eyes to me~私を見て~second――愛は無敵――

ペコリーヌ☆パフェ

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リトルプリンセスとプリンスの憂い③

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――――



 「あ~あ……」



 桃子は一人キャラメイトの一階の新刊コミックコーナーで平積みにされている『純恋(あい)、いつまでもキミと』という今一番嵌まっている少女漫画を手にとってはまた戻すという動作を幾度となく繰り返していた。

 ホテルを飛び出してそのまま静岡へ帰ろうかと思ったが、折角東京に出てきてキャラメイト本店に寄らないのは勿体無いと寄り道しているのだ。

 大の仲良しのマイカに何かここでお土産も買って行こうと色々物色していたら、大好きなコミックの発売日なのを思い出してついでに買おうとしたのだが――



「今は……こういうキラキラした恋愛ものを読む気分じゃな――い――……」



 忌々しい思いで表紙を睨み付け、低く呟いた時、背後からニョキリと太い腕が現れ、同じコミックを持った。



 


「これこれ!これがさあ、サイコーに良いんだって――!」

「でかい声出すなよ……いい大人の男が漫画一冊ではしゃぐとか、みっともないって」




 聞き覚えのある野太い声と優しげな声に桃子は思わず振り返りたくなってしまうが、本を手にしたままでその場に立ち尽くして息を殺した。

 

――気のせい?でも……この声――



「何だよお前!しょーじょ漫画を下に見てないかっ?そもそもなあ、小説が上で漫画が下だとかねえよ!どっちも同じ読み物、エンターテイメントなんだって!特にこの作品、恋キミはだなあ――」

「はいはいはい、とにかく静かにするっ!」

「いっで――!殴るこたあね――だろ――由清――っ」

「殴ってないだろ!ちょっと叩いただけさ」



 桃子は後ろに居る二人の人物が誰なのか確信し、一瞬にして胸が躍り、小さく呟いた。



「ア、アンソニー……と真理……?」





 ゆっくりと振り向くと、『ゆるっクマ』のアップの顔がプリントされたシャツを着てサングラスを掛けた倉田真理と、ゆったりとした青いシャツに白い柔らそうな布地のストールを優雅に纏ったアンソニー――立花由清が驚いた顔で其処に居た。

 由清はともかく、強面の真理の服装には色々と突っ込みを入れたくなるのだが――桃子は落ち込んでいた気持ちが一気に浮き立つのを自覚するが、それを悟られないようにわざと乱暴な口を利く。



「な――んだ、どこのチンピラかと思ったら真理――!?何よ~らしくない純愛コミックなんか手に持って――!」

「桃子!久々なのに態度わりーな~!何だよっ俺が少女漫画好きで何が悪いっ」



 真理も口は悪いが表情は何処か嬉しそうだった。

 由清が今どんな表情をしているか気になったが、桃子は彼の方を見れずに真理の胸を小突く。



「ここは乙女の聖域なの!あんたみたいなでっかくて怖い顔の男がヌボーって居たら皆がこわがるでしょ――!」




「おまっ……それはキャベツ……じゃない!サベツだぞ――!性別や体格や人種関係無くコミックを楽しむ権利と自由はあるんだからな――っ」

「ふ――んだ!真理らしくない難しい言葉使っちゃって――!知恵熱で今夜寝込むんじゃない?ざま――見ろっ」

「なっ何を言うか――このオタッキー女――っ」




 ヒートアップする二人の間に由清が割って入り、桃子の視界は彼の背で埋まってしまう。

 フワフワの栗色の襟足の髪に見とれていると、由清は振り向いて優しく笑いかけてきた。



「マジで静かにしようって……ね?桃子ちゃん」

「……っ」

 
  
 桃子の胸が高鳴ってしまう。

 由清と会うのはプリキーが無料ライヴを日比谷野音で開催した日以来だった。

 あの日、由清に言われた事――そして自分が由清に言った言葉を桃子は何一つ忘れていない。
 
 自分は三広という恋人が居て、由清の事はきっぱりと撥ね付けるしか無かった。

 由清はあれからどうしていたのだろうか。プリキーのメンバーとして忙しく活動していたのは知っているが、プライベートではどうなのだろう。

 

――好きな女の子が出来た?それとも彼女が出来て幸せなの?



