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第2章「秋」
4.ひつじ雲・イン・トラブル(2)
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「ああ、これね。たしか、科学をテーマにした動画を募集するんだったな」
そのコンテストは、市のサイエンスフェスの目玉企画の一つで、高校生による科学動画を募集していた。テーマは科学に関することなら何でもOK。右下には「希望者は理科・羽合まで」の文字。
「そそ」
チラシのデザインは、市立科学館のゆるキャラ〈るんるんちゃん〉と、アイドル風の制服少女がポーズを決めたポップなものだ。「出場者の中から、るんるんちゃんの着ぐるみ着用権が当たる!」というキャッチコピーが輝く。
「女の子、スカートが短すぎないか?」
「もう、先生ってば見るのはそっちじゃなくて、こ、こ!」
人差し指を突き付けたのは、るんるんちゃんが手にするプラカード。そこには「優勝賞金10万円!!」と、踊るような文字で書かれていた。
「ほら、この賞金があれば、ヘリウムガス代なんて楽勝じゃないですか!」
「まあ、確かにそうだが……でも、簡単に優勝できるとは限らないぞ?」
羽合先生は改めてチラシに目を通し、「うーん……」と言葉少なだ。どうやら、頼まれるがままチラシを掲示しただけで、内容は精査していなかったらしい。
「正直言って、あまりピンとこないんだが……。YouTuberってのは、思った以上に大変な仕事らしいからな」
「え、そうなんですか? 私、結構面白そうだなって思ったんですけど……あこがれちゃいます!」
勢いよく立ち上がり、るんるんちゃんのポーズを真似てくるくる回ってみた。制服のスカートが、風になびいて豊かに揺れる。
「優勝者はるんるんちゃんの『中の人』になれるって、めっちゃ良くないですか?」
「着ぐるみになりたいのか? ――正直、最近の若い子のセンスはよくわからん」
「7歳しか違わないくせに」
私が頬をふくらませると羽合先生は鼻で笑い、「はいはい、そうだな」と投げやりに返した。どこか達観したような、冷めた眼差しだ。
「先生、私の夢に協力してくれないんですか? 気球を飛ばすためなんです。お願いします!」
「本当のところ、るんるんちゃんの着ぐるみを着たいだけなんじゃないの?」
「も、もちろんそれも理由の一つですけど、何より気球を打ち上げる夢を実現させたいんです!」
羽合先生は「はぁ……」と溜息をつきながら、俯いて目を閉じた。
なかなか乗り気になってくれない先生。いったいどうしてなんだろう。私は不安になり、思わず涙ぐんでしまう。
「くすん……」鼻をすする音を聞いて、羽合先生はあわてて顔を上げた。
「し、霜連? 泣かせるつもりはなかったんだ。あのな……」
「だって先生ぇ、私のために協力してくれないんだもん……うわーん!」
そう言って、テーブルに突っ伏した。野暮ったくも必死に泣き真似を続ける。すると、とうとう観念したのか、羽合先生が「わかった、わかったから」と折れる素振りを見せた。その瞬間、天文ドームの入口が勢いよく開かれた。
「あれ? 雨宮?」
「ちょ、ちょっと、どういう状況? 澪、先生、いったい何があったの!?」
「あ、えっと、これはその、決して変なことしてるわけじゃないんだ……」
うろたえる先生を横目に、私は演技を続行。「めそめそ……しくしく……」と大袈裟な泣き真似を響かせる。その間にも陽菜は、カツカツと足音を響かせてテーブルに近づき、バンッと手を叩きつけた。
「――はいはい。もう、澪、何やってンの。うそ泣きはいいから」
「ちぇっ、つまんないの陽菜は」
そう言って、さっと頭を起こし陽菜を見上げた。
「もう、陽菜ってば空気読めないんだから」
私が舌を出して笑うと、羽合先生は目を白黒させて事態を飲み込めずにいる。そんな先生を尻目に、陽菜はテーブルに着くなりコンテストの話を切り出した。驚く羽合先生に、私たち2人で先生の知らない情報を次々とぶつけていく。
まず、コンテストでは動画による予選が行われていること。そして何と、私たちは「天体観測をイメージした」と称する天文ドームでの踊りの動画を、既に応募済みだったことだ。
「ねぇ澪、さっきメールが来てたでしょ? あの動画、予選通過してたよね?」
「うん。私と陽菜の双子ダンスなら、楽勝でしょ」
「ふふっ、大した自信ね。まぁ、私も同感だけど」
そして最大の驚きは、見事予選を突破し、なんと今度の日曜日に控えた決勝戦に駒を進めたということ。
「ちょっと待って。『希望者は俺まで連絡を』ってチラシに書いてあっただろう? 君たち、内緒で応募したのかい?」
「だって先生、きっと反対すると思ったから……。内緒にしてごめんなさい」
先生に真剣な眼差しで問い質され、さすがに自分の行動に少し後ろめたさを覚える。コンテストへの応募は、着ぐるみへの憧れからなのか、はたまた賞金目当てなのか。いやいや、気球を飛ばすという夢のためで……でも本当にそれだけ? 先生の視線に晒されるまま、私の心は次第に揺れ動いていった。
「……わかったよ。好きにやりなさい。先生も協力しよう。決勝は日曜日だったね?」
「え、本当ですか!? わーいわーい! 先生、大好き!」
喜びのあまり先生に飛びつこうとすると、陽菜が慌てて襟首を掴んで止めた。「ぐえっ」情けない声が出て、そのまま席にぐいっと引き戻された。
「そうだ先生、実はもうひとつお願いが……」
「うん? なに?」
「この動画に出てくる女の子、ご存知ないですか?」
