邪竜

final tuna MK-2

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第一章

邂逅。

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「重っ⋯⋯?!」

 男の身体が、石畳へと叩きつけられる。それと同時に、男の懐から、一通の書面が滑り落ち、地面に転がる。

「ッ⋯!しまっ⋯」
「これは⋯⋯!この街の自警団が使うはずのない、隣国の密偵の紋章⋯⋯!?」

 助けた若者が、落ちた書面を見て叫ぶ。その声に呼応するように、周囲で見守っていた街の人々や、衛兵たちが一斉に動き出す。

「おい!今のを見たか!
あの男たち、本物の密偵だったのか!」
「若造、よくやった!衛兵!奴らを捕らえろ!」

 完全に、想定外の事態。頭に響いた、あの言葉に従った行動をしただけで、
一人の若者を救い、街の危機を未然に防いでしまった⋯

「本当に、ありがとうございました!
あなたのあの一言がなければ、誰も、彼らの正体に気づけませんでした⋯⋯!」

 薬師の青年が、涙を浮かべながら、深く頭を下げる。⋯ただ、自分は、
あの言葉に従っただけなのだが⋯
 だが、感謝の気持ちは、素直に受け取った方が良いだろう。

「いいや、感謝される事でも無い」
「お礼に、出来ることなら、何でもおっしゃって下さい!」

 何でも、か。それなら、あの単語は知ってるだろうか。

「⋯貴方は『邪竜』という言葉を、知っているか?」
「⋯⋯すみません。聞いたことが無いです。
ですが、王国であれば、その答えを得られるのではないかと」
「その、王国は何処にある?」

 すると、青年は懐から何かを取り出し、こちらに差し出してくる。それを手に取り、じっくりと観察してみる。
 まこと奇妙な、丸い金属の塊。開閉式の、蓋。そして中にある、針らしきもの。

「これは、一体?」
「⋯?それは、羅針盤と言うんですよ。
北へと示す、針に従って歩けば、いずれは王国にたどり着ける筈です」
「なるほど⋯⋯」

 じっくりと注視しながら、蓋の、開閉を繰り返す。

「⋯あのー、どうされましたか?」
「あ、いや。何でも無いぞ」

 開閉式の蓋。震えながらも、一方向を示す針。見ているだけでも、面白いじゃないか。

「⋯さて、そろそろ王国へと、向かおうかな」
「お気を付けて。道中には、盗賊も出るので」

 何?盗賊だと?

「良く、出没するのか?」
「はい。物資を運ぶ荷車などが、襲われることが多いようで」

 うーむ、恐ろしいな。もし、襲われてしまったら、身ぐるみなどを剥がされ、金品も奪われてしまうのだろうか。
 ⋯いや、当たり前だろう。
そういう奴らは、それが目的で、略奪を恣にしているのだ。

「ご注意、ありがとう。あなたもお気をつけて」
「はい。こちらこそ」

 そうして、自分は王国へと、向かっていくのだった⋯





「なぁ、このガキは一体何だ?
ここを一人で通るなんざ、馬鹿がやることだぜ」
「知らねぇよ。見た感じ顔は良いが、金になるもん身につけてねぇ」

 案の定、遭遇してしまった。青年が言っていた、盗賊というやつに。

「あなた達は、何者なんだ?」
「あぁ?見りゃ分かんだろうが。盗賊さんだよ。と・う・ぞ・く」

 ⋯そんな事、言われた通り、見れば分かる。  一人は棘付きの棍棒を担ぎ、一人は抜身のナイフを弄び、一人は曲剣を腰に帯びている。
 しかし、自分の方はと言うと、完全な丸腰。  一応、魔術とかいうのが扱えるが、あれは体が勝手に動いただけで、能動的には、発動出来そうにない⋯全く不便である。

「あいつの持ってる、羅針盤と、
あいつ自身を売り捌いちまえば、それなりに腹の足しにはなるだろうよ」
「そいつぁいいな」

 眼前の盗賊達は、これからの会議をしているようだ。うーん⋯どうしよう?
逃走か、あるいは、戦闘。 どちらかと言うなら断然逃走である。
 なぜなら、こちらは魔術も禄に扱えない、ただの一般人だからだ。
格闘戦に持ち込んでも、体格差で負けてしまう。
 そもそも、まともに体術や修練も収めていない少年である自分が、
あんな筋肉達に、勝てる訳無いのだ。

 と、くれば⋯⋯踵を返し、足に力を込めて地面を蹴る。
逃げるが、正解である。

「あ!おい、待て!」
「お、俺の昼飯の金が、逃げていくぅ!」
「おいッてめぇら!グダグダしてんじゃねぇ!」

 後ろから、盗賊達の声が聞こえてくる。
だが、自分はどんどん距離を離していく。
 盗賊。それは、略奪を恣にする、賊の一種⋯だが、話に聞いたより、そこまで大したことは無かったな。

