今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第3章

第42話 異常者

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 とにかく建物に沿って歩き、二人の姿を探した。日曜日のせいか人通りは少ない。誰か人がいればふぐに気づきそうなものだけど、街灯はまばらで薄暗い。しかも私の背より高い垣根が続いていて、そんな影に隠れて静かにされていたら通り過ぎてしまいそうだった。


 こんなところであの二人が二人きりになったら、何も起こらない方がおかしい。その時、


「やだぁ~!もぉー先輩、ひどーい!」


 突如、智鶴ちゃんの声が聞こえてきた。もう少し先の方にいるっぽい。垣根の内側に入り、声の元まで急ぐ。


「まじめんどくさいわ。もうほんと置いてく!」

「やだぁー!もう少しぃー!」


 薄切りに三ツ矢先輩の姿を見つけた。でも声はする智鶴ちゃんこ姿は見えない。私は場違いを覚悟でとにかく二人の元へ行った。


「あ、茅野さん」


 酔っぱらったままの三ツ矢先輩が気の抜けた声で私の名前を呼ぶ。


「あすみちゃん?あれぇ?どしたのー?」


 声のした方を振り向くと、智鶴ちゃんは建物と建物の間の狭い敷地にいた。私を見て邪魔が入って残念そうに尋ねる。


「川村さんに……見てくるように頼まれて……」

「ほら!智鶴のせいで!」


 三ツ矢先輩は本気で叱るように言ったけど、叱られた智鶴ちゃんは嬉しそうにしている。さっき個室を出て行った時とあきらかに違うテンションに、私の胸はざわつく。


 智鶴ちゃんのいる隙間は人一人が余裕を持って通れるほどの横幅があったけど、この暗さの中、そこに二人で入り込んだら、横切る人は人の存在に気づくことはまずなさそうだった。


「みんな待ってるんでしょ?」


 三ツ矢先輩にそう聞かれ、


「はい、待ってます」


 私は少し大袈裟に言った。


「もういいや、置いて戻ろ」


 独り言をこぼすと、迎えに来た私のことも追い越して三ツ矢先輩は一人歩き出した。すると、咄嗟に智鶴ちゃんは隙間から飛び出し、三ツ矢先輩同様に
私を追い越してその背中を追って走り出した。


 すぐに追いつき、三ツ矢先輩の左腕に抱きつく。抱きつかれた衝撃か、酔いのせいか、ふいに三ツ矢先輩がよろけ、私は『危ない!』と叫びそうになったけど、その前に智鶴ちゃんが先輩の体をささえ、そのどさくさに紛れて左手をすくうようにして取り、強引に手を繋いだ。


 いつもの三ツ矢先輩なら、文句を言ってその手を解くだろうけど、今は通常の判断が出来ない状態で、そんなことは大して気にならない様子だった。


「三ツ矢先輩、好き……」


 智鶴ちゃんは手を繋いだまま、抱きついた左腕に頬を寄せ幸せそうに呟いた。


「私は智鶴のこと好きじゃないけどねー」


 また変なテンションになって、楽しくなり始めてる三ツ矢先輩が、ふざけたように答える。


「いいもん!それでも私は大好きだもん!」


 ある意味、キスよりも見ていられなかった。どうして急激にあんなにも機嫌が直ってるんだろう……。何があったんだろう……。三ツ矢先輩は智鶴ちゃんに、一体何をしたんだろう……

  

 私は一人、別の靴音を鳴らしながら二人の後を着いていった。



***


「あ~!三ツ矢ちゃ~ん!おかえりー!」

「やっと帰ってきたー!」


 襖を開けると、先輩方が待ちに待っていたように歓迎した。ふと、遠野さんが智鶴ちゃんと三ツ矢先輩の繋がれた手に気づく。


「あー!なんだそれ!おい深沢!お前、 おっぱいおっきいからって大体のこと許されると思ってんだろ!」

「え~?大体許されますよね?」

「……深沢、一言だけ言っとく。  …………お前の言う通りだな!」

「ぎゃー!!」


 戻ってきた二人に、さっきより更にいい調子にお酒の回った先輩方は暑苦しく絡んだ。


「良かった。ちゃんと無事にみっちゃんも深沢さんも戻ってきて。茅野さん、ありがとうね」

「いえ……」


 川村さんだけが唯一私のことを気遣ってくれた。


「じゃー会計して二次会のカラオケ行きますか!」


 三ツ矢先輩が呼びかけると、一人の社員さんがそれに待ったをかけた。


「その前に三ツ矢ちゃん!今、すんごい大問題があるんだけど、聞いてくれる?」
                                       
「聞きましょう!」

「三ツ矢ちゃんのジョッキにね、まだビールが半分も残ってるの……」

「えーー!!?マジですか!?」

「うん、マジだよ!空にしないとカラオケ行けないよ?」

「わーした!じゃ、いただきまーす!」


 三ツ矢先輩はその返事と同じくらいいい勢いで、残りのビールを見事飲み干した。私はいまだ飲み会のノリについていけず居心地が悪かったけど、智鶴ちゃんはすっかり順応して、先輩方と一緒になって笑っていた。



