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第3章
第41話 追跡
しおりを挟む「あの……お酒飲むと変わるっていうのは……」
「そう。みっちゃんね、酔っぱらうと誰にでもキスしちゃうの」
左を向いて質問すると、川村さんが笑顔で教えてくれた。
「茅野さんも気をつけてね。近づいたら絶対されちゃうから!」
せっかく忠告してもらったけど、私には願ったり叶ったりだ。普段から常にして欲しいと望んでる上に、たった今別の女の人とのキスを目の前で見せつけられた。むしろ、すぐにでも払拭のキスをしてもらわないではいられない。
もう一度振り返る。あんなに情熱的だったくせに遠野さんへの執着はすっかり消えたようで、それもいつもの流れなのか、慣れたように遠野さんはご機嫌で自分の席へと戻っていった。そのおかげでなんとか無事に私も元の席に戻る。
さっきのみなさんの話からすると、これで終わりではないはず。三ツ矢先輩は、さっきまでとは打って変わって、栄養ドリンクを飲む時の角度でビールを流し込んでいる。
次は誰なんだろう……?
普通に考えたらやっぱり手っ取り早く隣の人間をターゲットにしそうだけど、でもそうなると、悔しいかな私よりも智鶴ちゃんの可能性の方が高い気がする……。
どうか、それだけはやめて欲しい……
そう考えていたその時、
「川村さーん!飲んでるー?」
三ツ矢先輩は私の背中越しに、川村さんへ声をかけた。
「はい、はい。ちゃんと飲んでますよー!」
川村さんは、ついさっき運ばれてきたばかりの波々のビールジョッキを、三ツ矢先輩に向かって持ち上げて見せた。
「あー!全然飲んでないじゃん!!」
「違う!違う!これは今来たばっかりなの!」
川村さんがそう返すと
「飲んでないばかりか言い訳までしましたね?はい!だめー!川村さんもこっちおいで」
そう言って三ツ矢先輩は川村さんに手招きをした。
うそ……
うそでしょ……?うそだよね……?
いくらなんでも川村さんはないよね……?
「もう、立ったり座ったりおばさんは大変なんだからね」
そんな文句を言いながらも、テーブルに手をついて立ち上がる川村さんは笑みを浮かべていた。
きっとまた『どけ』って言われる。二度もそんなことを言われるのは癪だからそう言われる前に下がろうとした時、三ツ矢先輩は意外にも、右隣の智鶴ちゃんの方を向き、
「ちょっとどいて」
と冷たく言い放った。智鶴ちゃんは不服さを全面に出しながらもさすがに他の社員さんもいる空気を気にしたのか、せめてもの抵抗で返事を返さずに席をずれた。
「ごめんねぇ?」
智鶴ちゃんに気を遣いながら川村さんが腰を下ろすと、すぐさま三ツ矢先輩はだいぶ肉付きのいい川村さんの体に回りきらない腕を回して抱きつき、その唇にキスをした。
ついさっき遠野さんとの衝撃的なシーンを見せられ、あんなショックなことはないと思ったばっかりだったのに、今受けているショックはレベルが違かった。あの川村さんが、三ツ矢先輩にキスをされて
女の顔になっている……
もう心臓がもたなそうだ。
本当に誰にでもするんんだ……
私の心の声が聞こえていたかのように、向かいの遠野さんがまた私に話しかけてきた。
「三ツ矢ヤバいでしょ?酔っ払うと女の子なら誰にでもあぁなの!あんな調子でその時の気分次第で突然ターゲット決めるから、みんな次は誰かって気が気じゃなく見てんの」
遠野さんのその言葉を聞いて他の女子社員さん達にもう一度目を配ると、確かにみんな落ち着かない様子でソワソワしていた。でも、気が気じゃないというよりは、他の人がされてるのを羨ましそうにしている気がする。
席をどいた智鶴ちゃんは攻撃的に三ツ矢先輩を睨みつけていた。川村さんとのキスがおさまってその視線に気づいた三ツ矢先輩は
「なに?智鶴、なんか怒ってんの?」
と、恐らく何も考えずに火に油を注ぐようなことを言った。
「私……」
まだ川村さんの体にしがみついたままの三ツ矢先輩を見ながら、智鶴ちゃんは何かを言いかけた。その目にじわじわと涙が溢れてきていることに、私だけが気づく。
「智鶴ちゃんっ!」
我慢に限界がきたのか、突然立ち上がると智鶴ちゃんは私の呼び掛けにも反応せず、襖を開けて個室から出て行ってしまった。
