もし仮に美月が魔人ならば魔法も使えるし、彼らのように頬に亀裂が入っててもおかしくない。だが美月は未だに対魔導器を頼らなければ魔法を発現出来ないし、頬に亀裂が入っていない以上そうとも断言出来ない。が、可能性はある。ゼロとは言い切れず、もしかしたら後に影響があるのかもしれない。
ではここでひとつ、疑問が出てくる。誰が、なんのために美月を魔人にさせようとしてるのだろうか。ありとあらゆる情報を整理整頓し、零児は可能性という答えを導き出そうと思考を巡らせる。
「…考えても仕方ないさね。着いてきな」
と、考え事をしていたらロイガーに引っ張られ、そこでやっと我に返る。子供たちを置いてどこか連れていこうとしているらしい。
今になって後戻りなんて出来るわけもなく、零児は素直に彼らの後を着いていく。
連れて来られた場所は一回り大きい建造物だった。何故地下にこれほどのものがあるのか理解出来なかったが、零児を連れた二人は入口前で見張りをしている反逆軍構成員に事情を話して通行許可を得る。
代わりに敵意や争う意思がないという証として零児が持つ武器や契約している悪魔を引き取り、安全を確証したところで中へ入った。そこまでするということはこの先は反逆軍にとって最重要となる場所らしい。ちなみにアンブラは『昼寝しながら待ってやるよ』と何故か上から目線の発言だが、零児は無視して足を踏み入れる。
中はどこからか吹く風が心地よく、薄暗い空間に何本がロウソクを立てて周囲を明るくしている。他を言うのであれば構成員らが乗っていたバイクやバギーなどが整備されていたり、何やら怪しい道具を商売しているものもいる。
日本の裏社会に生きる零児にとって見慣れた光景だが、少なくとも居心地の悪い場所だと鼻で笑ってだんまりとする。それでも前を歩いている二人は見向きもせず、一枚の扉に手を掛けた。
「ここが兄貴のいるところさね」
「…あまり額のことは触れるなよ」
開く前に二人は零児に振り返ると額の件について警告する。何やら兄貴と呼ぶ人物は額に何かしらの問題を抱えているようだが、零児は「わーったよ」と一言言って承認した。
それを確認した二人はコクリと頷くと手にかけていた扉を開く。先に広がっていたのは広々とした空間で、瓦礫が目立つもののテーブルやボロボロなソファーなどが適当に置かれ、壁に関しては大きな槍のような鉄物が何本も掛けられている、奇妙な空間だった。
その空間の真ん中にある瓦礫の山の上で股を広げて大雑把に座り込んでいる男性がいた。ただその男性の額は包帯のような布物で巻き、さらにその上でゴーグルの着いたヘルメットを被っており、二人同様目元を隠すようにゴーグルを装着している。余程見られたくない事情があるのだろうか、ともかく二人の言う通り、額に関しては触れない方がいいらしい。
「兄貴、ただいま戻りました」
「おぅ、おかえりさんだな」
そんな怪しげな男を前に、ロイガーとツァールが一礼すると、男性は適当に手を挙げて労いの言葉をかける。見た目はどことなく不良か何かを連想させるが、いざ口を開けば誰とでも気軽に話しかけられそうな雰囲気が特徴的な口調だった。
男性は瓦礫の山を下ると零児たちの前に立ち上がる。彼が身につけている白いスカーフが風によって煽られ、ヒラヒラと靡く中、零児を見るなりある言葉を投げ掛けた。
「久しぶりだなぁ、零児さんよ」
男性は零児を悪魔喰らいではなく、ちゃんとした名前でそう呼んだ。だからこそ零児は目を見開いたのだ、本名を知っている人間など指で数える程度しか居ないから。
ただ、驚いただけで敵意は剥き出さない。現に武器も持っていないし、アンブラもいない現状だと戦える方法はせいぜい体術のみ。アンブラ無しでも影を操ることは出来るが、いる時といない時の差が歴然で、いなかった場合は普段の約二分の一まで減少してしまう。とどのつまり、影の剣を作れたとしても脆く、すぐに壊れてしまう上に影の生物まで召喚できない始末である。
そんな状態でも零児は十分戦えるが、相手がロイガーとツァールと同じように魔人なら勝てる保証なんてない。元々争うつもりなどないが、零児は警戒しながらも兄貴と呼ばれる男性の顔を見つめながら口を動かす。
「…どっかで会ったか?」
「えぁ?」
正直な答えに、男性は間の抜けた声を上げては落胆する。零児にとって正しい回答だが、相手側からすれば存在を忘れ去られてるようなものなので落ち込むに無理はない。
とはいえ、零児がこの男とは初対面だということに変わりない。自身の記憶を探っているが、額に包帯を巻いたような人間など…ましてや英国に自分の友人なんているはずもなく、零児は男性より首を傾げる。
