今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第2章

第11話 条件反射

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 ピンポーン





 今日もまたチャイムを鳴らす。





 結局私は、朝のあの人にも夜のあの人にも会いに行くことを続けていた。


 夜のあの人には触れることは出来ない。荷物を渡す時に少しだけ手が触れ合うことがあってもそれ以上はない。


 だけど、触れられないあの人を見ているだけでも私の体は反応を示していた。


「今日はちょっと遅かったね。忙しかった?」

「遅くなってすみません!今日は夜指定の荷物がいつもより多くて……」

「全然いいの!私はどれだけ遅くなっても全然構わないから。ただ、三ツ矢さんが大変そうで可哀想で……」

「ありがとうございます。でも、もう今日は中谷さんのお荷物で終わりですから!」


 そんな返事を返しながら、胸元の大きく開いたシャツに目のやり場を失い、ドギマギしていた。


「……うちで最後なの?」

「はい」

「……あの……じゃあ……良かったら上がって、ちょっとお茶でも飲んでいかないかな……?」

「えっ?……」



 こんなことがあるんだろうか……?



 ただの配達員の私を部屋に招き入れてくれるなんて……



 衝撃が強すぎてすぐに反応出来ないでいると、


「あっ、ごめんなさい!疲れただろうから少し休憩していったらどうかなって思っちゃって!」


 あの人は前言を撤回しようとした。



「本当に……いいんですか……?」


 私はそうなる前にと、焦って答えた。


「も、もちろん!上がって、上がって!」

「……じゃあ少しだけ……すみません、お邪魔します……」


 出してもらった綺麗なスリッパを履き、踏み入れたことのない玄関よりも先の空間へと入る。


「あっそうだ、中谷さん!こちら……」

「やだ!ずっと持たせてた!ごめんね!」


 つい存在を忘れていた荷物を、初めて見るリビングで差し出した。いつも変わらないお決まりのやり取り。でも、玄関ではお客さまと配達員なのに、家の中だと少しだけそれとは違う関係な感じがした。


 あの人が私の持つ荷物の上でサインをしてる時、私はついクスッと笑ってしまった。すごく緊張してるはずのに、それを越えてこの突然訪れた信じられない状況に舞い上がってしまっている。


「ど、どうしたの?」


 変なタイミングで笑った私に少し心配そうにあの人が尋ねた。


「ごめんなさい!なんかこの状況、不思議だなって思っちゃって」


 私が曖昧な返事をすると、あの人も少し緊張したように笑った。


「ほ、ほんとだよね!今お茶入れるからそこのソファーに座って!紅茶でいいかな?」

「はい!ありがとうございます!」


 言われた通りにソファーに座わらせてもらい、どうしても気になってしまう部屋をチラチラと見回した。そしてその合間に、キッチンで紅茶の用意をするあの人の後ろ姿を気づかれないようこっそりと見つめた。すぐにでもあの体に触れたくて仕方なくなる。私の体はもうすでに、あの人の後ろ姿に無条件で条件反射するようになっているらしい。



「熱いから気を付けてね」



 しばらくして紅茶が運ばれると、あの人はそう言いながら私の右隣に腰を降ろした。小さなソファーで私たちは体が触れ合うほど近かった。


「図々しく上がらせてもらって本当にすみません……」

「気にしないで!いつもお世話になってるんだから!それに、私一人暮らしでいつも部屋に一人だから、こうして話し相手になってくれるの、すごく嬉しいの」

 
 あの人の言葉に嘘は感じられず、私こそ嬉しくなってしまう。


「私なんかで良ければいつでも話し相手になりますから!」

「ありがとう」

「実は私も普段あんまり人とお話する機会なくて……。だから、こうして中谷さんから誘って頂けて、私もすごく嬉しいです!」

「えっ、でも、配達してたら毎日沢山の人と話すでしょ?」

「話すって言っても、ほとんど『サインお願いします!』と『ありがとうございました!』のやり取りくらいですから。一人、毎回必ず栄養ドリンクをくれる優しいおばあちゃんがいて、その人はちょっとお話してくれますけど、それ以外は車の中でほぼ独り言って感じです」

「でも、女の子なのに一人でほんとによく頑張ってるよね。重い荷物もあるでしょう?」

「そうですね、たまに。でもだいぶ鍛えられましたから!その分、女らしさは削られちゃってますけど……」


 実際こうして同じ空間で横に並んでいると、あの人と私の人間の種類の違いを強く感じて少し切なくなった。配達の仕事なんて、普通の女子はそうやろうなんて思わないだろう。綺麗な部屋の中で綺麗なあの人を目の前に、着古したユニフォーム姿の自分が唐突に情けなく感じた。


「そんなことないよ!三ツ矢さん、すごい可愛いもん……」

「いえいえいえいえ!」


 優しいあの人は気を遣ってくれたけど、それすらも虚しく感じる。仮にあの人が女が好きな人だったとしても、私みたいに年中外で走り回ってるような女子力の低い女なんて絶対タイプじゃない。きっと会社にいる、自分と似たような女の人の方がいいはずだ。


