上 下
30 / 40
第1章 幼少期

21話 王様と側近のその後①

しおりを挟む
 私はジハナに別れを告げると、そのまま執務室へ向かう。王は随分前にジハナの両親との食事を終えているはずだ。

 執務室へ到着すると、王が机にぐったりと上半身を預けているのが見えた。周りの護衛達が困ったように私へ目線を送ってくる。


「陛下、飲みすぎるなと忠告をしておったのをお忘れですかな?」
「……そうではない」


 王は唸るような声で返事をし、体をだらんとさせたまま顔だけ私の方を向いた。酒ではないとなると、王子のことか。大広間でジハナを側近だと告げたときの王子の悲しそうな表情を思い出す。


「王子の反応が思わしくありませんでしたね」
「お前もそう思ったか」
「ええ、この世の終わりのような顔をしていました」
「……今日の護衛はもうよい、明日まで2人にしてくれ」


 護衛に向かって王が声をかける。護衛の2人は顔を見合わせ、礼をしてから退室していった。執務室から少し離れたあたりで護衛が「食堂で食べてから帰ろうぜ」と雑談を始めたのを確認して、王はやっと姿勢を正す。


「お前はレンドウィルがなぜ落ち込んでいたのかわかるか?」
「さぁ、さっぱり。ジハナははしゃいでおりましたよ」
「そうか、ジハナは側近になることを嫌がってはいないのだな」
「先ほどは王子のために髪を伸ばそうか~なんて言っておった程です。心配ないでしょう」
「……」
「陛下?」
「……トレバーがな」
「はい」
「そのだな」
「はい」
「……」
「なんです、はっきりおっしゃってください」
「レンドウィルがジハナを好いているかもしれないと」
「はぁ、それはそうでしょう」
「恋慕だ、ネオニール。恋をしているかもしれん」
「え、ええ?本当ですか?ではジハナが王子のために髪を伸ばそうとしたのは、そういう……?」
「その髪の話はどういうことだ?」


 私はよろよろと自分の席に座り、ジハナとアルエットの会話を掻い摘んで説明した。
 本来"誰かのために髪の手入れをする"というとその相手は恋慕する相手を指すのだが、あの会話からジハナがそこまで察したかはわからない。しかしジハナは大好きな相手と言われ真っ先に王子を連想した訳だ。王は「両想い……」と呟くと目元を手で覆って天井を見上げた。


「トレバー殿はどうしてそんな考えに至ったのですか?」
「レンドウィルがジハナの事を可愛いと言って、惚れこんでいると指摘しても否定しなかったらしい」
「それは……怪しいですな」


 トレバー殿なら2人の行く末を大喜びで観察しそうだ。そのうえ寿命が足りないと嘆いて不老不死になる方法まで探し始めそうなくらいだ。


「ジハナの髪の話も含めるとほぼ確定ではないか?」
「どうでしょう、王子と話されましたか?」
「いや。聞いても父親にそんな話はしないだろう」
「あの落ち込みようを考えると、好きな相手が部下になったのが嫌だったと、そういう事でしょうか?」
「そう予想している」



 同性で添い遂げるエルフも少なからずいる。王子がジハナを選んで子をなさなかったとしても個人としても国としても大した問題ではない。
 エルフの国王は基本的に世襲制であるが、絶対ではないからだ。歴史的に見ても、たまたま伴侶が居なかったり子供に恵まれなかったりした王や王女が数名存在する。つまりは自分が隠居するまでに国を任せられるような人物を見つけるか育て上げさえすればよいのである。


「それにしてもジハナが相手とは面白いですなぁ」
「まったく面白くない。泥だらけの悪ガキではないか!」
「悪ガキも懐けば可愛いものですよ」
「レンドウィルにはこう、もっと花のような可憐で淑やかな乙女がだな……」
「乙女どころかトカゲだったと」
「そうだ!なぜジハナなんだレンドウィルよ……!実は私はアルエットが良いかもしれないなんて思っていたのだよ」
「ああ、それは無理ですな。うちの娘は頭の大事な部分を全て美容情報に占拠されておりますから。それにジハナをずいぶん気に入っていましたし、王子を応援するでしょう」
「ぬぁぁぁあ」


 王は頭を抱えて再び机に沈んだ。不思議だ。たかが子供の恋に何故そこまで拘るのだろう。私は随分と真剣に悩んでいる3児の父を呆れた目で見て聞く。


「まぁ、子供ですし、心変わりや初恋が儚く散ることもありましょう。そこまで気にしないで良いのではないですか?」
「……いや。あれはきっとうまくいってしまうぞ」
「そうでしょうかねぇ?」
「なんとなく、そんな予感がするのだ」
「さっき知ったばかりのくせに何をおっしゃるやら。後で王子かジハナに話を聞きに行くとして、まずは本日の公務を片付けてください。トカゲの世話のせいで私は腹が減りました」


 王を宥めすかし公務に戻らせる。誰かに軽食でも持ってきてもらおうとして、人払いをしたことを思い出す。


「私は食堂にいってきます。陛下も何か召し上がられますか?持ってきますよ」
「いや、私はヴァーデン達とたらふく食べた」
「そういえば食事をなさったんでしたね。どうでしたか?」


 王子の初恋話で盛り上がって、食事をしていたのをすっかり忘れていた。


「ジハナを働かせ過ぎないよう念を押されたよ」
「ははぁ、ご両親にどう思われようと私はみっちり鍛えますがね」
「あぁ。問題ないだろう。あと1つ、お前に伝えておかねばならんことがある」
「なんでしょう?」
「ジハナは祖先の加護を受けている」
「?それは、どういう……」
「生き物と意思疎通ができるのだ」
「先祖のエルフたちのように、という事ですか。稀にその力を持ったものが生まれると聞いたことがありますが……」
「ヴァーデンからはジハナが生まれたときに報告を受けていたが、それ以降進捗を聞いていなかったのでな。今日はその話がメインだったよ。森中に友達を作っているらしい。ここに侵入できたのも動物たちからうまいこと抜け道を仕入れていたからかもしれんな」
「ふむ……もしや陛下、その力も含めて側近に?」
「いや、便利な力ではあるが、関係はない」


 思い返せば王子と見張りの攻防が始まってからウサギや鳥に気を取られて王子たちを見失うという報告が増えた気がする。もしや動物に指示を?子供相手に情けないと思っていたが、動物たちが味方なら見張りが苦戦するのも納得いく。


「陛下、ご存じの上で見張り達と張り合わせましたね」
「見ものだったろう」
「私がどれだけ見張りの編成に時間をかけたと思っていらっしゃるのか!」


 王はにんまり笑って私を試すように見た。たまったものではない。こちとらこの数年間見張りの部隊長たちと何度も作戦を練り直し、見張りルートを変え、王子たちが隠れられそうな場所を洗い出し、本当に時間をかけて脱走を防いできたというのに、この王はそれを知ったうえで「今日はどっちが勝つかな~」と気楽に楽しんでいた訳だ。


「まったくやってられませんな!側近でなかったら休暇でも取ってこの心労を癒すというのに!ああもう、私は食事に行きます、満腹になるまで帰りませんから!」


 今日はケーキやら菓子パンやら、甘いものを思う存分食べてやる、と心に決めどすどすと怒りを込めて食堂へ向かう。部屋を出る前に王の笑い声が聞こえたが聞こえないふりをした。
しおりを挟む

処理中です...