「…おいおい、忘れたのか?俺だよ俺、''ハスター''だよ」
自らをハスターと名乗る男は零児の肩を組み、ニンマリと笑う。だがどう考えても零児の知り合いの中にハスターという人物なんて誰一人見かけないし聞き覚えもない。
加えていえばハスターという名前は偽名なのだろう。深い理由はわからないが、偽名を使ってまで知り合いだと主張してくると怪しさしか感じられない。
なので零児は一旦組まれた腕を振り払い、距離を取るように辺りを見渡しながらゆっくり歩く。それを見たハスターはため息を着き、零児の後ろ姿を見つめる。
「…ロイガー、ツァール。ちょっくら二人きりにしてくれ。零児とは色々と話したい」
見つめながらも振り返らず、背後で心配そうな眼差しで見てきた二人に指示を出す。ロイガーとツァールはその指示を聞くと反論することなく、短く返事をするとこの場から立ち去った。
二人きりになった空間で零児はハスターの愛用であろう鉄の槍を手に取って見つめ、対するハスターはどこか哀愁を漂わせるような視線を零児に向ける。そんな視線を気にせずに零児は槍をクルクルと回して様子を伺うと元に戻してからガスマスクを外し、タバコを取り出すと吸い始めた。
なんとも気まずい空気。ハスターは胸張ってかつての友人であろう人物の再開に喜んで歓迎しようと思えば想定外の言葉を投げかけられたからだ。なんて言えばいいのかわからず、ただじっと零児を見つめているだけでその場から動こうとしない。今の現状を受け止めるのに精一杯なのだろう。
「…で、要件はなんだ?」
「んぁ?」
そんな時だった、零児から声を掛けてきたのは。突然声をかけられ、またも間抜けた声が出るも零児の視線を合わせるハスター。
零児が言う要件。ただでさえ人探しで忙しい零児にとってこの場所に長居する必要などないだろうと判断したらしい。なのでわざわざここのお偉い人物が対面してくるということは何かしら訳ありなんだろうと思った零児は無駄な話は省いて要件だけ聞いてきた。
いくら彼が武器や扱う影が減少したとはいえ、ハスター達にとっては脅威でしかない。下手したら殺されてもおかしくない殺し屋が目の前にいることにハスターは思い出し、両手をパンッと叩くと零児に近付いた。
「あ、あぁ。そうだな…じゃ、改めて自己紹介でもするか」
戸惑いながらもハスターは自分自身に親指を立てて再び自己紹介を始める。対して零児は何も言わず、そこらへんに転がっている瓦礫に座りかかるとハスターの言葉に耳を傾けた。
「ようこそ、クソッタレな場所へ。俺はハスター、反逆軍の長をやってる」
よろしくと言わんばかりに手を差し伸べるハスター。それを見た零児は伸びた手を握るついでに何かをハスターに手渡した。
なんだと思い、ハスターは握手をし終えたあと、ふと手のひらを見てみると中には零児が吸い終えたであろうタバコ…のパッケージがグシャグシャに丸めていた。咄嗟に零児の顔を見るとニンマリと笑いながらタバコをくわえてる零児の姿が。
「本名知ってるようじゃ、俺は省くぜ。今更顔を晒したところでどうとでもしねぇしな」
対してハスターは「おいおい」と呟きながらタバコのパッケージをポイッと適当な場所に投げ捨てた。ただ何故零児は相手が自分を知っていると信じ込んだのか、ハスターでさえ分からない。
とはいえ、嘘をついてるようにも見えない。いやそもそも理解している、ここで嘘をついたらなんの利益があるんだと。だから零児はガスマスクを外したのだろう。
「しかしまぁ、見ないうちに立派になったなぁ。今となりゃどうも神威共を騒がせてるみてぇじゃんか」
「好きでやってるわけじゃないさ。有名人も楽じゃない」
肩を竦めながら鼻で笑う零児。苦笑いしているとはいえ、美月を始めとする神威に狙われていることに苦労しているらしく、ちょっとしたため息をつく。ハスターもつられて笑うが、ソファーに腰を下ろすと真剣そのものの顔になった。
とうとう本題に入るというところで零児もタバコを吸いながらも瓦礫に腰掛け、足を組む。さっきまでの軽くて楽しそうな雰囲気とは違い、仕事の話になるとずっしりと重い雰囲気へとガラリと変わる。
「まぁそれはさておき…。ここにお前さんを呼んだのは二つ要件がある」
鋭い眼差しを向けながら、指を二本突き出して零児に言うハスター。零児は吸い終えたタバコを携帯灰皿に入れて捨て、耳をハスターに傾ける。
「俺達が殺したい人間が二人いる。一人はここの元団長、もう一人はクソ野郎の…ヨルハ・アンダーソンだ。この二人を殺してくれないか?」
