風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき

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第2章「秋」

4.ひつじ雲・イン・トラブル(1)

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 夏休みが終わり、いよいよ2学期のスタート。
 水曜日の放課後。まだ夏の暑さが残る、いつもの天文ドーム。作業が一段落した私は額の汗を拭うと、テーブルで本を読む羽合先生に声をかけた。

「あの……先生、ちょっといいですか?」
「ん? どうした、霜連?」
「えっと……先生って、今彼女とかいるんですか?」

 羽合先生は思わず吹き出し、持っていた本を取り落としてしまった。「げほっ、げほっ」と咳き込む先生の様子に、内心焦った。

「あ、いや、その……じゃあ、別の質問を。今度の日曜日って、先生ヒマですか?」
「ちょ、ちょっと待って。俺にだってプライベートはあるんだからね。それに、日曜日が25歳の誕生日なんだよ。もう、れっきとした大人なんだから!」
「ええっ! 先生、誕生日だったんですか!? 全然知らなかった……」
「ああ」
「そうなんだ! おめでとうございます! 何か欲しいものとかありますか? プレゼント、用意しなきゃ!」
「はは、ありがとう。でも25歳なんて、別に何もめでたくないよ」
「ねぇねぇ、先生の欲しいものって何ですか? よかったら教えてくださいよ」

 ワクワクしながら尋ねると、羽合先生は、少し困ったように頭を掻きながら、目を泳がせた。

「ーーそうだなぁ……じゃあ、今度の模試で霜連がA判定を取ること、かな」
「もうっ!」

 私がしかかりの作業に戻ると、先生も少し照れくさそうに微笑み、再び本に目を落とした。
 ドーム中央に鎮座する大型望遠鏡に太陽投影板をセットし、太陽の観察を始めた。最近、黒点の活動が活発なのだ。これもぜんぶ先輩から教わったとおり。その手順を、今は自分で実践している。でも、もう後輩に教えることもできないかと思うと、ちょっと寂しい気持ちになった。

「先生、ちょっと相談なんですけど……文化祭で、気球を飛ばすのってどうですか?」
「おお、いいアイデアだね! 皆の興味を引きそうだし、活動をアピールするチャンスにもなる」

 先生の色よい返事を確認してからテーブルまで小走りに行くと、用意していたメモを取り出して先生に手渡した。

「まずは気球ですけど、前に教えてもらった市販品を購入しようと思います。そしてカプセル。こないだ回収したのを真似して作ってみようかと」

 お姉ちゃんの夢、宇宙の渚を目指すと宣言したけれど、正直、何か秘策があるわけじゃない。まずは手描きの設計図を作って、羽合先生にアドバイスをもらおう。一歩一歩、着実に進んでいくしかないんだ。

「すごいな、手際いい。よく考えられてる。感心しちゃったよ」
「えへへ、ありがとうございます。ロープでつないで係留飛行させるつもりなんです。目立つし、天文部の宣伝にもなるはず!」
「なるほど、係留飛行か。安全面の確保も兼ねて、賢明な判断だね」

 机の上であれこれ空想を膨らませるよりも、まずは実際に飛ばしてみる。行動第一、それが私のスタイル。先生も気に入ってくれているようだ。

「それに先生、意外とお金をかけずに実現できそうな気がするんです。予算の心配はいらないと思います」

 自信満々に言うと、羽合先生は少し困ったような顔で首を傾げた。

「でも、ヘリウムガスの値段は結構高いと思うけど……。そこは大丈夫なの?」
「あっ……そ、そうだった! ヘリウム代、すっかり頭から抜けてた……どうしよう」
「はは、そうなるだろうと思ってたよ。でも大丈夫。部費の繰越金が少しあるから、それを使えば……」
「はは、そうなるだろうと思ってました」
「はい? な、なにか問題が?」
「ーーないですよ、繰越金。合宿の時に使い切っちゃったもん」

 羽合先生は無言で「どうするつもりだ?」とばかりに私に視線を送ってきた。私はあくまでもじし形気な表情を崩さずニヤリと不敵な笑みを浮かべると、

「フフフ、先生、こんなことも想定済みなのです」

 そう言って、制服のポケットから一枚のチラシを取り出し、机の上に広げて見せた。
 そこには、〈高校生YouTuberコンテスト〉の文字が躍っていた。
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