 桃子はそう聞きたい気持ちを抑えこんで掌をギュッと握る。



 

 「有名人がこんな所に居ていいの?」



 桃子は周囲を見渡すが、今のところ気づかれている様子は無いようだった。
 
 真理のサングラスは多分変装のつもりなのだろうが、かえって彼を目立たせてしまっているし、由清はそのままなのでプリキーを知る人が此処に居れば直ぐに分かってしまうだろう。

 真理は人差し指を立てて小刻みに動かして喉を鳴らした。



 「チッチッ……俺らは別にアイドルじゃないしよ――、犯罪者でもないんだから、出掛けたい時には好きに出掛けるさ!ムーンバックスもムクドナルドハンバーガーだってバンバン行ってやら――!」


 



「ふーん……でも、何でよりによってここに?」

「何でって!だから!今日は『恋キミ』発売日だからだろーが!やっぱり発売日にゲットするのはフリークとして当たり前だろ――?
それに暇だったしよ~……暫くオフだしさ~……美名の所へ遊びに行ったら留守だし……
しかもマンションの大家さんから聞いたんだけど、綾波と出掛けて当分帰らないらしいじゃねーかっ
……あああ……綾波のやつ――!そんな事俺は何も聞いてないし!アイツは美名をこれからいくらでも独り占め出来るじゃんかよっ!
でも俺は……俺は――っ!……わかってる……わかってるさ……俺はとっくにフラれてんだ……美名はアイツの嫁さんになるんだ……
けどよ……けどよ――!俺の一番の癒しはやっぱり美名の可愛い笑顔なんだよ――!……ああ……美名に会えない……美名を見れない……ロスだ……美名ロスだ――っ!ギャアア」



 頭を抱え叫ぶ真理を宥めようと由清が背中を擦り、呆れた桃子が涙を流す真理の目尻をハンカチで拭ってやろうとするが、いつの間にか沢山の人に囲まれている。

 

「おおおう……神よ……いや……この世に神は居ねええ――っ!」



 まだオイオイ泣く真理の腕を引っ張り桃子は呟いた。



「ちょっと……!ヤバイって」

「取り敢えず然り気無く撤収しよう」



 由清はそう言うと、素知らぬ振りで真理を引っ張ってその場を立ち去ろうとしたが、その場にまだ立ち尽くす桃子を見てもう片方の手を差し出して来た。





 桃子が躊躇いの色を瞳に浮かべたと同時に店内から黄色い叫びが聞こえ、一気に周囲の女性達が騒ぎだした。



「プリキーの由清君と真理だわ――!」

「スゴーイ!本物――!」

「由清さーん!」

「真理――っ」

「キャア――」



 由清は華やかな笑みを浮かべると、真理の背中を思い切り突き飛ばした。



「お――っ?っとととと――っ」



 真理の大きな身体がバランスを崩し、何人かが驚き避けて空間が出来た瞬間、由清は桃子の手を強引に引っ張り走り出した。

 桃子は目を円丸くしながら必死に由清に付いていく。

 真理も二人に付いて全力疾走した。



「キャー!由清君まって――!」

「由清さま――っ」

「真理――っ!」



 キャラメイトを出て通りを走るが、まだ何人かの女性が追ってきている。






「まだ諦めないのか……そこまでして追い掛けて何をしたいんだろう……」

「あ、あいつらっ……なんで由清は君とか様呼びなのに俺は呼び捨てなんだ――っ」



 真理は喚きながらドタドタ走る。
 
 由清は呼吸ひとつ乱さず桃子と手を繋いだまま軽やかに走り抜けるが、桃子は既に限界に近かった。

 由清のペースに付いていけず、足が縺れて転んでしまう。



「――桃子ちゃ……」



 由清は直ぐに足を止め、身を屈めて桃子を起こし軽々と抱えると咄嗟に目の前にあるビルのドアを開けて入る。



「真理!あとは任せた!」

「へっ――?」



 出遅れた真理はビルの前で女性ファン達に捕まって揉みくちゃにされていた。

 由清は桃子を抱いたままドアの隙間からその狂乱の様子を見て、息を付いて呟いた。



「真理なら頑丈だしあれくらいグチャグチャに巻き込まれても大丈夫だろ」







 由清は女性達の黄色い声に真理の「助けてくれ」という悲鳴が聞こえたような気がしたが、気付かない振りをして腕の中の桃子の表情をちらりと盗み見る。

 白い肌が頬だけでなく首筋や胸元まで鮮やかな桜色に染まっているのを見て息を呑み、釘付けになってしまった。

 俯いていた桃子が恐る恐る、といった風に顔を上げた時二人の目と目が合わさる。

 桃子が目を丸くして益々赤面するのが可笑しくて由清がクスリと笑うと、桃子の平手が頬に飛んでくる。

 由清はそれを食らう前にかわして彼女の手を掴むと、桃子は悔しそうに唇を噛んだ。




「なんで殴るの?」

「……う……ごめんなさ……でも……お、降ろしてくれないからっ……」

「じゃあ、口でそう言えばいいのに……いきなりビンタが来るとはビックリだよ」




 由清は桃子を抱いたまま、彼女の甘い薫りを感じて少し目眩をおぼえていた。






 


