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第3章
第28話 恋敵
しおりを挟む営業所に着きトラックを降りると、
「じゃあまた明日ね」
三ツ矢先輩はあっさりとした簡単な一言を私にかけて、締めの作業を始めた。
「お疲れさまでした……」
私はその背中に向かってそう言ったけど、すぐに同僚の人と立ち話を始めて聞いてもいなさそうだった。
誰もいない更衣室の電気をつけ、落ち着かない白熱灯の下で着替えていると、
ガチャ……
「あ!今日はあすみちゃんの方が早いー!」
朝と変わらないテンションで智鶴ちゃんが入ってきた。
「智鶴ちゃんお疲れさま!今日は忙しかったの?」
動揺を悟られないように出来るだけ明るく振る舞った。
「そうなの~すんごい疲れたぁ……。てゆうか聞いてよ!あすみちゃん!私の担当ドライバーの人、まじキモくて!初日の挨拶の時から『かわいいから緊張するなー』とか言ってきたから怪しいとは思ってたんだけど、今日なんか『彼氏いるの?』とか『どうゆう男がタイプ?』とかガンガン聞いてきてさ!下手にセクハラだって指摘すると面倒くさいと思って愛想笑いで流してたら逆に調子に乗って、しまいには『その胸、嘘みたいな大きさだけど本当に本物?』って言ってきたの!!信じらんないんだけど!!」
「なにそれ!?聞いてても信じられないよ!事務所の人に言って担当変えてもらった方がいいよ!」
「うん、私もそう思って着替えたらチクリに行くつもり。だから男ってほんと嫌なんだよね!そうゆうセクハラしてくるのって男だけじゃん!そう思わない?!」
「そうだね、女の人はもしそう思ってもそんな失礼なことしないよね」
「だよね!ていうか、もし女の人にセクハラされたら、むしろワンチャンあるかなって期待しちゃうけどねー」
智鶴ちゃんは忙しなく感情を乱高下させながら臨場感たっぷりに私に話してくれた。
「智鶴ちゃん、ほんとに男の人ダメなんだね」
「うん。私、性欲は人一倍強くて性的にはゆるゆるなんだけど、男は死んでも無理なの。女の人だったらかなり守備範囲広いんだけど」
「守備範囲広いって?」
「大体の条件はクリア出来るってこと。そうだなぁ~、例えばこないだお店で飲んでたら隣の人に声かけられたんだけどね、その女の人は私の倍くらい歳上だったけど、綺麗な人だったし普通にチューしたよ」
「チュ……チューって、キスしたの?!」
「あすみちゃん、おもしろーい!チューってキス以外他に意味ないでしょ~?」
「そうかもしれないけど……その日会ったばっかりの女とまさかと思って……」
「そっか、そうだよね!私の感覚がおかしいんだよね!」
そう言いながら智鶴ちゃんはあっけらかんと笑っている。
「てゆうか、智鶴ちゃん、女の人からも声かけられたりするんだ?」
「ハハ!質問責めだね!」
「あ、ごめん……」
「ううん!あすみちゃんはノンケだし、不思議に思うよね。気にしないでなんでも聞いて!」
「ありがとう……、じゃあ早速なんだけど『ノンケ』って何?」
「そっかそっか、ごめん!ノンケも一応専門用語か!ノンケっていうのは、その気がない人ってことだよ。男が好きな女とか、女が好きな男とか。現代の世界では『普通』って言われる人たち。普通じゃない私と三ツ矢先輩とは違って、あすみちゃんみたいな人のこと!」
そう言われて、私はなんだか悔しい気持ちになった。
「……なるほど、勉強になるね」
「 触れる機会なかったら、なかなか知ることないよね!それからさっきの話だけど、さすがに私だって、普通に歩いてて女の人から声かけられるなんて事なんてないよ。その時飲んでたお店はそうゆうとこだったから」
「そうゆうとこ?」
「うん、簡単に言えばレズ専門のバーみたいなとこ。女の人しか入れなくて、基本的に来てる人はみんなそっちの人間だから、一人で飲んでて物欲しそうにしてると、大体誰かが声かけてくれるの」
「そうなんだ……そんなお店があるんだね。そうゆうお店に一人で行くなんてすごいね……」
同じ歳なのに、こんなにも生きてる世界の範囲が広いなんて……。私はなかなかのカルチャーショックを受けていた。
「うん、一人じゃないと声かけてもらえないしね。それに私、基本は一人で動くのが好きだし。あ、でもあすみちゃんだったらいいよ!興味あったら今度連れてってあげる!」
「え……私!?」
「食いついてくるから興味あるのかな~?って思ったけど、違った?もしかして、ひいちゃってた?」
「そんなことないよ!引くなんて絶対ない!」
私は不自然に全力で否定してしまった。だけど智鶴ちゃんはそれを友好的に捉えてくれたようだった。
「ほんと?!嬉しいー!じゃあ今度一緒に行こうね!あすみちゃんかわいいから、一人にしたらすぐ声かけられちゃうよ!」
「そんな、かわいいとかないから……」
「照れてるー!かわいいー!」
「やめてって!」
「あ……あすみちゃん、かわいいピアスしてる。それ、ハート?」
「あ、うん……。朝急いで適当につけただけだけど……」
「嘘でしょ?」
「な、なんで?嘘じゃないよ、本当にたまたまつけただけで!」
