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第十章 せいだく
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しおりを挟む「比和子ちゃん、ほんとに学校祭終わったら通山に帰ってしまうん?」
会話が途切れたところで、亜由美ちゃんが眉をハの字にして私を覗き込んだ。
玉彦と豹馬くんは黙ってしまう。
彼らはもう学校祭が終わってしまえば今回の私が鈴白に居る意味が無くなることを知っているから。
蔵人の件も終わり、六不思議も学校祭の最終日夜に終わる。
ちなみに九条さんとの修業は、蔵人たちを送り出したことで一旦区切られた。
あとは私が正武家に輿入れしてからと九条さんに告げられている。
「……帰るよ。国明館に」
「どうしてもなん? 比和子ちゃんが美山に来たらすっごい学校が楽しくなったんに」
亜由美ちゃんにそんなこと言われたら、私。私っ!
「亜由美ちゃんっ! 国明館にいらっしゃい!」
「おい、上守、馬鹿か」
冗談なのに豹馬くんが私に怒る。
「玉様は納得してるん?」
「玉彦は……」
隣の玉彦を見れば不機嫌そうに腕組みをして目を閉じていた。
その様子をみた亜由美ちゃんは、恨めしそうに私を見つめた。
「比和子ちゃん……」
私だって美山が楽しいしもっと居たいなって思ってるけど、でも国明館の友達も捨てがたい。
それに小町と守くん。
そこまで考えてハッとする。
小町、そう言えばアイツ、私に帰って来るなって言ってやがった。
泣いたくせに。私も泣いたけど。
「いずれ鈴白村には来ることになってるけど……。実はちょっとまだ迷ってる。学校も、正武家のことも」
きっとこのまま美山に通うって言えば、お父さんは反対しないと思う。
お母さんは難色を示すだろうけど、お父さんには逆らわない。
それと高校を卒業してからすぐに正武家に入るのか、進学するのかも迷ってる。
進学するなら鈴白ではなくて通山の方が通いやすい。
「比和子、迷っているとはどういう事だ」
少し考え込んだ私の二の腕を玉彦が強く掴んだ。
なぜか物凄く動揺している。
「私だって迷うことあるよ」
「学校はともかく正武家について迷うとは、嫁ぎたくないと考えているのか」
「はぁ?」
私が迷っているのは正武家に入る時期であって、この先玉彦と一緒にいることについては何の迷いもない。
なのにこの勘違いのしようときたら、笑う前にそこまで信用がないのかと怒りたくさえある。
私の考えと玉彦の勘違いを面白がった豹馬くんが火に油を注ぎ始める。
「歴代の惚稀人でも当主と添わなかった場合もある。全ては上守の気持ち次第だな」
「ちょっと、豹馬くん。余計なこと……」
「……赦さぬ。認めぬ」
玉彦はスッと立つと呆れて見上げていた私を見据えた。
その顔は玉彦様であって、玉彦ではなかった。
「比和子。私の元を離れることは」
「玉彦!」
私は立ち上がった拍子に彼の胸ぐらを掴んだ。
それ以上言わせないために。
四年前の過ちをまた繰り返せば、今度こそ私は二度と彼を純粋には愛せない。
それは自分の意思ではなくなってしまうから。
「あんた、今、何を言おうとしたの? 私に、何を命令しようとしたの? それは最低な男のすることだわ。玉彦、あんた最低よ。最悪だわ。何にも解ってないし、変わってない。私、本気で考え直すから、あんたも本気で次の人、探して」
本当はここまで強い言葉で玉彦を非難するべきではなかったのかもしれない。
でも、私の気持ちを既に知っているはずの玉彦が正武家の縛りを持って再び私に言葉を紡ぐことは、あってはならない。絶対に。
縛られてしまった私の気持ちを彼はきっと常に疑うことになる。
本心ではないのじゃないかと。
そんなの悲しすぎる。
私は掴みあげていた手を離して、皺になってしまった彼の作務衣の襟元を正した。
玉彦は無言で私の指先だけを見つめる。
「四年前の本殿でのこと。貴方はまた同じことをしようとした」
玉彦にだけ聞こえるように呟いて、私はシュー生地の焼き上がりを待たずにキッチンを出た。
そしてやっぱり玉彦は澄彦さんの息子なんだと思った。
澄彦さんも私のお父さんに、稀人に為らないなら二度と鈴白の土地を踏むなと言ってしまった。
ただしそれは何だかんだで無効になってしまったけど。
親子二代で、私の親子二代に同じことをするって正直どうなのよ。
私は部屋に戻ってカバンに荷物を詰め込んだ。
廊下を傷つけないようにキャリーバッグを抱えて向かった先は、澄彦さんの母屋だ。
実際問題私には学校があるし、玉彦に反旗を翻したところで私には鈴白で身を寄せるところはない。
お祖父ちゃんの家に行ったら、何事かと大騒ぎになるし。
だったらもう逃げ込めるのは澄彦さんのところ。
完璧に玉彦の母屋とは隔離されているし、彼は澄彦さんのところへはお役目などの必要最低限な時にしか来ないことはリサーチ済みだ。
私はずんずんと歩いて、澄彦さんが午後のお役目をしていた当主の間の奥の襖の前に座り込んだ。
当主の間から微かに話声が聞こえて、一瞬途切れた。
そして誰かの気配を感じ取った澄彦さんに言われた宗祐さんがゆっくりと襖を開けて私の姿を認めると、何も言わずに閉める。
数分後、澄彦さんが私を見下ろしていた。
「どうしたの、比和子ちゃん。急用?」
澄彦さんは当主の間から踏み出さずに、きょとんとしていた。
そして私の横にあるキャリーバッグに気がついて眉根を寄せる。
「家出してきました」
「……ぷっ。ぐっ、はっはっはっ! この澄彦、心得た! 好きな部屋を使いなさい」
澄彦さんは襖を閉めてなお爆笑を続けていた。
私はその声が収まるのを待たずに、澄彦さんの母屋の部屋を一つ選んでそこに落ち着いた。
そこは各部屋に囲まれて窓が無く、狭い四畳半。
押し入れには当然ながらお布団がないので、あとで運んでくるか澄彦さんと相談しよう。
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