「ほら!みっちゃん!行ってあげなさいよ!」
ひと仕事終えたようにキスの余韻などすっぱり断ち切った川村さんがそう言うと、
「え?なんで?」
三ツ矢先輩は訳が分かってないように答えた。
「トイレにでも行ったんじゃないの?」
遠野さんもあっけらかんとビールを飲みながら言う。
「あきらかにそんな感じじゃなかったでしょ?」
川村さんがたしなめると、
「えっ……なに?深沢さんて、もしかして本気で三ツ矢ちゃんのこと好きなの?!」
また別の社員さんの一人が三ツ矢先輩に聞いた。
「何言ってんですか!そんなことあるわけないでしょ?一週間研修の担当してただけですよ?ねぇ、ねぇ!そんなことよりこの後カラオケ行きましょーよ!」
三ツ矢先輩の言葉は智鶴ちゃんに向けられたものだったけど、私の胸にも切り傷をつけた。先輩社員さん達は簡単に三ツ矢先輩の提案に乗り、さらに盛り上がっている。どうやらこうゆう流れはいつものことらしい。
「みっちゃん、それなら尚更、深沢さんのこと呼んで来てあげて。新入社員さんなんだから、嫌な思いさせたら可哀想でしょ?」
川村さんが三ツ矢先輩の背中を押す。
「なんで私が?」
三ツ矢先輩は思いっきり面倒くさそうにしていたけど、それでも川村さんに言われたら断れないようで、渋々立ち上がりフラフラしながら智鶴ちゃんを探しに行った。
私は二人が心配で仕方なかった。あんな状態で二人きりにしたら絶対危険だ。今すぐに走って追いかけたい。でもそんなことしたら、色々と怪しまれてしまう。
三ツ矢先輩の姿が見えなくなっても、私は個室の襖を見つめていた。すると、
「悪いんだけど、茅野さんも見てきてくれるかな?あのままだと、みっちゃん、深沢さんにもなんかしちゃいそうだから」
川村さんが素晴らしい一言をくれた。
「分かりました!任せてください!」
私は川村さんの指示を受けた忠実な部下になりきり、急いで二人の後を追った。立ち上がる時、堀ごたつに膝をぶつけ、つい『痛っ!』と大声を出してしまった。酔っ払いの先輩女子社員さん達の笑い声が後ろから聞こえてきたけど、私には膝の痛みも嘲笑も、今はどうでもよかった。
***
どこに行ったんだろう!?
無駄に広い店内にテンパる。とりあえずトイレが手堅いか……
「すいません!トイレってどこですか?!」
自分で探す時間も惜しくて、ジョッキを両手一杯に持ち、それどころじゃなさそうなアルバイトの女の子を捕まえて聞いた。
「あっ……あの角を右に曲がったところです!」
「忙しいところすみません!ありがとうございます!」
トイレへの扉を開けてみたけど、そこに二人の姿はなかった。
二つある個室の一つは、鍵が閉まっている。
まさか、個室の中で何かしてるんじゃ……
「三ツ矢先輩!智鶴ちゃん?」
外から呼びかけてみたけど返事はない。それでも諦めきれない私はその扉をノックした。
コンコン……
「入ってます!」
すると、中からは迷惑そうなおばさんの声がした。
「す、すいませんてした……!」
本当に申し訳なくて、扉の前で頭を下げて謝った。
トイレじゃないんだ……
また急いでトイレの扉を開け、店内を見回しながら歩く。迷路のような道を右、左と適当に進んでいるうちに玄関へと辿り着いた。
もしかして、外……?
だけど、智鶴ちゃんの靴の鍵は私が持ってるしら三ツ矢先輩も智鶴ちゃんを追って出て行った時、手には何も持ってなかった。
私が玄関の前で立ち尽くしていると、いかにも社員のような女性の店員さんが声をかけてきた。
「お外にご用ですか?よろしければこちらお使い下さい!お客様用のお履き物がちょうど今二つともご使用中なのでこんなのしかなくてすみません……」
そう言って少し古めのサンダルを出してくれた。
「ありがとうございます!あ、あと、すみません!ちなみになんですけど、先に出て行った人って若い女の子と、髪の短い女の人ですか?」
「そうです!お二人別々に出て行かれましたけど……」
「……ありがとうございます。サンダル、お借りします!」
私は店員さんに見送られながら外へ飛び出した。
不格好なサンダルの音が夜の空に高く響いていた。
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