「ん?」
「おい、やべぇぞ。てめぇら!早くずらかるぞ!」
「お、おう!兄貴!」

 突然、盗賊達の足が止まり、踵を返して走り去っていく。
何だ?自分を追うのではなかったのか?
 だが、丁度良い。このまま、逃げ切らせてもらって―――

 瞬間、視界が眩い光に包まれる。
爆発の如く、地面は隆起し、凄まじい轟音を響かせる。
 体は吹き飛ばされ、地面を転がる。だが、骨などは折れていない。

「⋯クソ⋯な、なんだ⋯?」

 顔を上げると⋯巨大な飛竜が、目と鼻の先で、こちらを見据えている。暴君のような、赤い瞳。 等間隔で並んでいる、鋭い牙。 棘のように鋭く伸びた、黒い外殻。 攻撃のみに特化したような、翼脚の爪。 細く、しかし、筋肉質な身体。

 静寂に包まれていた空気が、彼の荒々しい来訪により、ピリついた空気へと塗り替えられる。
 それも、物理的な意味で。恐らく、電気の類なのだろう。それはそうと、この飛竜は一体何者なのだろうか?

「貴方は、一体⋯?」

 眼前の飛竜に、問いかけてみる。気性の荒い猛獣に問いかけるなど、自殺願望を持っているような者でなければ、しようとも思わない行為だが。

「⋯⋯スンスン」
「へ?」

 目の前の飛竜は、自分の匂いを嗅いでいるようだ。何をして⋯?

「スンスン⋯⋯」

 眼前の飛竜は、自分の匂いを嗅ぐの止め、鋭い目つきで睨みつけてくる。

「⋯お前ェ、誰だァ?」
「⋯⋯え?」
「誰だと、ィ言っている!」

 あろうことか、眼前の飛竜は喋った。⋯そう、喋ったのだ。余りにもありえない現象が今、目の前で起きている⋯

「え、えっとー⋯私は⋯」

 少しばかり、言葉に詰まってしまう。先程、恐怖心は無いと言った。今、この状況でも、何故か恐怖心は湧いてこないが、
 この飛竜の、眼力が強すぎる余り、言葉に詰まってしまうのだ。

「⋯⋯名無し、か」

 あっさりと見破られた。何も、言ってないのだが。

「お前からは、かつてのあいつを感じさせるがァ⋯」

 ⋯?かつて?あいつ?何を言っているんだ?こいつは。

「⋯まあいィ。殺せば、分かる」

 ⋯⋯え?
 飛竜は、無造作に翼脚を振り上げて、こちらに―――

 瞬間、背後から服を掴まれ、何者かに引っ張られる。
鋭く巨大な爪が、自分の顔を掠めていく。
 服を掴んでいる手は、ひょいと自分を振り上げ、そこから担がれる。まて、状況を飲み込めない。自分を担いでいるのは誰だ!?

「おい!ま、待ってくれ!あんた誰だ?」

 制止の声を呼びかけるが、一向に止まらない。丁度良く、今、自分を担いでいる、人物の容姿などが分からない。
 だが、命の危機を救われた事は、感謝しよう。

「待てェッ!!」

 飛竜は、獣の如く、地面を這って追ってくる。速い。自分を担いでいる人も、人間とは思えない速度で走っているが、この調子だと、すぐに追いつかれてしまいそうだ。


「⋯⋯チッ」

 足を止め、地面と足の摩擦で、止まる。そこから、地面を強く蹴り、再び疾走を行う。方向は森。
 ⋯なるほど。森の中のような、障害物が多い地形であれば、必然的に飛竜の走行速度も落ちる。
 しかし、こちらは体が小さい分、森の中を縦横無尽に動ける。
これなら、逃げ切るのは容易だろう。


ゴゴゴ⋯


「え?」

 轟音。 何と飛竜は、木々をなぎ倒して追ってくる。
それも、全く速度を落とさずに。
 思い切り、顔面にも木がぶち当たっているが、
痛くないのだろうか?それとも、痛みを感じないのだろうか?