「必死に否定するところが怪しー。もしかして気になる人でも出来たんじゃない?ここ男の人だけはめちゃくちゃいっぱいいるもんね~!タイプの人見つけちゃったんでしょ?」
「……まぁ……なくはないかな……」
「ほらー!やっぱりそうなんだ!ねーねー、どんな人?私も見たことある人かなぁ~?」
「どうかな……」
「ふふ、あすみちゃんは案外照れ屋さんだもんね!でもさ、もし上手くいったら教えてね?」
「…………うん」
ガチャ……
「あ、三ツ矢せんぱぁ~い!」
長話をしていたら、締め作業を終えた三ツ矢先輩が入ってきた。智鶴ちゃんの話し方がガラリと変わる。
「お疲れさまです……」
さっきのキスの感触がまだ色濃すぎて、全く目を合わせられないまま、私は挨拶をした。
「お疲れー。まだいたんだ?私なんか仕事終わったら一分でも早く帰りたいのに、二人とも会社好きだね」
「私は会社じゃなくて、三ツ矢先輩が好きなんです!先輩がもうすぐ来るって思って、待ってたんじゃないですかー!」
「そうやって茅野さんまで巻き込むのやめなよ」
「別に巻き込んだりしてないですよ!ねー?」
智鶴ちゃんが、私の肩に手をかけて言った。三ツ矢先輩がチラッと私のことを見る。
「……うん。……私も私で、好きで先輩のこと待ってました」
私は三ツ矢先輩を真っ直ぐに見つめて言った。
「あすみちゃん!それじゃ、マジの告白みたいだよ!三ツ矢先輩、モテモテですね!嬉しいでしょ?」
「女の子にモテてもなー、女の人だったら嬉しいけど」
「あーひどーい!成人してるんだから、私たちだって立派な大人だよね!ね?あすみちゃん!」
「……でも、確かに成人してるだけで大人とは言えないかも……」
「ダメだよ!あすみちゃん!負けちゃ!三ツ矢先輩っ!ほら、こっち見て下さい!」
智鶴ちゃんは三ツ矢先輩に向かって、路上の露出魔のようにバッとシャツを開き、ブラジャーからはみ出たあの大きなおっぱいを堂々と見せつけた。
「体はこんなに大人ですよ?今日も少しどうですか?」
すると、三ツ矢先輩は無言でゆっくりと智鶴ちゃんに近づいて行った。
智鶴ちゃんは自分から誘ったくせに体に力が入れて目を閉じた。そんな智鶴ちゃんへ三ツ矢先輩の手が伸びていく……
やだ……!!もうあんなことしないで!!
心の中で叫んだその時、
「こうゆうところが子どもなんだって。おっぱい出せばすぐにどうにかなるって思ってんだから。もうこうゆうの本当にやめなよ」
三ツ矢先輩の手は、智鶴ちゃんの開いたシャツのボタンを留め始めた。
目を開けた智鶴ちゃんは大人しく任せたまま、三ツ矢先輩のことを至近距離でじっと見つめていた。
あれは、落とそうとしてる目じゃない。
落ちてる目だ……
「バカなことやってないで、着替え終わったんならもう帰りなよ。明日も朝早いんだから」
三ツ矢先輩が話しかけても、智鶴ちゃんは珍しく黙ったままだった。
放心したような智鶴ちゃんを気にかけるように、先輩が顔を覗きこむ。智鶴ちゃんは不機嫌な様子で、そんな三ツ矢先輩から顔を背け無視をした。
「智鶴!ふてくされないの!」
すると、三ツ矢先輩は突然智鶴ちゃんを下の名前で呼んだ。智鶴ちゃんが背けた顔を戻す。
「名前で呼んでくれた……」
その智鶴ちゃんからはあの魔性な要素が消えていた。少女のように純粋な恋に心をときめかせているようだった。
「先輩!もう一回言って!」
「やだよ。あれでおしまい」
「え!なんで!?これからは智鶴って呼んでくれるってことじゃないんですか?」
「無視するから、名前呼んだら反応すると思って言っただけ」
「そんなぁ~!!」
駄々をこねる智鶴ちゃんをよそに三ツ矢先輩はすごいスピードで着替えを終えた。
「付き合ってらんない。もう私先に帰るから」
「やだぁ~!三ツ矢せんぱぁ~い!」
智鶴ちゃんの引き留める声を背中に浴びながら先輩は扉へと向かった。
「お疲れさまです……」
私が最後の挨拶をすると、ちらっとだけ振り返り
「2人とも気をつけてね」
と疲れた笑顔で優しく言って先輩は更衣室を出て行った。
いなくなって見えなくなった背中をまだぼーっと見ている私に、落ち着きを取り戻した智鶴ちゃんが話しかけてきた。
「あすみちゃん……」
私はハッとして振り返った。
「ごめんね、やっぱりさっきの約束守れないや」
「約束?」
「レズバー連れてくって言ったでしょ?」
「あぁ……うん」
「私……こんなこと思うの初めてなの……三ツ矢先輩だけのものになりたい……。先輩に嫌われるようなこと、もうしたくないの」
さっき三ツ矢先輩が留めたシャツのボタンを指でつまみながら、智鶴ちゃんは言った。
「だから、ごめんね」
智鶴ちゃんは私に謝りながらまだボタンを見ていた。
「……うん」
私はなんて返したらいいのか分からず、相づちをうつことしか出来なかった。
「ちゃんと好きになってもらえるように頑張る……」
「……うん」
私に言ってるのか自分自身への決意なのか分からなかったけど、私は相づちを返した。
すると、智鶴ちゃんは力が抜けたような動きで私に向かい合った。
「私、先輩のこと誰にも渡したくない……絶対に誰にも……」
顔を上げた智鶴ちゃんは、ほんの一瞬だけ冷たい目をした気がした。
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