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07 泡沫の月夜
その1
しおりを挟む「領収書をお願いします」
食事の後、男は必ず会社名義の領収書を発行してもらう。
低くく落ち着いた声で男の唇から発せらるものなれた言葉を聞こえない振りをしていても耳へ届くものだから、胸の奥のさらに奥の方を細く鋭い針のようなものがチクリと刺してくる。
それはまるで蚊に刺された時のように、刺されている時には痛みに気付かない。
「お待たせ」
会計を終えた男が領収書を財布に仕舞いながらやって来る。
「ご馳走さまでした」
愚かなイルナはニッコリと首を右に少しかしげながら、美味しい食事とお酒のお礼を伝える。
男は何かを確認したかのように満足げにうなずく。
お店を出ると少し距離の空いた先にある男の背中をお気に入りのブルーのスカートの裾をはためかせながら追いかける。
小道を抜けた先の大通りでようやく足を止めた男がタクシーを止めて乗り込む。
じんわりと痛くなり始めた胸の奥の奥を誤魔化しながら、吸い寄せられるようにして男の隣へ座る。
バンッと閉まったドアの音が、夜の入口を開く合図のように車内の空気を震わせた。
窓の外の暗闇を流るる光の粒を数えていると、いつもの場所でタクシーは水中を滑るように静かにスピードを落としてゆく。
秘めごとを覆い隠すようなほの暗く長い廊下にひかれた紅い絨毯へ靴音が吸い込まれてゆくと、自分はここには本当はいないんじゃないかと疑いたくなる。
前を歩く男の背中に触れて、男が振り向て微笑んでくれたら、イルナはここにちゃんと存在しているのだと確信がもてるのに。
薄ぼやかけた男の影に追いついた。
大きな黒い厚みのある扉を閉めれば二人きりの空間が出来上がり、ようやく人目を気にせずに肌を触れ合わせられる。
ソファーに腰掛けた男が伸ばした左手の指先へ近づいてゆくと、右手首をギュッと握られ強く引き寄せられた。
バランスを崩したカラダは男の膝の上に乗せられ、首筋へしっとり柔らかい唇が優しく触れてくる。
「あっ……」と吐息の混じった声が零れてカラダがキュッと固くなる。
身をよじり「汗臭いわ……」と男から離れようとする。
「イルナの匂いなら気にならないし、むしろ嬉しい……」
垂れた髪をかき分けられた首筋へのキスの回数が増えてゆき、腰に回された腕に力が入ってゆく。
徐々に首筋を無防備に晒してゆくイルナはいつの間にか次のキスを待っている。
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