愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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甘い、地獄の日々②

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私は、剛の腕に抱き留められ、胸に顔を埋めた。

剛の手が背中を抱いている事に胸が高鳴り、同時に想いが溢れてしまわないか恐ろしくなる。


私は、悟志を拒否して剛にすがってしまった。

悟志の顔がとても見れない。



「――菊野」


後ろから呼ぶ声に私がビクリと震えると、剛が私を更に強く抱き寄せ彼から一歩下がる。



「どうしたんですか……悟志さんらしくもない……菊野さんが怯えてますよ」


剛が冷静に彼に言う。


私はその声に聞き惚れながら胸を鳴らしていた。


――違うの……
震えているのは、怖いからってだけじゃなくて……
剛さんに抱き締められているから……
だから……



私は、こんな緊迫した場面に似つかわしくない邪な感情を抱く自分に嫌悪を抱いた。


だが、止めようがなかった。






「僕は……乱暴のつもりでは……」


悟志は、決まり悪そうに口ごもる。



「……ご夫婦の間の事は、僕には分かりませんし、口出しする権利もありません……ですが、少し落ち着かれたらどうですか?」


淡々とした剛の言葉に、悟志は一瞬項垂れるが、唇を歪ませ、私の背中に向かい力無く呟く。



「すまなかった……菊野……どうかしていたんだ……」


私は、途端に感情が溢れ出し、嗚咽に襲われる。


苦しくて、収まらないそれを剛の胸に顔を埋めながら遣り過ごしていたら、悟志が近付いて来て思わず身を固くして目を瞑った。


剛の腕にも、力がギュッと籠る。





悟志は、昨夜寝室の前に落ちていた小箱を剛に差し出した。



剛は、瞳を僅かに揺らし箱を見詰める。



悟志は、静かに言った。


「……落ちていたが、君から菊野に渡す物だろう?」


剛は、瞬間息を呑んだ。


菊野に渡すつもりで部屋の前まで行き、そして二人の交わる様子を一部始終まで見てしまった自分。

箱を部屋の前に落とすという、決定的な失敗をしていたのか――


悟志は、疑っているのだろうか?


二人の情交を盗み見ていた事を、知っているのだろうか。


(――そして、俺の気持ちを……?)



剛は表面上は冷静さを装いながら、活発に考えを巡らせた。


(――慌ててはいけない。素知らぬ風で受け取るしかない…… )




剛は微かに笑顔を作り、悟志から箱を受け取る。


「すいません……見当たらなくて探してました」



「そうか……それは良かった」



剛と悟志の探りあう様な視線がぶつかり、静かな火花が散った。






「――私、に……?」


二人の会話を聞き、私は顔を上げ剛を見た。


剛が一瞬優しく笑い、胸が疼き、それ以上見ていられなくてまた私は顔を臥せる。



「――菊野」


悟志の声に、また震えてしまう。


振り返らない私に溜め息を吐くと


「今夜は遅くなる……
夕食は要らないよ。
先に休んでいなさい……
じゃあ、行ってくるよ」


と言い、玄関へ歩いて行ってしまった。



程なくしてドアが閉まる音がして、悟志が仕事へ出掛けたのだ、と私は悟り、一気に身体の力が抜けた。



剛は菊野の身体の柔らかさや、肌の滑らかさ、甘い香りに気が遠くなる寸前だったが、彼女を離すのが忍びなくて、抱き締めたままで居る。



――今離したら、もう触れる事は叶わないだろう。

そうなら、もう少しこのままで……



そう思い菊野を抱いていたが、突然腕の中ですっとん狂に叫ばれて、剛は思わず離してしまった。


「あああ―――っ!」



菊野は、剛が離した途端に叫びながらキッチンに走って行ってしまった。







剛は唖然とし、佇んでいた。


(――ひょっとして、俺の下心が伝わったのだろうか……それで怖がらせた?)