 今でさえ私一人場違いな気がしているのにカラオケなんて正直きつかったけど、でもやっぱり三ツ矢先輩の行動を見張っていたくて、仕方なく参加することにした。


 川村さんが、タチ悪く店員さんに絡む遠野さん達を制止しながら受付を済ませる。部屋番号の書かれた伝票をもらうと、一同はすでに歌い始めながら廊下を歩き、与えられた部屋へ向かった。


 入るや否や、先輩女子社員さんの一人、月山さんが三ツ矢先輩を自分の元へ呼び寄せた。


「ほら!三ツ矢ちゃん!こっちおいで!」

「はーい!」


 三ツ矢先輩は、前の店からずーっと智鶴ちゃんに掴まられていた腕を無理に振りほどき、月山さんの元へ行った。月山さんは嬉しそうな顔をして三ツ矢先輩に両手を広げた。


「月山さーん!抱っこー!」


 あの三ツ矢先輩が甘えている……。切ない気持ちと、初めて感じる種類の愛おしさで心の中はぐちゃぐちゃになっていた。


「もぅ、三ツ矢ちゃんてほんとかわいい!」


 三ツ矢先輩を力一杯抱きしめた月山さんは、まるで小動物の赤ちゃんのように先輩を可愛がった。


「だめー!三ツ矢ちゃん、小島お姉さんとこおいで!」

「はーい!」


 また別の先輩に呼ばれ、名残惜しそうな月山さんの元を簡単に離れた三ツ矢先輩は、言われるがままにフラフラと移動していった。


 不自然な近距離で小島さんの隣に座ると、三ツ矢先輩は小島さんの耳元に顔を近づけ、コソコソ話の仕草で話し始めた。


「ねぇ、小島さん、みんなに隠れてチューしようよ」


 ボリュームの調整が出来ておらず、ダダ漏れに私の耳にまで届く。またも私の胸に針が刺さった。


「したいの?」


 小島さんは三ツ矢先輩の膝に手を乗せて聞き返した。


「うん、したい。いいでしょ?」


 小島さんの指先をいやらしくいじりながら三ツ矢先輩がそう答えたところで


「おい!三ツ矢!全部聞こえてんだよ!」


 と、遠野さんが突っ込んだ。


「あ、聞こえちゃってましたー?」


 三ツ矢先輩は振り向いてヘラヘラと笑う。すると、


「三ツ矢ちゃん、私の方向いて!チューするんじゃないの?」


 小島さんが三ツ矢先輩の顔に手を添えて、自分の方へ向き直させる。すると、三ツ矢先輩はまた回りを声を総無視して小島さんの太ももの上にまたがって座った。


「舌入れてもいい?」

「入れたいの?」

「入れたい」

「いいよ」


 二人はまるでそこに自分たちしか居ないように言葉を交わし、初めて私とした時よりももっとえっちなキスをした。


「こらイチャイチャすんな!あと、小島は本気臭くて気持ち悪いんだよ!」


 また遠野さんが暴言を吐く。


「ちょっと!三ツ矢ちゃん!なんで私の時はチューしなかったのに、コジーにはしてるの?」


 月山さんが不服そうに三ツ矢先輩を呼ぶと、小島さんといやらしいキスをしていた三ツ矢先輩は、その瞬間今度さ憎らしいほど堂々と小島さんを捨て、月山さんの元へ戻った。


「あっ!三ツ矢ちゃん!!」


 小島さんが駄々をこねるように叫んでいたけど、その声は耳には全く届いていないように、もうその舌で月山さんをうっとりとさせていた。


「誰とのキスが一番好き?」


 唇が離れると、月山さんが挑戦的な瞳で三ツ矢先輩に尋ねた。


「月山さんだよ」


 そう言うと思っていた言葉をまんまと三ツ矢先輩は口にした。この人は根っからのすけこましなんだ……


「お前、すげーテキトーだな!」


 遠野さんが指摘したけど、月山さんが三ツ矢先輩を庇う。


「いいの!嘘でもそう言ってくれるところが三ツ矢ちゃんのかわいいとこだもん!ねー?三ツ矢ちゃん!」

「え?なんですか?」

「何でもない!いいから続きして?」


 月山さんは頭を撫でながらさらにねだった。三ツ矢先輩は誇らしげな微笑みを返して、また唇を重ねた。


 居酒屋での出来事がおままごとに思えてくる。私からしたら地獄絵図を鑑賞しているようなものだった。そんな気持ちが顔に出ていたんだろう。川村さんが隣から三ツ矢先輩のフォローを始めた。


「みっちゃん、根は真面目で本当にいい子なんだ
    けどねぇ……こうゆうのはなんていうか、何か他に強いストレスとか、原因があるんじゃないかな……。まるで自分を大事にしたくないみたいで、見てて痛々しいよね」


 私は川村さんのように、三ツ矢先輩の心の奥底にまで考えを及ばせていなかった。確かにそう言われると、ここまで誰かれ構わずあんな行為をしておきながら、誰に対してもなんの思い入れもなさそうだし、なんならその行為自体にも言葉で言うほど執着はないように見える。この常軌を逸した行動に、なんの意味があるんだろう……


 そんなことを考えていたら、意外にも遠目から三ツ矢先輩を優しい目で見守る智鶴ちゃんが視界に入った。


「甘えん坊の三ツ矢先輩も可愛い……」


 クスッと笑って余裕な発言をする。


 この自信はどっから来るんだろう……。心臓だけがもうその理由を悟ったように鼓動を速めていた。




















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