eyes to me~私を見て~second――愛は無敵――

ペコリーヌ☆パフェ

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揺れる夜①

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「ハイネケンと……ノンアルコールのカクテルを」



 階段を下りた先にあったのは60年代のアメリカを思わせる雰囲気のワンショットバーだった。

 今時見掛けないような見事なリーゼントのバーテンがニヒルに口元を歪めて無言で頷き、後ろの棚に無数に並ぶ形も色もとりどりの瓶を幾つか取り出してシェイカーに注ぎ肩の上で振り、華奢なグラスに夕焼けみたいな色の液体を注ぎ、カットされたオレンジを飾って桃子の前に出した。

 一連の動作がまるでマジックショーを見ている様に流麗で、桃子は感嘆して拍手する。

 バーテンは小さく会釈をし、由清にハイネケンの瓶とグラスを差し出した。

 

「ありがとう」



 バーテンの強烈なキャラクターと、由清の初めてこの店に来たとは思えない堂々とした振る舞い、店内に流れるオールデイーズのナンバー、そして目の前にある美しい色のカクテル――桃子は酒を飲んでいないのだが、すっかり雰囲気に酔ってしまっていた。






 由清がグラスにビールを注ごうと瓶を持つのを見て、桃子はハッとして彼から瓶を奪い取るようにした。



「あっ……アンソニー、私が」

「ありがと」



 由清は柔らかく笑い、グラスを桃子の方へ傾ける。桃子は真剣な目でビールを注ぎ、八分目で止めると大きく息をつく。
 
 何が可笑しいのか由清は小さく吹き出した。



「な……なにか面白い事でもあった?」

「いや……」



 由清はカクテルを珍しげにじいっと見詰める桃子を盗み見ながらグラスを口に含んだ。

 


 (いかにもこういう場所、酒の席に慣れてないって感じだよな……まあ……当然か、まだ未成年なんだし)




 桃子に飲ませているのは酒ではないのだが、こっそりとアルコールを飲ませて酔わせてしまってから自分のマンションの部屋へ引きずり込んでやろうか――という邪な考えも過る。

 隣でちびちびとカクテルを飲み「美味しい~」と無邪気に喜んでいる桃子は由清がそんな事を思っているとは全く知らない。 






「こんなの初めて飲んだ~……なんか、一口飲んだだけでフワフワする感じ……本当にこれってただのジュースなの?」



 桃子は酒を飲んでいるかのように頬が上気して、フリルのブラウスから覗く鎖骨と首筋の辺りをうっすらと染めている。

 由清は桃子の肌に視線を向けていたのを悟られないようにフイッと顔をバーテンの方へ向けて言う。



「マスター、なにか適当につまむものを頼むよ」

「あっ!そういえばお腹すいちゃった」




 桃子は甘えるかのように由清に舌を出して笑う。由清はその何気ない彼女の仕草に胸の奥が痺れるのを感じながら、マスターに目線で注文を促す



「スナックとかポテトとか……あと少しお時間を頂ければピザを焼きますが」



 皿を拭きながら言うマスターの言葉に桃子は大きく頷いた。



「嬉しい~っピザ食べたかった~!」

「良かったね、桃子」



 突然呼び捨てにされて、桃子は真っ赤になり由清をマジマジと見る。





 
 由清は桃子の反応に満足したように笑い、自分のグラスを桃子のグラスに軽くぶつけた。




「忘れてた……乾杯」

「……な……何に?」

「う~ん、なんにしよ」

「ええ~?」

「そうだ……真理が、美名ちゃんが何処へいった――何処へ拐われたんだ――ってうるさいんだけどさ、桃子は知ってるよね?」




 また当たり前のようにそう呼ばれ、桃子はカクテルを吹き出しそうになった。

 ドギマギする胸を持て余しながら、わざと素っ気なく答える。




「知らない」

「本当~?」

「し、知らないもん……本当だもん」

「嘘ばっかり」




 由清は頬杖をつき、謎めいた眼差しで桃子を見詰め、とことん惑わせてやろう、と企んでいるかのようにまたこう呼ぶ。



「桃子は、隠し事出来る器用な子じゃないよね」

「……っ」



 
 桃子は動揺し、グラスをひっくり返してしまった。






「マスター、おしぼりと、彼女に新しい飲み物を下さい……あ、俺もおかわりを」



 由清は平然と、まるで予想していたかのようにハンカチを桃子に差し出した。

 バーテンは直ぐに奥の厨房からやって来ておしぼりを二本差し出すとまた引っ込んだ。

 丁寧にカウンターを拭き上げる由清を、桃子は彼のハンカチをキツく握り締めて見詰め、震えていた。

 その表情は怒っている様にも、泣いている様にも見える。由清は刺すような視線を感じながらおしぼりを丁寧に畳み、隅に避けると桃子を振り返る。

 桃子はビクリとし、ハンカチで顔を隠して呻くように言った。



「わ……私はどうせ……大人の女じゃ……ないもん」





「うん?まあ……確かにまだ未成年だよね」

「私は……ど……どうせっ……まだ子供っぽくて……好きなアニメグッズ欲しさにキャラメイト通いが止められない……寝付けない夜には『バドミンドンの王子様』の超カッコいい悪役キャラの袋小路雅(ふくろこうじみやび)の抱き枕を抱えてベッドの上を転がってる様な女よ――!」