「⋯⋯掴まってて」

 担いでいる人はそう言い、背中から何かを抜く。
かろうじて見えた、それは無骨な剣。
 跳躍し、大木へと斬撃を放つ。銀色の軌跡を描いたそれは、
容易く大木を両断し、飛竜の頭上へと落下していく。

「無駄ァ!!」

 飛竜は翼脚を薙ぎ払い、落ちてきた大木を弾き飛ばす。
どういう膂力なんだ⋯⋯

「やってくれるなァ!?スペルビアのガキィ?」

 自分を担いでいる人の種族は、スペルビアというらしい。
名前だけを言われても、どのような種族かは分からないが。

「貴方もよ、ルナティクス。こんな子供を狙って、何のつもり?」

どうやら、あの飛竜の名は、ルナティクスというらしい。

「お前の背負ってる、その、ガキ。そいつから”あいつ”の気配が感じるんだ。
お前も、おかしい話だって、思わなかったのかァ?封印された筈の”あいつ”の気配が感じるなんてよォ?」

 ルナティクスは、間髪を容れずに翼脚の爪を、
自分たちへと振るう。
 再び跳躍を行い、回避する。
そこから木に張り付き、ルナティクスを見下ろす形になる。

「そんなの、私には分からない話だわ」



「まぁいい。お前ら全員、纏めてお陀仏にしてやらァ!!」

 刹那、ルナティクスの翼脚が青白く発光し、
周囲が眩い光で、照らされる。

「⋯ッ!」

 人は、それを見るなり、
木から飛び降りて、ルナティクスから距離を取っていく。

「おいっ!あんた、いきなりどうしt」
「しっかり掴まって!!」
「⋯へ?」

 瞬間、視界が蒼白い閃光に包まれて―――




 ―――雷。
 
 それは、万物を等しく焼き尽くす、天界からの矢である。
しかし、その前提は、古代において、既に大きく塗り替えられていた。
 ある飛竜が放つ、破壊の光。 それは万物を等しく焼き溶かす、
真なる破壊をもたらす者の為の、大いなる力である。
 その飛竜が放つ、破壊の光は、古代の人々からこう呼ばれた。


『雷霆』





 轟音すら響かない。 その光が自分の視界を覆った瞬間、
自分の世界は、刹那の間に、無音の世界へと変わった。
 火傷をするかと思う程の、熱波。 木々は吹き飛び、ルナティクスの周囲の地面は赤熱化し、所々液状化している。
 この世のものとは、到底思えない程の火力。 当たったら、灰になるどころでは済まないだろう。

「⋯⋯クッ⋯化物⋯」

 幸い、火傷などの傷は負っていない。この人があの狂気じみた攻撃を、事前に察知したおかげで助かったのだ。
 あの場から、すぐさま離脱していなければ、完全に蒸発していただろう。

「あァん?まだ、生きてやがるか」

 ルナティクスはこちらを、見据えている。  だが、その姿は豆粒かと思う程に、小さくなっていく。
 彼のような速力をもってしても、この距離を覆すことは不可能だろう。
しかし、20m程は距離が離れていたというのに、
 そこまで熱波が届くということは、とてつもない威力の電撃だったのだろう。
なんとも、恐ろしい飛竜だった。

 ルナティクスの咆哮が、遠くから聞こえてくる。
次は会ったら、絶対に殺してやるという、恨みや怒りを感じさせる咆哮。
 ⋯⋯二度と行かない、あんな森。 ルナティクスの咆哮も聞こえなくなり、
真の静寂が、訪れる。

「なぁ」
「何?」

 少し突き放すような、声色。

「助けてくれて、感謝する」
「⋯⋯礼は、いらないわ」

 自分は、何か悪いことをしてしまったのだろうか。この人に対して、
何か侮辱的な発言をしてしまったのか⋯

「あなた、目的地は?」
「王国だ」
「なら、私も同行するわ」

 ⋯え?なんで?この、自分と同行する意味が、この人にあるのだろうか。

「あなたみたいな子供一人だと、危険な目にあった時、
何も出来ない。そうでしょ?」

 ⋯その通りです。

「沈黙ってことは、肯定ね」
「え!?ちょ、ちょま―――
「何も言わない、貴方が悪いのよ」

 完全に、言いくるめられてしまった⋯それはそうと、この人は自分を担ぎ始めてから、一切の休憩を取っていない。
 しかも、途中で剣を振るといった、体力の消耗が激しい動作を行っている。
 この人は平静を装っているが、あれほどの激しい運動をした後だ。
 疲労が溜まっていないなんて、そんなのありえない。

「なぁ。少し休憩をしないか?」
「⋯貴方はいいの?」

 背中越しで、またもや、突き放すような声。 
だが、自分よりも他人の心配をしたほうが、もっと良い筈だ。

「ああ。あんたは命の恩人だからな」

 そうだ。 自分を救ってくれたこの人は、正に命の恩人なのだ。
恩に報いないのは、それこそ愚者のやる行いだ。
 瞬間、流れていく視界が止まる。 彼女は足を止めたようだ。

「⋯分かったわ。休憩をしましょう」

 その人は、自分を地面へと下ろす。 やっと、この人の姿を拝める。
そう思って顔を上げると、そこには明らかに、人間ではない存在が佇んでいた。
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