7 / 55
Episode 1
出会いは涙と 5
しおりを挟む
ワイルドメリケンいろは坂店。
ハンバーガーをついばみながら、紬は言った。
「アイドルをやめちゃったのは残念だけど、それでも強盗に立ち向かった八神さんは本当に素敵だよ。私だったらきっと、逃げちゃって通報もできない。防犯ブザーは使えるけど」
紬のカバンには、アイドルグッズのほかに可愛いデザインの防犯ブザーが提げられている。
「戦える人が戦う、それでいいじゃない。それに相手は凶悪な強盗犯なんだし無理に戦うことは……、って、戦って負傷してアイドルやめたわたしに言えることじゃないか」
「それでも、八神さんはいつまでも八神さんだよ。さっきの弾き語りもそう。いつだって歌で人を幸せにしてる。できる人ができることをやるって迷いなく言える、そんな八神さんに私は憧れたから」
「そっか……。ありがと、一青瀬さん。今までファンの人からもらってきたどの言葉よりも、一青瀬さんの言葉がすごく温かく感じた。アイドル、やっててよかったよ」
セットメニューをすべて平らげ、ふたりは座席備え付けの端末からドリンクを注文。映奈は爆裂炭酸コーラ(ワイルドメリケンでしか注文できないアメリカンコーラ)、紬はコーヒー。端末での注文は便利だが、電子マネーしか受け付けられないという制限がある。
「そうだ。一青瀬さんのその両手。もしかして一青瀬さん、工業系の専門高校に通ってるとか?」
「えっ? あっ、そんなことないよ。普通の普通科。なんてことない普通の高校。これはその、自転車の修理で」
「自転車?」
「うん。今朝、タイヤ交換でちょっと。パンクしたりチェーンが外れたりしたら自分で直して、ブレーキパッドの交換や調整もしたりして。去年、ブレーキワイヤーがパツンって切れた時には焦ったなあ。そればっかりは自転車屋さんを頼ったけど」
「すごいじゃん! じゃあ将来は自転車屋さん? 自転車便? もしかして競輪選手とか?」
「自転車を直せるからってそこまでは……。ただ、私の場合って趣味が男の子なんだよね。もちろんお人形とかかわいい洋服とかも好きだけど、ミニ四駆とかプラモデルとか。スポーツはしないけどサッカーを見るのが好きかな。地元のサッカーチーム『七橋アルカンシェル』の観戦にも何回かは行ったかな」
「へぇ~、すごい!」
「あっ、あと、はんだごても使えるよ。中学の時に授業で防災ラジオを作ったんだけど、その時にはクラスの誰よりも早く図面を理解してチャッチャカ作っちゃって先生に早いのに的確だって褒められて、次の部品を組み立てるまでヒマしてたっけ」
「何それ、面白い! プラモデルはどんなの作るの?」
「車はレーシングカーとかキラキラしてるやつで、バイクはそれだけでもう美術品だよね。ほかにはロボットからドールのような美少女もの。ドールはバイクに乗せて、ヘルメットなしでツーリングさせるのが好きなんだ」
「お? 悪い奴め。夜中にワイルドメリケンのトリプルチーズバーガー頬張って不健康になるくらいには悪いぞそれは!」
「えへへへ、悪い子です」
「でも結構いろんな趣味持ってるんだね。それでわたしに配信でスタンプ投げてくれてくれてたとか、お小遣い足りてるの?」
「実はほとんどお父さんの積みプラ。お父さん、買ったはいいけど仕事が忙しくて作れなくて。だから、お父さんが作っていいって言ってくれた物だけ作らせてもらってるんだ」
そして映奈と紬はドリンクを更にお代わりし、互いのスマートフォンにため込んだ写真を見せ合った。
映奈は料理を作ったりそれを盛りつけたりしたものや猫と戯れる一幕、バーティツ技の動画、カプチーノづくりの挑戦、アイドル仲間との勉強会やレッスン風景、彼女たちと立ち寄った喫茶店で注文した山盛りパフェや屋台のクレープ、ファッションビルでの集合写真や試着または購入したドレスやカジュアル姿など。
紬はプラモデルの製作風景、完成したロボットの撮影、美少女プラモデルや1/12スケールドールがお茶会を開いている様子やスーパーカブのプラモデルに乗ってツーリングしているシーンの撮影、ミニ四駆のショップレースで優勝した時の賞状とそのマシン、父のバイクのレザーシートを張り替えた時の様子など。
互いの写真で盛り上がったふたりだが、もう四杯目のドリンクを注文することもできず、この日は互いの連絡先(ループのアカウント)を交換し、日暮れごろに解散となった。
「あっ、ええと、ごめんね。今日はおごってもらってばかりで」
「いいのいいの。それに言ったでしょ? わたしに貢いでくれた一青瀬さんへの還元だって。それに、こういう時はごめんよりもありがとうって言ってもらったほうが気分いいなあ?」
