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第3章
第24話 罠
しおりを挟むその後も三ツ矢先輩は明るく振る舞ってくれたけど、私には痛々しく映っていた。
全ての配達が終了して営業所に着くと、挨拶をして先輩とは別れ、事務所で簡単な報告をしてから更衣室へ向かった。
ドアノブをひねり開けたと同時に、下着姿の見知らぬ人の後ろ姿が目に入り、私は後ろ手でドアを閉めながら挨拶をした。
「お疲れさまですー」
すると、私の声に反応してその人はクルッとこちらを振り返った。
「あっ!あすみちゃーん!お疲れさまー!」
「えっ?!智鶴ちゃん?!」
振り向いた智鶴ちゃんは、朝とは全くの別人のように印象が変わっていた。三つ編みに結んでいた長い髪はしっかりとブローしたように癖を残さず肩に下ろされ、丸眼鏡を外した素顔は、同じ歳とは思えない大人びた美しさだった。
極めつけはブラジャーからこぼれているおっぱいだ……。どこにこんな大きいものを隠していたのか?私よりも細い体に、無理くりつけられたようなサイズの胸が、ほんの少しの振動でたわむように揺れている。
思わず目を奪われていると、
「あ、やだー!見られちゃった~!私、バランスおかしいでしょ?」
智鶴ちゃんは、両手に乗り切らないそのおっぱいを少しだけ持ち上げながら、胸元を見下ろして言った。
「ごめんね!迫力あり過ぎてついガン見しちゃった……。あの、それって何カップなの?」
「今は多分GかHくらいかな。私、体重の変動激しくて、それによって結構変わるんだよね」
GかHってなにそれ……?
映画館の座席の話……?
「そこまで大きいとやっぱり遺伝とかなの?」
「ううん、違うと思う。うちの家系、みんなおっぱい小さいし。多分エッチのし過ぎかな?」
「えぇ!!?」
「そんな引かないでよ~!あすみちゃんだっていっぱいしてるでしょ?そうゆう年頃なんだから!」
「……いや、私は必要な時だけってゆうか……」
「へーそうなんだ?そんなにエッチ好きじゃないの?」
やめて!処女にそんなこと聞かないで!
そうゆう話になると、自分がなんにも知らない無知な子どもに思えて切なくなる……。
「……好きとか嫌いとかっていうか、今は相手がいないし……」
「あすみちゃんは決まった人とじゃないとダメなタイプ?その日限りとか苦手?」
「……元々そうゆう行為自体がすごく好きってわけじゃないから……そこまで執着はしてないかな……」
私は知り合ったばっかりの子と何を話してるんだろう……。智鶴ちゃんが三ツ矢先輩みたく鋭くなくてよかった。言ったままを信じてくれるので、そのおかげで一応ごまかせてる。
「そっかぁ、ある意味羨ましいかも。私異様に性欲強くて、3日に1回はしたくなっちゃうんだよね。てゆうか、実際してるし」
「……てことは、智鶴ちゃんて彼氏いるんだ……?」
「彼氏はいないよ。……彼女ならいるけど」
「か、彼女って!?どうゆうこと!?」
「……私、実はレズなんだよね」
「……レズ……」
「あ、もしかしてあすみちゃんはそうゆうのダメだった?」
「ううん、そんなことないけど…… ごめんね、私、目の当たりにしたの初めてで、ちょっとビックリしちゃっただけ」
「あすみちゃんの回りにはそうゆう子いなかったんだ?そんなに珍しくないよ、そこらじゅうにいっぱいいるよ?」
「そおなの?」
「例えば、三ツ矢さん!あの人は絶対にレズだと思うんだよね、私!」
「三ツ矢先輩が?!」
「『三ツ矢先輩』かぁ~!近い感じでそれいいね!私も三ツ矢先輩って呼ぼ!」
私は緊張しながら許可を取ったけど、智鶴ちゃんはそもそもそうゆう概念すらないみたいだ。そうゆうキャラって便利だなと思った。
「ねぇ、あすみちゃん!三ツ矢先輩がレズかどうか賭けない? 」
「賭け?」
