今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第3章

第38話 対面

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 今日は三ツ矢先輩も智鶴ちゃんもお休み。


 出勤し、広すぎる更衣室で一人着替え終えると、積み込み場に行き重田さんを探した。今日は遅番担当の重田さんとなので、昼過ぎの出勤だった。

 いつもは人と荷物と怒号で溢れる積み込み場は、同じ場所とは思えないほど閑散としていて静かだった。さらに三ツ矢先輩もいないとあって、やけに寂しさを感じる。


「おーい!茅野さーん!」


 かなり遠くから名前を呼ばれ、声のする方を見ると台車を押しながら手を振る重田さんが見えた。そこそこ長い距離を、重田さんの元へ走る。


「お、おはようございます……」


 息が上がったまはま挨拶をする。


「おはよう!ごめん、ごめん!俺が呼ぶから走らせちゃって」

「いえ……」

「積み込みやってる間さ、助手席乗って待っててよ」

「え!手伝いますよ!」

「いいって、いいって。野さん今日で現場研修終わりでしょ?どっちみちもうコールセンターに行くんだからさ、今さら覚えたって意味ないし、今日はもう休憩のつもりで一日車に乗ってたらいいから」

「そんな……困ります!研修なんですからちゃんと仕事しないと!」

「……真面目だなぁ。そっか、そんなに気になるんだったら配達だけ手伝ってもらうよ。積み込みは一人でやった方が早いし、もうじき終わるから車乗って待ってて」

「……分かりました」


 重田さんは、三ツ矢先輩の言う通り本当にいい人だった。若くしてもうじき小学生になるお子さんがいらっしゃるというのが納得出来る雰囲気で、私のことも部下というより、子どもに接するように扱った。


 三ツ矢先輩とそうしていた様に、同じ建物で複数か荷物がある時だけ車を降りて一緒に配達に行くというスタイルで一日スムーズに仕事をこなした。日が暮れてからだいぶ経ち、残るは最終の夜指定か一軒だけだと言って、重田さんはそのマンションの駐車場にトラックを停めた。


 予想した通り、あのマンションだ。
 きっと、三ツ矢先輩が想いを寄せているあの人の荷物だ……。


「よしっ、ここで時間までもうちょい待とう」

「はい」

「でさ、悪いんだけどここの最後の一軒、茅野さん行ってくれないかな?」

 重田さんはすごく申し訳なさそうに言った。

「あ、はい!でも、なにかあるんですか?」

「別に何もないんだけど……てゆうか、そうなんだよ、なんもないんだよ!俺はなんも悪いことした記憶ないんだけど、生理的なものなのかなぁ……。なんでか俺、ここの人に嫌われてんだよね……」

「そうなんですか?!重田さんが嫌われるなんて信じられないです、すごく感じいいのに。思い過ごしじゃないですか?」

「ハハ、ありがと。でもさ、それがそうでもないのよ。俺が行く時だけね、絶対に何にもくれないんだけど、いや、別にくれってわけじゃないんだけど……とにかくさ!三ツ矢が行ってた時は必ず帰りに缶コーヒーくれたらしいのよ」


 それを聞いて、それは重田さんが嫌われてるというより三ツ矢先輩が特別気に入られてるだけだと思ったけど、それを伝えるのもややこしいと思ってやめた。


「たまたまじゃないですか?たまたまストックが切れてたとか!」

「そうなのかなぁ~。そうゆうんじゃない感じすんだけどなぁ、実際あんまり感じ良くないし……。まぁでもこれで、茅野さんがコーヒーもらって戻って来たら、確実に俺は嫌われてる確定だな」


 そんな話をしている間に、やっと指定の時間帯に突入した。


「じゃあ、そろそろ行ってきてもらっていいかな?」

「はい、行ってきます!」


 渡された荷物を持って、私はマンションの中へと入っていった。歩きながら荷物に貼られた伝票を確認する。予想は当たっていた。お届け先の氏名欄には『中谷 かこ』と書いてあった。


 だんだんと緊張が増す。だけど、この機会を与えてもらったことはラッキーだと思っている。この間ばったり会った時には、ただただ美しい人だということしか分からなかった。だけど、外見の魅力だけで三ツ矢先輩があそこまで引きずるなんて、少し違和感がある。三ツ矢先輩が涙を流すほどまでに深く慕う中谷さんとは、どんな人なのか、私はすごく知りたかった。その貴重なチャンスを、重田さんは与えてくれた。


