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1章 はじまりの月
1−3
しおりを挟むそうして、王宮に行くことが決定したセレーナは、父の助けで、ソルとお揃いのドレスは作らずに済んだが、だからといって衣装選びの問題は去ったわけではない。
「どれも小さくなってますね」
侍女が服を着させてくれるが、数少ないお気に入りのドレスは成長期のセレーナに追いつく事ができない。
大きくなればなるほど自分の意見を通さなくなったセレーナの手元には、どれもかしこもソル好みのものばかり。
セレーナが何も言わない事をいいことに公爵夫人はセレーナが何を着てようと無頓着。
ソルがお揃いにしようとするのはよそ行きの服ばかりの為、普段着はセレーナに似合うものだが、それを王宮に来て行くことが出来ないのは、幼いセレーナにも分かっている。
──お父様がせっかく言ってくださったのに
セレーナは、自分はなぜいつもこうなのだろうと思う。
もっと予め確認しなかったのか、なぜ父の助けを有効的に活用することが出来ないのか。
──やっぱり仕立ててもらう? でも、そうするとお母様が・・・
わがままだ、贅沢だと怒られるかもしれない。
でも、もしかしたら、そんな子は城に連れて行かないといってくれるかもしれない。
──だけど・・・
けれども、そうすれば父が悲しむかもしれないとセレーナは思った。
ソルが返事をした時のあの表情は公爵の本心なのかもしれない。
そう思うと安易に行かないなんて言えない。
「せっかくの王宮ですし、派手な方が公爵家としてよろしいのでは?」
いい加減セレーナの着せ替えに飽きていた侍女が言った。
なかなか決められないセレーナに苛立っているのか、口調も表情も穏やかだが、どこか引き攣っているようにも感じられる。
セレーナは知っている。
彼女は別に仕事だからここにいるだけで、セレーナに仕方なく付き合っていることも。
あまり子供らしさのないセレーナよりも、ソルの方を好ましく思っていることも。
別に言われたわけではない。
けれどなんとなく察してしまった。分かってしまう。
現に、彼女が手にしているのは、肩にボリュームあり、フリルありの子供らしさ満点のドレス。セレーナが着ると、絶対に大人っぽい顔が浮く。
色も黄色や春らしいピンクなど明るい鮮やかな色が使われていて、ソルの瞳にはよく似合うが、セレーナの暗い瞳には少々派手すぎる。
セレーナはドレスをじっと見た。
やっぱりどうにかして行かなくてもいい方法はないのだろうかと考えを巡らせる。
でもどう考えても、公爵の顔に泥を塗ることになりそうな気がして、行かないという選択肢はない。
だとしてもこのドレスを着ていくのも白い目で見られるかもしれない。
そうなれば、やっぱり父は肩身の狭い思いをして──、ぐるぐると考えている間にセレーナは黙り混んでしまい、先に侍女が声を上げた。
「ソル様はもうドレスを決められていますよ? お一人だけ仕立てられますか? 」
彼女の顔は「ソル様は仕立てないのに? 」とセレーナに問いかけてくるようだった。
やんわりとわがままを言うなと指摘されたようでセレーナは俯く。
セレーナは彼女に悪気がないのも分かっている。
彼女や他の使用人達が無意識にセレーナよりもソルを可愛がっているのはよく理解している。
だから、余計に「いやだ」という一言が出せない。
言ってしまえばまた嫌われる。
彼女達に期待しているわけではない。
ただこれ以上自分の周りを荒らしたくはなかった。
コンコン
セレーナが黙ってしまい静かになった部屋にノックする音が響く。
セレーナは習慣的にそれに返事をし、入室の許可を与えた。
「セレーナ様、授業のお時間です」
年を感じさせない美しい姿勢の女性がゆったりとした仕草で現れた。
彼女はデジレ夫人、セレーナとソルのマナー指導をしてくれる教育係だ。
とても厳しい事で有名で、ソルもよく彼女の授業から逃げることは多い。
侍女はデジレ夫人がくると、一歩下がり頭を下げる。
「まだ決まってない様ですね」
デジレ夫人は部屋にずらりと並べられたドレスを見て言った。