「賭けって言ってもそんな大したものじゃないよ?ジュースとなそんなくらい!」
「でも……そんなのどうやって分かるの?」
「それはまかせて!私が確かめてみるから」
「まさか直接本人に聞くの?!」
「まさか~!それは野暮だもん」
「じゃあ、何するの?」
「……ここの更衣室さ、三ツ矢先輩も使ってるでしょ?あすみちゃんが戻ってきたんだから、きっともう少ししたら来るよね?事務所の人たちは当分来ないはずだし、絶好のチャンスじゃない?」
智鶴ちゃんは悪女のような笑みで微笑むと、私の両腕を掴んで大真面目に説明を始めた。
「あすみちゃんはこのロッカーの中入って隙間から見てて。私ね、自慢じゃないけど女好きの女の人には自分から迫って拒まれたことないの」
「それって……三ツ矢先輩のこと誘うってこと?」
「そうゆうこと!手っ取り早く正解分かるでしょ?」
胸がざわつく。確かに、智鶴ちゃんの言うことが本当かどうか正直気になってしまうところはあるけど、その方法には気が乗らない。
「でも、智鶴ちゃん彼女いるんでしょ?そんなことしていいの?」
「ほんとはよくないよね!でもいいの……。私の彼女ね、浮気してるんだ。向こうは隠せてるつもりだけどバレバレなんだよね。もともとセックスが上手いから付き合ってただけだし、そろそろ別れようと思ってたし」
「……そうなんだ」
「それにね、実は朝挨拶した時から三ツ矢先輩、けっこうタイプだなーって思ってたんだよね。なんかあの人って普通じゃない感じが滲み出てない?」
「そうかな……私はあんまり分からなかったけど」
「なんとなく同じ匂い感じるの。多分エッチが始まっちゃったら我を忘れてとことん性癖ぶつけてくるタイプだよ!上手いことひっかかって本当にしてくれないかなぁ~」
妖艶な口元で願望を口にする智鶴ちゃんを見ながら、私は今朝彼女が言った、『あすみちゃん、いいなぁ……』という言葉に込められた本当の意味を知った。
智鶴ちゃんのイメージの変貌にまだ頭がついていけていないでいると、更衣室へと近づいて来る足音が聞こえてきた。
「あっ!来た!きっと三ツ矢先輩だよ!」
智鶴ちゃんは急いでワイシャツに袖を通しながら、私を無理やりロッカーの中へ押し込めた。
「負けたらジュースね!」
扉を閉める直前にそう小声で言うと、今度は悪戯な笑顔で笑った。
足音が更衣室の前で止まる。
「あー!お疲れさまでぇす!」
智鶴ちゃんの、完璧に白々しい媚びた挨拶が聞こえて、私はロッカーの扉にある隙間中からそっと様子を伺った。
すぐ近くに三ツ矢先輩の横顔が見えた。
思った以上によく見えるし、思った以上に近すぎて、息をするにも緊張する。
「お疲れさま。新入社員の子……?」
「えー、朝少しだけどお話したのに。三ツ矢先輩、私のこと……覚えてないですか?」
智鶴ちゃんはあからさまなほどに、向かい合った三ツ矢先輩の目を見つめていた。
「えっ、あの子?!……なんか朝とは随分イメージ違うね」
「そおですか?どんな風に違います?」
「朝はすごい真面目そうだったけど、今はかなり不真面目そう」
「やだぁ~、三ツ矢先輩ひどいですよ~!」
智鶴ちゃんがはしゃぐと、袖を通しただけのワイシャツの胸元がひらひらと開き、ギリギリブラジャーに納まっているあの溢れるほどのおっぱいが現れた。
三ツ矢先輩の視線は私と同様、まっすぐにそこへと奪われているように見えた。
「『先輩』って」
「私もあすみちゃんみたいにそう呼んたらダメですか?」
「別にいいけど。そう言えば茅野さんは?」
「早々に着替えてもう帰っちゃいました!」
「ふーん……」
さっぱりとした反応に少しの悲しさを感じた。
「あのさ、それはそうとすごい出てるよ?」
すると突然、意外にも堂々と三ツ矢先輩は胸元の指摘をした。あのおっぱいを見てもあんなに冷静ってことは、やっぱり女の子が好きなわけじゃないんじゃないか……?