そう言って、陽菜はスマホの画面をコンテスト動画に切り替えた。人差し指で、出演者の一人を指し示した。
そのコンテストは、市のサイエンスフェスの目玉企画の一つで、高校生による科学動画を募集していた。テーマは科学に関することなら何でもOK。右下には「希望者は理科・羽合まで」の文字。
「そそ」
チラシのデザインは、市立科学館のゆるキャラ〈るんるんちゃん〉と、アイドル風の制服少女がポーズを決めたポップなものだ。「出場者の中から、るんるんちゃんの着ぐるみ着用権が当たる!」というキャッチコピーが輝く。
「女の子、スカートが短すぎないか?」
「もう、先生ってば見るのはそっちじゃなくて、こ、こ!」
人差し指を突き付けたのは、るんるんちゃんが手にするプラカード。そこには「優勝賞金10万円!!」と、踊るような文字で書かれていた。
「ほら、この賞金があれば、ヘリウムガス代なんて楽勝じゃないですか!」
「まあ、確かにそうだが……でも、簡単に優勝できるとは限らないぞ?」
羽合先生は改めてチラシに目を通し、「うーん……」と言葉少なだ。どうやら、頼まれるがままチラシを掲示しただけで、内容は精査していなかったらしい。
「正直言って、あまりピンとこないんだが……。YouTuberってのは、思った以上に大変な仕事らしいからな」
「え、そうなんですか? 私、結構面白そうだなって思ったんですけど……あこがれちゃいます!」
勢いよく立ち上がり、るんるんちゃんのポーズを真似てくるくる回ってみた。制服のスカートが、風になびいて豊かに揺れる。
「優勝者はるんるんちゃんの『中の人』になれるって、めっちゃ良くないですか?」
「着ぐるみになりたいのか? ――正直、最近の若い子のセンスはよくわからん」
「7歳しか違わないくせに」
私が頬をふくらませると羽合先生は鼻で笑い、「はいはい、そうだな」と投げやりに返した。どこか達観したような、冷めた眼差しだ。
「先生、私の夢に協力してくれないんですか? 気球を飛ばすためなんです。お願いします!」
「本当のところ、るんるんちゃんの着ぐるみを着たいだけなんじゃないの?」
「も、もちろんそれも理由の一つですけど、何より気球を打ち上げる夢を実現させたいんです!」
羽合先生は「はぁ……」と溜息をつきながら、俯いて目を閉じた。
なかなか乗り気になってくれない先生。いったいどうしてなんだろう。私は不安になり、思わず涙ぐんでしまう。
「くすん……」鼻をすする音を聞いて、羽合先生はあわてて顔を上げた。
「し、霜連? 泣かせるつもりはなかったんだ。あのな……」
「だって先生ぇ、私のために協力してくれないんだもん……うわーん!」
そう言って、テーブルに突っ伏した。野暮ったくも必死に泣き真似を続ける。すると、とうとう観念したのか、羽合先生が「わかった、わかったから」と折れる素振りを見せた。その瞬間、天文ドームの入口が勢いよく開かれた。
「あれ? 雨宮?」
「ちょ、ちょっと、どういう状況? 澪、先生、いったい何があったの!?」
「あ、えっと、これはその、決して変なことしてるわけじゃないんだ……」
うろたえる先生を横目に、私は演技を続行。「めそめそ……しくしく……」と大袈裟な泣き真似を響かせる。その間にも陽菜は、カツカツと足音を響かせてテーブルに近づき、バンッと手を叩きつけた。
「――はいはい。もう、澪、何やってンの。うそ泣きはいいから」
「ちぇっ、つまんないの陽菜は」
そう言って、さっと頭を起こし陽菜を見上げた。
「もう、陽菜ってば空気読めないんだから」
私が舌を出して笑うと、羽合先生は目を白黒させて事態を飲み込めずにいる。そんな先生を尻目に、陽菜はテーブルに着くなりコンテストの話を切り出した。驚く羽合先生に、私たち2人で先生の知らない情報を次々とぶつけていく。
まず、コンテストでは動画による予選が行われていること。そして何と、私たちは「天体観測をイメージした」と称する天文ドームでの踊りの動画を、既に応募済みだったことだ。
「ねぇ澪、さっきメールが来てたでしょ? あの動画、予選通過してたよね?」
「うん。私と陽菜の双子ダンスなら、楽勝でしょ」
「ふふっ、大した自信ね。まぁ、私も同感だけど」
そして最大の驚きは、見事予選を突破し、なんと今度の日曜日に控えた決勝戦に駒を進めたということ。
「ちょっと待って。『希望者は俺まで連絡を』ってチラシに書いてあっただろう? 君たち、内緒で応募したのかい?」
「だって先生、きっと反対すると思ったから……。内緒にしてごめんなさい」
先生に真剣な眼差しで問い質され、さすがに自分の行動に少し後ろめたさを覚える。コンテストへの応募は、着ぐるみへの憧れからなのか、はたまた賞金目当てなのか。いやいや、気球を飛ばすという夢のためで……でも本当にそれだけ? 先生の視線に晒されるまま、私の心は次第に揺れ動いていった。
「……わかったよ。好きにやりなさい。先生も協力しよう。決勝は日曜日だったね?」
「え、本当ですか!? わーいわーい! 先生、大好き!」
喜びのあまり先生に飛びつこうとすると、陽菜が慌てて襟首を掴んで止めた。「ぐえっ」情けない声が出て、そのまま席にぐいっと引き戻された。
「そうだ先生、実はもうひとつお願いが……」
「うん? なに?」
「この動画に出てくる女の子、ご存知ないですか?」
そう言って、陽菜はスマホの画面をコンテスト動画に切り替えた。人差し指で、出演者の一人を指し示した。
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