溜め息を吐いた時、菊野がタオルを手に必死の形相でバタバタ走って戻って来て、剛のシャツを掴むとゴシゴシ拭き始めた。


「――?き、菊野さん?」

「ごめんなさい――!私……剛さんの制服を……涙と……はっ……洟でデロデロに――!」


涙目になりながら詫びる彼女に、剛は思わず吹き出すと、その小さな手を掴んだ。



菊野は目を丸くして剛を見詰めた。



「――気にしないで下さい。洗えばいい事ですから……なんなら、もっと胸で泣いても構いませんよ」







――胸で泣いても構いませんよ――



剛の言葉の意味が理解出来るまで、何秒かかかった。


私の頬も、掌も、胸も、身体のありとあらゆる場所が熱を持ち心臓が鳴る。



――そんな台詞を、何故スラスラ口に出来るのだろうか。
まだ中学三年なのに……


私は、剛を訪ねてきた清崎という女生徒の事が思い当たり、今度はまた涙が出てきてしまう。



(剛さんは、キスも経験があるって言ってた……きっと、清崎さんと……あんな可愛い子なら、剛さんとお似合いかも知れないけど……でも、でも私……)



「菊野さん……大丈夫ですか?」


剛は、また泣き始めた私を、気持ち身を屈めて見詰める。



「み……見ないで……っ」


私はタオルを顔に押しあてて彼から背を向けた。


「――菊野さん?」


剛が、少し困っているようだった。


それはそうだろう。
只でさえ、年頃の男の子は母親が怒ったり泣いたりするのは面倒な筈だ。
しかも自分は彼の母でもなく、友達でもなく、恋人でもない。


(早く泣き止んで、彼を解放してあげなくちゃ……)


と頭では思うのだが、嗚咽が、涙が次から次へと溢れる。







「……わ、私、大丈夫……だから……剛さんは、気にしないで、学校……行ってきて?遅刻しちゃう……」


身体中の水分が抜けてしまうのではないかと思う程涙が出ている。

私は努めて明るい声で彼を促すが、剛はまだ私を見詰めてその場に佇んでいた。



「剛さ……いいから……行って」


「――行けません」


「……えっ」



振り返ろうとした時、剛は私の手を引いて、胸の中へ引き寄せると強く抱き締めてきた。



彼の長い指は、私の髪を撫でている。



「――!つ、剛さっ……」


私は、幸福感とときめきと、後ろめたさが交錯して軽くパニックになりそうだった。


彼から離れようとしても、強い力が私を縛り付け、ほどく事が出来ない。



「泣いてる菊野さんを放って学校なんか、行けません」



剛は、低い、甘い声で耳元で囁いた。





「え……ええっ」


その言葉に、涙は一辺に引っ込んでしまい、私は彼を思わず見た。



剛は、真っ赤な私を見て何を思っているのだろうか。


優しいその微笑みからは、気持ちを読み取る事が出来そうで出来ない。


蕩けそうな、包みこむ眼差しは、母親を労る子供の物とはまた違う様に見える。


けれど、それは私の思い込みなのかも知れない。


穴の開く程見詰める私を、剛は離さないままで見返すが、ふと眉を歪め、唇を噛み締めると、軽く咳払いする。



「菊野さん……
そんなに見られると、心が乱れます」



「――へっ!?」



思わぬ言葉に私は頭の中が疑問符で埋め尽くされた。



――乱れる?
乱れるって……何?







剛は、キョトンとする私を見て苦笑した。



剛は、とっくに菊野に烈しく乱されているのだ。


昨夜、悟史に抱かれていた妖艶で淫らな姿とは全く違う、頼り無げで、小さな女の子の様な彼女に困惑し、誘われている。


彼女を、自分が乱してみたい。


今剛が身も心も乱されているように、腕の中で菊野を滅茶苦茶に乱したい欲に駆られる。



「……つ、剛さん……残り少ない中学生活だし……私の為に、休んだりしたらダメだよ……」



そう言いながら、心の中は真逆だった。



――彼と居たい。

多分あと数年で、彼はこの家を出ていくだろう。
その歳月のうち、二人だけで過ごせる日はどの位あるだろうか?


