今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第3章

第39話 研修最終日のあと

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 営業所に戻り、重田さんに挨拶をして、更衣室で着替え、帰る前に事務所に顔を出した。


「お疲れさまです!お先に失礼します!」


 もうだいぶ遅い時間なのに絶賛仕事中の人達に向かって大きな声で挨拶をし、立ち去ろうとすると、事務の川村さんが私を呼び止めた。


「あっ待って!待って!茅野さん!」


 慌てた様子の川村さんの声に振り返る。川村さんは女性の社員さんで、事務所内の長とも言える存在の人。気さくで取っつきやすさが前面に出ていて、実際はまだ三十過ぎらしいけれど、その振る舞いや仕草は田舎の親戚のおばさんを思い出させ、そのせいか、これまで挨拶程度の付き合いしかなかったにも関わらず、私はどことなく安心感を感じていた。


「なんでしょうか?」

「明日、お休みだよね?夜ってなんか予定あるかな?」

「何かあるんですか?」

「うん。前から決まってた女子だけの飲み会があってね。せっかくだから、研修組の二人もどうかな?って思って。深沢さんには昨日伝えたんだけど、来るって言ってたよ」


 女子だけの飲み会……てことは、三ツ矢先輩も来るかもしれない。来ない可能性もあるけど、もし来た時智鶴ちゃんに出遅れる……。


「ありがとうございます!ぜひ私も参加したいです!」

「ほんと?良かったぁ~。休みの日にわざわざ出てきてもらっちゃってごめんね?」

「いえ、こちらこそ誘ってもらえて嬉しいです。それで、何時にどこに行けば……?」

「ここの近くの居酒屋を19時から予約してるのね、だから18時40分くらいに事務所来てくれるかな?」

「はい!分かりました!あ、あと、ちなみになんですけど、その飲み会って三ツ矢先輩も来るんでしょうか……?」

「みっちゃん?みっちゃんはどうかなぁ~。いつもその時の疲れ具合で来たり来なかったりだから、直前じゃないと分からないかな。なに?みっちゃんに来てほしいんだ?」


 レズなんて概念は全く持っていなさそうな川村さんは、一切怪しむことなく、ほほ笑ましそうに笑って聞いてきた。


「研修で散々お世話になったので、改めてお礼とか言いたいなぁーって思いまして……」

「そっか!じゃあみっちゃんに、茅野さんが来てほって言ってたって念押しとこおうか!」

「あっ、いえ!いいんです!そこまでは!」


 三ツ矢先輩のことだ、きっとそんなことを聞いた日にはむしろ来る気を無くしそうだ。


「そお?でも、来るといいね!」

「はい……」



***


 次の日、余裕を持って少し早めに家を出た。研修の時はいつもはスーツで出勤してたけど、休みの日にスーツで出向くのもおかしいかと思い、結局私服で行くことにした。


 もしも三ツ矢先輩が来た時のことを考えて、鏡の前でゆうに二時間は悩んだ。ようやく選び抜いた服も、営業所へ向かう道で本当にこれでよかったのかな……?三ツ矢先輩はこうゆう格好好きじゃないかもしれない……と不安になりっぱなしだった。


 営業所に着き事務所の扉を開けると、


「あっ、茅野さん!ご苦労様ー!かわいい格好してきたね!」


 すぐに私に気づいてくれた川村さんが、嬉しいことを言ってくれた。


「お疲れさまです!なんか私、一人で私服で浮いてませんか……?」

「浮いてることなんかないよ!まだ来てないけど、今日出勤じゃない子はみんな私服だから、大丈夫!それにみっちゃんも私服だしね」 

「三ツ矢先輩来るんですか!?」

「うん、来るって。良かったね!」

「はい!」


 一気にテンションが上がり、思わず元気いっぱいに返事をしてしまった。


「じゃあみんなが集まるまでもう少しだけその辺で待っててくれる?」

「分かりました!」


 邪魔にならないよう事務所の隅の方へ向かう。扉の前を横切ろうとしたちょうどその時、絶妙なタイミングで扉が開き、目の前に智鶴ちゃんが現れた。


「あっ……」


 智鶴ちゃんと顔を合わすのは三日ぶり。更衣室で『友達やめよう』って言われたあの時以来。目が合った瞬間自然に漏れてしまった声の後になんて言うべきか困っていると、


「あ、あすみちゃん!かわいー格好してるねー!」


 と、意外にも智鶴ちゃんは感じよく話してくれた。


「……ありがとう。てゆうか、ちゃんと普通に話してくれるんだね……」

「え?なんでー?」


 素直な感想を伝えると、智鶴ちゃんは笑いながらそう言った。その笑顔は作られたものじゃなく、思いのほか穏やかだった。


「だって、友達やめるって言ってたから……」

「友達やめても同僚なんだし、別に私無視なんかするつもりなんてないよ?意地悪だってしないし」

「そっか……良かった」

「でも分かんない!三ツ矢先輩のことになったらちょっと意地悪しちゃうかも!」


 笑顔はキープしたままだけど、冗談で言ってるわけではなさそうだった。友達をやめるって言った気持ちはやっぱり本気みたいだ。だけど不思議なことに、そんな智鶴ちゃんを見ていて、私は清々しさを感じた。