「ヨルハ、ねぇ…」
ハスターの言葉から発せられた二名の名前に零児は頷く。元々Sから様々な噂を耳にしているため、誰かしら恨まれている可能性があるということである程度予測出来たのだろう、リアクションが思いのほか薄かった。
ただ零児が疑問に思っているのが前者の元団長。団長というのは反逆軍を束ねていた人物なのだろう。だが何故現団長であるハスターが殺したがってるのか、また何故零児に頼み込んでくるのか理解出来なかった。
「殺しの仕事なら問題ない。けど何故俺に頼む?」
「それについてだが、俺達は世間から''魔賊''だなんて呼ばれててよぉ。どーも人から避けられてるんすわ。で、殺し専門の零児ならやってくれるかなと」
ハスターの言い分になるほどと納得する零児。どうも反逆軍は世間から''魔賊''と呼ばれ、恐れられているようだ。何故悪魔を狩るだけであって民間人からは恐れられているのかはあらかた予想が付く。
その予想について突こうとした零児だったが、今は無駄な話より前者である元団長について詳しく聞きたいため、あえて触れずに話を進める。
「先に言っとくが、ヨルハはやらねぇぞ」
「な、なんでだ!?」
「復讐したいんだったら他人の力を借りるな。やられたやつがやらねぇと意味なんてない」
既に零児は気付いていたのかもしれない。ヨルハの件は彼らの復讐相手であって、元団長の件は何かしら深い事情があるんじゃないのかということを。そうでも無い限り、元団長の殺害依頼なんてしてこないだろう。
嘘偽りを言ってるはずも無く、仮に言ってたもしても僅かな心音と呼吸音で零児は見極め、直ぐにバレてしまう。自分勝手な事情で殺害を依頼してきた時なんていつもそうやって断ってきた。
だが今のハスターから感じられるのは''悲しみ''と''申し訳ない''という謝罪の感情、そしてヨルハからは''怒り''と''憎しみ''、''殺意''と負の感情が連鎖して感じられている。
だから零児は断った。復讐をするなら自分自身で何とかしろと。現に零児だって復讐をしている。…あの日、大切な人を目の前で失った以来、この世に蔓延る殺人鬼達に。零児は自分の手でやらなければ復讐なんて成し遂げられない、他人に任せるようなものじゃないと、ハスターにそう伝えた。
「…そうか」
それを聞いたハスターは言葉に説得力があるようで、一瞬だけ迷ったがすぐに首を縦に振った。ハスターだって殺したくて仕方ないのだろう、どういう経緯でヨルハを恨んでいるのかわからないが、やられてしまった以上恨みを貰うなど仕方の無いことだ。
「でも零児、団長だけは殺してくれ。俺達だけだと力不足なんだ」
ヨルハの件はキッパリと断られるも、ハスターは前者である元団長の件について触れる。零児に頼れる他ないためか、ここの長だというのに簡単に頭を下げて零児に頼み込んだ。
対して零児はくわえていたタバコを指で挟み、口から話すと煙を吐き出しながらハスターを見つめる。吸い終えたタバコの吸殻を携帯灰皿に入れて捨てると立ち上がり、懐から赤黒い液体を飲み干すとハスターの前に立って口を動かした。
「…わかった。ただ俺に依頼するのにあたつ三つの条件がある」
指を三本立てて言う零児に、ハスターは頭を上げて見つめる。その眼差しは真剣そのものだが、どこか希望を感じたのか少しキラキラとしている。
そんな眼差しを受けながら、零児は指を一本一本ずつ曲げながらこう答えた。
「一つ、その相手が殺しに値するか。二つ、それ相応の価値あるものを渡せるか。そして三つ目だが…俺の気分で決まる。それでも構わないってんなら考えてやる。どうだ?」
「構わない。報酬は金じゃ払えねぇ…だったら俺の知ってること全部話してやる」
迷いのないハスターの答えを聞いて、零児は口元を上げてニヤリと笑う。どうもハスターが提示する条件が気に入ったようだ。そして何を思ったのか零児は腕を伸ばし、そのまま自分自身の陰へと突き出した。
突然理解出来ない行動に「えっ!?」と驚くハスターだが、零児は構わずガサゴソと影の中を漁る。そして何かを掴んだのか肩まで入った腕を引き抜くと預けられた武器や黒い人型の塊を握っては乱暴に放り投げた。
『ギャッ!?』
ベチャリと謎の黒い液体を撒き散らしながら出てきた黒い塊から声が上がる。正体がわからないハスターはその黒い塊に警戒するが、ブクブクと膨れ上がると狼の形に形成され、零児の前に立つと身を低くして威嚇する。
『お、おいレイちゃん…。最近オレ様の扱いが酷くねェか?』
