今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第3章

第44話 似たもの同士

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 私の唇を奪ったことで今日のメンバー全員をコンプリートした三ツ矢先輩はそれでやっと満足したのか、ようやくカラオケでカラオケを始めた。そして、荒れに荒れた飲み会の終わりが見えてきた頃には陽気モードからすっかりぐったりモードへと変わっていた。


「ほらみんな!もうほんとに時間だから部屋出るよ!」


 川村さんの呼びかけで、先輩方が次々に重い腰を上げてゆく。三ツ矢先輩も一応は立ち上がったけど、誰かに支えてもらわないと歩けないほどフラフラな上に目もまともに開いてない。
 

「あーもう、三ツ矢先輩大丈夫ですかぁ?」


 智鶴ちゃんがナチュラルに体を支えながら尋ねる。私はそんな積極的な行動は起こせず、代わりに三ツ矢先輩のバッグを持った。


「…………なに?」


 とりあえず返事は返すものの、ちゃんと意思疏通が出来ているのかはいまいち不明。


「あーあ、今日は一段と潰れちゃってるねぇ……」


 川村さんが目を細め、三ツ矢先輩を憐れむように言う。


「茅野さん、深沢さん。悪いんだけど、みっちゃんを乗せて一緒にタクシーで帰ってあげてくれないかな?もちろんタクシー代は出すから!本当は私が送ってあげれたらいいんだけど、今日はこの通り……遠野ちゃん達までこんな具合だから……」


 部屋を見渡すと、川村さんと私と智鶴ちゃんを除いた先輩方みんなが酔っ払いと化し、症状が浅めの人でも、とても他の人の世話を任せられるレベルではなかった。


「大丈夫ですよ!任せて下さい!」


 智鶴ちゃんが快く承諾をする。


「私も!二人でしっかりお家まで送ります!」


 私が続いて言うと智鶴ちゃんは少し気にいらなそうに私を横目で見た。とりあえずタクシー乗り場まではみんなで歩き、そこで解散をした。風谷先輩とまい先輩は同じ電車らしく一緒に駅へ向かい、ここから近所だという小島さんは歩いて帰っていった。


 川村さんは一人で酔っぱらった遠野さんとほとんど寝ている月山さんを抱え、タクシーに乗り込んだ。


「ごめんね、先に乗らせてもらって」


 ドアが閉まると川村さんはわざわざ窓を開けてもらって私たちに謝った。遠野さんも月山さんも両サイドから川村さんに寄りかかっている。

「いえ!それより川村さん、本当に一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫!慣れてるから!それより二人とも、みっちゃんのことよろしくね。行き先だけ伝えれば先降りちゃって大丈夫だと思うから。みっちゃん、大丈夫よね?二人に迷惑かけないでね?」

「おっけぇ……」


 結局、私と智鶴ちゃんの二人がかりで両脇を固められてやっと立っている三ツ矢先輩は、うつ向きながら片手を少しだけ挙げて川村さんに失礼な別れの挨拶をした。不安気に微笑む川村さんを乗せ、タクシーは走り去った。


 懐かしいような、気まずいような三人が残る。



「三ツ矢先輩、大丈夫?気持ち悪くない?」

 
 智鶴ちゃんが尋ねると


「んーー……大丈夫じゃない。てか、ここどこ?家?」


 危なげな返事が返ってきた。まだ酔いが回っているらしい。次のタクシーが目の前に着き、後部座席と助手席の両方のドアが開いた。


「私、先輩に付き添って後ろに座るからあすみちゃん前でいいよ!先輩、頭ぶつけないでね?」


 智鶴ちゃんはさも譲ってあげるような口調で言いながら、まず自分が奥に座り、三ツ矢先輩の手を引っ張ってその隣に座らせた。私はもう引くつもりはなかった。


「運転手さん!三人とも後ろ乗りますから、ここのドア閉めますね!」


 智鶴ちゃんの返事など関係なしに、後部座席に無理矢理乗り込んだ。智鶴ちゃんは迷惑そうな顔をしながら、納得せざるを得ない様子だ。


「三ツ矢先輩?お家はどこですか?」


 私は、真ん中に挟まれた三ツ矢先輩の顔を覗きこみながら聞いた。


「……なんで?」


 顔を上げられない三ツ矢先輩がダルそうに答える。

「今、タクシー乗ってるんです。だからお家の場所伝えないと!どの当たりですか?」

「やだ。教えたくない……」

 完全にすねた子どものようだ。

「もぉー三ツ矢先輩!そんなこと言ってる場合じゃ ないんですよ!!」

 智鶴ちゃんもしびれを切らした。

「ちょっとお客さん、そちらの方大丈夫なの?先に降りるのよね?」

 不安げなタクシーの運転手さんが念押ししてきた。

「あの、私たち二人が先に降りて、こっちの先輩はもう少し行ったところで降ろして頂きたいんですけど……」

「えー!?そうなの!?それは困るわ!だってそのお客さん、 一人じゃ無理でしょ?そもそもお家も言えてないじゃない!」

「大丈夫です!みんな同じところで降りますから!とりあえず、そこの大通りを右に曲がったらずっと真っ直ぐ行ってもらえまか?」

「あ、そう?それなら良かった。はーい」


 智鶴ちゃんの宣言に、運転手さんはようやく車を走らせた。


「智鶴ちゃん!そんなこと言って三ツ矢先輩どうするの?」

「わたしの部屋に泊めるからいいよ」

「え!?」

「どっちみちお家も分からないし、一人で帰るのも無理そうだし、そもそもタクシーの人が乗せてくれないよ」

「だけど……」

「あとはどっかに置いてくしかないよ?そんなことするわけにいかないでしょ?」


 返す言葉がなかった。三ツ矢先輩を見ると、どうやら寝てしまったみたいだ。こんなに潰れて寝るほどだから、これ以上智鶴ちゃんになんかするなんてことはないはず……。心配な気持ちで見ていると、カーブを曲がった反動で三ツ矢先輩の頭が私の肩に乗った。


