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2.我が同志よ

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  一之瀬弥太郎いちのせやたろう一六歳、帰り道に腹いせでいつも通らない土手を歩いてたら、どうするべきか困るもの拾ってしまった。

 正直、交番に届けるかどうかで迷っている。


(ちくしょぉぉっ!今日も散々だったぜ……)

 今日朝のホームルームで転校生の紹介していたようだが、一之瀬はその様子をぼーと眺めていて大して印象に残らない顔なのか顔も名前すらもぼやけてあまり覚えていなかった。

──名前は確か武内だったか? いや、違うような……。武……なんだっけ。

 女以外の転校生なんて興味が湧かないし、席も窓際の端で一之瀬の廊下側とは離れてるからほとんど関わる事もないだろう。

 それよりも花岡、春風、霧谷の遠巻きの女子達について毎度毎度苛ついている。あの三人はスクールカースト上位故に女子がほっとかない位にかなりモテている。
 やっぱり世の中は顔か、顔なのかと嘆く。だがあいつらは容姿だけではなく成績が良かったりスポーツが万能とか何かと優れたものを持っているし、友達として贔屓目で見ても性格も悪い所はなくむしろ良い所ばかりだ。女癖が悪い、素行が悪いとか何かあれば、顔の良い奴はやっぱりそういうもんなんだなと納得して敵視する。
 しかし、あいつらの場合はそういう話も一切聞かないし、近くにいる一之瀬から見ても問題発言も行動もないから僻む気力も失せてしまう。

 そんなあいつらの横にどこにでもいる地道顔の一之瀬がいるだけでお前は邪魔だと言わんばかりに女子達に睨まれるし、時にはあいつらに近づきたいがために彼らと仲の良い一之瀬を利用しようと一之瀬に色仕掛けする奴らも出てきたが、あいつら三人が防いでくれる。

 そして一之瀬のくせに生意気な、と国民アニメの某脇役が如く嫌味を吐かれる。何で平凡なあいつがイケメンと連んでるんだとか身の程を知れとか思われているかもしれない。ま、いつもの事だと一之瀬は思う。
 今更、気にした所で日常は変わらないのだろう。

 そして冒頭に戻ろう。一之瀬は届けるかどうか迷うものを拾ってしまった。それはパスケースに入ったICカードをだ。残念ながら、名前は印字されてはいない。このカードは有名アニメキャラが描かれている数量限定のものだ。持ち主にとって大切なものに違いない。
 落とし物は最寄りの交番に届けて終わりなのだが、持ち主が届けた交番に辿り着くとは限らない。今日もバスあるいは電車で使用するであろう持ち主が落とした事に気づきこの辺りを探しに戻って来るかもしれない。

 一之瀬は手に持っていた落とし物を見つめながら、途方に暮れる。

 描かれている有名アニメキャラの絵を何となく見ていたら、前方から人が近づいたような気配を感じた。

「あ、それ僕のICカード」

 そう声をかけたのは一之瀬と同じ制服で顔はよくいる素朴な顔で眼鏡をしている大人しそうな男だ。だが、その顔には見覚えがあったが、頭に靄がかかって感じがして思い出せなくて反応が遅れてしまった。
 そんな様子にその男は怪訝そうな表情をしていたが、落とし物を返すと嬉しそうな顔をしてありがとうございます、と丁寧に礼を言った。
 一之瀬は落とし物は本人に渡ってほっと胸を撫で下ろす。

「あの……その、同じ高校の人……ですよね? 僕、今日転校して来たばかりで……」

 彼は緊張した様子でもじもじしながら俯いた。

 今日転校……同じ高校……男子……眼鏡男……のワードで思考を巡り合わせたら、今朝の転校生の姿がパッと浮かび上がった。

「おお、あの転校生だったのか。俺はお前と同じクラスの一之瀬弥太郎だ。ま、気軽によろしくな」
「よ、良かった……。同じクラスの人だったんだね。僕の名前は 武田誠たけだまことって言います……。よ、よろしくね」

 武田は安心して恥ずかしそうに微笑む。

「武田はこのアニメ好きなのか?」
「あ、うん……。そのアニメはね……──」

 初めはアニメの話から話題が広がり日頃の不満話にへと花を咲かせていた。

「僕は優等生の弟より勉強が全然出来なくて……。兄なのに情けないし、お母さんにいつも弟と比べられて家の中では肩身が狭いんだ……」
「それは辛い状況だな。やっぱ身近に優秀な奴がいると困る事もあるよな」

 女子に自分もモテ男である友だちと比べられてんのかなと考えてしまう。武田の愚痴はさらに続いた。

「テストの時だって95点取っても弟は満点取って来て僕は褒められる所か何であんたは100点じゃないんだって怒られて……。褒められたいのに怒られてばっかでモチベーションがね……」
「95点ってすげーじゃん。武田だって頑張っていい点取ってるのに」
「そ、そうかな」
「そうだろうが。俺なんか90点以上なんて小学以来見た事なんてねーぞ」

 不公平な扱いにされてるなんて不憫過ぎる。武田は頑張ってるんだからもっと褒めてやるべきだと思う。身近に不憫な仲間がいるとは思わずに口元が緩む。

 一之瀬も乗っかって不憫な話題を話す。

「俺に対して隣のクラスの女子達の当たりが強くて挫けそうなんだ。明日生きてられっかな、俺……」
「死んじゃ駄目だよっ!きっと……きっと……明日はいい事があるはずだよ」
「わりぃ、冗談だって。まぁ、明日は女子が大人しいのを祈ってぼちぼち頑張るとするか」
「一之瀬くんも色々と大変だね……」

 武田は心配そうな顔をしていた。

 一之瀬はお前もな、と口には出さなかったが、こいつなら気持ちが伝わってるはずだと思った。

 特に話す話題がなくなり静まり返った。その雰囲気は気まずさはなくお互い愚痴を言い合ったおかげか晴れ晴れした気分だった。

「……何かあったら俺に言えよ。流石に今日話したばかりの奴の家庭に口は出せねぇが、まぁ話だけは聞く」
「一之瀬くん……。ううん、聞いてくれただけで嬉しいよ」 

 しんみりとした雰囲気の中、一之瀬と武田はオレンジ色に染まっている夕日をしばらく眺めていた。
 暖かなグラデーションに包まれながら、武田と家路に向かった。
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