「あっ、ええと、そうだね。ごめん。今日はありがとう。しかも連絡先も交換してもらえるなんて、もういつ死んでも後悔ないくらい幸せだよ」
「この程度でタヒるなタヒるな。わたしも一青瀬さんとは友達になりたいからね。……っておい?」
その途端、紬はまた喉を引きつらせて、今度は声を上げて泣き出した。ワイルドメリケンの前を行き交う客は何事かと一瞥しながら通り過ぎる。
「ちょっと、またどうして泣くのさ!?」
「だって、だって、友達って……。そんなこと、言ってくれたの、誰もいなくて、だから……!」
「あー。何と言うか、まあ……。でも、そっか。それならわたしが一青瀬さんの友達になってあげる。わたしも一青瀬さんとも友達になりたいし」
「ふぇっ? わっ、私なんかで、いいの?」
「私なんかって、そんなことない。わたしの歌を聴いて泣いてくれたきみだからいいんだよ。ね、一青瀬さん……、紬ちゃん?」
映奈は紬の肩に両手を乗せ、優しく引いて抱きしめた。紬の頬が、映奈のふわりとした胸にうずまる。
途端、紬は震え上がった。彼女はまるで壊れたエンジンのようにガタガタと全身を震わせており、もはや挙動不審と言っていい。
そんな泣きながらひどく震える紬を、映奈は力強く抱きしめた。彼女の鳴き声を、言葉にならない想いを、その胸で受け止めた。
「やれやれ、きみも大概に変人だよ。友達になれたくらいでこんなに泣くなんて。でも悪い気はしないなあ」
「だって、だって、今まで……。だから、うれしくて。だってそれが、あの八神映奈ちゃんなんだもん……! 死ぬほどうれしいに決まってるよ!」
「そっかぁ。それならもうタヒるほど泣いちゃっていいよ。ここまで熱烈なファンで純情な友達にうれしがられるのもうれしいものだよ」
そして映奈は、紬が泣き止むまでずっと彼女を抱きしめていた。
やっと紬が泣き止んだのは、太陽が沈み、一番星が輝き始めた頃であった。
ハンバーガーをついばみながら、紬は言った。
「アイドルをやめちゃったのは残念だけど、それでも強盗に立ち向かった八神さんは本当に素敵だよ。私だったらきっと、逃げちゃって通報もできない。防犯ブザーは使えるけど」
紬のカバンには、アイドルグッズのほかに可愛いデザインの防犯ブザーが提げられている。
「戦える人が戦う、それでいいじゃない。それに相手は凶悪な強盗犯なんだし無理に戦うことは……、って、戦って負傷してアイドルやめたわたしに言えることじゃないか」
「それでも、八神さんはいつまでも八神さんだよ。さっきの弾き語りもそう。いつだって歌で人を幸せにしてる。できる人ができることをやるって迷いなく言える、そんな八神さんに私は憧れたから」
「そっか……。ありがと、一青瀬さん。今までファンの人からもらってきたどの言葉よりも、一青瀬さんの言葉がすごく温かく感じた。アイドル、やっててよかったよ」
セットメニューをすべて平らげ、ふたりは座席備え付けの端末からドリンクを注文。映奈は爆裂炭酸コーラ(ワイルドメリケンでしか注文できないアメリカンコーラ)、紬はコーヒー。端末での注文は便利だが、電子マネーしか受け付けられないという制限がある。
「そうだ。一青瀬さんのその両手。もしかして一青瀬さん、工業系の専門高校に通ってるとか?」
「えっ? あっ、そんなことないよ。普通の普通科。なんてことない普通の高校。これはその、自転車の修理で」
「自転車?」
「うん。今朝、タイヤ交換でちょっと。パンクしたりチェーンが外れたりしたら自分で直して、ブレーキパッドの交換や調整もしたりして。去年、ブレーキワイヤーがパツンって切れた時には焦ったなあ。そればっかりは自転車屋さんを頼ったけど」
「すごいじゃん! じゃあ将来は自転車屋さん? 自転車便? もしかして競輪選手とか?」
「自転車を直せるからってそこまでは……。ただ、私の場合って趣味が男の子なんだよね。もちろんお人形とかかわいい洋服とかも好きだけど、ミニ四駆とかプラモデルとか。スポーツはしないけどサッカーを見るのが好きかな。地元のサッカーチーム『七橋アルカンシェル』の観戦にも何回かは行ったかな」
「へぇ~、すごい!」
「あっ、あと、はんだごても使えるよ。中学の時に授業で防災ラジオを作ったんだけど、その時にはクラスの誰よりも早く図面を理解してチャッチャカ作っちゃって先生に早いのに的確だって褒められて、次の部品を組み立てるまでヒマしてたっけ」
「何それ、面白い! プラモデルはどんなの作るの?」