「いつも通りだろ。それより仕事だぞ、アンブラ」
怒っている黒い狼、もといアンブラの前に零児は懐から一本の瓶を取り出し、コルクを抜き出すと中から何かを引き抜くとアンブラに向かって投げつけた。宙に舞った何かを見たアンブラは怒りから一気にハイテンションで歓喜しながら口を開けると丸呑みにし、口元を動かしながらゴリゴリと音を立てる。
何を投げたのか分からないハスターだったが、よく零児の持つ瓶を見てみると、そこには大量のくり抜かれた目玉がビッシリと詰め込まれていた。ただ、目玉は人間のものでは無いらしく、脳という器官と繋がれていないというにも関わらずギョロギョロとひとりでに動いている。
「………」
「…食うか?」
「い、いや。結構」
あまりにもグロテスクな光景にハスターは言葉を失い、零児は目玉を一つ取り出すと口の中に放り込んだ。どうも人体に影響がないようで、悪魔の目玉を食べてる零児は「美味いのに」と一言呟きながら拳銃をクルクルと回し、ポーチにしまい込んだ。
と、同時に出入口から反逆軍構成員が扉を開けて乱入。慌てた様子で気が付けば預かっていた武器と悪魔が無くなっていたと言っていたが、ハスターの代わりに零児が納得出来るような説明をし、構成員を説得させた。
「で、教えてもらうか。何故団長ってやつを
殺した理由をな」
二人きりだった空間が一瞬で賑やかになった中、零児はハスターに一連の流れについて説明を要求する。その際、背後では構成員らが「てめぇ!!子供達に渡す肉まで食いやがって!!」などと怒鳴り散らしているが、アンブラは反省する様子もなく、むしろギザギザな舌を出して挑発してした。
そんなやり取りを無視してハスターは零児の顔を見つめ、何かを決意したのか目を瞑って口を開いた。
「移動しながら説明してやる。着いてこい」
ハスターのその一言で激怒していた構成員らが収まり、大人しくハスターの後ろを追う形で歩み寄る。零児も影の中へと戻っていくアンブラを横目に、首をゴキゴキと鳴らしてからハスターの背後を追い、歩みを進める。
しばらく後。ハスターを先頭とする一つの集団はコンクリートで出来た階段を使い、地下へと下っていく。長年使われていないらしく、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされ、明かりに関しては壁にかけられた蝋燭のみで、この暗闇の空間をほのかに照らしている。
そんな中、零児は何かの異臭を感じ取ったのか少し眉間を寄せる。ここの空間による砂と泥の匂いに混ざり、何か鉄のような匂いが零児の鼻に刺激する。
同時に見えない奥から何かが聞こえてきた。まるで金属と金属同士が重なり合うことによって生み出される、不協和音のような鋭い音が、一定のリズムを刻みながらこの空間に響き渡る。
何がいるのかはわからない。ただ、この先には何かがいる。そう確信しながら零児はあらかじめ拳銃のマガジンをセットして、安全装置を解除してリロードを行う。
「…この先だ」
やがて長い階段を下り終えると、一枚の扉が視界に入ってきた。ただ今までの扉とは違い、厳重に南京錠が掛けられ、扉そのものも分厚い鉄で形成されていた。
その扉に近付くと何かが暴れる音と激しく早い呼吸音、そして何かの呻き声までが聞こえてくる。常人なら帰りたくて仕方ないような雰囲気だが、零児は構わず扉を蹴り飛ばして中へと侵入した。
「…なるほどな」
扉の先にある情景を見て、零児は一人頷いて納得し、傍にいたハスターを含む構成員らは見るに堪えないような表情を作る。
ここは元々闘技場として作られた場所らしく、古びた観客席が囲うドーム型のフィールドだった。今はもう使われていないらしく、当然だが観客なんているはずも無い。それどころか誰一人いなかった。
そんな寂しい空間の中央に四つの柱が立ち並び、そこから巨大で丈夫な鎖がドームの真ん中に向かって伸びている。問題はその中央で、手足それぞれ各四箇所に鎖で縛られた鎧を纏った男性が引っ張って無理矢理外そうと抵抗している姿が見えた。
唸り声や鉄を重ねる音、そして周囲に悪魔の死体が転がってるため、零児が感じ取っていた音や匂いというのはこの事だったのだろう。そしてもうひとつ、零児は理解したことがあった。それはハスターが何故団長を殺して欲しいという理由についてだ。
「団長を…''ヨグ=ソトース''を悪魔の苦しみから解放して欲しい」
応援ありがとうございます!
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