今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第3章

第37話 同じように

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  昨日一日は生きた心地がしなかった。
 なんて言ったら、大袈裟だろうか。
 いや、そんなことはない。
  

 何をしてても胸が苦しくて、一時も紛らせることが出来なかった。私がこうして部屋で過ごしている間、三ツ矢先輩と智鶴ちゃんはは何を話して、どんなことをしてるんだろう……。


 智鶴ちゃんのことだから、二人きりのチャンスに必ず何かを仕掛けるつもりだろう。三ツ矢先輩はそんな智鶴ちゃんをきっと躊躇いもせず受け入れる。


 いっそのこと、二人の乗る車を見つけて見張ろうか?そんな非現実的な事まで本気で考えてしまった。


 私が生活する会社の寮は、三ツ矢先輩が担当する地域のすぐ隣の丁だった。どこかで待っていれば、その中をぐるぐると回っている三ツ矢先輩に会うことは案外簡単だ。


 でも、そんなことをして本当にばったりと出会ってしまったものなら、三ツ矢先輩はきっとすごく嫌な顔をする。嫌われることを一番に怖れる私は、その強行を断念した。



 ガチャ……



 朝、出勤して更衣室を開けると、三ツ矢先輩がすでに着替えていた。


「あっ……」

「うそ……早くない?」

「おはようございます……」

「おはよう」


 第一声から、私とこんなに早くから顔を合わせたことにげんなりしている様子の三ツ矢先輩を見て、密かに泣きそうになった。


 積み込みの時も、忙しい午前中の配達中も、どこかで昨日の事を聞けないかと、そんなタイミングばかり伺っていた。どんなことを話したのか、どんな風に過ごしたのか、何かしらの体の関係を持ったのか……。でもそんなことは聞けず、当たり障りのないつまらない話ばかりを振って、私は大切な大切な時間を削った。


 きっと智鶴ちゃんなら、私みたいにチャンスを棒に振るようなことはしないんだろうな……。狙ったことは必ず、強引にでも成し遂げるんだろうな……。焦りながらも何も出来ないでいると、あっという間にお昼休憩の時間になってしまった。


 二人でコンビニに寄ってお弁当を買い、車まで戻る道で三ツ矢先輩は空を見上げた。


「今日はまた雲が綺麗だね」


 何気なくそんなことを話しかけてくれたことに感動する。


「ほんとですね……」

「確か、茅野さんの研修初日もこんないい天気だったよね?」


 三ツ矢先輩は、まさに今私が思っていたことを口にした。同じ空を見ながら同じことを思っていた……それだけで十分嬉しかったけど、それより何より、三ツ矢先輩が私と初めて会った日の空を覚えていてくれた事が本当に嬉しかった。