 可愛すぎて動けない……


 そのまま、動けない私の体に抱きついてくる。寝ぼけてるだけなのは分かってるけど、そんなの関係なく嬉しくなってしまう。智鶴ちゃんは、何も悪くない私を憎むように見て、負けじと三ツ矢先輩の肩に寄り添った。運転手のおばさんがバックミラー越しに不可解な目で見ていることも気にせずに……。



 十五分ほどで寮の前に着いた。



「三ツ矢先輩、降りますよ?」

「うん……」


 私の肩でぐっすりと眠っていた三ツ矢先輩を名残惜しい気持ちで軽く揺り起こす。寄りかかっていた余韻か、私の腕を掴みそれを支えにしながら三ツ矢先輩がなんとか車から出ると、後から降りてきた智鶴ちゃんはまた反対側の先輩の腕を勝手に取って、ややこしい状態でエレベーターの前まで歩いた。


 ボタンを押し、しばらくの間沈黙が続く。エレベーターが到着して乗り込むと、智鶴ちゃんは三階と五階のボタンを押した。すぐに三階に到着して扉が開く。


「お疲れさま」


 智鶴ちゃんが今日一番の笑顔で先に降りる私に告げた。


「お疲れさま……。あとはよろしくね……三ツ矢先輩、じゃあ……また……」


 もう二度と会えないと決まったわけじゃないけど、研修は終わってしまった。次いつ会えるのかはもう分からない。

「まかせて!おやすみー!」

 智鶴ちゃんがご機嫌にボタンを押した。

「トイレ……」

 三ツ矢先輩が呟いて、閉まりかけたエレベーターの扉をおさえた。

「トイレですね!じゃあ早く行きましょ!うち、すぐ着きますから!」

 智鶴ちゃんはエレベーターを止めている三ツ矢先輩の手を力づくで外そうとした。

「無理……降りる。トイレどこー?」

 三ツ矢先輩は聞き分けなくエレベーターから降りてしまった。私は咄嗟に自分の部屋の鍵を開けて、中へと招き入れた。あてがわれた部屋がエレベーターの真ん前で良かったと、私はこの時初めて思った。

「三ツ矢先輩!こっちです!そこの左の扉がトイレです!」

 三ツ矢先輩は何も言わずに慌てて玄関で靴を脱ぎ、トイレに駆け込んだ。


 智鶴ちゃんは開けたままの玄関で待ち続けている。五分経っても、三ツ矢先輩は出てこない。


「あのさ、中で待ってたら?いつ出てくるか分かんないし……」

「大丈夫」


 意地でも三ツ矢先輩を自分の部屋に連れて行きたいらしい。その気持ちは分かるけど、玄関で待ってられたら自分だけくつろぎ始めるわけにもいかない。その気持ちを素直に伝えてみた。


「そっか、そうだね……ごめんね。じゃあ……少しお邪魔します……」


 智鶴ちゃんはようやく部屋の中に入った。部屋は七畳ほどのワンルーム。その中に、ベッド、テーブル、本棚を置いていて、歩くスペースはあまりない。

「片付いてるね!」

「そんなことないよ。智鶴ちゃんの部屋も同じ広さ?」

「うん、多分同じだと思うよ。あっ、この漫画!私も持ってるー!てゆーか、待って!こっちも!あ、これも!今私の部屋にあるよ!」


 智鶴ちゃんはなんとなく見ていた本棚を食い入るようにして言った。


「ほんと?!すごいね!実家にはもっといっぱい漫画あるけど、全部は持ってけないから特に気に入ってるのだけ持ってきて並べてるんだ」

「私もそう!でも、そんなにいっぱいある中でこのラインナップ……世代が同じにしても少し変化球気味じゃない?」

「そうだよね……。てゆうか、じゃあ智鶴ちゃんもじゃん!それなかんか、自分以外に持ってる人初めて聞いたよ!」


 私が言うと、智鶴ちゃんは「たしかにね!」と吹き出した。ほんの一週間の付き合いなのになんだか少し懐かしさを感じて不思議な気持ちになる。

「私たちって……似てるよね」

 手に取った漫画を戻し、落ち着いた声で智鶴ちゃんは言った。

「え…?」

「同い年で、同じ会社入って、同じ漫画が好きで、好きな人まで同じじゃん?」

「そうだね……」

「私、出来ることならあすみちゃんとはこんなふうになりたくなかったなぁ。好きな人のこと、お互いに相談出来る友達でいたかった」

「智鶴ちゃん……」

「もう戻れないけどね!敵なんだから!」

「だけど、私は智鶴ちゃんのこと嫌いじゃないよ」

「嫌いじゃないってってことは、好きでもないんだ?」


 智鶴ちゃんは笑って私に尋ねた。


「好きって言うのは綺麗事でしよ?」 

「あはは!あすみちゃんもちゃんと言ってくれるようになったね!その方がいいよ、どうせならバチバチ戦おうよ!お互い、譲る気なんかないんだから!ま、勝つのは私だけどね」

「わ、私だって……がんばるから!」


 その時、ようやくトイレのドアが開いた。









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