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じれったい距離②
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名古屋へ向かう道中、何軒か店に寄って、着替えやら下着やら買ってもらってしまった。
デパートやアウトレットのショップの安いのでいいのに、智也は自分の懇意にしているいかにも高級そうなブティックに連れていき、お店の人と談笑しながらカナを何回も着替えをさせて、キラキラするカードを出して沢山の紙袋を車に詰め込む。
密かに、店の中の服の値段の桁が違うのを確認していたカナは、内心びびりまくりだった。
こんなにしてもらって、いいのだろうか……
「さて、他には」
化粧品まで買ってもらったカナは首をブンブン振る。
「充分どころか、一生働いても返せないくらい頂きました!」
「ぷっ!いくら何でもそれは大袈裟だろ」
「いえ……本当に」
カナは冷や汗をかいた。
華奢なデザインの細い靴は、足の小さなカナにピッタリと収まり、しかも履きやすく、キュートだ。
可愛らしい黄色のワンピは、夏らしくかつ都会的なデザインでカナに良く似合っている。
智也は目を細めてカナを見た。
「良く似合うよ」
「あ、ありがとうございます……本当に、何と御礼を言ったら良いか……」
「……そんなに畏まらないでくれ」
運転する智也の横顔に少し翳りが見えた気がして、カナはドキリとする。
かつて愛した女性を他の男に奪われて、その男とビジネスパートナーになるだけでなく友人になり、元妻の身と心を案じて……
どんな気持ちなのだろうか、とカナは思ったが、智也の表情はまたいつものクールな物に戻り、外見からはうかがい知れない。
「東野さん……は」
「ひ、ひゃいっ!」
不意に話し掛けられて、声が裏返る。
「ぷっ」
運転しながら崩れた笑いを溢す智也にドキドキしながら、カナはミラーに映る自分が目に入る。
童顔なカナは、もうすぐ24歳には見えない。
色が白いのだけは自慢とも言えなくはない。
幼い頃から祖母に
「肌の白さは七難隠すって 言うのよ?良かったわねえ~カナ!」
と、事ある毎に言われてきた。
……ていうか、七難て……
そんなに沢山難があるのかしら。
いや。七つどころじゃないかも知れない。
カナは顔の一つ一つのパーツがこじんまりしている。
目も鼻も口も小さめなのだ。
目じたいは黒目が大きい方だし、睫毛もまあ人並みには生え揃っていると思う。
頑張って化粧して、ぱっと見た目はちょっと派手な女の子だ。
素顔は地味だけど……
決してそれ程ブスじゃないはずだけど、特に美人でもない。
俳優みたいにカッコいい智也の隣に居る自分は、端から見たらどんな風に見えるのだろうか。
恋人……には見えないだろうなあ。
(隣に居るのがほなみさんだったら、何も違和感が無いだろうに……)
カナは突如噴き出した劣等感に苛まれていたが、高速のサービスエリアの駐車場に智也が車を流れる様なハンドルさばきで駐車をし、カナを振り返り身を乗り出して唇を奪ってきた瞬間、そんな物思いは宇宙の彼方へ飛んで行った。
いや、意識まで飛んで行きそうだ。
それを察した智也が、軽くカナの頬を叩いた。
「ふえ……し、しゃちょ」
「こんな時まで社長は止めてくれ」
智也が溜め息を吐いてカナの鼻をつまんだ。
「いっ?」
「東野さんは……
いや、カナさんは」
「ひっ?」
名前で呼ばれてビビる。
「カナさん……いや、それも堅いな……」
智也は眉をひそめ考え込み、カナを真剣に見て何か言いかけたが、何故か顔を赤くして黙った。
「……?」
カナが覗き込む様に見ると、今度は咳払いした。
「いや……ちょっとそれはまだ保留にしよう」
「ほりゅう?」
「今更だが、東野さんは……恋人は、居るのかい?」
「そ、そんなの居るわけありません!」
力一杯否定すると、智也の顔が綻んだ。
「そうか……良かった」
(良かった、て何がですか!?)
カナの頭の中が疑問付だらけになるが、智也の手が伸びてきて顎をそっと掴み再びキスされて、カナの意識はブラックホールへと吸い込まれそうになる。
智也は唇を離すと、魂を抜かれた様にぼうっとするカナの目の前で掌をブンブン振ってみた。
反応がない……
「東野さん?」
カナは、目を開いたまま気絶していた。
智也は脱力しかけたが、カナの小さな唇が半開きのままになっているのが堪らなく可愛く思えて、指でそっとなぞった。
ほなみと西本の略奪愛騒動で、テレビ局やら週刊紙の押し掛け取材やらが会社に殺到していた頃、勇ましくカメラの前で報道陣に啖呵を切ったかと思えば、キスひとつで気を失う純情さ。
自分の隣に座っていたカナが何を考えていたのか、智也には手に取る様にわかっていた。
それだけカナは顔に全ての感情が出てしまうのだ。
ほなみとは真逆だ。
ほなみは掴み所の無い柔らかい笑顔の中に色んな感情を隠してしまうが、カナは違う。
何を思っているのか全てわかる。
それなのに、距離を縮められそうで縮まらない。
カナが身構えているからだ。
――自分の勤務先の社長。
カナにとっての自分は、先ずその認識があるのではないだろうか。
今回の旅も、強引に誘わなければ来なかったかも知れない。
カナの中で、いつまで自分は
「社長」なのだろうか?