 こんなことを自然に話せるような、そんな恋人同士になれたらいいのに……。今この時が仕事中じゃなくお散歩デートだったら、どれだけ幸せだろう……。


 ちょうどそんな妄想を始めた時、皮肉にも三ツ矢先輩が公園脇に停めたトラックのドアを開け、一瞬で現実に戻された。お互い席に座り、買ってきたお弁当を取り出す。


「あー、今日はちゃんとこの時間に食べれるー」


 お弁当の割り箸を割りながら、三ツ矢先輩が嬉しそうに言った。私はその絶好のチャンスを逃してはいけないと、自然の流れを装って聞いた。


「昨日はそんなに大変だったんですか?」

「うん。昨日はさ、荷物が劇的に多くて朝からずっと走りっぱなしで、お昼ご飯食べれたの二時過ぎだったんだよね」
  
「そうだったんですか?!それは本当に大変でしたね!」


 私は同調するようなリアクションをしながら、ほっと安心していた。そんなに忙しかったなら、さすがに智鶴ちゃんも三ツ矢先輩に手を出してる場合じゃなかったはずだ。


「なかなかきつかった。でもね、意外にも智鶴の仕事に対しての志が高くてなんとかなった」

「……智鶴……?三ツ矢先輩……智鶴ちゃんのこと、名前で呼ぶようになったんですか……?」

「あー、そう。昨日からね。呼び捨てにしてって本人が言うから」 

「……でも、このあいだは、抵抗あるって言って断ってましたよね……?」

「まぁ、色々あってね。茅野さんは、昨日はゆっくり休めた?」

 
 面倒なことにならないように、三ツ矢先輩は強引に話題を変えた。私はそれに気づいていたけど、智鶴ちゃんのことを呼び捨てにした後によそよそしく「さん」付けで呼ばれ、その思惑に反抗したくなってしまった。


「昨日は……一日中ずっと三ツ矢先輩のことばっかり考えてました……」

「他にやることないの?どうせまたえっちなことでも考えてたんでしょ?若いねー」


 三ツ矢先輩のからかいに負けたくなかった。


「そうです。今日は三ツ矢先輩に何をしてもらおうかって、そんなことばっかり……」

「へー、で、今日は何して欲しいの?」


 私は意を決して言った。


「……とりあえずは、智鶴ちゃんみたいに、私のことも『あすみ』って呼んでほしいです……」


 すると、三ツ矢先輩は運転席の背もたれに体を投げ出すように寄りかかり、


「勘弁してよ」


 と本当に嫌そうに答えた。そして、溜め息混じりに続ける。


「呼び方なんてどうでもよくない?そんなことで張り合わなくたってさ。てゆうか二人、仲いいんじゃないの?」


 どうして……?
 どうして智鶴ちゃんはよくて、私は駄目なの……?


 三ツ矢先輩の憎らしい態度が、私にアクセルを踏ませる。


「昨日、智鶴ちゃんのこと抱いたんですか?」

「抱いたよ」


 なんにも気を使わずに、すぐに銃弾のような返事が返ってきた。やっぱり、そうなんだ……。やっぱり二人はそうゆうことをしたんだ……。


「私が今座ってるこの助手席で、智鶴ちゃんを抱いたんですか?」

「そう」

「抱いてる時も、何度も名前……呼んだんですか?」

「あんまり覚えてない」
 
「覚えてないくらい、興奮してたんですか?」

「もしかしたらそうなのかもね」


 次々と銃弾は私の胸を撃ち抜く。


「……名前で呼んでもらえなくてももういいです。その代わり、今日は私を抱いて下さい。そうゆうお願いならいいって言いましたよね?」


 三ツ矢先輩はしばらく黙った後、信じられない言葉を口にした。


「……いいよ。じゃあ後で、智鶴を抱いた全く同じ場所に車停めて、全く 同じように抱いてあげるよ」


 三ツ矢先輩……
 あなたは鬼畜なのですか……?


 私の気持ちを知っていながら、どうしてそんなに鬼になれるのですか……?


 なんて無下な扱いだろうと思うのに、それでも私の胸は惨めに高鳴る。どれだけ心が苦しくても痛くても、体は抱きしめてもらえる。それだけは許されることに感謝すら覚えている。


