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第1章 幼少期

1話 王子と小鳥②

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 馬医のいる広場に近づくと草の香りが強くなって、沢山の馬が私たち兄弟を出迎えてくれた。草を食んだり木陰で休んだり、昼過ぎの暖かい日差しの中でうとうとしている馬もいた。茶色、白、黒にブチ柄。どの馬もすらりと背が高く優しい目をしている。

 本来ならば軍馬として勇ましく活躍するはずの馬達も、ここ何年も平和なせいで穏やかな愛玩動物になっていた。


 目的の馬医は、馬と同様のんびりとだらけた姿でお茶を飲んでいた。

 白い髪に皺が入って垂れた目じり、話しかけやすそうな雰囲気がある高齢のエルフだ。少し腰が曲がっていて、子供の私たちとも視線が近い。


「馬医のおじいさん、こんにちは」
「こんにちは!」
「おお、これはこれは、レンドウィル殿下、エルウィン殿下。ご機嫌よう。どうなされましたかな?」


 馬医に小鳥のことを説明すると、快く状態を見てくれることになった。

 ブナの木でできた8人掛けの丸テーブルにそっと小鳥を下ろすと私たちは馬医の両脇に陣取る。

 馬医は小鳥の羽を広げたり、ひっくり返したりして小鳥の様子を見ている。小鳥が痛がりやしないか私はハラハラしながら見つめた。一方エルウィンは馬医が小鳥を3回転ほどさせたあたりで痺れを切らしたのか、待ちきれないといった様子で「どう?治る?」と聞いた。


「ふむ、翼の骨が折れているようですな。添え木をして様子を見ましょう」
「食事は何をあげれば……」
「本来なら虫や木の実ですが、そうですな。馬用の穀物をすり潰してやりましょう、少々お待ちくだされ」


 馬医はテーブルの近くの倉庫から骨の固定に使えそうな添え木と、馬が食べるトウモロコシや穀物を一握り、すり鉢を持ってくる。大人しい小鳥は翼を触られてもじっとしたままで、馬医は手間取ることなく骨を固定できた。


「この子、元気になるでしょうか。」
「まだ怪我をしてから時間が経っていません。怪我というものは、治療が早ければ早いほど回復も早いのですよ。この小鳥はお二人に出会えて幸運でしたな」
「それって、元気になるってことですか?」


 ゴリゴリと小さく潰されていく穀物を見ながら馬医に尋ねると、馬医は私たちの顔をそれぞれ見た後にニコリと笑った。その反応に思わずエルウィンと顔を見合わせる。お互いの顔がだんだんと緩んでいくのが分かった。


「元気になるって!」
「よかったね!兄上!鳥さんも聞いた?元気になれるってさ!」


 2人で抱き合いぴょんぴょん跳ねまわる。
 よかった、よかった!本当はエルウィンが言っていたように、怪我が治らなかったらどうしようかと少し心配だったんだ。


「ほほほ、しかしあまり鳥の周りでは大きな声を出さらぬように、鳥は耳が良いので疲れさせてしまいますぞ」
「ご、ごめんね鳥さん」
「びっくりさせちゃったかな」


 弟ともう一度小鳥を覗き込む。
 馬医に弄り回されて疲れたのか、私たちの声が気にならないのか、小鳥は相変わらず大人しいままだ。

 その後、馬医から木の鳥籠、しばらく分の餌と皿、更に水浴び用の深めの皿をもらい、兄である私の部屋で面倒を見ることになった。


「ありがとう!」
「本当にありがとうございました、またエルウィンとここに来てもいい?」
「ええ、日のあるうちはここにおりますで、いつでも遊びに来てくだされ」
「はい!」


 木の籠にそっと小鳥を入れて部屋に向かう。


「名前、つける?いつまでも"鳥さん"じゃかわいそうだしね」


 歩きながら弟に聞くと、僕が付けていいの?と嬉しそうに確認される。あーでもない、こーでもないと話しながら階段を上がるとすぐ部屋に到着した。


 柏の木でできた部屋の扉は重く、いつも開けっ放しだ。部屋の入口に立って自分の部屋を見回す。ベッド、机に椅子、水差しと果物が置いてある小さいテーブル、窓際の小さな棚の上...

 すこし考えて、机の上に籠をおろす、ここなら1日中明るいし、窓も近いから小鳥も空を見て暇をつぶせるかもしれない。


「名前、候補がありすぎて決めるのに時間がかかりそう。」
「あはは、ずっと考えていたの?まぁゆっくり決めればいいさ」


 部屋に着いてから静かだった弟がやっと口を開いたと思ったらそんなことを言ったので思わず笑ってしまう。
 小鳥も可笑しかったのか、僕たちに拾われてから初めてぴぃ、と鳴いた。


 弟と顔を見合わせ、これから楽しくなりそうだと笑いあった。
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