智也はハンドルに凭れかかり又溜め息を吐いた。
横で、いつの間にか寝息をたて始めたカナを見て密かに思う。
ほなみの時のように、焦ってはいけない。
大切に、大切にして行こう……。
智也はカナの巻き毛にくしゃりと指で触れた。
デパートやアウトレットのショップの安いのでいいのに、智也は自分の懇意にしているいかにも高級そうなブティックに連れていき、お店の人と談笑しながらカナを何回も着替えをさせて、キラキラするカードを出して沢山の紙袋を車に詰め込む。
密かに、店の中の服の値段の桁が違うのを確認していたカナは、内心びびりまくりだった。
こんなにしてもらって、いいのだろうか……
「さて、他には」
化粧品まで買ってもらったカナは首をブンブン振る。
「充分どころか、一生働いても返せないくらい頂きました!」
「ぷっ!いくら何でもそれは大袈裟だろ」
「いえ……本当に」
カナは冷や汗をかいた。
華奢なデザインの細い靴は、足の小さなカナにピッタリと収まり、しかも履きやすく、キュートだ。
可愛らしい黄色のワンピは、夏らしくかつ都会的なデザインでカナに良く似合っている。
智也は目を細めてカナを見た。
「良く似合うよ」
「あ、ありがとうございます……本当に、何と御礼を言ったら良いか……」
「……そんなに畏まらないでくれ」
運転する智也の横顔に少し翳りが見えた気がして、カナはドキリとする。
かつて愛した女性を他の男に奪われて、その男とビジネスパートナーになるだけでなく友人になり、元妻の身と心を案じて……
どんな気持ちなのだろうか、とカナは思ったが、智也の表情はまたいつものクールな物に戻り、外見からはうかがい知れない。
「東野さん……は」
「ひ、ひゃいっ!」
不意に話し掛けられて、声が裏返る。
「ぷっ」
運転しながら崩れた笑いを溢す智也にドキドキしながら、カナはミラーに映る自分が目に入る。
童顔なカナは、もうすぐ24歳には見えない。
色が白いのだけは自慢とも言えなくはない。
幼い頃から祖母に
「肌の白さは七難隠すって 言うのよ?良かったわねえ~カナ!」
と、事ある毎に言われてきた。
……ていうか、七難て……
そんなに沢山難があるのかしら。
いや。七つどころじゃないかも知れない。
カナは顔の一つ一つのパーツがこじんまりしている。
目も鼻も口も小さめなのだ。
目じたいは黒目が大きい方だし、睫毛もまあ人並みには生え揃っていると思う。
頑張って化粧して、ぱっと見た目はちょっと派手な女の子だ。
素顔は地味だけど……
決してそれ程ブスじゃないはずだけど、特に美人でもない。
俳優みたいにカッコいい智也の隣に居る自分は、端から見たらどんな風に見えるのだろうか。
恋人……には見えないだろうなあ。
(隣に居るのがほなみさんだったら、何も違和感が無いだろうに……)
カナは突如噴き出した劣等感に苛まれていたが、高速のサービスエリアの駐車場に智也が車を流れる様なハンドルさばきで駐車をし、カナを振り返り身を乗り出して唇を奪ってきた瞬間、そんな物思いは宇宙の彼方へ飛んで行った。
いや、意識まで飛んで行きそうだ。
それを察した智也が、軽くカナの頬を叩いた。
「ふえ……し、しゃちょ」
「こんな時まで社長は止めてくれ」
智也が溜め息を吐いてカナの鼻をつまんだ。
「いっ?」
「東野さんは……
いや、カナさんは」
「ひっ?」
名前で呼ばれてビビる。
「カナさん……いや、それも堅いな……」
智也は眉をひそめ考え込み、カナを真剣に見て何か言いかけたが、何故か顔を赤くして黙った。
「……?」
カナが覗き込む様に見ると、今度は咳払いした。
「いや……ちょっとそれはまだ保留にしよう」
「ほりゅう?」
「今更だが、東野さんは……恋人は、居るのかい?」
「そ、そんなの居るわけありません!」
力一杯否定すると、智也の顔が綻んだ。
「そうか……良かった」
(良かった、て何がですか!?)
カナの頭の中が疑問付だらけになるが、智也の手が伸びてきて顎をそっと掴み再びキスされて、カナの意識はブラックホールへと吸い込まれそうになる。
智也は唇を離すと、魂を抜かれた様にぼうっとするカナの目の前で掌をブンブン振ってみた。
反応がない……
「東野さん?」
カナは、目を開いたまま気絶していた。
智也は脱力しかけたが、カナの小さな唇が半開きのままになっているのが堪らなく可愛く思えて、指でそっとなぞった。
ほなみと西本の略奪愛騒動で、テレビ局やら週刊紙の押し掛け取材やらが会社に殺到していた頃、勇ましくカメラの前で報道陣に啖呵を切ったかと思えば、キスひとつで気を失う純情さ。
自分の隣に座っていたカナが何を考えていたのか、智也には手に取る様にわかっていた。
それだけカナは顔に全ての感情が出てしまうのだ。
ほなみとは真逆だ。
ほなみは掴み所の無い柔らかい笑顔の中に色んな感情を隠してしまうが、カナは違う。
何を思っているのか全てわかる。
それなのに、距離を縮められそうで縮まらない。
カナが身構えているからだ。
――自分の勤務先の社長。
カナにとっての自分は、先ずその認識があるのではないだろうか。
今回の旅も、強引に誘わなければ来なかったかも知れない。
カナの中で、いつまで自分は
「社長」なのだろうか?
智也はハンドルに凭れかかり又溜め息を吐いた。
横で、いつの間にか寝息をたて始めたカナを見て密かに思う。
ほなみの時のように、焦ってはいけない。
大切に、大切にして行こう……。
智也はカナの巻き毛にくしゃりと指で触れた。
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