 目的の階に着きエレベーターを降りて少し歩く。部屋番号が目に入り、少し震える手でインターホンを押した。すると、今日届く予定の荷物を待ちに待っていたように、すぐに扉は開いた。


「こ、こんばんは!お荷物お届けに上がりました……」

「ありがとうございます……。こないだの……方ですよね?」

「あ、はい!」

「今日も三ツ矢さんと一緒なんですか?」

「いえ、三ツ矢先輩は今日はお休みなので、別の方と回ってます」

「そうなんですね」


 中谷さんは待っていたはずの荷物の受け取りよりも、まず三ツ矢先輩のことを気にした。


「あ、あの、サインをこちらに頂けますでしょうか?」

「あっ、そうですよね、ごめんなさい。今はんこを……」


 本当に忘れていたようにハッとして謝ると、慌てて玄関先の引き出しに入ったはんこを取り出した。そして、そのはんこを押しながら、



「最近は女性の配達員さんが多いんですね」



 と世間話をしてきた。きっとこの人もこの人で、今、三ツ矢先輩の置かれている環境の情報が少しでも欲しいんだろう。


 向こうの情報を得るにはまずこちらから……そう思い、敢えて私は三ツ矢先輩とは何もないと協調するような話をして警戒心を解きにかかった。


「私は新入社員で、本来の配属先は事務職なんですけど、研修の一環で今週だけ現場に出てるんです。新入社員は全員まずこの研修を受けるって決まりがありまして。なので、実際に配達に出てる女の人はうちの営業所では三ツ矢先輩だけですよ」

「……そうだったんですね、どうりで最近色んな方が……」


 その人は私の話を聞いて、少し安心したような顔をした。手の内を一つ見せた見返りとして、私もその人に質問をぶつける。

「中谷さんは、三ツ矢先輩とは長い付き合いなんですか?」


 色んな意味に取れる言い回しで真相を知ろうとした。


「いえ、そんなには。ただ、以前三ツ矢さんが遅番だった頃にほぼ毎日来くれてたので、その時に少しお話をしたくらいで……」

「なるほど。ご年齢が近そうですもんね!親近感沸きますよね!」

「そうなんです、年が近いし、女同士だし。だから色んな話して……」

「恋の話もですか?」


 笑顔でごまかしながらさらっと核心に触れる。


「……どうかな。そうゆう話はあんまりしたことなかったと思います」


 焦ることもなく上手く交わされ、これ以上は難しいかなと判断した私は


「あ、ごめんなさい、長話をしてしまって!こちら、お荷物てす!」


 と荷物を受け渡し、早々に帰ろうとした。すると、


「あ、少し待って下さい!」


 そう言って、その人は部屋の中へ入っていった。すぐに戻ってきたその手には、二本の缶コーヒーが握られていた。


「良かったらこちらとうぞ」

「……ご丁寧にすみません。ありがとうございます!でも二本も……?」

「一本は、昨日来て頂いた女の子に。渡すのをつい忘れてしまったので……」
 
「それって……」

「確か『智鶴』さんていう方だったと思います」

「あぁ!はい!わざわざありがとうございます!」

「あと、『ありがとうございました』って、お礼を伝えてもらえますか?」


 この人が智鶴ちゃんにお礼を言うシチュエーションが想像出来ない。


「何かあったんですか?」


 知りたくて聞いてみたけど


「あの、そう言って伝えて頂ければ解ってもらえると思いますから……」


 と濁されてしまった。そんなふうに言われたら、それ以上はもう何も聞けない。


「分かりました!渡しておきます!」


 お辞儀をして私は中谷さんの部屋を後にした。車に戻り、助手席に乗り込むと私はまず一番に重田さんに謝った。


「遅くなってすみませんでした!」

「大丈夫だけど、どした?なんかあった?」

「いえ、なんてことない世間話が止まらなくなっちゃって……」

「あの人と?!」


 重田さんが驚いた様子で聞く。


「はい」

「あっ!!」


 そして、私の手の缶コーヒーに気づき叫んだ。


「やっぱりもらってきてるよ!俺、絶対嫌われてるじゃん!……あれ?でも、二本持ってるじゃん!それってもしかして……?!」

「……あ、ごめんなさい。このもう一本は、深沢さんにらしいです。なんか、一昨日来てくれたのに渡し忘れたからって……」 

「えー!?」







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