続・愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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愛憎②

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――――――――――――――



午後の授業、特に退屈な話しかしない教師の授業は居眠りの時間でしかない。

俺は、英語の教科書に目を通す振りをしながら、菊野の事を考えていた。

昨夜の切なく、熱烈に身体と心をぶつけてきた彼女と、今朝のうって変わって冷めた表情―

まるでそれぞれが別人のように思えた。



(一体、どうしたと言うんだ?)



訳の分からない苛立ちで、俺はカチカチと手の中のシャープペンを鳴らした。

思わず溜め息を漏らし髪をかきむしると、斜め前の席の森本がこちらを見ていて、ニヤリと笑った。

何故か奴は鼻に絆創膏をして登校してきたのだが、女子に「何それ、どうしたの?」と聞かれて、華やかに笑い、

「跳ねっ返りの子ネコちゃんにかじられたのさ」と答え、キャーキャー騒がれていた。





そう言えば昨日は、森本と二人きりになり何を話したのか問い詰めようとして、結局うやむやだ。

俺が菊野を攻めながら聞き出してやろうと思っていたのに、結局は彼女に俺が先に溺れてしまい、それどころでは無くなって……



(――あ……ああん……)



「……っ」



不意に彼女の艶やかに啼く声と、腕の中で揺れる肢体が甦って、身体が熱くなった。

考えただけで、思い出すだけで、心は乱れて身体の全部が昂る。

下半身に血が集まり、制服が窮屈に感じた。




(……バカか俺は……ここは学校なんだぞ……っ……

鎮まれ……鎮まれ!)



俺は、小難しい数式を幾つも頭の中に並べて、彼女の事を追い出そうと必死になった。






「よーし、じゃあ今日はここまで――。来週にテストやるから、先生が言ったところをちゃんと復習すれば、80点は取れるはずだ――。

皆、ちゃんとやっとけよ――」



抑揚のない、聞き取りづらい声で教師が言うと、教室中からブーイングが起こった。

程なくチャイムが鳴り、号令と共に生徒たちは起立して挨拶をし、それぞれ騒がしく帰り支度を始めた。

俺はどうにか欲を抑え込み、ふう、と溜め息を吐いてスマホを取り出し、菊野のアドレスを見詰めて画面に触れようとするが、どんな言葉を打てば良いのかと迷っている内に森本がにやつきながらやって来て俺の目の前に立った。

俺はカバーを閉じて、彼を軽く睨み付けた。



「……何の用だ」





森本は目を見開き、海外ドラマの役者みたいな大袈裟なしぐさで両手を広げ、驚いて見せる。


「な――んだよ剛!なんかご機嫌斜め?

俺、なんかしたか――?

そんなに怖い目で睨むなよ――っ」


「……もともとこういう目だ」



確かに、彼が俺になにかをしたわけではない。

だが何故だろう。こいつを見ているとムカムカが止まらない。

森本は、そんな俺の心中など全くお構いなしで更に近づき、肩を抱いて来る。

思わず震えてしまった。

いきなり触れられるのは好きではないのだ。



「や――、そういう苦み走った表情もイケメンだけどさ――

怖い顔ばかりしてたら女子に怖がられちゃうぞ!」


(――知るかよ……そんな事……どうでもいい)

そう怒鳴り付けてやりたかったが、学校で騒ぎを起こしたくない。

俺は仕方なく、無理矢理に曖昧な笑みを貼り付けた。






すると、クラスの何人かの女子が笑いながらこちらにやって来て、馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。



「なあにい――?二人ともケンカ?」


「こわい――!」


怖い、とか言いながら全く怖がる様子ではなく、何がそんなに可笑しいのか知らないが、クスクス笑い女子同士で抱き合って媚びるような視線を向けてくる。

俺は、その様子に実の母親を思い出した。

俺に全く構わず、そこに居ないかのように振る舞っていたあの女は、父以外の男を家に連れ込む事があった。

そんな時、いつも押し入れの中へと追いやられていたが、隙間から見えた母のねっとりとした男に媚びる眼差し――

あれがこの目に焼き付いている。







嫌悪感から、名前も知らない女子たちを思わず睨むが、彼女等は何故か赤面して俯いた。

森本は、俺の肩を抱いたまま、ポンポンと背中を叩き軽い調子で言った。


「いや、俺らケンカする程仲良しだもんなあ?

つ、よ、し君?」


「……やめろよっ」



思いきり嫌悪が声に出てしまい、一瞬女子たちが表情を強張らせるが、森本は笑いひとつでかわしてしまった。



「あっははは……剛はとんでもないツンデレだからね――!