それが残り少ないなら、今日だけでも……


例え義理の親子としてでも、一緒に居たい――





剛は、菊野の額に掌を当て、真面目くさった口調で言う。



「……熱くありませんか?」


「え……そ、そうかな」


もし熱いとしたら、それは貴方にときめいているせい――


私は、口に出せない想いを押し込めながら自分でも額に触れる。


剛は頷くと、私をひょいと抱き上げた。


「え……えええっ!な、何してる……の?」


吃驚して叫ぶが、剛に間近で微笑まれ、恥ずかしくなり絶句する。



「菊野さんは、熱があるので今日は寝室で休んでいましょう。僕は菊野さんに付き添って看病するので、学校へは行きません」



さらり、と言う剛に、私は何か言葉を掛けようとするが、涼しげな目元と、すっきりとした輪郭の美しさに見惚れてしまい、彼に抱えられたまま寝室へ入る。






剛は、涼しい顔はしていたが、胸の中では猛る想いが烈しく暴れていた。

余りにも、強引だっただろうか。

彼女を、独り占めしたいという下心が、口から出任せをスラスラと生み出したのだ。


昼間は、祐樹が帰ってくるまで、二人きり――


これで誰にも邪魔されず、彼女と過ごせる。



剛は、寝室のドアを開け、菊野をゆっくりとベッドに降ろしながら、高鳴る胸の音が彼女に聴こえて居るのではないかと心配になった。



菊野は、ベッドに腰かけて剛を上目遣いで見詰めている。


その頬はまだ赤く、瞳も潤んでいた。



剛は、ベッドのシーツが整然とした形をしているのを見て、昨夜、ここで菊野は悟志に責められ喘いでいたのだ、とやるせなくなり、同時に身体の真芯が疼いた。






「……今日は、僕が家の事をやります。祐樹の宿題を見たり、学校の支度とか……食事も僕が適当に作りますから、菊野さんは休んでいて下さい」



剛は、邪な欲を必死で抑えながら言った。


「えっ!つ、剛さん、お料理出来るの?」


「そんなビックリした顔しなくても……施設に居た時にも、お手伝いをしてましたし、ここでも菊野さんが料理を作る処を見てましたから、やり方は分かってますよ。調味料とか、食器とか鍋や包丁の場所も知ってますから」



