続・愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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企み②

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「清崎?」


俺がその言葉を聞き返す前に、彼女は俺をその細腕で引っ張り、一本裏の通りへと早足で行き、自販機の陰に隠れる様に身をひそめると、俺の手を握り締めたままで熱い瞳を向けてきた。


その瞳にも、結ばれた唇にもある種の強い意志が宿り、それを覆すのは困難に思えた。

彼女が先程口にした言葉をまた言わせたらいけない、と思った俺は、その目を真っ直ぐ見据え、意を決して切り出した。


「清崎……俺は……

愛している人がいるんだ」



「――菊野さん……でしょ?」


彼女の大きな瞳が煌めいた。


俺は言葉を失うが、誤魔化そうと口の端を上げる。


「何だよそれ……

下手な昼メロじゃああるまいに……」


「――分かってるんだから……私……」


思い詰めたその声が、切なく響いた。





彼女の指が、俺の掌の中で熱を放ち、そのひた向きな瞳は胸をざわめかせる。

真っ直ぐに見返していたら引き込まれそうで、思わず目を逸らしたくなったが、その前に彼女の唇が素早く俺の唇を塞いでいた。

フローラル系のコロンが鼻腔を擽り、柔らかい唇の感触が一瞬で俺の欲を呼び覚ましてしまう。

彼女は、ぎこちない動きで舌を割り入れて来て、俺の全身がビクリと跳ねてしまった。

小さな手が俺の背中をなぞり、腰へと移動する。

慣れないながらも必死に俺を導こうとする彼女に、俺は烈しく興奮を覚えてしまった。

だが、菊野の泣き顔が脳裏を掠め、歯を食い縛り堪える。



――駄目だ……!俺は……っ……

菊野の物なんだ……!




「――っ……清……さ……

やめ……っ」


甘く痺れた身体は、自分の意思で動かすのが困難だった。

清崎をはね除けようとするのに、全身が脈打ち、痛いほどに欲情してしまっている。




清崎は、唇を離したか思うと、またキスをする。

下唇を軽く噛み、舌を侵入させ、逃げる俺の舌を捕まえようとする。

彼女は俺の手を強く掴むと、胸元へと持っていき、ブラウスの上から乳房に触れさせた。


「――っ」


華奢に見えた彼女だが、その大きな張りのある膨らみに、俺は息を呑んだ。


「……私……まだ……慣れてない……けど……っ……

菊野さんに較べたら……子供に見えるだろうけど……っ……

剛君の好きな様に抱いても……大丈夫だから……っ……

こ……怖いけど……っ……

だ、だいじょ……」


瞳を潤ませる清崎が最後まで言う前に、俺は衝動的に唇を奪っていた。






清崎の身体を壁に押し付け、舌を割り入れ掻き回すと、腕の中で彼女は小さな溜め息を漏らす。

カッと下半身が一気に猛り、俺は呻きながらキスを続ける。


――駄目だ!……何をしているんだ俺は……

俺は――菊野……貴女の物なのに……

清崎を離せ……今すぐ……

手遅れになる前に――!



頭の中で、獣に変貌する寸前の俺に理性が必死に警鐘を鳴らすが、欲情する身体が勝手に動くのを止められない。

俺は彼女の小さな舌を蹂躙しながら、夢中で乳房を揉みしだいた。




「ん……んっ……」


愛らしい声が鼓膜から入り込み、全身を蕩けさせて行く。

首に絡み付いていた彼女の腕は、いつの間にか背中から腰に回され、俺の脚の間に触れようとしていた。



「好きなの……っ……」


(――剛さん……好きよ……)


切なく、恋情に瞳を濡らす清崎の顔に、菊野が重なった。



――いけない……!



俺は、渾身の力で彼女を引き剥がし、離れた。

胸は烈しく鳴り、全身の脈がドクドクと音を立てている。

清崎を見ないように顔を逸らし、乱れたシャツとネクタイを直しながら俺はなるべく冷たく聞こえる様に言った。


「俺は……処女は抱かない……」


「――」


清崎は、今青ざめているのだろう。

そうだ。こんな最低な俺の事など、嫌ってくれれば良い。


「面倒なのは嫌いなんだ」


そう言い捨てた時、頬に鋭い痛みが走った。






俺の頬を打ったその手を片方の手で握り、清崎が絞り出すように呟いた。


「……酷い……っ」


予想通りの非難の言葉が胸に突き刺さる。

そうだ、俺は酷い。

実の親に虐待され、時に放置され、ごく当たり前の子供時代を知らないまま施設にいた俺の心を、大きく深い優しさで少しずつ開き、温かい家に迎えてくれた菊野を女として愛し、欲のままに獣の如く抱いているのだ。

