今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第3章

第45話 残夢

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「三ツ矢先輩!」「三ツ矢先輩!」
  

 私と智鶴ちゃんの声がぴったり揃う。


「なんか……寝てた……」

「具合大丈夫ですか?!」

 心配して尋ねると、三ツ矢先輩は蛍光灯の光を迷惑そうにしながら、廊下の先に続く部屋の中へ視線をやった。

「あんまり大丈夫じゃない……ここどこ?」

「ここは私の部屋です……。その、川村さんに頼まれてカラオケから三人で一緒にタクシーで帰ってきたんですけど、三ツ矢先輩のお家の場所が分からなかったので……」
 
「先輩!今日は私んちに泊めてあげますからね?ほら!早く行きましょ!」


 智鶴ちゃんは三ツ矢先輩の腕を強引に引っ張って、無理矢理にでも連れていこうとした。


「……無理……横になりたい」

「ちょっ!ちょっと先輩っ!!」


 必死に食い止めようとする手を振り払い、三ツ矢先輩はずんずんと勝手に部屋の中へ入っていった。そして入ったと同時に力尽き、床の上にだらしなく倒れ込んだ。智鶴ちゃんはめげずに近寄って揺り起こす。半分眠りに入った半意識の状態で、三ツ矢先輩は泣きが入りそうなほど苦しい表情をしていた。


「智鶴ちゃん、三ツ矢先輩すごく辛そうだし、もうこのまま寝かしてあげようよ。智鶴ちゃんも今日はうちに泊まっていったら?それならいいでしょ?」

「…………いいの?」

「うん、今日は休戦。着替えも貸すから。スウェットでいい?」

「……うん。ありがとう、あすみちゃん」

「ううん。三ツ矢先輩はどうしようか?このままだと体痛くなりそうだし着替えさせてあげた方がいいんだろうけど……」

「でも、さっきの調子だと嫌がりそう……。そうだ!とりあえず……」


 猫のように丸まって眠る先輩に、智鶴ちゃんは着ていたスーツのジャケットを脱いでかけた。


「それじゃ智鶴ちゃんのジャケットしわになっちゃう!ちょうどいいのあるからちょっと待ってて!」


 ブランケットを出そうとクローゼットを開けたその時、

 
 ドンッ……


「痛いっ……!」


 鈍い音と智鶴ちゃんの声で振り返ると、さっきまで横たわっていた三ツ矢先輩が智鶴ちゃんを押し倒していた。床に置いていた智鶴ちゃんのバッグは倒れ、二人の足元にその中身が散乱している。開いてるのか開いてないのか分からない目で智鶴ちゃんの首筋に舌を這わせる三ツ矢先輩の姿を見て、私はブランケットを抱えたまま固まった。


 なんか違う……。
 飲み会で社員さんたちにちょっかいを出していたさっきまでとはあきらかに何かが違う……。まさか三ツ矢先輩は本当に智鶴ちゃんのことを……


 でもだからって、いくら酔ってるからって、私の部屋で、私の目の前で、ここで智鶴ちゃんを抱くつもりなの?!


「だめっ!だめだってば!三ツ矢先輩っ!!」


 さすがの智鶴ちゃんも抵抗したけど、小柄なくせに力の強い三ツ矢先輩に敵いそうもない。それどころか、下手にジタバタしたことでそれが功を奏して簡単にシャツの胸元を開かれてしまった。


「……嘘でしょ?!何してるの!?ほんとにダメだっ……」


 先輩は何かに急かされてるように素早い手つきで邪魔なブラジャーをめくると、現れた智鶴ちゃんの胸の先端に舌を伸ばした。


「あッ……んんっ……」


 一方的に与えられた快感は、ぎゅっと力を入れた唇からこらえきれず声になって漏れた。三ツ矢先輩は何かに取り憑かれたように智鶴ちゃんの体に溺れている。待ち切れない様子でスーツのスカートの中へと滑り込んでゆくねっとりとした手つきの左手から目が離せない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 
 興奮が目に見えるような三ツ矢先輩の息づかいが聞こえる。


「あぁっ……」


 先輩の左手がどこに到達したのかは、智鶴ちゃんの反応を見て分かった。智鶴ちゃんが先輩の服を力いっぱい握りしめながら私を見た。三ツ矢先輩の指が鳴らすいやらしい音が私にまで聞こえていることを気にしている。だけどそのとろけそうな表情は、それにすら異様な興奮を覚えているという証を示していた。


「………気持ちいぃ……もっと……もっとして……」


 智鶴ちゃんの理性はついに失われた。


「…………好き」


 それは智鶴ちゃんの声じゃなかった。目の前の体を夢中で堪能する三ツ矢先輩が呟く声だった。


「好き……!私も大好き……!」


 智鶴ちゃんはもう私の存在なんかどうでもいいように泣きそうな顔で感じながら悦んでいた。谷間に顔を埋め、しつこく味わい続ける先輩の頬に両手を添え、智鶴ちゃんは背中を仰け反らせた。


「 ……はぁ……はぁ……中谷さん……」


 荒い息の中にあの人の名前が混じった。智鶴ちゃんの顔が一瞬で感情のない人形のように変わる。


「………好きです……中谷さん……」


 三ツ矢先輩は生気を無くした智鶴ちゃんに気づかず、同じ言葉を繰り返した。


 パァンッ!!