「だって……私はっ……一応っ……一応じゃないけど!他の人の物なんだもん……すす隙を見せたらダメだって……み……」


 
 三広の名を言い掛けた桃子は、突然涙が溢れて来てしまい絶句する。

 由清は一瞬驚くが、女性の涙は不可解で脈絡がないという事を知っている。時には受け流してやる事が正解なのだ。得意なポーカーフェイスで平然と桃子にこう言った。



「うん。三広君がそう言うんだね?……ところで、桃子ちゃんは何でひとりなの?その三広君に会いに東京に来たんじゃないの?」

「三広君三広君言うな――っ!」




 桃子は爆発したような叫び声を上げて由清の胸をドカドカ叩いた。







「桃子ちゃ……ちょっと……ストップ――!」



 桃子の小さな柔らかい掌の攻撃は思いの外由清にダメージを与え、暫くまともに受けていた由清も堪らず白旗を上げる。

 目を瞑って「もう堪忍して」と懇願する――ホスト時代にはこの仕草で大概の女性は頬を緩めて許してくれたのだが――桃子には通用しなかったようだ。

 メチャメチャに両腕を振り回し胸を叩き、由清の頬に爪が掠りチクリと鋭い痛みが走る。



「もうっ……三広君なんて……三広なんか――っ」

「桃子ちゃ……っいい加減にしないと……っ」



 頬から何かが流れる感覚と、唇に生暖かい苦い味が入り込む。

 どうやら、桃子に引っ掛かれた頬の傷から流れた血のようだ。








「もうっ……私……どうしていいか――!」

「桃子ちゃ……落ち着いて」



 由清は、咄嗟に入ったこの建物が何なのか桃子の拳を受け止めながら見回す。

 上の階はマンションになっているようだが、地下へ続く階段の先にはどうやらバーがあるようだった。

 桃子の甲高い声が響き渡って誰かに不審に思われたら不味いかも知れない、と思った矢先、目の前のエレベーターが止まり扉が開いて若い女性が降り、由清達を見て眉をひそめる。



「桃子ちゃ……静かに――」

「一体私にどうしろっていうのよ――っ!もおおっ」



 声を落として囁く由清だが、ヒステリー状態の桃子には全く耳に届いていない。

 由清は桃子を降ろして壁に押し付け顎を掴むと、桃子の叫びを封じ込めるかのように唇を重ねた。

 桃子は瞬間身体を震わせたが、やがてぐったりと由清にもたれ掛かり、静かになる。

 由清は桃子と唇を重ねながら、見知らぬ女性が出ていったのを確認した。

 








 名残惜しさを感じつつ、柔らかい桃子の唇から離れた由清は呆然と宙を見詰める桃子の髪を撫でた。



「謝らないよ……隙を見せる桃子ちゃんが悪いんだ」

「――っわ……わわわ私……隙……あったの?」



 真っ赤になったり青くなったり忙しい桃子が真面目に訊ねる。

 由清は吹き出し、大笑いする。

 

「あ……アンソニーってば……!ひどっ……私……本当にびっくりして……ドキドキしたのに――」

「――」



 由清は笑うのを止め、桃子の身体を挟むように両手を壁に付けて彼女を上から見おろした。

 色素の薄い、まさに桃子が「王子だ」と思う様な優しげな瞳の奥には危険な色が沈んでいる。

 無意識にそれを感じ取った桃子は彼から目を逸らし、小さく呟いた。



「わ……わ私帰らなきゃ」






 由清は首を傾げ、桃子の髪をひと束掴み弄び、鼻先へ持っていき薫りを堪能するような仕草をした。

 桃子は、その一連の動作から目が離せず――つまり見惚れてしまった。同じことを他の男にされたら「ぐぎゃああ――!何をセクハラしとんじゃワレエエエ!」と絶叫しながら廻し蹴りの一つや二つはかましている。が、相手は由清だ。デビューする前のホストの経験が成せる技なのか、はたまた彼は元々そういう資質があるからホストが務まっていたのか分からないが、彼になら触られても不快に感じない――という現象が今まさに此処で起こっているのだ。