その一方で、清崎にも抗いがたい魅力を感じている。

これが最低でなくてなんだと言うのか。

俺を嫌って離れてくれるなら、その方が彼女にとっては幸いだ。

さあ、俺を罵って、嫌って、立ち去ってくれ――



彼女の顔を見ないままそう願ったが、不意に背中に柔らかい感触が当たり、フローラルの香りが漂って、俺は混乱する。


清崎の柔らかい腕が、背後から俺の身体を抱き締めていた。





「……わざと……でしょう?」


「……どういう意味だ……」


「剛君は……優しいもの……

そんな酷い事、本気で言う筈がないよ……」



背中に顔を埋め、くぐもった彼女の呟きに総毛立つ。

それを隠そうと、俺は冷淡な態度を取り続ける。

彼女の手をほどき、背を向けたまま思い付く限りの下衆な言葉を投げつけた。



「俺が優しく見えたとしたら、それは君がおめでたいからさ……

君が可愛いから、遊んでやろうと思った。

あわよくば身体を好きにしてやろうと思っていたさ。

だがそれも面倒になった……

言っただろう?

男を知らないお嬢ちゃんに、一から十までセックスを教えるのはゴメンなのさ」


自分で言っておいて、陳腐で芝居がかった馬鹿馬鹿しい台詞だと笑いそうになった。






「――じゃあ……剛君が菊野さんを愛しているのは……

そういう事が、好きに……出来るからなの?」


「――」


菊野の事を誤魔化すのは、無理だったのだろうか?

思わず振り返ると、彼女の瞳は聡明な光をたたえ、浅はかな出任せが通用しないという事を俺に思い知らせていた。

言葉を失い立ち尽くす俺の胸に、彼女はゆっくりと掌を這わせる。



「私を一番に好きじゃない事くらい、知ってるよ……」


細い華奢な指は、いとおしそうに脇腹を撫で、こそばゆさと居心地の悪さに俺は彼女から目を逸らすが、チクリと痛みを感じ視線を戻すと、彼女は俺の腕の傷に爪を立てていた。




「――剛君が、菊野さんを好きで堪らない事も……

私を傷付けないように……どうやって引き離そうかって考えてる事も……」


彼女の人差し指の爪が一瞬直角に傷の真中を押して、俺は眉をしかめた。


「つ……」


「痛い?」


清崎の柔らかい笑みの中に底知れぬ闇を感じ、背中に冷たさが走る。

指の力を緩めて、彼女は身を少し屈めて傷に口付ける。


「私も痛いの……」


「――?」


「剛君が、優しくすればするほど、痛いの……凄く傷つくの……

きっと、剛君は……菊野さんにはもっと優しくしてるんだ……て考えてしまうの」


「清崎――」


彼女は俺を見上げ、可憐に笑った。


「私を、好きでしょう?」


「……」


何も答えられない自分が忌々しかった。

そう、俺は確かに清崎を好きだった。

菊野に対しての、嵐の様な激情には及ばないが、清崎の事も異性として好ましく思っている。





俺の心を見透かす様に、彼女は言葉を続ける。


「私の事がほんの少しでも好きなら……

突き放したりしないで」


「清崎……でも」


「そんな悲しい顔を私に向けないで……」


清崎はその小さな身体を俺の胸に預け、小さく呟いた。


「私は……剛君をずっと好きだったの。

どうしたら剛君に近付けるか、一生懸命考えて……

剛君に可愛いって思われるように努力したし、剛君と同じ高校に行きたくて、勉強も凄く頑張ったんだから……!

甘いものが好きだって聞いたから、お菓子作りの練習を沢山して……

私、お料理苦手だから、バレンタインのチョコレートも苦労したんだよ?

でも……剛君に好かれたかったから――好きで、好きで仕方が無かったから――!」


「清崎……!」


俺は、思わず渾身の力を込めて彼女を抱き締めた。





菊野への思いを消せる訳がない。

だが、清崎のひた向きさを非情に切り捨てる事が俺には出来ない。

腕の中で苦しそうにもがく彼女を、俺は更にきつく抱き締める。


「俺は……何も約束出来ない……

清崎だけを大事にするなんて……絶対に言えない……

だから……」


「いいの……そんな事、構わない……

隣に居れれば、それでいいの……」


「――」


俺が力を緩めると、彼女は花のように微笑み言った。


「さあ、本当にお医者様に診て貰わないと!行こう!」


自分の細腕を俺の腕に絡ませ、快活な口調で言う彼女に、俺は曖昧に頷く事しか出来なかった。

俺達は、道中、それまでの深刻さを振り払うかのように他愛ないお喋りをしながら時折笑い声をあげた。


俺は気付かなかった。

腕に頭をもたせかけて隣を歩く彼女の瞳の奥底には、今までにない鈍い光が宿っていることを――
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