 突如、手のひらが頬を叩く音が天井にまで響いた。


「いい加減目覚ましたらどうですか!? 私は中谷さんじゃないです!人間違いでセックスするとか、頭おかしいんじゃないですか!?」


 智鶴ちゃんは乱れた服を直すことよりも三ツ矢先輩を罵倒した。かなりきつい言い方だっただけど、内心私も、そこまで言われても仕方ないと思った。当の本人は頬に手を当て、智鶴ちゃんの言葉を見知らぬ外国語のように聞いている。


「もういいです。私、自分の部屋に帰ります」
   

 言葉の通じない三ツ矢先輩との会話を諦め、智鶴ちゃんは散乱したバックの中身を素早く拾い集めだした。三ツ矢先輩のすぐ近くにもリップやポーチが落ちているけど、呆然としたまま手伝おうとはしない。驚異的な速さですべての持ち物を回収した智鶴ちゃんは、そのまま立ち上がって玄関へと向かった。私は思わずその背中を追った。


「ごめん……あすみちゃん……」


 はだけたシャツを手で抑え、私が何かを返す前に智鶴ちゃんは出て行った。扉が閉まり部屋へと戻ると、三ツ矢先輩はさっきと何も変わらない猫背の姿勢で座っていた。


「あの……三ツ矢先輩、明日も出勤ですよね?」

「……え?……あ、うん……」


 智鶴ちゃんの平手のおかげか、久しぶりに会話が通じた。


「だったら時間ももう遅いしうち泊まってって下さい」


 先輩の体を気遣って言ったつもりだったけど、口にした後でなんとなく気まずさを感じる。


「……ありがとう。てゆうかごめん、ここ茅野さんちなの?」

「はい……。さっきも説明したんですけど……覚えてないですか……?」

「ごめん……私、なんかやらかした?」

「……えっと……その……」

「……やらかしてないわけないよね、智鶴、怒って出てったし……それ相当の酷いことしたってことだよね……?」


 あそこまでして全く覚えてない……?そんなことある?そう思ったけど、私をすがるように見る目は得体のしれない罪に怯えていた。


「まぁ……そうですね……智鶴ちゃんが怒るくらいのことは……」


 ごまかせずに肯定すると、三ツ矢先輩は左手で両目を覆って一人の世界へ入った。


「……早く切り上げて帰るつもりだったのに……ほんと馬鹿だ……あぁ、ほんと嫌んなる……」

 
 私に愚痴をこぼすというよりは自分に話しかけてるみたいだった。理性は戻ったみたいだけど具合はかなり悪そうだ。お酒は弱いと言っていたのにあれだけ飲んだんだから当たり前か……。


「茅野さんにもきっと散々迷惑かけたよね……なのに泊まらせてもらうなんて……」

「そんなこと、全然気にしないで下さい!」


 この数時間、嵐のように色んなことがあったし、たった今も心をかき乱されたばかりなのに、私は自分でも惨めになるくらい、この偶然の成り行きにまだ小さな幸せを感じてしまっていた。ここまで来ると本気で病気だと思う。


「ごめん……」


 悪い何かに憑かれでもしてたのか、すっかりしおらしく元気を無くした先輩に、私は部屋着用の服を出してきて渡した。


「これ使ってください。着古したもので申し訳ないですけど……」

「……ありがと。あとさ、悪いんだけど……お風呂借りてもいいかな?」

「そ、そうですよね!ごめんなさい!気づかなくて!こっちです、どうぞ……」


 私は挙動不審な動きで先輩をバスルームへと案内した。


「シャンプーとか何でも、ここにあるもの勝手に使って下さい!」

「うん、ありがとう。あ……」

「どうしました?」

「パンツ………ない……」

「買ってきます!」

「え」

「三ツ矢先輩がお風呂に入ってる間にぱーっとコンビニ行って買ってきます!」

「いや、自分で行くよ。遅いから危ないし」

「そんなに遠くないですから!それに、先輩は具合悪いだろうし、朝早いからなるべく早く寝なきゃですよ!すぐ行ってきますから、お風呂入ってて下さい!」

「……ほんと、色々ごめんね……」


 私は上着を羽織り財布を手に取り、急いで出掛けた。すぐにでもパンツを買いに行かないと、最悪、パンツがないからやっぱり帰ると言い出しかねないと焦っていた。先輩にはそんなに遠くないと言ったけど、実は少し距離があった。バレないように自転車の鍵をちゃっかり持って出て、一階へ降りるとぎゅうぎゅうの自転車置き場から自分の自転車を乱暴に引きずり出し、立ちこぎで目的のコンビニに向かった。


 無事に到着して中へ入ると、早歩きで店内を歩き回った。


 あった!!


 奥の棚にパンツを発見してほっとした。……だけど、なんかちょっとダサい……。色は薄めのグレー、形は、なんてゆうか……大きなお尻も包み込めそうなたっぷりとしたフォルムのデザイン。しかも種類はこれ一つしかない……。どうして一種類しか置かないパンツをこれにしたの?なに?大は小を兼ねるってこと?!


 こんなものを三ツ矢先輩に履かせるなんて申し訳ないと思いながら、私はそのパンツを手に取った。仕方ない、これしかないんだから……。


 パンツだけを両手で握りしめ、脇目も振らずにレジへ向かおうとすると


「こんばんは」


 突然背後から声をかけられた。














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