「……私、この仕事は嫌いじゃないですけど、実際、女を捨てないと出来ない部分もあるから、悲しいところもあるんです。正直、中谷さんみたいにデスクに向かう仕事をしてる女性って、かっこよくてすごく憧れます!しかも中谷さんはさらにお綺麗だし……」


 本音の愚痴を吐きつつ、どこかで気づいてほしい気持ちも混じって少しアピールをしてしまった。


「……綺麗なんかじゃないよ」


 100人いたら100人が綺麗だと言うに決まってるくらい美しいあの人が、自分を卑下するように言った。


「お綺麗ですよ!私、初めて中谷さんのお家に伺った時、本当にびっくりしました!すごく綺麗な人だなぁ……って思って。とても一般の人には思えなくて、もしかして芸能関係の人なのかな?とか本気で思いました!」

 
 私の話はお世辞なんかじゃなく、すべて心からの真実だった。


「私なんかいつもこんな格好だし、しょっちゅう色んなところに切り傷作ってるし、恥ずかしくなっちゃいます……」


 するとその時、



「……ねぇ、三ツ矢さんて、下の名前『りん』だよね?」


 あの人は想像もしていなかった方向から話を振ってきた。


「はい」


 戸惑いながら、とりあえず返事をした。


「友だちからはなんて呼ばれるの?」

「そのまま呼び捨てで『りん』て呼ばれます。子どもの頃は『りんちゃん』てちゃん付けで呼ばれてましたけど」

「りんちゃん……って、可愛いよね」


 あの人は口に出しただけだけど、突然あの人から下の名前を呼ばれた時、私は小さな期待をしてしまった。今よりももっと違う関係になれるような、そんな気がしてしまった。


「そうですか?『かこちゃん』の方が絶対可愛いですよ!」


 お客さまに対しては失礼に当たる物言いを、私はあえてした。初めてあの人の名前を口にしたのに思ったよりも全く違和感がない。年上だけど、あの人には『かこちゃん』がしっくりくる……そんなことを悠長に思っていると、目の前のあの人は私とは真逆に真顔で少し不機嫌そうにしていた。


 しまった……つい本当の関係性を軽んじて調子に乗りすぎてしまった……!


「あっ!すみません!お客様に不躾ぶしつけなことを言ってしまって」


 私はどうにか機嫌を直してもらえるよう、すぐに謝った。


「……その傷、痛そうだね。……怪我しちゃったの?」
 

 するとあの人は、許すでもなく怒るでもなく、私の甲の傷を見ながらそう聞いてきた。
 

「あっ……これは怪我ってほどじゃ……ちょっとダンボールの角に擦っちゃっただけです……」

「……ちょっと見せて?」


 あの人が私に美しい手を差し出す。
 私も恥ずかしいながら言われるままに傷を上にして手を前に出すと、あの人は私の手に両手で触れた。


「摩擦で皮が擦れちゃったんだ……こうゆうのが一番痛いよね……」


 じーっと確認するように見ているあの人は、私の手を離さない。しかもその触れ方は、心なしかだんだんいやらしくなっているように感じた。手首から先だけの接触なのに、それだけで体の芯が波を打ち始める。



 どうゆうつもりなんだろう……

 


「ねぇ、もう一回呼んでみて……?」

「えっ……」

「さっき呼んでくれたでしょ?私の名前……」

「…………かこ……ちゃん」



 誘導されるようにそう呼ぶと、あの人はとろけるような目で私を見た。もう何も言わなくても何が欲しいのかが解った。


 あの人は仕事のストレスで相当疲れてるんだ。きっと朝の行為だけじゃ足りなくて、もっともっとエッチなことをしないと満たされなくなってしまってるんだ……


 そこにもちろん気持ちはない。毎朝、正体も知らない人間に好き勝手体を許すあの人はこうゆう行為に気持ちなんて必要としない。性別だって関係ないんだろう。


 そのことに向き合おうとするとやっぱり胸は痛んだけど、私はいっそそれでも構わないと思い始めていた。それでもあの人と体を重ねられるなら……
 もう欲望は溢れて暴れ出しそうだった。