皆、ビビらなくても大丈夫だよ。これがいつもの剛だから」


「あはっ……もう……びっくりしちゃったよ~」


「ね――!」


女子たちはホッとしたように笑った。





「ねえ、西本君て、お母さんすっごく若いよね」


「うんうん、入学式の時に倒れちゃって、剛くんが抱っこして運んだんだよね――キャア!」


「いいな――私、あんな若くて可愛いお母さんが欲しい――!」



突然、菊野の話を振られて俺は動揺してしまい相槌も打てずに居たが、気が付けば森本が至近距離で俺を微笑して見ていた。


「そうだよなあ。

俺も剛が羨ましいよ。家に帰ればあんな素敵なママが居るんだからな。最高じゃん」


「……」


森本の瞳の中に、何か別の思いが潜んでいるように見え、俺は身構えた。





「……西本君のおうちに遊びに行きたい――!」


「ちょっと……ユカタン!」


女子が四人俺達の前に居たが、その中にただ一人、今まで何も喋らないでいた子が初めて口を開いた。

肩までのフワフワの髪は天然パーマだろうか。

喋らない時には分からなかったが、ハスキーで舌足らずな声がチャーミングだった。

ユカタン、と呼ばれた派手な外見の女子は目を細めてその子に意味ありげに目配せする。

森本は、俺から手を離して両手で騒ぎを収めるような仕草をした。



「あ――、こいつんち、今ちょっと大変なんだよ……

だからさあ、皆俺んちに来れば?」


その一言に、女子たちは目を輝かせて手を取り合ってはしゃぐ。

「ユカタン」が、背中まである栗色の髪を指でいじりながら少し遠慮がちに言った。



「行きたい……けど、森本くん家は大丈夫なの……?

その、親とか……さあ」


「なんだよ――友佳。お前が言い出しっぺの癖に」


森本は、ユカタン――友佳というらしい――

彼女の額を軽く指でつついた。






「えへへ――」


友佳は、舌を出して髪を揺らして笑う。

森本はそんな彼女の頭を撫でると、椅子の上に立ち、人差し指を突き出してよく通る声で教室全体に呼び掛けた。



「はーいっ注目!

来週の英語テストに向けて~俺んちでお勉強会するよ――!

土曜日!泊まりに来る人この指と~まれ!」



呆気に取られる俺の目の前で、得意気な顔で宣言した彼の元に友佳を初めとした女子たち10人ほどが群がり、先程の天然パーマの子が一番最後におずおずと寄ってきて、俺をチラリと見た。



「……西本君も……行くよね?」


「え……?」


戸惑い絶句する俺だったが、森本が俺の手を掴み高々と上げた。



「勿論、剛くんも行くからね皆!!

細かいことはまた知らせるから、皆お泊まりの許可を貰ってきてよね?」


「は――い!!」

「うわ――楽しみ――森本くん家――」


女子たちは口々に騒ぎながら散っていった。





「おい……勝手に」


「まあまあ、親睦を深めるってことでさ……いいじゃんか……たまには?

……ばいば――い!」



森本はコロコロ笑い、女子たちに愛想を振り撒き手を振っている。




(泊まりがけで勉強会だって?
俺は――菊野と、一晩でも離れたくない)

そんな言葉が胸の中から溢れそうになるが、彼女の冷たい態度を思い出して、喉の奥に無理矢理その思いを押し込んだ。



(そんな風に思って……焦がれているのは……ひょっとして俺だけなのか?)


いや、そんな筈はない。

俺を好きだと、愛していると、その瞳を、身体を熱く濡らして言ったじゃないか――

そうだろう?

菊野……そうだと言ってくれるだろう?






「それにさ……ほらあの子、お前に気がありそうだぜ?」


森本は声をひそめ、教室の隅で友佳達と居る天然パーマの女子の方を見る。

俺が顔を向けた時、丁度彼女と目が合い、彼女は頬を赤らめて笑いかけてきた。

森本が俺のシャツの裾を引っ張り、頷き言った。



「――ほらな」


「気のせいだろ……それに俺は今特に恋人なんて――」


言いかけて、口をつぐむ。

清崎と別れるつもりが、彼女の悲しげな顔にほだされて結局曖昧なままだ。

森本の白い手が俺の肩をポンと叩いた。



「気楽に考えろって。

まあ、清崎も呼ぶから、楽しくお勉強会しようぜ」


「え……」


「なあ来るだろ?清崎も」


森本が言って、俺が顔を上げると、教室の扉の向こうに清崎が居た。










清崎がいつもの可憐な笑みを溢しながら手を上げると、森本は俺の肩をまた抱いて立たせ、楽しそうに口笛を吹く。


「じゃあ、今からお泊まり会の打ち合わせでも三人でやろうか?」


「おい――」


「みんなで勉強会とか、楽しそう!

私、何か差し入れ持っていくね」


清崎は嬉しそうに頬を上気させている。

その無邪気な様子に何も言えなくなり押し黙った時、森本はスマホの画面を見て、みるみる内にその表情を変化させて俺から離れた。

彼の瞳の中に、残忍とも見える輝きを見たような気がしたが、それはほんの一瞬で、今はまたいつもの華やかな笑顔に戻っている。



「悪い。急用で俺ムリだ。

まあ、そういうことで……二人でイチャイチャして帰れよ……じゃあな」


彼は栗色の髪を風に揺らしながら、小走りに行ってしまう。



「もう――森本くんったら!」


清崎が頬を膨らませるが、指を絡ませてきて俺を大きな目で見上げた。



「でも……嬉しい……二人で帰るなんて……久しぶりだね」


「清崎……」


俺は、その細くてか弱い指を振りほどく事が出来なかった。



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