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第1章 幼少期

14話 王子とジハナの秘密

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 私は湖のほとりの岩の上に座って初めて城の外に出た時のことを思い出していた。ジハナが私の冷えた足をマッサージしてくれた、あの時の岩の上だ。
 カサ、と枯れ葉を踏む音がして振かえるとジハナがこちらに歩いて来ている。


「遅かったね。何していたの?」
「お菓子の準備だよ」


 ジハナは肩掛けの小さなかばんをポンと叩いた。2人で足を音を消しながら城壁を超えるためクヌギの木へ向かう。一年ぶりとは言え、慣れた脱走経路だ。私が易々と枝から城壁に飛び移ったのを見てジハナが感慨深そうに呟いた。


「慣れたもんだなぁ」
「背が伸びて前より登りやすくなった気がするよ」
「ああ、レンドウィルもエルウェン王子も背が伸びるのが早いよな」


 初めて会った頃は私よりジハナの方が頭ひとつ分背が高かった。今も彼の方が高いが、その差は拳ひとつ分くらいに縮まっている。


「エルウィン王子、どこまで大きくなるんだろう……」
「毎日山ほど食べてるからなぁ、私たちをもうすぐ越してしまうかもしれないね」
「年下のくせに一番食べるもんな」


 エルウィンはどんどんと背が伸びて私とあまり変わらないくらい大きくなってしまった。ジハナと私はいつ追い越されるかとヒヤヒヤしている。
 城壁の上を歩き、飛び降りるための落ち葉の山を見つけたところでジハナが言う。

「今日はさ、ヤマネ、見に行こうぜ。子供がいっぱい生まれたんだ」
「みたい!」



 城壁沿いに進みながらお互い森でやってみたいことを言い合いながらヤマネのいる木までの道のりを歩く。

「あの、昔の倉庫だった洞穴、俺たちの家にしよう」
「家?隠れ家ってこと?」
「そうそれ!城の人が使ってないと良いんだけど」
「私は使っているのを見たことないなぁ」
「じゃあしばらく様子見で、少しづつ準備しよう」
「そうだね。お菓子と毛布があればとりあえず隠れ家には十分かな……」


 くだらない話をしていると、目的のクヌギの木までたどり着いた。この辺りはクヌギの木だらけだけど、ヤマネが住んでいるらしい木は一際大きかった。私たちも覗けるような高さに1つ、もっと高いところに2つ穴が空いている。


「小さい声でな。子供がびっくりするから」


 ジハナは声を潜めて注意をすると、1番低いところに空いた穴を覗く。私も横に並んで見ると小さな母親ヤマネと、もっと小さな毛玉が3匹転がっていた。ジハナはカバンからブドウを一粒取り出し私に手渡す。


「ヤマネさん、ブドウ、食べる?」


 ジハナが聞くと母親ヤマネが鼻を引くつかせながら穴の入口までやってきた。「ほら、レンドウィル」とジハナが促すのでブドウを指でつまんで差し出す。

 ヤマネは巣穴の入口まで来るとブドウの匂いを少し嗅いで、小さな手でブドウを受け取る。


「わぁ、私の手から受け取った!」


 できる限りの小さい声で私は叫んだ。ヤマネはそのまま入り口に座って私たちを観察しながらブドウを食べ始める。


「あぁ、子供を見るための賄賂だったのに」


 ジハナが困ったように言う。


「ヤマネって大人もこんなに小さいんだね。さっきちらっと見えた子供なんて、親指くらいの毛玉だった」
「最近やっと毛が生えてきて、ヤマネらしくなってきたんだ。うぅん、今日は子供を見せたくないのかなぁ、ヤマネさん、どいてくれよぉ」


 ジハナが情け無い声で頼むがヤマネは食べるのに夢中で移動する気は無さそうだ。ジハナはヤマネの子供を見せたかったようだけど、私はヤマネ自体を近くで見るのが初めてだったのむしゃむしゃとブドウを頬張る姿も十分楽しめた。
 ブドウ1粒を食べ終わっても入り口を塞ぐように座ったままのヤマネに、私は笑っていう。


「きっと大事な子供だから見せたくないんだよ」
「そうなのかな、まぁ、また見に来ればいいか」
「そうだねぇ」
「俺たちも移動してお菓子食べよっか」


 私たちが移動しようとした時、大人の声がした。見回りの兵だろうか?私たちはさっと声のした方から死角になるように木の陰に隠れる。


「この辺は来たことがないエリアだな」
「小川沿いは歩くけど、城壁側は何にもないもんなぁ」
「渡された地図を見ると、もう少し東まで行かなきゃいけないみたいだな。いくぞ。」