私は、呆気に取られ馬鹿みたいに口を開けて彼を見詰めた。



剛はそんな私に苦笑すると、隣に腰掛け、首を傾げ訊ねた。



「昼は適当にやりますけど、今夜は……どうします?」



その言葉が、何故か甘い囁きに感じて、私はまた赤くなった。





「……やっぱり赤い」


剛は、指先で私の頬に触れ、見詰める。


触れられたりしたら、見詰められたら、益々熱く赤くなるのだが、彼はそんな事は知らないのだ。

痛い程高鳴る気持ちをもて余しながら私はワザと明るい声を出した。



「う……う~ん、そうね、疲れが出ちゃったのかな?今夜、ご馳走作ってくれたら元気になるかも!
な~んて」


「いいですよ……頑張ります」


また、サラリと答える剛に私は絶句するが、彼の指がまだ頬に触れて居るので、落ち着かない。



彼の顔と、自分の手元を交互に視線をさ迷わせながら、気まずさと恥ずかしさを誤魔化す為に、ふと思い付いた事を言ってみる。



「ついでに、お掃除も頼んでいいかしら?……その代わり、お手伝いのお礼のお小遣い弾んじゃうから!」








「そんなのいいですよ……あ、そうだ……これ」


剛は、ポケットから小さなリボンのかかった箱を出し、差し出してきた。


「……え?これ、私に?え――っ!う、嬉しい――!で、でも何故?」


私はすっかり舞い上がり、箱と剛を見てはしゃぐ。


「気に入ってくれるといいんですが……」


「そんなの、剛さんがくれる物なら何だって嬉しいに決まってるじゃない――!キャア~何だろ……開けていいの?」



剛は、彼女の言葉に胸を撃ち抜かれていた。


――剛さんのくれる物なら――



一体、どういう意味なのだろう。
いや、何の気無しに口から出た言葉に違いない。


「勿論……どうぞ」



剛は、彼女の言葉に惑わされながら、平静を装い開けるように促した。





私は、大事にリボンをほどき、箱を開け中身を見て思わず立ち上がる。


「……こ、これっ!」


思わず剛を見るが、優しい笑顔が眩しかった。


「いつも、お世話になっているお礼です」


剛は、密かに菊野へのカードをポケットの中へと隠す。


メッセージカードを面と向かって渡すのは流石に照れるし、あの言葉は自分の本心ではない。


悟志は、あの文を見て何と思っただろうか。


表面上は当たり障りない言葉かも知れないが、裏にある邪(よこしま)を、彼は見抜いているだろうか。



色とりどりのビーズが埋め込まれた、メルヘンチックな、まるで宝石箱の様なデザインのハンドクリームの容器を目を輝かせながら開けて、その薫りを嗅ぎ嬉しそうに笑う彼女を見て、剛は思う。


――俺は、菊野さんが好きだ……

その好きは、男が女に求める感情であって、決して単なる親愛ではない。


俺は、菊野さんを抱き締めたい。


そして、身体で繋がりたい。



そういう"好き"なんだ……――





「剛さ……っ……う、嬉しい……ありがとう……」


胸が一杯で、震えてしまう。


大好きなお店の、香りも容器も可愛くて人気のハンドクリーム。

何故、これを欲しがっている事を剛は知っているのだろう。


そんな疑問が顔に出ていたのだろうか。

剛は、私の頬を指で撫でていたが、手を握り締めた。


ドキン、とまた大きく鼓動を感じる。



「真歩さんに教えて貰いました……菊野さんに喜んで欲しかったから」



「――っ」


両の手を握られ、近くで見詰められ、プレゼントを渡されて、甘い言葉を言われるなんて、まるで恋人のようではないか。


私は、嬉しさと恥ずかしさを隠す事が出来ず、握られたままの腕をブンブン振ってはしゃいだ。



「も、もうっ!嬉し過ぎだよ……!悟志さんも、私がこれを好きって知らないのよ?……宝物にする!ありがとう剛さん……!」


剛は、魅惑的に笑った。




「喜んで貰えて良かったです……」


私は、嬉しすぎて泣きそうになるが、つい余計な一言が口から出てしまう。


「もうっ……剛さんたら、将来女泣かせになるわね……私、心配になっちゃうわ……ふふ」



彼が、他の女の子に甘く囁いたり、贈り物を渡したり、抱き締めている映像を思い浮かべて切なくなるが、私は無理矢理笑う。


すると剛は怒った様に唇を結び黙ってしまった。


(――あ、本当に余計な一言だったみたい……そうよね、そんな事言われてもウザいだけだよね……)



剛は不機嫌な表情を隠す事なく、ボソリと言った。


「僕……は、そこまで女たらしじゃありません」



私は、慌ててフォローする。



「う、うんうん!そうだよね……本当に好きな子にしか、こういう事はしちゃダメだからね?」


「……」


フォローのつもりが彼が益々表情を曇らせ、私は困惑した。






私は困って、剛の顔を覗き込むが、彼にそっぽを向かれてしまう。


余程困った顔を私がしていたのか、彼は深い、諦め気味な溜め息を吐き、こちらに向き直り、呟く。



「これからの事だとか……関係ありません……僕が今、大切に思うのは菊野さんです」



「――――!」



真っ直ぐに見詰める彼と目が合ってしまい、そのまま逸らせずに私は固まる。



今まで生きてきて、ここまでドキドキした事があっただろうか。



――僕が今大切に思うのは菊野さんです。

その言葉の意味を理解するのに暫くかかってしまった。



大切に――?