智鶴ちゃんは三ツ矢先輩にシンプルにツッコまれ、ピタッと動きが止まった。
どうする?
もう難しいんじゃない?
諦める?
だけど、予想に反して智鶴ちゃんはむしろ三ツ矢先輩に一歩近づいた。
「知ってます。だって、 わざとですから」
三ツ矢先輩の視線が、智鶴ちゃんの目に戻る。智鶴ちゃんは三ツ矢先輩のぶら下がった左手を両手で包むように取ると、そのまま自分の胸元に持っていった。
「三ツ矢先輩、なんだか疲れてるみたい……。 私で良かったら、少しは元気にさせてあげられるかもしれません」
智鶴ちゃんはじーっと三ツ矢先輩を見つめ続けていた。そして、その場に立ち尽くす三ツ矢先輩の体を手のひらで軽く後ろへ倒し、その背中を私が入っているロッカーに押しつけた。
「ねぇ……先輩?私のこと、いりませんか?私、先輩のこと、元気づけてあげたいな……」
私からは、三ツ矢先輩の後頭部と智鶴ちゃんの顔しか見えない。
息を止めて2人の沈黙の時間を耐える。その時、
「そんなこと言うと、本当にしちゃうよ?」
耳に届いた三ツ矢先輩のセリフに衝撃が走る。
「三ツ矢先輩……」
『はい』の返事の代わりに智鶴ちゃんはいやらしく先輩を呼ぶと、三ツ矢先輩は智鶴ちゃんの体を引き寄せた。そしてその胸元に先輩が顔を埋めた時、智鶴ちゃんはロッカーの中の私に目を合わせ、ウインクをした。でも次の瞬間、
「あっ……あっ…あぁっ!……三ツ矢先輩っ!!」
智鶴ちゃんは感じているような声を出して三ツ矢先輩の体にしがみついた。
これも演技なの……?
目を凝らしてその表情を確認すると、智鶴ちゃんは目をつぶって陶酔しているようだった。何をしてるのか分からないけど、何かをされてる。
「やだ……三ツ矢先輩……、本当に気持ちよくなってきちゃう……」
「気持ちよくなりたいんでしょ?」
「で、でも……誰かが来るかもしれないから……」
「そのくらいのリスク分かってて誘ってきたんでしょ?今さらもう遅いよ、こんなとこでやめられない……」
「あぁっ!!」
智鶴ちゃんが、突然大きい声を発した。
何が起きているんだろう……
経験がない私には、何が起きているのかいまいちよく分からない。だけど、二人が快感に溺れていることは目に見えて分かる。
「声大きいよ、我慢して」
「だって……先輩の指が……」
指!?
二人の絡み合う姿を見ていると、心が押し潰されそうな気持ちになった。なのに、皮肉にも体は体温を増してゆく。
「ここ、気持ちいんでしょ?すごく反応してる」
「うん……すごい……きもちいぃ……お願い、もっと、もっとして!!」
経験の全くない私にも、それが智鶴ちゃんの本気の懇願だということは分かりやすいくらいに分かった。
どこからか声がする。
やめて……やめて……やめて!!
これは私の心の声だ。
その時、
「そろそろこの辺にしといた方がいいんじゃない?」
三ツ矢先輩は覚めたようにそう言うと、自分の体にしがみつく智鶴ちゃんを剥がすように離れさせた。
「えっ……」
乱れた服の智鶴ちゃんは呆気に取られたような顔をしている。
「そもそも事務員さんたちが来るまでの予定だったんでしょ?子どもじゃないんだからさ、くだらないイタズラしかけんじゃないの」
「……気づいてたんですか……?」
智鶴ちゃんの問いかけに三ツ矢先輩は答えずに、私の入っているロッカーをノックした。
カンカン……
「茅野さんも出ておいで」
ウソ!?私のことも気づいてたの?!
