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第3章「冬」
7.うね雲シグナリング(2)
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文化祭が終わると、3年生は受験モードに切り替わっていく。私も天文部を引退する選択肢もあったが、部が無くなってしまうのは寂しい。
「せめて卒業まではこの部を守りたい」
そう心に誓い、毎週水曜日の放課後、コツコツと気球の準備を進めていた。お姉ちゃんと同じように、卒業式で気球を打ち上げるのだ。
普段はあまり先のことを考えない私でも、さすがに将来への不安に押しつぶされそうになる夜もある。そんな時、気球作りは最高の気分転換になった。ただ目の前の作業に没頭している時は、過去の出来事も、これからの進路のことも忘れられるから。地球と宇宙の境界線。それを越えて入っていく戸惑いと憧れを象徴するみたいな「宇宙の渚」という言葉を唱えるだけで、嫌なことが吹き飛びそうだった。
気球に載せるカプセルのパラシュートを完成させるため、屋上から何度もテストを繰り返した。空気抵抗を計算し、カプセルの重さを調整しては落下実験。うまくいかない。そのたびに校庭に落ちたカプセルを拾いに行き、パラシュートの設定を変えたり取り付け方を工夫したりして、また実験する。10回以上の試行錯誤の末、ようやく最適な設計にたどり着いた。
「私一人でも、結構できるじゃんーー」
そうつぶやき、満足げに手元を見つめる。そこには、お姉ちゃんの遺したノートが置かれていた。お姉ちゃんの残したノート。風でページがぱらららとめくれあがり、なんだか笑われてるみたいだった。
無線も登録した。気球の飛んでいる位置を追跡できるよう、小型の無線機をカプセルに積むのだ。心配して様子を見に来た羽合先生も、この案に興味津々だ。
「上空からスマホのGPSで位置情報をメールすればいいんじゃない?」
「ダメダメ、甘いですよ先生。上空でスマホ使うのは違法なんです」
「そうなのか。じゃあGPSは?」
「電波を受信するだけならセーフですけど」
ノートによると、お姉ちゃんたちは気球が着陸した後、記録していた位置情報をメールで送る仕組みを使っていたそうだ。合法ではあるものの、位置が分かるのは着陸後。だから気球を見失ってしまったのだ。
「私のは、無線で飛行中の位置情報をリアルタイムで送信できるようにしたんです!」
「おお、それは画期的だね。すごいアイデアだ」
感心した様子の羽合先生が、私の頭をそっとなでた。無線機の申請は難しくはないが、面倒な手続きが必要だ。でも私は、そういう手間は惜しまない。
気がつけば夕暮れの理科室で先生と2人きりだった。意を決し、カーテンを閉めに立ち上がる。そして周囲を確認してから、「先生?」とそっと声をかけた。
「ーーなんだか、ドキドキします。バレちゃうんじゃないかって……」
「ハハッ、まあ卒業までの辛抱だよ。大丈夫」
実験台に肘をついて微笑む羽合先生。その笑顔に、私の不安は少し和らいだ。
「……いまだに、信じられないんです。先生、本気なのかどうか分かんないし」
手招きされたイスに腰掛ける。彼は怒っているようにも見えた。
「あのね、俺だって一応、教師なの。教師と生徒の恋愛がどれだけリスクが高いか、理解しているつもり。だからこそ、嘘や軽はずみな気持ちでこんなことはしないよ」
羽合先生の真剣な口調に、私は思わずたじろいだ。
「す、すみません……疑っているわけじゃないんです。ただ……」
スカートの上で不安に震える私の握りこぶしを、羽合先生の大きな手がそっと包み込んだ。
「大丈夫。ちゃあんと、好きだよ。心配ないから」
優しく微笑みながら、先生は私の頬に触れ、髪をかき上げる。胸が熱くなった。先生を好きになって本当に良かった。自分を選んでくれた先生に、心から感謝した。まだ先生との関係に不安はつきまとうけれど、この選択は間違っていなって、いつかは思える日が来る気がする。確信した。二人の未来を信じよう。そう心に誓った。
