11 / 66
第1章「夏」
3.積乱雲キューピッド(1)
しおりを挟む
心待ちにしていた夏の天体観測合宿。長い準備期間を経て、ついに実現の運びとなった。
電車を乗り継ぎ、山道をバスで登ること1時間。たどり着いたのは、小高い山の上に佇むキャンプ場だった。周囲に人家はなく、星空観測に最適の暗さが約束される。広々とした芝生の広場もあり、流星群を眺めるにはうってつけの環境だ。
宿泊施設はコテージ。水道、電源、シャワーも完備で、女子には嬉しい限り。いつもの八ヶ岳ではなく少し不満げな澪をなだめるため、羽合先生が見つけてきてくれた高規格キャンプ場なのだ。
「すげえ! こんな所、よく借りられたもんだ」
リビングの広さに感嘆しながら、大地が振り返る。さすがに私と羽合先生の2人きりで合宿というわけにはいかず、心強い仲間として、大地と陽菜も同行してくれていたのだ。
木のぬくもりが感じられるコテージは、まるで別荘にいるようなリラックスした雰囲気。
「えへへ、せっかく最後の合宿だもんね。思い切って部費の残金全部はたいちゃった!」
男女で部屋を分け、荷ほどきを済ませるとすぐにキッチンで夕飯の支度を始める。メニューは自炊だ。食材は事前にスーパーでしっかり買い込んである。電源がある今回のキャンプで最も重要な調理器具、炊飯器は大地が家から持参してくれた。
「で、今夜のメニューは?」
「もちろんカレーだよ! 天文部合宿の鉄板料理なんだから」
キッチンの隅で、羽合先生が必死に戸棚をごそごそと探り回っている。「先生、何してるんですか?」
「あれ、秤はどこだ……」
「はぁ? なぜ? 何に使うんですか?」
「カレーを作るのに決まってるだろう」
「はぁ?」
どうやら先生は、料理を科学実験か何かと勘違いしているらしい。
「あはは、大丈夫ですって。先生、生活力皆無すぎません?」
「合理的なライフスタイルと言ってもらいたいものだが……」
「はいはい。別にグラム単位でキッチリ計らなくてもいいんです。イイカゲンが『良い加減』ってやつですよ。あはは」
そう言ってジャガイモの皮むき用のピーラーを手渡すと、眉をひそめる羽合先生。これくらいなら出来るでしょ、と無言で意地悪な視線を送りつつ、私は私で、自分の探し物を続けた。
「あれ? 買い忘れたっけ……」「おかしいなあ、確かこの辺に……」「も~、どこ行っちゃったのよ~」
買ったはずの材料、置いたはずの場所。何度探しても見つからない。
「そういえば先生、さっき『これは俺の分な』って大量に買ってませんでしたっけ?」
「何?」
「ね、1つくらい分けてくれません? チョコレート」
「えっ……うーん、それは無理」
「は? なんで? あれ全部ひとりで食べるつもりですか?」
「そういう訳じゃないけど……」
口数が減った羽合先生。私はここぞとばかりにジト目で疑いの目を向ける。
「何か言えない理由でもあるんですか? 子供っぽい……」
「霜連こそ、今すぐ必要なのかい? あ、腹が減ったのか?」
「違いますって! 先生こそーーあ、もしかして! またお姉ちゃん絡みですか? 2人の思い出のチョコとか?」
「ち、違うよ……」
「はいはい、どうせ先生はそればっかなんでしょ? もう6年も前に亡くなった人のことを、未だにグジグジと……」
「お、おい」
「お姉ちゃんの気球、お姉ちゃんの夢、お姉ちゃんの妹……」
まるで堰を切ったように、言いたくもない言葉が口から溢れ出してしまう。
「もう少し、今目の前にいる人にも気を配れっての!」
怒りに震える声。それでも涙は出ない。勢いのまま、エプロンを乱暴に放り投げると、私はコテージを後にした。
電車を乗り継ぎ、山道をバスで登ること1時間。たどり着いたのは、小高い山の上に佇むキャンプ場だった。周囲に人家はなく、星空観測に最適の暗さが約束される。広々とした芝生の広場もあり、流星群を眺めるにはうってつけの環境だ。
宿泊施設はコテージ。水道、電源、シャワーも完備で、女子には嬉しい限り。いつもの八ヶ岳ではなく少し不満げな澪をなだめるため、羽合先生が見つけてきてくれた高規格キャンプ場なのだ。
「すげえ! こんな所、よく借りられたもんだ」
リビングの広さに感嘆しながら、大地が振り返る。さすがに私と羽合先生の2人きりで合宿というわけにはいかず、心強い仲間として、大地と陽菜も同行してくれていたのだ。
木のぬくもりが感じられるコテージは、まるで別荘にいるようなリラックスした雰囲気。
「えへへ、せっかく最後の合宿だもんね。思い切って部費の残金全部はたいちゃった!」
男女で部屋を分け、荷ほどきを済ませるとすぐにキッチンで夕飯の支度を始める。メニューは自炊だ。食材は事前にスーパーでしっかり買い込んである。電源がある今回のキャンプで最も重要な調理器具、炊飯器は大地が家から持参してくれた。
「で、今夜のメニューは?」
「もちろんカレーだよ! 天文部合宿の鉄板料理なんだから」
キッチンの隅で、羽合先生が必死に戸棚をごそごそと探り回っている。「先生、何してるんですか?」
「あれ、秤はどこだ……」
「はぁ? なぜ? 何に使うんですか?」
「カレーを作るのに決まってるだろう」
「はぁ?」
どうやら先生は、料理を科学実験か何かと勘違いしているらしい。
「あはは、大丈夫ですって。先生、生活力皆無すぎません?」
「合理的なライフスタイルと言ってもらいたいものだが……」
「はいはい。別にグラム単位でキッチリ計らなくてもいいんです。イイカゲンが『良い加減』ってやつですよ。あはは」
そう言ってジャガイモの皮むき用のピーラーを手渡すと、眉をひそめる羽合先生。これくらいなら出来るでしょ、と無言で意地悪な視線を送りつつ、私は私で、自分の探し物を続けた。
「あれ? 買い忘れたっけ……」「おかしいなあ、確かこの辺に……」「も~、どこ行っちゃったのよ~」
買ったはずの材料、置いたはずの場所。何度探しても見つからない。
「そういえば先生、さっき『これは俺の分な』って大量に買ってませんでしたっけ?」
「何?」
「ね、1つくらい分けてくれません? チョコレート」
「えっ……うーん、それは無理」
「は? なんで? あれ全部ひとりで食べるつもりですか?」
「そういう訳じゃないけど……」
口数が減った羽合先生。私はここぞとばかりにジト目で疑いの目を向ける。
「何か言えない理由でもあるんですか? 子供っぽい……」
「霜連こそ、今すぐ必要なのかい? あ、腹が減ったのか?」
「違いますって! 先生こそーーあ、もしかして! またお姉ちゃん絡みですか? 2人の思い出のチョコとか?」
「ち、違うよ……」
「はいはい、どうせ先生はそればっかなんでしょ? もう6年も前に亡くなった人のことを、未だにグジグジと……」
「お、おい」
「お姉ちゃんの気球、お姉ちゃんの夢、お姉ちゃんの妹……」
まるで堰を切ったように、言いたくもない言葉が口から溢れ出してしまう。
「もう少し、今目の前にいる人にも気を配れっての!」
怒りに震える声。それでも涙は出ない。勢いのまま、エプロンを乱暴に放り投げると、私はコテージを後にした。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる