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第1章「夏」

3.積乱雲キューピッド(6)

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 大地と陽菜が合流すると、私は待ってましたと星空を案内した。木星の衛星、土星の輪、織姫星や彦星も見た。いくつかの星団を巡り、二重の二重星にも訪れた。

 今夜はペルセウス座流星群が一年で一番の見ごろを迎える特別な日でもあった。
 レジャーシートに断熱マットも敷き、ぬくぬく毛布で寒さ対策もばっちりだ。4人で並んで寝転ぶと、すぐに流れ星がいくつも通り抜けるのが見えた。キラキラと輝く流星の美しさに、思わず息を飲んだ。

「わぁ、今のすごい! ほら、またあっち!」

 陽菜の興奮した声が弾む。

「本当だ! 今日一番の大きな流れ星だったかも」

 私も負けじと歓声を上げた。
 夜も更けて、10時を回った頃。ピークを迎えるこれからの時間帯に期待が高まる中、いつの間にか大地は深い眠りについていた。

「すぅ…………すぅ…………」

 規則正しいいびきが、夜空に響く。

「ほら澪、さっきので48個目!」
「じゃあ次の50個目は私が探すんだから!」

 いつもの下校時のように、私と陽菜は夜空を見上げながらおしゃべりに花を咲かせる。

「陽菜、来てくれて本当にありがとう」
「いいって。天文部最後の合宿。できてよかったね」
「でも、私のわがままに付き合ってくれて……本当に感謝してる」

 毛布の中で、そっと陽菜の手に自分の手を重ねる。

「…………温かい」

 ふわりとした感触に、安心感がじわっと広がっていく。

「それで、気球、挑戦することにしたんだね?」
「…………うん。私、やってみようと思う」
「お姉さんを追いかけるため? それとも、羽合先生のため?」
「うーん…………お姉ちゃんや先生のためっていうのも、すこーしはあるかな。でも何より、自分の夢に正直になりたいだけ。私のために、新しい世界に飛び込んでみようって思ったんだ」

 その時、私たちの目の前を、これまでで一番大きな流れ星が横切った。
 眩いばかりの青白い光が、夜空を一瞬にして明るく照らし出す。まるで時が止まったかのよう。思わず息を呑み、言葉を失った。

「なんか、この短期間でずいぶん成長したんじゃない? 澪?」
「えっ? そうかな? 相変わらずの私だよ?」

 じっと見つめる陽菜の瞳は、まるで妹を見守る姉のよう。私は思わず目をそらした。

「ねぇ、正直に言ってよ。もしかして、アンタ、羽合先生とキスでもした?」
「ちが、違うってば! あれはその…………ただのノーカンで。ほっぺにを閉じて、ちょっと目に触れただけだし…………」
「…………図星だったか」

 慌てふためく私と対照的に、冷静沈着な陽菜。彼女は「あ、また流れ星」とさりげなく話題を逸らしつつ、優しくも芯のある口調で私に忠告した。

「悪いことは言わないから、卒業までは我慢するのが賢明だと思うよ。先生にも迷惑かかるでしょう?」
「…………わかってる。わかってるよ。でも、気持ちを抑えるのって、すごく難しいよ」
「澪の気持ち、よくわかるよ。私だってそういうとき、あったし。でも、今は我慢の時。いつかきっと、思いが実る日が来るから」
「…………っていうか、そういう陽菜こそどうなの? 大地との進捗は~」
「えっ? わ、私?」

 陽菜の顔から、一気に余裕が消え失せる。動揺を隠しきれない様子で、視線をそらした。

「もうっ。何のために2人をこの合宿に誘ったと思ってるわけ?」
「それは…………天文部の合宿のため……でしょ?」
「ち・が・う・で・しょ! ったくもう、じれったいなぁ。陽菜の奥手ぶりにはほんと参っちゃう。ほらほら、絶好のチャンスなんだから、思い切って告白しちゃいなよ!」

 狭い毛布の中で、私は身を乗り出して陽菜にぐいぐいと顔を近づけた。寝転がっているから、いつもの身長差は無い。陽菜は思わず大地の方を見やり、顔を赤らめた。

「ほらほら、ここなら人目もないし、ばっちりじゃん!」
「って言われても、よく寝てるわよ?」
「よっし、じゃあ私が起こしてあげる! ほらほら陽菜、せっかくのタイミングを逃しちゃダメだって!」
「ちょ、ちょっと澪! そんなのダメだって。せっかく気持ちよさそうに寝てるのに、起こすなんて可哀想よ」
「いいから! ほら、寝顔のアイツを見てごらん。寝顔はノーカン。今なら二人っきりの世界じゃない。こういうのを千載一遇のチャンスって言うのよ!」
「んもう! 澪の言ってることって、よくわかんないんだから! 何なのよその理屈!」

 そのとき、大地が「ぐぅ~」と大きないびきをかいた。寝返りをうって足をバタバタさせたり、たわごとを口走ったり。陽菜はしばらくその寝相を眺めていたが、やがて「…………ごめん。やっぱり彼に悪いよ」と言って、毛布にもぐり込んだ。

「私なんて、全然澪のお姉さんの代わりにはなれないと思う。それでも、いつでも澪のそばにいるから。気球のことも、羽合先生とのことも、全力で応援するよ。だから何かあったら、遠慮なく相談してね」
「陽菜…………本当にありがとう。心強いよ。この合宿、陽菜と一緒に来れて本当に良かった。最高の思い出になったよ」

 羽合先生の淹れてくれた紅茶で、じんわりと手を温めながら飲む。明け方まで流れ星を眺め、数を競った。箱のないチョコレートは、いつもよりずっとほろ苦く感じた。
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