「せめて卒業まではこの部を守りたい」
そう心に誓い、毎週水曜日の放課後、コツコツと気球の準備を進めていた。お姉ちゃんと同じように、卒業式で気球を打ち上げるのだ。
普段はあまり先のことを考えない私でも、さすがに将来への不安に押しつぶされそうになる夜もある。そんな時、気球作りは最高の気分転換になった。ただ目の前の作業に没頭している時は、過去の出来事も、これからの進路のことも忘れられるから。地球と宇宙の境界線。それを越えて入っていく戸惑いと憧れを象徴するみたいな「宇宙の渚」という言葉を唱えるだけで、嫌なことが吹き飛びそうだった。
気球に載せるカプセルのパラシュートを完成させるため、屋上から何度もテストを繰り返した。空気抵抗を計算し、カプセルの重さを調整しては落下実験。うまくいかない。そのたびに校庭に落ちたカプセルを拾いに行き、パラシュートの設定を変えたり取り付け方を工夫したりして、また実験する。10回以上の試行錯誤の末、ようやく最適な設計にたどり着いた。
「私一人でも、結構できるじゃんーー」
そうつぶやき、満足げに手元を見つめる。そこには、お姉ちゃんの遺したノートが置かれていた。お姉ちゃんの残したノート。風でページがぱらららとめくれあがり、なんだか笑われてるみたいだった。
無線も登録した。気球の飛んでいる位置を追跡できるよう、小型の無線機をカプセルに積むのだ。心配して様子を見に来た羽合先生も、この案に興味津々だ。
「上空からスマホのGPSで位置情報をメールすればいいんじゃない?」
「ダメダメ、甘いですよ先生。上空でスマホ使うのは違法なんです」
「そうなのか。じゃあGPSは?」
「電波を受信するだけならセーフですけど」
ノートによると、お姉ちゃんたちは気球が着陸した後、記録していた位置情報をメールで送る仕組みを使っていたそうだ。合法ではあるものの、位置が分かるのは着陸後。だから気球を見失ってしまったのだ。
「私のは、無線で飛行中の位置情報をリアルタイムで送信できるようにしたんです!」
「おお、それは画期的だね。すごいアイデアだ」
感心した様子の羽合先生が、私の頭をそっとなでた。無線機の申請は難しくはないが、面倒な手続きが必要だ。でも私は、そういう手間は惜しまない。
気がつけば夕暮れの理科室で先生と2人きりだった。意を決し、カーテンを閉めに立ち上がる。そして周囲を確認してから、「先生?」とそっと声をかけた。
「ーーなんだか、ドキドキします。バレちゃうんじゃないかって……」
「ハハッ、まあ卒業までの辛抱だよ。大丈夫」
実験台に肘をついて微笑む羽合先生。その笑顔に、私の不安は少し和らいだ。
「……いまだに、信じられないんです。先生、本気なのかどうか分かんないし」
手招きされたイスに腰掛ける。彼は怒っているようにも見えた。
「あのね、俺だって一応、教師なの。教師と生徒の恋愛がどれだけリスクが高いか、理解しているつもり。だからこそ、嘘や軽はずみな気持ちでこんなことはしないよ」
羽合先生の真剣な口調に、私は思わずたじろいだ。
「す、すみません……疑っているわけじゃないんです。ただ……」
スカートの上で不安に震える私の握りこぶしを、羽合先生の大きな手がそっと包み込んだ。
「大丈夫。ちゃあんと、好きだよ。心配ないから」
優しく微笑みながら、先生は私の頬に触れ、髪をかき上げる。胸が熱くなった。先生を好きになって本当に良かった。自分を選んでくれた先生に、心から感謝した。まだ先生との関係に不安はつきまとうけれど、この選択は間違っていなって、いつかは思える日が来る気がする。確信した。二人の未来を信じよう。そう心に誓った。
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