 桃子は、由清の相槌に被せる様に切れ気味に怒鳴った。

 由清は呆気に取られ、目を丸くする。



「いや……それは知ってるけど……」

「私は変われないもんっ!ていうか、これが私だもん――!」

「うん、分かってるよ。桃子はそれでいいと思うよ」




 ハンカチをグシャグシャに握り締め、涙目で喚く桃子の手をそっと由清は取ったが、また彼女は真っ赤になって悲鳴を上げる。



 

「あっアンソニーっ!」

「なあに?」




 ゆでダコのようになった桃子が由清に怒鳴ると、由清はやんわりと返事をするが、何事かと気にしたバーテンが奥から顔を出した。
 



「なんでもありません、すいません騒いで」




 由清がそう言うと、バーテンは納得した顔をしてまた引っ込む。

 ピザの焼ける香ばしい匂いがそこはかとなく漂い、空腹の桃子はお腹を盛大に鳴らしてしまった。

 

「――!」



 桃子はお腹を押さえて声にならない叫びをあげてカウンターに突っ伏してしまう。由清はそんな彼女の頭を優しく撫でた。




「もう少しで出来るから、待ってなよ、桃子」

「……だ……だから――っ!……なんでさっきからそうやって――!」



 桃子がガバッと顔を上げると、同じくカウンターに頬をくっ付けて同じ体勢でいる由清の瞳が至近距離にある。
 
 桃子は瞬間呼吸を止めた。




 桃子は息を詰めて由清の色素の薄い瞳と長い睫毛を胸を高鳴らせて見た。彼の瞳に引き込まれてしまいそうで、自分の思考がおかしくなってしまいそうで――本当は、彼をこれ以上今見てはならないと思った。だが縛り付けられたように、彼から目を逸らせない。

 こんなに間近で綺麗な男性の顔を見るのは滅多にない。そう、恋人の三広以外の顔を見る以外は――

 三広と由清の目元と瞳の色は似ている、と桃子は気が付いた。三広の方が少し目が大きくて、少し斜視の傾向があるという以外は、由清と良く似ている。

 ただ、三広とはこんなに長い時間見つめ合うことはないかも知れない。彼は照れ屋だから、桃子に見詰められているのに気が付くと直ぐに赤くなって顔を逸らしてしまう。






 三広はどうしているだろうか、とふと思う。
 
 感情を一方的にぶつけた。ただ黙って桃子の言葉を聞いて唇を噛み締める彼に苛立ち、コップの水を浴びせようとした――

 日比野が間に割って入って来なかったら、どうなっていただろう。



 ――私が三広君に浴びせた言葉も、しようとした事も、暴力じゃないの……?私……酷いことを……でも……どうしても自分を止められなかった……



 桃子の目が涙でじんわりと盛り上がるのを見て、由清は指を伸ばして彼女の頬に触れた。

 ポロリと零れた滴が彼の長い指を濡らすが、由清はその指を口に含み、呟く。




「塩辛いね……」





「……だって……涙だもん……て……なんで舐めるの」

「桃子を味わいたいから」

「……っ!?」

「な~んてね、変態か!って!はは」




 さらりと言われたその答えの衝撃に桃子はまた頬を熱くするが、由清は忽ち破顔し、うって変わった軽い調子の声を出して桃子の頬を軽くつねり、身体を起こしてビールを煽った。

 桃子も起き上がり、彼に触れられた頬を熱く感じながら、グラスに口を付けた。

 由清はフワフワの前髪を掻きあげて溜め息を吐き、桃子を見ないで訊ねた。




「アイツの事、考えてた?」






「……っ」




 桃子は絶句し、空のグラスを見詰めるしかない。

 先程取り乱し、三広の事を口走ってしまった――と思い出し、由清に八つ当たりしてしまった自分を恥じる。



「ごめ……んね……アンソニーに、当たり散らしたりして……」

「……やっぱり、何かあったんだね」




 優しく話を聞く振りをして、隙あらばつけこもうとしている自分の浅ましさを感じ、由清は胸の中が苦くなるが、それは仕方がない、と思った。

 プリキーの野外ライヴのあの日、彼女にきっぱりと振られたが、だからと言って彼女を好きな気持ちはまだ消えていないのだから。






「――うん……三広君に会いに東京に来たんだけど……ちょっと言い合いになって……でも、大丈……」



 桃子の唇を由清の指が摘まんでその先を言わせない。




「桃子は嘘が付けないんだから……俺にはお見通しだよ。大丈夫じゃないでしょ?」

「も……桃子って……桃子って……なんでさっきから呼ぶの……っ」



 桃子は由清の指を振り払い、言った。

 桃子の涙が一粒、二粒とグラスの底に落ちていく様を見詰めながら由清は桃子の唇に触れた自分の指をもう片方の手で握った。




「ダメ?」

「ダメって……ダメだよっ……」




 ――三広君だって……たまにしか桃子って呼ばないのに……!




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