でも、大切に思うという言葉には色んな意味が含まれるだろう。

親に対してだったり、友達にだったり……


舞い上がってしまいそうになるが、私は自制するようにこう言った。



「ありがとうね!……こんな素敵なプレゼント貰った上に、そんな嬉しい言葉まで……やっぱり、剛さんに何かご褒美あげなくちゃ!」





剛は、思わずカッとなる。


――彼女には、俺の気持ちを言ってもまるきり通じないのか?――

義理とは言え、家族だから、最初からそんな考えは無いのが当たり前かも知れない。

だが、剛にすれば真剣な愛の告白のつもりだった。


言って、この先どうするだとか、そんな事は全く考えは無いが、彼女に息子ではなく、一人の男として意識して貰いたかった。



だが自分はまだ中学生だ。


高校進学が決まっているだけの、只の子供だ。


いや、世間的には子供かも知れないが、自分の身体だけはもう"男"だ。


好きな女の喘ぐ声や、乱れた姿を目にしたり想像するだけで猛り、欲を満たしたいと悶々とする。


厄介だ、と思う。


精神と身体の成熟のアンバランス、と思春期の若者を言い表した教師が居たが、正にその通りなのだろう。





隣で無邪気にコロコロ笑い、ご褒美は何がいいか、と訪ねる彼女に、剛はこう言った。



「じゃあ……今、貰っても?」



一瞬彼女は目を丸くするが、笑って頷いた。


剛は、直ぐ様彼女の肩を押し、ベッドへ倒すと、抵抗される前に唇を重ねた。



「――――!」


声にならない叫びが、その柔らかい唇から放たれたが、剛が夢中でその唇を貪る内に、甘い吐息に変わって行った。



この間の様に、偶然ではない。


口付ける為に彼女を押し倒し、その唇を愛している。



剛は、覚えたての口付けで腕の中の彼女を乱れさせようと躍起になる。



髪を優しく撫でながら、やがて舌を割り込ませ、咥内を犯していく。


彼女の舌がぎこちなく反応し、剛は興奮の最中(さなか)舌を絡めた。






「ん……んん……んっ」


甘い吐息混じりの声に身体の真芯に火が点き、制御不可能な程に硬く熱く大きく姿を変えていく。


剛の脳裏に、悟志が家を出て行く時のやるせない表情が過るが、罪悪感で萎える処か、益々恋情を燃え上がらせる。



――俺は、まだ彼の様に、貴女を啼かせる事が出来ないかも知れない……
でも……俺は貴女が思う程、いつまでも子供じゃない……――



組み敷いた身体の柔らかさに、甘い香りに剛は酔い知れ、欲をたぎらせながら口付けていたが、我慢出来なくなり彼女の首筋に唇を落とし囁いた。


「――好き……です」



「あ、ああああっ――」



彼女は突然叫び、痙攣した様に身体を震わせ、くったりと気を失ってしまた。



「――菊野さん?」


剛は、ギョッとして頬を軽く叩くが、やがて寝息を立て始めた彼女に安堵の溜め息を吐き、そして頭を振って呻いた。



「……まさか、俺のキスが良すぎて……気絶したとか?」



男として嬉しい様な気もするが、中途半端に高められた欲の熱が身体に籠り、当分冷めそうにない。



「……う……ん……
剛……さ」



彼女に触れようと手を伸ばすが、その寝言にギクリとして引っ込める。






彼女は、幸せそうに笑うと、また呟いた。



「わた……しも……
……き……」



「――え」


剛は、聞き取れなかったその言葉をどうしても知りたいと思うが、ぐっすりと眠る彼女を起こすのがしのびなく、毛布を肩まで掛け、そっと頬にキスをした。



「さて……
取り敢えず、掃除するか……」



剛は、頭を掻き、気を取り直す様に、腕を回した。


眠る彼女の顔を見ながら、そっとドアを閉め、胸に渦巻く思いを口にする。



「……早く大人になって……
貴女を奪いたい……」











だが、剛はこの時、地獄へ足を踏み入れたという事を自覚していなかった。


想いが深まれば深まる程に、恋情をぶつければぶつける程、二人は泥濘(ぬかるみ)に堕ちていき、もがき苦しむ事になるという事を――


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