「……本当に、そうしてくれるんですか?」

「うん。今日で最後だしね」

「…………最後?まだ明日があるじゃないですか」

「あれ?聞いてない?今週は私土曜日休みだから、明日は茅野さん、重田とだよ?」

「聞いてないです……」

「そっか。でも、重田は案外やり易いと 思うよ。あれでお父さんだし、優しいし。こないだの智鶴の担当みたいに変なことする奴じゃないし、安心しなよ」

「……はい」

 
 せっかく三ツ矢先輩が色々話してくれてるのに、全然頭に入ってこなかった。



 今日で最後だなんて……
 そうと知ってたらもっと……
 

 もうたったの数時間を残して、三ツ矢先輩の隣に入れる期間は終わり。結局、何も繋がらないまま、この恋は終わってしまうんだろうか……。


 名前を呼んで貰うことさえ断られた。連絡先を聞くなんてこと、私には出来ない。


「さーて、そろそろ仕事始めようか?」

「はい」


 もう二度と二人で見ることのない公園に視線を向けることなく、三ツ矢先輩はアクセルを踏んだ。


 その後は着々と配達をこなした。ついさっき真上にあったはずの太陽がその角度と色を変え、車の中まで強く差し込み始めると、私は激しい不快感を感じた。


「ここで最後だから。行ってくるね」


 古い一軒家の真ん前に車を停め、三ツ矢先輩は小脇に荷物を抱えインターホンを押した。中から聞こえる応答に、


「こんにちはー!お荷物でーす!」

 
 と、明るく元気な挨拶をする。
 私は、西陽に照らされる三ツ矢先輩の背中を、名残惜しく見つめていた。


「ありがとうございましたー!失礼しまーす!」


 再度元気よくお辞儀をしながら挨拶をした三ツ矢先輩は、笑顔の余韻を残したままの顔で帰ってきた。


「よし!終わり! 」

「お疲れ様でした……」


 三ツ矢先輩はすぐにまた車を走らせると、とあるマンションの敷地に駐車した。極端に人通りの少ない、申し訳ないけど少し陰気な雰囲気のマンション。


「あれ?さっきのところが最後なんじゃないんですか?」


 私が聞くと、三ツ矢先輩はシートベルトを外して私の方を向いた。


「上から三つまでボタン外して」


 目の色が突然に変わる。
 こんな短い時間で陽はすっかり落ち、突然黒いカーテンがついたように車の外は暗い。 
 今から起こることをすぐに察する。そして、その途端に痛みを感じた。

 
 そっか……昨日は智鶴ちゃんとここでしたんだ……


 感傷的になろうとする自分から気を反らして、私は割り切った大人の女を意識して、言われた通りにした。


 ボタンを開け終わり、視線で完了の合図を送ると、三ツ矢先輩はニヤリと笑って左手を胸元に差し込んできた。覚悟していたとは言え、体は硬直する。


「もっと力抜きなよ」


 そう言った先輩の目をじっと見つめ続けた。そうじゃないと差し込まれる指の先を追ってしまいそうで、追ってしまったら普通でいられそうもなかった。案の定、指は下着の上ではなく中へと入り込み、間髪入れずに乳首をいじり始めた。


「こんなこと……してたんですね……」

「そうだよ……」


 こんな時ばっかり目をそらさないでしっかり見つめてくる。まるで、眼差しだけでイけとでも言うように……。

 
 気持ちよければいいほどに、先に全く同じことをされていた智鶴ちゃんの存在を意識させられて、複雑な気持ちも相まって爆発しそうになる。
それでも皮肉なことに、三ツ矢先輩に触られている部分は、硬くなっていった。


「ベルト外して、ズボン下ろして」

「……そんなこと出来ません!」

「じゃあまぁいいけど。でも、智鶴は自分からしてたよ」


 意地悪なのは言葉だけじゃなかった。三ツ矢先輩は乳首をいじる指を止めることなく、それどころか煽るようにもっともっと感じさせてきた。私はその罠に、解っていながら自ら喜んではまる。息使いを三ツ矢先輩に聞かれながら、
私はベルトに手をかけた。