 あの人に触れたい……
 いつもの制限のあるようなものじゃなく、思いっきり、壊してしまうくらいに感じさせてみたい……
 そしてその顔を正面からみてみたい……



 そんな誘惑にかられながら、私は最後の踏ん切りをつけられなかった。


 
 もしそんなことをしてしまったら、その手つきで朝のことがバレてしまうかもしれない……



 その恐怖心が大きくなり始めると、私はあの人と目を合わすことが出来なくなってしまった。



 逃げるようにうつ向いて目線を外していると、目の前にあの人の顔が現れた。その美しさに自制心を失いそうになり、また目を逸らす。


 すると次の瞬間、あの人は強引に私の体を
自分の体の中へ招き入れた。


「うわっ……」


 情けないリアクションで思いっきり動揺を外に出してしまった。柔らかい胸の感触が頬に当たる……



 ダメだ……ここでやめないと戻れない……



「あっ……あの………」

「なあに?」


 私の呼び掛けに返すたった三文字の言葉が、すごくエッチに感じた。


「こんなにくっついちゃったら、服が汚れちゃいます……私のユニフォーム、そんなに綺麗じゃないですから……」



 下手な理由づけなのは分かっていた。あの人を見上げてそう言うと、唐突に、溶けるほどに柔らかな唇が私の口を塞いだ。



「んっ……」



 あの人は私の理性を吸いとるように、更に激しく舌まで入れてきた。


 私は自分に、すべてを失うリスクを繰り返し教え込み、ギリギリのところで必死に戦っていた。


「やっぱり!こんな綺麗なお洋服が汚れちゃいました……!ごめんなさい!私、弁償しますから!」


 冷静になってもらおうと、私はあの人から距離をとった。すると、あの人は自分の服を見て、


「汚れてなんかないよ?どこが汚れてるの?」



 と私を追いつめてきた。



「その……そこです……」



 私は少し距離をあけながら、あの人の右胸を指差した。



「全然分からない。どこ?」



 あの人はもう何を言っても欲する気持ちを抑えられないようだった。



「……ここ……です……」



 あの人に頼まれるまま、私はもっと近づけて指を指した。


 この指先のすぐ先にあるものに触りたい気持ちを抑えようとすればするほど、私の制止を振り切って、指先が自分勝手に動きそうな気になってくる。



「ねぇ……もっと分かりやすく教えて?」



 あの人が再び投げ掛ける質問に固まっていると、



「あっ!」


 
 ……あの人は下着をつけていなかった。



 無防備な指先にすでに固くなったあの人の感触を感じた。すごく悪いことをしてしまった気がして咄嗟に手を引っ込めると、



「そっか……やっと分かった。ここが汚れてたんだ……」



 あの人は目でも私を苛めながらシャツのボタンを上から一つ一つ外していった。



 自分の中からミシミシときしむ音が聞こえた。





 何かが崩れそうだ。






 あの人がシャツを開いていく指先を、私は息を殺して見ていた。こんなに美しい光景は今まで見たことがないんじゃないかとさえ思う。


 ソファーの片方にのけ反るように固まった私に、あの人は上から迫るように近づいてきた。そして、私が見えやすいようにシャツをめくり、たまらなくいい角度で傷一つない絹のような肌を見せた。


「ここでしょ?汚れてるのって……」


 あの人は白い膨らみの先を私の口元にそっと添えた。動けない体の中、本能が内側から私を制御しようとする。


 そんなことを知らないあの人は、耐えることに息苦しくなってかすかに開いた私の唇の間に、指先のように固くなった場所を入れ込もうと無邪気に欲のまま動く。



「ねぇ……弁償なんていいから、あなたが綺麗にして?」

 

 その言葉が引き金を引き、私を留めていた脆い留め具はついに壊されてしまった。



 お預けをくっていた大好物の餌に食らいつくようにその体ごとさらって自分の上に乗せると、私は口の中を好きなようにあの人でいっぱいにした。



 肌から香るほのかなあの人の匂いが壊れた私に麻酔をかける。



 もう自分ですら私の体を止められない。



 勝手に動き続ける舌はあの人を愛したくて仕方ないように、胸の先のほんの一部分をあの人自身に見立て、色んな角度からまとわりついて舐め上げた。


 口の中に入れ、舌先で上下左右に何度も繰り返し揺らしてあげると、あの人は綺麗でいやらしい声を聞かせてくれた。そして、より美しさを増したあの人はその快感のお礼のように、今度は左胸を私に差し出した。



 そう……今ちょうどこっちも欲しいと思っていたところだった。それにきっと、あの人もそろそろこっちを欲しがるんだろうと思っていた。



 素直に欲しがるあの人が、憎いくらい愛おしかった。



「……綺麗な人って体も綺麗なんですね……」



 あの人を作っているすべてに見惚れて、本心を思わず呟いた。すると、あの人の体はそれに悦んでくれたみたいに泣いていた。


 そんなに欲しくて欲しくて堪らないなら、
もっともっと感じさせてあげたい。私はわざとらしいくらいにあの人の目を見つめながら、波打つ舌の動きを見せつけた。すると、あの人は嬉しそうに苦しい顔をしてくれた。


 その顔をやめないで欲しくて、もっともっとと、いやらしい舐め方をしつこく見せる。



 あの人の胸が美味しすぎて味わうことに夢中になる。



「ねぇ、お願い……こっちもして……」



 その時、あの人はふいにそう言い、私の右手を自分の下半身へ導いた。



 バッ!



 思わず私は瞬時にあの人から離れた。



「ど…どうしたの……?」


 あの人は不安気な顔で気遣うように聞いた。


「……こんなことして、申し訳ありません……中谷さん……」



 さっきとは別の意味で胸打つ鼓動が私を冷静にさせていく。



「私……帰ります……」



 私はその場から立ち上がり、玄関へ向かった。


「待って!!ごめんなさい!!私っ……」


 あの人が焦ったように私を追いかけてきたけど、私は雑に靴を履くと急いで扉を開けた。


「待って!り……三ツ矢さん!」


 愛おしい声が背中から聞こえた。私はその声には応えず、閉める直前に軽く会釈だけして立ち去った。





















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