かなり年を召しているというのに、彼女の背筋はピンとしていて、揺らぐことはない。
顔のシワも彼女の迫力を勢いづけている様で、セレーナは自分が小さい存在の様に思える。
「・・・はい」
セレーナは消えそうな声で言った。
実は少しだけ、彼女が苦手だ。
「なぜ決められないのですか? 」
「それは・・・」
セレーナは口ごもる。
「背筋を伸ばしなさい。貴方は、公爵家の子なのです。貴族の頂点がそんな態度でどうするのですか! 」
デジレ夫人はバシッと扇子でセレーナの背中を叩いた。
痛くはないが、セレーナの背中には緊張が走る。
「何故、決められないのですか? 」
彼女はもう一度セレーナに問いかける。
「どれも、気に入らなくて」
先程よりも少しだけ言葉をはっきりとさせてセレーナは言った。
「どうしてですか?」
「・・・私には似合わないと思うからです」
言葉を選ぶ。
自分の言葉で、さっきまで選んでくれていた侍女が傷つかないか不安だった。
横目で、侍女の様子を探るが、侍女は俯いていて反応が見えない。
「貴方は下がりなさい」
デジレ夫人はそのセレーナの思いを知ってか知らずか、侍女を部屋から出した。
「セレーナ様」
「はい」
セレーナは怒られると思い、少し首を竦めた。
が、すぐにデジレ夫人の叱責が飛ぶ。
「姿勢を正しなさい。姿勢は貴族の命だと言いましたが、お忘れですか? 」
彼女の言葉にしっかりとセレーナが頷くと、デジレ夫人はセレーナに座るよう命じた。
大人しく座ったセレーナに前に彼女も座り、セレーナを見据える。
「セレーナ様、何故、あのもの達の目を気にするのです」
彼女にはバレていた。
「人を・・・、人を傷つけるのは苦手です」
「苦手でないものなどいますか?」
「自分が傷つけたって事が、怖いです」
人に必要とされるどころが、害をなすような存在にはなりたくない。
それだと、自分は価値がなくなってしまうように感じる。
「セレーナ様、貴族である事には権利と義務が伴います」
いつもデジレ夫人が口にする言葉。
「セレーナ様が、彼女達の目を気になさることは、それに反しています。誰も、人を傷つけろとは言っていません。貴方は彼女達の上にいるのです。優しさは結構ですが、意味を履き違いえてはいけません。あなた自身が弱くなってはならないのです。お分かり頂けますか? 」
厳しい口調でデジレ夫人は言った。
この厳しさは苦手だが、彼女の言っていることは全て正しい。
父が彼女を教育係に選んだ理由がセレーナには分かる気がする。
「はい」
「でしたら、貴方はどうするべきですか?」
「いやと、最初からはっきり言うべきでした」
そうすれば彼女に無駄な時間を使わせる必要もなかった。
「よろしい。人の上に立つには、時に、勇気が必要であることも覚えなければなりません」
ニコリともせず彼女は淡々と言った。
「よく考えることは大切です。多くのことを理解し、その優しさで、見極めなさい。恐れる必要はありません。常に貴族としての誇りを忘れない様に」
褒められている様な口調ではなかったが、セレーナはうれしくなる。
自分を肯定してもらっている様だった。
「ドレスですが・・・」
デジレ夫人は立ち上がって、ベッドいっぱいに広げられたものをジロリと見つめる。
「まさに今の貴方のように不要なものが多いようですね。余計なものを削れば少しはマシかもしれませんが」
デジレ夫人はセレーナの顔を一切見ることなくそう呟くと、スタスタと部屋を出て行こうとする。
「10分。それ以上は待てませんよ」
デジレ夫人がそう言い残し出ていった後、セレーナはゆっくりと彼女の言葉を反芻する。
一つずつ言葉と表情と現状を思い返し、見逃さないように考える。
──そっか
しばらくしてセレーナは顔を上げた。
いつの間にか侍女がデジレ夫人と入れ替わって後ろに控えていた。
もちろん、セレーナを心配する声などかからないが、だが、セレーナはそれを気にしなかった。
──これ、私には余分だったんだ
僅かにセレーナの口元が綻んだ。
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