 だって桃子は由清を嫌いではない。寧ろ好きな方だ。少女漫画から飛び出してきたかのような優美なルックスに長い手足、背だって三広よりも高い。 
 いや、小柄な三広よりも背の高い男は世の中に沢山居るわけだが。

 性格も穏やかで、桃子の言うことを黙って優しく聞いてくれる。

 三広と実際に出会ったりしなければ――由清に先に会っていたら、一番に好きになったかも知れない。





 そんな事を考えた桃子は、目の前の髪を弄ぶ由清の長くて綺麗な指に目を奪われながら心中自分を恥じる。



――私ったら、ちょっと何かあった位で調子の良いことを……アンソニーの事はキッパリと振ったじゃない……

 一番に好きなのはお姉ちゃんで……アンソニーは二番で……三広君は特別枠で大好きだから……って言った癖に――



 由清の優しく巧みな誘惑に溺れてしまいそうになる自分を叱り、彼の手を振り払おうと拳に力を込めようとするが、ふと先程の三広との会話が過ると苦しさに喉が詰まって動けなくなってしまう。

 知らず知らずの内に涙を流していた桃子は、由清に頭を撫でられていた。






「ごめん……泣かせちゃった」



 眉を寄せて唇を歪める表情でさえ、綺麗と思わせてしまう彼だった。まるで悲嘆に暮れる王子――といったところだろうか。彼なら白いタイツやフリルのブラウスがさぞかし似合うだろうし、出来ることならそういうのを着てそんな顔をした瞬間を写メって保存したい。ついでにブラウスのボタンを第三位まで外してくれると尚萌える。

 しゃくり上げながら桃子がそんな妄想をしているとは知らない由清は、桃子の頬を綺麗に折り畳まれたハンカチで丁寧に拭い詫びた。



「つい調子に乗ったな……桃子ちゃんに久しぶりに会えて嬉しくてさ……でも……キスは不味かったな」

「うっ……ううん……っ私も沢山殴ったから――」

「――じゃあ、おあいこ、って事にしてもいい?」



 由清がクシャリと笑い、桃子は涙目で頷いた。







「やっぱり桃子ちゃんは隙だらけだね」

「え……」



 由清は桃子の笑顔を見て苦し気な溜め息を吐き俯くが、不意に桃子の腰を抱き寄せて頬に素早くキスした。



「――!」




 真っ赤になった桃子は拳を振り上げるが、由清に簡単に避けられてしまう。




「簡単に許したら駄目だろ……そういう優しさはね……男を付け上がらせるよ」

「アッ……ンソニー……!」




 酸素不足の金魚の様に口をパクパクさせる桃子の頭をポンポン叩き、由清は明るい声を出した。




「まあ、これ以上は本当に嫌われるから今日の所は見逃してあげる」






「今日の所はって……」

「さて……折角会えた事だし……ここで何か飲んで行こうか?」


由清は桃子の腰を抱いたままで階段の下に視線を落とす。既に夕方五時を過ぎているし、店も開いているだろう。

桃子がどうして東京に来たのか――恋人に会いに来たのだと推測は出来るが、何故一人で居たのか、そして何故あんな言葉を口走ったのか、二人の間に何かがあったのだろう――色々と気になる事はあるが、どんないきさつであれ思いがけず腕の中に収まった桃子を容易く離す気はなかった。





「え……で……でも……」



 桃子の瞳の中に迷いが見え、由清は優しく紳士的な笑みを作りもうひと押しとばかりに言う。



「大丈夫……ちゃんと送るよ。俺も真理も暫く仕事の予定ないし……遅くなっても真理の運転で静岡まで乗せて貰えばいいよ。アイツもどうせ暇してるしいいだろ」



 真理の名前を出した途端、桃子の表情に安堵の色が浮かぶのを見て由清は苦笑しながらスマホを取り出した。



「……もしもし?真理?……はいはい……悪かったよ……うんうん……そう、何とか解放されたんだね、良かったね……あ~はいはいそれはそれは申し訳ありませんでした――うんうん、奢ってやるから許せって……○○町のビル地下の店に居るから来れば?」



 由清は真理と話しているらしい。寂しがりやの真理の事だ、きっとすっ飛んでくるだろう――桃子は安心したような残念なようなで複雑だった。


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