「車はレーシングカーとかキラキラしてるやつで、バイクはそれだけでもう美術品だよね。ほかにはロボットからドールのような美少女もの。ドールはバイクに乗せて、ヘルメットなしでツーリングさせるのが好きなんだ」
「お? 悪い奴め。夜中にワイルドメリケンのトリプルチーズバーガー頬張って不健康になるくらいには悪いぞそれは!」
「えへへへ、悪い子です」
「でも結構いろんな趣味持ってるんだね。それでわたしに配信でスタンプ投げてくれてくれてたとか、お小遣い足りてるの?」
「実はほとんどお父さんの積みプラ。お父さん、買ったはいいけど仕事が忙しくて作れなくて。だから、お父さんが作っていいって言ってくれた物だけ作らせてもらってるんだ」
そして映奈と紬はドリンクを更にお代わりし、互いのスマートフォンにため込んだ写真を見せ合った。
映奈は料理を作ったりそれを盛りつけたりしたものや猫と戯れる一幕、バーティツ技の動画、カプチーノづくりの挑戦、アイドル仲間との勉強会やレッスン風景、彼女たちと立ち寄った喫茶店で注文した山盛りパフェや屋台のクレープ、ファッションビルでの集合写真や試着または購入したドレスやカジュアル姿など。
紬はプラモデルの製作風景、完成したロボットの撮影、美少女プラモデルや1/12スケールドールがお茶会を開いている様子やスーパーカブのプラモデルに乗ってツーリングしているシーンの撮影、ミニ四駆のショップレースで優勝した時の賞状とそのマシン、父のバイクのレザーシートを張り替えた時の様子など。
互いの写真で盛り上がったふたりだが、もう四杯目のドリンクを注文することもできず、この日は互いの連絡先(ループのアカウント)を交換し、日暮れごろに解散となった。
「あっ、ええと、ごめんね。今日はおごってもらってばかりで」
「いいのいいの。それに言ったでしょ? わたしに貢いでくれた一青瀬さんへの還元だって。それに、こういう時はごめんよりもありがとうって言ってもらったほうが気分いいなあ?」
「あっ、ええと、そうだね。ごめん。今日はありがとう。しかも連絡先も交換してもらえるなんて、もういつ死んでも後悔ないくらい幸せだよ」
「この程度でタヒるなタヒるな。わたしも一青瀬さんとは友達になりたいからね。……っておい?」
その途端、紬はまた喉を引きつらせて、今度は声を上げて泣き出した。ワイルドメリケンの前を行き交う客は何事かと一瞥しながら通り過ぎる。
「ちょっと、またどうして泣くのさ!?」
「だって、だって、友達って……。そんなこと、言ってくれたの、誰もいなくて、だから……!」
「あー。何と言うか、まあ……。でも、そっか。それならわたしが一青瀬さんの友達になってあげる。わたしも一青瀬さんとも友達になりたいし」
「ふぇっ? わっ、私なんかで、いいの?」
「私なんかって、そんなことない。わたしの歌を聴いて泣いてくれたきみだからいいんだよ。ね、一青瀬さん……、紬ちゃん?」
映奈は紬の肩に両手を乗せ、優しく引いて抱きしめた。紬の頬が、映奈のふわりとした胸にうずまる。
途端、紬は震え上がった。彼女はまるで壊れたエンジンのようにガタガタと全身を震わせており、もはや挙動不審と言っていい。
そんな泣きながらひどく震える紬を、映奈は力強く抱きしめた。彼女の鳴き声を、言葉にならない想いを、その胸で受け止めた。
「やれやれ、きみも大概に変人だよ。友達になれたくらいでこんなに泣くなんて。でも悪い気はしないなあ」
「だって、だって、今まで……。だから、うれしくて。だってそれが、あの八神映奈ちゃんなんだもん……! 死ぬほどうれしいに決まってるよ!」
「そっかぁ。それならもうタヒるほど泣いちゃっていいよ。ここまで熱烈なファンで純情な友達にうれしがられるのもうれしいものだよ」
そして映奈は、紬が泣き止むまでずっと彼女を抱きしめていた。
やっと紬が泣き止んだのは、太陽が沈み、一番星が輝き始めた頃であった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ゆりいろリレーション
楠富 つかさ
青春
中学の女子剣道部で部長を務める三崎七瀬は男子よりも強く勇ましい少女。ある日、同じクラスの美少女、早乙女卯月から呼び出しを受ける。
てっきり彼女にしつこく迫る男子を懲らしめて欲しいと思っていた七瀬だったが、卯月から恋人のフリをしてほしいと頼まれる。悩んだ末にその頼みを受け入れる七瀬だが、次第に卯月への思い入れが強まり……。
二人の少女のフリだけどフリじゃない恋人生活が始まります!
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる