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第2章「秋」

5.すじ雲サスペンス(2)

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 屋上への階段を登り切ったところで、偶然、結ちゃんとばったり出くわした。

「「羽合先生、知らない?」」

 私たちは驚いて同時に聞いてしまった。結ちゃんは苦笑いを浮かべる。

「はぁ、先生を霜連先輩から取り返そうと思ってきたのにな……」

 いつもの調子で意地悪そうに笑う。どうやら先生は2年の教室にもいないらしい。
 行き先を考えあぐねた私たちは屋上のフェンスに並び、ぼんやり眼下の校庭を眺めて過ごした。

「ねえ結ちゃん。文化祭、結ちゃんのクラスは何をやるの?」
「演劇ですね」
「あ、だからその衣装なのね」

 結ちゃんは男性用のスーツに、ベージュのトレンチコートを羽織っている。まるで刑事ドラマに出てきそうな出で立ちだ。
 普段のツインテールが、今日はシニヨンになってる。それを隠すようにハットを被っているんだ。ネクタイとお揃いのシックな色合いが、言いようのないダンディな雰囲気を作り出してる。さすが結ちゃんだ。

「刑事モノ、ですかね。女子は『ロミオとジュリエット』がやりたかったんですけど、男子の意見が通っちゃって。先輩のクラスは?」
「うちは、甘味処。お姉ちゃんの代から続く伝統らしくて」
「じゃあ、みんな和服を着るんですね! それもいいなぁ。先輩、似合いそう」
「うーん、でも私は当日は天文部の展示で大忙しだから……。私はたぶんお客さんとして、食べ歩きする側になりそうだな。あはは」

 おしゃべりに夢中になっていたその時、ふと目に入ったのは校庭を歩いていく一人の男性の後ろ姿。いかにも見覚えのあるシルエット。間違いない。羽合先生だ。

 思わず手を振って呼びかけようとした瞬間、私の手はその場で凍りついた。先生は誰かと携帯電話で話しながら、落ち着かない様子で何度も腕時計を確認している。まるでデートの待ち合わせみたい。横を見ると、結ちゃんも眉をひそめて状況を察していた。

 先生は電話の相手に何かを熱心に説明している。身振り手振りが大きくて、遠目にもそれと分かる。やがて先生はスマートフォンを取り出し、校舎全体を撮影し始めた。そしてカメラを屋上に向けて、まるでこちらを案内するかのようにレンズを向けて……

「やばい、見つかっちゃう!」

 咄嗟に校庭に背を向けて、その場にしゃがみ込んだ。

「はぁ……」

 隣の結ちゃんを見ると、驚いたことに全く同じ格好で隠れている。目が合った瞬間、2人とも無言のまま意思を通わせた。こくりとうなずいて、羽合先生の尾行を開始することを決めたのだった。
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