 あの時は冷たいと思った智鶴ちゃんの言葉だけど、数日の時間を経た今の私は、あの判断は最もだと思えていた。


 確かに私も智鶴ちゃんも、お互いを理由に三ツ矢先輩を諦められはしない。最終的に相手を蹴落とすことになったとしても、もし手に入れられるものならそうする。そんな二人が仲良く『私たち友だちだよね!』なんて言っている方が、よっぽど上辺の関係だ。


「そうだ、智鶴ちゃんに渡すものがあるの」

「渡すもの?」


 私はバッグの中に手を突っ込みながら話を続けた。


「昨日、あの中谷さんてゆうお客さんのところに配達に行ったんだけどね、昨日渡し忘れたから代わりに智鶴ちゃんに渡すように頼まれたの」


 バッグの奥から見つけ出した缶コーヒーを智鶴ちゃんに渡した。


「重くて悪いんだけど……」


「あぁ……中谷さん……」


 その時、智鶴ちゃんの表情が一瞬曇った。


「『ありがとうございました』って伝えてくれって言ってたよ」

「そうなんだ!重いのにわざわざ持ってきてくれてありがと!」


 すぐにいつもの智鶴ちゃんに戻る。


「智鶴ちゃん今日はパンツスーツじゃないんだね?」 


 今日も仕事だった智鶴ちゃんはいつもの様にスーツで出勤していたけど、今日は珍しくスカート姿だった。


「うん!私は今日仕事だったからあすみちゃんみたいに私服で勝負も出来ないし、せめて少しでも可愛く見られるように。でも、当の三ツ矢先輩が来なかったら意味ないけどね!」

「三ツ矢先輩来るって。さっき川村さんが言ってたよ!」

「え!?ほんと?うれしー!!来ないが8割かと思ってたの!!」

「私も!特に今回は私たちもいるし、わざと避けてきたりとかするかなって思った!」

「ははは!だよねー!そうゆうことしそー!」


 恋敵とら思えない空気感で私たちが笑い合っていると、智鶴ちゃんの後ろの扉が開いた。


「あっ!みっちゃーん!」


 間近にいた私たちよりも、回転式の椅子に座った川村さんが真っ先に声をかける。


「川村さん!おつかれさまです!」

 
 三ツ矢先輩はすぐ脇にいる私たちの存在に気づいてるのか気づいてないのか、見たことのないような優しい笑顔で川村さんに挨拶をした。もちろんそこに恋愛感情なんて何もないだろうけど、そうでなくても川村さんに対して好意的な感情なのは一目瞭然だった。川村さんとは三ツ矢先輩が入社した時からの付き合いなんだろうから、もう七年も同じ職場で働いてるんだし、仲がいいのも当たり前の事。

 なのにそんなことくらいで私の胸の奥はチクチクと痛む。もはや私は、相手が誰であろうと、そこに例え愛が存在しなかろうと、三ツ矢先輩が関わる全てに嫉妬する体になってしまったらしい。

 
 私が一人でそんなことを考えていると、隣に並んでいた智鶴ちゃんが突然、三ツ矢先輩に後ろから
抱きついた。


「三ツ矢せんぱーい!!来てくれてうれしーい!!」


 先を越された。と言っても私にはそんなこと出来ないけど……。川村さんの時と比じゃないほどさらに心が乱れる。


「別に智鶴の為に来たわけじゃないんだけど」

「でも、私は三ツ矢先輩の為に来ましたよ?」


 嬉しそうな智鶴ちゃんの高い声は事務所内に響いた。そんな異様な光景を事務組の女性社員さん達が一斉に目にする。


「なに三ツ矢、新人に惚れられちゃったの?」


 一人の社員さんがそうからかうと、


「そうなんですー!私、三ツ矢先輩に本恋しちゃってー!」


 とはっきり宣言をした。あまりに堂々とした態度に本気には取られず、事務所内は笑いに包まれていた。


「みっちゃんモテモテだねぇ!」


 川村さんがそう言うと


「迷惑してます」


 背後から抱きつかれた重みで前かがみになりながら、三ツ矢先輩は面倒そうに言った。










 
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