「やっぱり、出来ると思った」


 恥ずかしくて何も言えず、無言でズボンを下げていった。すると三ツ矢先輩は右手の指の腹を使い、
パンツの中で私を褒めるように撫で始めた。


「あっ!…あっ…!ああッ!!」

「茅野さんはほんと、感じやすいよね」


そう言った後、三ツ矢先輩は面白がるように両手の指の動きを同時に速くした。それに比例して私の快感も階段をのぼる。


「ああッ!ああッ!ああッ!三ツ矢先輩っ!!」


 私の声を聞いて、三矢先輩の呼吸も速くなる。好きな人のかすかな息づかいが、また私の興奮をかき立てた。


「せ、せんぱい……」

「なに?」


 返事をしながら、三ツ矢先輩は左手を胸元から抜き、今度はシャツを下からまくり始めた。


「……智鶴ちゃんより……私の方が感じてますか?」

「どうかな。でも、声が出てるのは茅野さんの方かもね」

「先輩は ……感じやすい相手の方が好きですか……?」

「そう思うなら、もっと感じてるとこ見せれば?」


 三ツ矢先輩は早々に話を終わらせると、もう開く必要の無くなった口を大きく開け、私の右のおっぱいで塞いだ。塞がれた空間の中では、舌が生き物のように動き乳首を味わう。


 同時に下では、私の一番感じる場所を的確に責められ続ける。


「……三ツ矢せんぱい……私、もう限界みたいです……」

「うそ、もうイくの?もう少し我慢しなよ」


 そんなこと言いながら、三ツ矢先輩は自分の舌が私の乳首を舐め上げていくのをわざと見せつけて、苛めてくる。


「先輩……そんなこと……ずるいです……」


 体に力を入れて、三ツ矢先輩に言われた通り、少しでも長く耐えようと努力していた。


「なにがずるいの?」


 そう言って私を見つめながら、もっと細かく、もっと柔らかく、乳首の先だけを何度も何度も舐める。


 それを見た瞬間……


「あぁッ!!イッちゃ……三ツ矢先輩ッ……!!」



 ニフォームのシャツ越し、三ツ矢先輩の背中に爪を立てながら、ついに私は達してしまった。


「…………大好き……」


 幻みたいな先輩の胸の中、聞こえるか聞こえないかの声で独り言を呟いた。


 このまま明日の朝までいれたら……


「悪いけど、もう離してもらってもいい?」


 イってしまった余韻に浸って強く抱きしめ続けてしまっていると、三ツ矢先輩が棒読みで言った。


「あっ……ごめんなさい……」


 私は腕を解き、本当は解放したくない三ツ矢先輩を解き放った。三ツ矢先輩がどいたことで露になってしまった下半身も、即座にズボンを履いて仕舞う。ベルトを閉め終わると、次は急いでシャツのボタンを止めた。


「じゃ、営業所戻ろ」

「はい……」


 ノルマを終えてすっきりしたようなその口調に、まだ先輩の舌の感触が残る胸が痛んだ。


 あともう数十分で、こうして三ツ矢先輩と居れるのも本当に終わりだ……。
  

 何か話さなきゃ……と焦る。焦るほどに出てこない。何を話すか悩んでる間に、無情にも車は営業所の入口の段差を乗り越えた。


 定位置でエンジンを切った三ツ矢先輩は、早々に別れの挨拶に似た言葉を私にかけた。


「来週からはついにコールセンターだね。頑張ってね」


 嫌だ……これで終わりにしたくない……


「あ、あの……来週からはもう、三ツ矢先輩とは会えなくなるんでしょうか……?」

「なかなか会わないだろうけど、全く会わないことはないんじゃない?同じ会社で働いてるわけだし」

「……そうですよね。でも…、二人きりで居れることはなくなりますよね…?」


 私は否定の言葉を待った。


「……そうだね。二人きりはもうないだろうね」


 私のかすかな期待は、予想通りに打ち砕かれた。
 拳を握って、その痛みに耐える。
 そして、最後の最後の望みにかける……。


「もし、もし私がまた三ツ矢先輩に抱いて欲しいって頼んだら、また抱いてくれますか……?」

「タイミングが合えばね」


 もうそれだけで充分だった。
 完全に否定されないだけで、今の私はそれを有り難いと感じている。


「じゃあね」

「……はい。一週間、ありがとうございました……」


 『またね』とは決して言ってくれずに去っていく三ツ矢先輩の背中を、見えなくなるまで立ち尽くして見続けながら私は気づいた。



 私はもう完全に、三ツ矢先輩への、恋の奴隷になっていた。





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