逃げも隠れももう完全に出来ない状況に、仕方なく怯えながら扉を開けた。
キィ………
冬だというのに汗だくの姿でロッカーから出る。三ツ矢先輩と目を合わせられない。
三ツ矢先輩の背中の後ろで、智鶴ちゃんはしゅんとしていた。
「申し訳有りませんでした……」
私が謝ると三ツ矢先輩は私と智鶴ちゃんの両方に視線を配ってから、張り詰めた空気を抜くようにフッと小さく笑った。
「ロッカーの前に思いっきり二人分の荷物があるのに茅野さんはもう帰ったとか、バレバレ」
「分かってたのに、どうしてしたんですか?」
さすがにバツが悪そうに少しうつ向きながらも、智鶴ちゃんは逆ギレの口調で三ツ矢先輩を問いただした。
「……なんかムカついたから。たかくくってナメたことしてくるから、想定外のことしてやろうって思った」
「そんなこと言って、本当は本当に私に欲情しちゃったんじゃないですか?」
すると、三ツ矢先輩は本気で面白そうに吹き出した。
「はいはい、じゃあそれで」
智鶴ちゃんが説き伏せようとしても、先輩は土俵に乗りもしない。智鶴ちゃんは悔しそうな顔をしてまた噛みつく。
「どっちにしても、一番の目的は果たせましたから!」
「目的って?」
「三ツ矢先輩がレズかどうか確かめたんです。思いっきりクロでしたね」
「くだらないことするね」
「くだらなくなんかないです!」
すると突然、智鶴ちゃんは大きな声をあげた。三ツ矢先輩は不可解な顔で智鶴ちゃんを見た。
「私、三ツ矢先輩のこと好きになっちゃった。だから、今度は堂々と誘います」
智鶴ちゃんの唐突な告白に私は動揺した。なんて返すのか不安な気持ちで三ツ矢先輩を見る。
「今日会ったばっかりなのに、好きも何もないでしょ」
三ツ矢先輩は呆れたように言った。
「好きになるのに時間なんか関係ないです!心が好きってなったら好きなんだから!」
智鶴ちゃんが強気にそう返すと、三ツ矢先輩は何かを想うように黙っていた。
「とにかく、もう早く帰りなね。明日も早いんだから」
流れるような速さで着替えると、三ツ矢先輩は最後にもう一度小さな声で「お疲れさま」と言って、さっさと更衣室から出ていった。
ガチャン……
更衣室の扉が閉まった瞬間、
「あー!ヤバかったー!!あすみちゃん!!三ツ矢先輩って、想像以上にすっっごいいいね!!」
智鶴ちゃんら爆上がりのテンションで飛び跳ねながら私に訴えてきた。
「……すごいいいって何が?」
「エッチだよ!舌も指もすっごく気持ちよかったの……。私、かなり経験ある方だけど、あんな少しであんなに気持ちいいの、初めてだった……」
「そ、そうなんだ……。じゃあその、行為がよかったってことで、本当に先輩のことを好きになったってわけじゃないんだ?」
「ううん、三ツ矢先輩に言ったことは本当。私、本当に先輩のこと好きになっちゃった……。あんな異常な人初めて……。初めから私の思惑解ってたくせに、あそこまでするなんて……。私、本気で彼女と別れる。 浮気とか三ツ矢先輩嫌いそうだし!あぁ~ほんとにヤバい、久しぶりにはまっちゃいそう……」
私の方が今日一日長い時間を三ツ矢先輩と二人きりで過ごして、沢山の話をしたのに、きっと三ツ矢先輩の中では、私よりも智鶴ちゃんの印象の方が強いんだろう……
嬉しそうに楽しそうに笑いながら帰りの身支度をする智鶴ちゃんを見ていると、今まで感じたことのない悔しさが込み上げてきた。
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