 2人の兵が話しながら近いてくるのを私たちは声を潜めて見つめる。見張り達にもバレてしまいそうなくらいドキドキと心臓の音が耳元で大きく聞こえた。
 兵たちが私たちの隠れている木の横を通ったとき、私の服の袖を何かがチョンと引っ張った。驚いて振り返るとジハナの手が私の服を握りしめていた。彼は首を縮こませ、ぎゅっと目をつぶっている。
 ジハナも見つかるのが怖いんだと分かって安心する。ジハナの手を包むように握るとハッと目をあけて私を見て、少し照れたように笑った。

 完全に兵が見えなくなったのを確認してから、私たちは息をついた。


「緊張した!」
「ほんとに!この辺まで見回りってするんだね」
「そうだな、見つからなくてよかった」


 ジハナはもう平気だと言っていたけど何となく手を離すのがもったいなくて手を繋いだまま歩く。丘の上まで行くとちょうどよく丸太が置いてあった。多分ここが目的地なんだろう。すぐ着いてしまったなぁ、と考えながら手を放した。
 城を背にして座ると森が延々と続いているのが見えた。ジハナはカバンをごそごそした後、飴玉を2つ出す。


「あんまり腹が膨れるお菓子じゃないけど」
「ううん、夕飯も近いし、丁度いいよ」


 飴を口の中でころころ転がしながら景色を眺める。日がだんだんと落ちてきて、明るい水色に桃のような黄と赤がゆっくりと混ざっていく。


「きれいだね」
「うん。この時間の空、好き」
「私も」


 その後私たちは何もしゃべることなく空を眺めた。水色がなくなって空一面が赤くなったころ、ジハナがぽつりと言った。


「俺、動物とか虫と話ができる」


 ジハナの内緒の話だった。驚いて隣のジハナをみるが、目線は夕焼けに向いていて私を見ることはない。
 私は一度目線を足下の葉っぱにやって、夕焼けに戻した。


「……なんとなくそうなのかなって、思ってたよ」
「……、そっかぁ」


 ジハナはそれだけ言うと静かになった。今度は私が話し出す。


「どうして内緒だったの?」
「……何でだろ。父上と母さんが他のみんなと違うから誰にも言うなって」
「じゃあ、知ってるのは親だけ?」
「うん、レンドウィルが3人目だな」
「じゃあ、私も秘密にするね。それにしても、家族以外だと私が初めてかぁ、なんだか嬉しいな」
「別に、すごい秘密ってわけでもないんだ。ただ話せるだけだし」
「動物と話せたら楽しそうだ」
「楽しいよ、知らないことを沢山教えてくれるから」
「例えば?」
「うーん、そうだなぁ。あ、レンドウィル達の事を知ったのは、青い小鳥に教えてもらったからだよ」
「え、ぴぃちゃん?」
「そう。怪我した小鳥、手当てしただろ」


 ジハナは青い小鳥とその親たちが私たち兄弟の事をあんまり楽しそうに話すから、我慢できずに城に遊びに行ったと告白した。ジハナが初めて部屋に来た時、彼は知り合いに私の事を聞いたと言っていた。つまり……


「じゃあ最初に言ってた城に住んでた知り合いって」
「うん、小鳥の事」
「通りで見つからないわけだぁ」
「探したのか?」
「そりゃぁ、噂のもとは探したくなるでしょう?」


 ジハナはくすくすと笑って「いない人を探させるなんて、悪いことしたなぁ」といった。私たちはまた暫く無言で空を眺めた。
 真っ赤だった空の上の方が夜空に代わってきた頃、私はジハナに話しかける。


「今日は付き合ってくれてありがとう」
「俺も外出たいと思ってたから」
「あの、さ。これからも、その、ジハナが嫌じゃなければだけど……」


 私が言い淀むとジハナは体を傾けてトンと肩同士をぶつけた。


「いいよ。また来よう」
「大人になっても?」
「大人って、レンドウィルが王様になってから?」
「父上がいるから、大人なっても私はずっと王子だよ」
「ふぅん。まぁ、王子でも王様でも、レンドウィルとならいつでも遊びたいよ。」


 私はジハナの答えに嬉しくなっていう。


「えへへ、ジハナ大好き!」
「俺もレンドウィル好きだよ」


 お互いへにゃへにゃと笑いながら丸太の上で体を横に揺らした。

 もう帰らなきゃだな、と夜の割合が多くなった空をみて残念そうにジハナがいった。これからもいつでも会えるもんね、私がそういえばジハナはそうだな、と返して立ち上る。


 2人で城壁まで戻って、そこで今日は解散する。次があるとわかっていれば、別れは惜しくなかった。
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